日本のホームレスを支援する日系ブラジル人たち




 毎週土曜日の夜十時半過ぎ。手に手に保温ジャーや魔法瓶と大きな包みを提げたグループが、静岡県浜松駅の新幹線と遠鉄の構内に集まってくる。
 ホームレスの姿を見ると、メンバーは「こんばんわ、お元気ですか」と親しげに声をかける。熱々のスープを器にそそいだり、おにぎりとお茶を手渡す彼らのあいだに飛び交う言葉は、ポルトガル語やスペイン語だ。「いつも、ありがとう」と深々と頭を下げたり、酔いも手伝ってか、メンバーに抱きついてお礼を言うホームレスもいて、ほのぼのとした空間がひととき、夜の駅頭に出現する。
 “エスペランサ(希望)”と命名された日系ブラジル人やペルー人のボランティア・グループが、浜松で日本人ホームレスの支援を始めて、今年で六年目の冬を迎えた。
 一九八九年の入管法改正で、日系人とその家族に例外的な在留資格が与えられて以来、南米からの外国人労働者は急激に増えた。現在、日本で就労するブラジル人は二二万人、ペルー人が四万人。静岡県は愛知県に次いでブラジル人の多い県として知られているが、なかでも自動車や楽器関連企業や工場のある浜松市は、全国でもっともブラジル人の多い町。人口六〇万人の同市に住む外国人、一万八〇〇〇人の六〇%はブラジル人だ。
 その浜松で、なぜブラジル人たちが日本人ホームレスの支援を? 話は六年前の十月、教会の派遣要請を受け来日していた比嘉エバリスト神父が、「ブラジル人の野宿者がいる」という電話を受けたことに始まる。探しに出かけた比嘉さんが、“ブラジル人”のかわりに見つけたのは、段ボールで寒さをしのぐ日本人ホームレスたち。「お金持 ちの国だと思っていた日本に、こんなにたくさんのホームレスがいるなんて」と衝撃を受け、さっそくミサで支援を呼びかけた。
 メンバーは当初は外国人ばかりだったが、その後、日本人も加わって、今では百人近く。食事のほか衣類や薬も支給し、ときには比嘉さん自ら散髪の腕もふるう。雨の日も正月も欠かさず、週一度の支援は続けられている。 食事を調理をするのは、比嘉さんの三DKアパートのキッチンだ。土曜日の二時半ころから、十人ほどのメンバーが集まって、肉野菜のたっぷり入ったスープとおにぎりを約百五十人分用意する。材料はブラジル人の肉屋さんや、自宅で野菜を栽培する日本人など、すべて支援者からの寄付である。
 準備が終わると大半のメンバーは、夜七時半から四キロほど離れた修道院の聖堂で行われるミサに向かう。ミサのあと、二〇〇人の信者にボランティアの呼びかけがあり、十時過ぎ、約三〇人が集合場所の駅近くの駐車 場に集まった。四班に分かれたメンバーは、徒歩と車で夜の公園や駅に散っていく…・・。>>


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