吉川邦夫 超短編集8

【熱帯夜】

あんまり暑いので携帯電話の店に行ったらカメラが泣いていた。パソコンが殺されたらしい。おれはパソコンのよく動く首が嫌いだったからいい気味だと思った。それにしても誰に殺されたんだとおれが聞くとよくわからないのとカメラは答えた。でもきっと眼鏡に決まってるわ。だろうな。いまどきの電卓や腕時計にそんな度胸はない。おれはうなずいた。どこの眼鏡かわかるか。わからないのようとカメラは喚いた。でもぜったい殺してやるわ。おまえパソコンが好きだったのかと聞いてみた。カメラは驚いたらしく目を見開いておれの顔を見た。なんでそんなこと聞くのよう。なんでってことはないがどうなんだよとおれは言った。あんたに話してもしょうがないわとカメラは言った。ひでえことを言いやがる。なんてひでえことを言いやがるんだこの女。おれはあんまり頭にきたのでカメラの頚動脈にアンテナを突き立てた。引き抜いた。赤く細い血が間欠泉のように噴出し飛び跳ね脈を打って流れ落ちた。カメラの顔が表情を失いながら意味のないことを喋った。それからだらだらと崩れ落ちていった。なんだかパソコンを殺したのはおれだったような気がした。いやそうだったかな。違うような気もするな。どうでもいいさ。パソコンは死んだ。カメラも死んだ。とにかく今夜は暑すぎる。また何か飲みたくなったのでおれは携帯電話を探した。携帯電話はどこかに電話をかけていた。電話が終わったらフローズンダイキリを頼むよとおれは言った。


【ハナモゲラ惑星にポルノ小説】

あひょっ
頑拗な薬注で捻じられた珠異に、賢妙な登背曲動が効奏する。「はや記されてか」
「簾に速達で」違腹に木挽の豪笑が戻る。「ほら、ペトリ皿に液痕が残ってるぞ」
「縮緬でしょうとも」珠異に先祖伝来のこむらが促照する。「情史のくせに何を」
死孵した違腹に脆寂なマドリガルが宿る。「腐肉な。満書すべからく揉まれた」
両人の文脈に沈黙が蚊帳を掛ける。
「我勝ちに攀じ豚さ。しかし先祖の本が何を」語彙シーツを広げた違腹に、覚束ない仏邪心が託される。「そうだ、紀仏覇損に輩らの託命が塗別されてから、翌春に重金属式を迎える。毒水にも染まれと知るが、貸借が対照されたのだな」
「まあ、そんなに」珠異に日本語が返る。
「そう、もう500年になる。あの陳腐な猥本を残して、先祖に謎の消滅が訪れてから。おや、先祖の言葉が戻っているぞ」
「アラ本当に。でも、私たちの言葉に、まだちょっと妙なところが」珠異の脳裏に疑念が羽ばたく。「ああ、悲しい。私たちに、少しでもわかればいいのに。その変が、いったいどう変なのか」
「いや、むしろ先祖に定本を撒くメソッドがあれば」
「さすれば輩らにも、春信な動転が継承されたものを。やや。ややや。」顆驚が珠異の眼底を走る。「畜年の腰透かし。こたびも金瓶梅なりや」
「原罪に過去はない」違腹に諦鉄が打たれる。「かく輩らに託された淫業なれ」
「されど」珠異が挿油される。「あれ、またペトリ皿に液が。あひょっ

©吉川邦夫 2004