臼井城址(う すいじょうし)


臼井城跡

14世紀中ごろの城で、現在残っているものは15世紀以降のものという。以前は畑だ ったが、近年整備され、臼井城址公園となっている。東側の広場と西側の広場があ り、いずれも芝生が美しい。東側の広場からは、印旛沼や京成電車沿線の展望が開け ている。まだ出来て間もない公園なので、地面にはいくつものモグラ塚がある。西の 広場の南西にある“正門”から出ると、大きく深い空堀がある。ここはまだ整備され ておらず、恐ろしげな雰囲気を漂わせている。

堀から振り返れば、少し高くなった所に太田図書の墓がある。太田図書助資忠は太 田道潅の弟で、1479年、上杉方の道潅が臼井城を攻めたとき、ここで戦死した。
ここから数十m西に星神社と呼ばれる臼井妙見社がある。星神社は臼井城の鬼門の 地に創建された社のひとつと言われているが、確かではない。妙見は北斗七星のこと であり、千葉氏一族の守護神である。  城跡から京成臼井駅の方向1km足らずのところには、相撲で有名な雷電為右衛門 (らいでんためえもん)の墓がある。

臼井城址公園の駐車場は、東の広場と西の広場の中間にあるが、駐車場から広場へ は階段なので、自転車の場合はスロープになっている西側の“正門”から入るとよ い。駐車場は9台+身障者用1台。トイレ舎有り。
臼井城址公園は、船戸大橋から八幡台団地の住宅地経由でいく道があるが、千葉臼井 印西線は交通量が多く、わずか200m程度だが神経を使う。最も安全なのは、船戸 大橋から風車の方に800m程度進んだ所に、沼から離れる細い道を使うルートで す。ここを下りて、釣堀の横を抜けまっすぐ走っていくと、巨人軍の長島監督がかよ った臼井小学校。その横を走って千葉臼井印西線を渡ると、すぐにT字路があるの で、それを右に入る。少し登れば、城址公園の駐車場が見えます。

 

 

※このページの情報は、福田さん(八千代市在住)から寄稿いただきました文章を使用させていただ いています。ありがとうございました。

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