吉川邦夫 超短編集7

【予言】

「あ、いま何か隠したな、ケン坊。それ何だ。ちょっと見せろ」
「なんでもないよぉ。やめろよぉサブちゃん。わ、駄目だよぉ」
「へへへ。どれどれ、なんだ写真か。あれれ、この人、オレの親戚かな」
「あのさ、それはね、サブちゃんなんだよ。今から50年後の」
「なに、こんなハゲオヤジになるって。またウソだろケン坊。じゃあな、となりに写ってるシラガの爺さんは誰だ。言ってみなよ」
「それが50年後の僕だよ。国の研究所で時間技術の研究をしてるんだって」
「マジかよケン坊。そしたらアレか? こいつは、えーと2050年の世界から...」
「僕が発明したタイムマシンで送られて来た未来の映像らしいんだ」
「らしいって何だよ。未来からケン坊が来たわけじゃないのか」
「いや、未来のサブちゃんは僕の部下でね、これを送ってくれたんだ。健一君は日本にとって重要な人になるって。だから、いじめたりするなって言ってたよ」
「ったくもう、大ウソつきめ。悪いけど俺は、ケン坊なんかよりずうーっと偉い大人になるんだぜ。お前なんか一生ウソつきのいじめられっこだ」
* * *
サブちゃんには見せなかったが、ケン坊は写真と一緒にこんな手紙を貰っていた。
「健一君。私は50年後の三郎だ。私は科学省長官になったが、君は独力でタイムマシンの原理を発明した。だがマシンは未完成だ。手紙と写真を送るのが、せいいっぱいなのだ。ところで私が出世することは私(サブちゃん)に言うなよ。未来の自分を知ったら絶対に努力しない。そういう性格だ。だが君は違う。この写真を励みに、よく勉強し、発明の基礎を固める研究をして、どうかマシンを完成させて欲しい。」
三郎は、健一自身の未来を教えなかった。教えようもない、人間を過去に送る最初のテストに志願した健一は、50年前に向かって出発したきり帰らなかったのだ。


【お隣の木蓮の木に】

 もう気になってしょうがないんですの。ほら、もう、あんなに膨らんで、はちきれそうになっていますもの。
 いったい、いくつあるんでしょう、あの蕾の数は。わたし、毎年ですのよ。おたくの白木蓮の木に、今年はどんな花が咲くのかなって。
 あなた、ご存知かしら。昨春は、それは可愛い花が咲きましたの。ちょっと蒼いくらいに白くって、ぽっちゃりと重そうで、ふてぶてしくて、健康そうで、元気そうなお花がたくさん。
 わたし、とても嬉しくなってしまって、はしゃいでしまって、あのねぇ主人に叱られたんです。ちょっと、お前、変じゃないかって。
 いいじゃありませんかねぇ、お隣の幸せに嫉妬したくらいで怒ることはないですわよね。あら、嫉妬だなんて。でもねぇ、ほんとにうらやましかったんですのよ。蕾の頃からねぇ。
 いえ、主人にはわかっていますの。うちの庭には、もう花は咲きませんの。一度、むかし、咲きましたけれど、蕾のうちに萎れましたの。医者も匙を投げましたの。
 ですから私もあきらめましたから、せめてお隣さんの木を眺めて、今年はどうかしらって、眺めさせていただいておりますのよ。
 もうじきですわね、もうじき産声が上がりますわね。そして、まるまると太ったもくれんのはなが落ちてきますわね。わたし、それが待ちきれないんですの。

©吉川邦夫 2004