吉川邦夫 超短編集5

【メカタン】

目方葉子さんは大手製薬会社に勤務する若白髪の研究員。彼女がアマゾン北西部から持ち帰った307株の植物のなかに新属のナス科植物がありました。CPATU(湿潤熱帯研究センター)の所長が敬意をこめてSomnus mekataiと命名することになるこの矮小な植物にはネムリナスビという和名が付けられましたが、属名の由縁である眠りの神の名に恥じない薬効は全世界が知っています。不眠症はもう遅刻の言い訳にはなりません。濃紺色の果実から抽出される催眠性アルカロイドの名前は、その画期的な商品にも使われています。メカタンを知らない受験生はもう日本には一人もいません。服用した哺乳類はネズミであろうがライオンであろうが、即座に深い眠りの底に突き落とされ、心地好い目覚めの瞬間に味わう至福感こそがメカタンの醍醐味なのです。お申し込みは今すぐご覧の電話番号へ。半年分のメカタンに今なら圧迫感のないドーナツ枕がついて、なんと19800円。19800円です。


【裏ジュラシックパーク】

もちろん琥珀の中の昆虫も再生しましたよ。ジュラ紀や白亜紀の蚊ですね。 恐竜より蚊のほうが再生が簡単だったから、恐竜に着手する前は、盛んに蚊をやってました。はい。 こいつらとんでもなくごつい奴でね、そりゃステゴサウルスあらためディラコドンだのトリケラトプスだのの皮膚を食い破ろうという奴等ですから現世の蚊とは比べものにならないくらいタフです。 で、見境なく襲いますね、炭酸ガスめがけて一直線に飛んできて、そこにあるものをなんでも食い破る。網戸なんて一撃で破りますからね。最終的にはバリスティックナイロンですか、防弾チョッキなんかに使うやつ、あれで防護服を作りましたけど、長くは保ちませんでしたねぇ。 それで、この蚊に食われるとえらいことになります。蚊って奴は血液が凝固しないように薬を注入して、それでかゆいんですが、連中のはかゆいどころじゃなく大量出血が止まらないから。まあ見つけたら逃げてくださいね。食われたら死にますから。


【ノドに優しい時代】

次の方。どうなさいました? ああ、声を出せないのね。はいはい、無理しなくていいんですよ。ええと。おたくキーボードは使えるかな。あそう。じゃ、ちょっとこっちに椅子を寄せて。ローマ字打ち? あらま、そりゃ好都合だったね。では、どうぞ。
> ものが言えなくなりました.
ということは、前は喋れたわけね。ふん。喋れなくなったのはいつから?
> 10年山に籠ってプログラム書いてたんですが, 下界に降りたら喋れないことに気がつきました.
あらそう。じゃ、ちょっとお口開けて。ん?、別に腫れてるわけでもないわね。熱は? そっか、なるほどね。わかりました。おたくのは要するに喋り方を忘れてるだけよ。それじゃね、ちょっと悪いけどゲロ吐く真似してみてくれる?
「うゲェ」
うまいわよ。じゃ、次にね、出かかったゲロをノドのとこで止めるマネして。
「ムっ」
ほおら喋れた。後はなんとかなるわよ。ただしあんまり熱心に練習するとノド傷めますからね。まぁ、今の世の中、怪我や病気でもしない限り、人と話すなんてこと、ほとんど必要ないから、おたくみたいな患者さんも増えてるのよ。おかげで喉の病気も減って、商売にならんけどね。はははははは。お大事にね。ところで、10年も山に籠って、いったいどんなソフト作ってたの?
「うゲェムっ」

©吉川邦夫 2004