吉川邦夫 超短編集4

【夢放送】

夢を送信する装置を考案したB博士、広告会社の社長に援助を願い出た。
「実に効果的な広告メディアですよ。既存のコマーシャルフィルムを送信するだけでよろしい。覚醒時と違って睡眠中は意識のガードが堅くない。前例のない商品でも、少々高額でも、広告さえ良ければ欲しがらせることができます。これが試作機ですが、実験の結果は、通常のサブリミナル効果と比べて驚くべきものです。ぜひご協力を」
「確かに凄い発明だ。しかし、消費者が受け入れてくれるだろうか。夢に侵入するな、夢を奪うな、と反対運動でも起こされては困る。きちんと受信料の契約をして、CMなしで映画やドラマを送信するのがいいだろう。だが悪夢を放送したなどと訴えられないだろうか。どうも気がひけるな」
「どうしてそうネガティブに考えるのです。夢がないなぁ」
「けさの夢見が悪かったのでね。君、僕の夢に何か送らなかったか?」


【ミニーのバラッド】

ネズミのミニーは航路の脇で、洗濯ものを干していた
ある日シャトルの機関士が、可愛いミニーに声かけた
「もし、おじょうさん、この僕に お弁当作ってくださいな」
ミニーはなんだか恐かった。あいつはまるでクマゴロー
だけども声は優しくて、熊とはずいぶん違ってた
「お顔は熊でも、あの人は 心の優しい機関士ね」
翌朝ミニーは航路の脇で、お弁当作って待っていた
やっとシャトルがきたけれど、あの機関士はどこにいる
シャトルが月にかかる頃 ぽーっ と、間抜けな声がした


【夢見るひと】
(データ少佐に捧げる)

眠るひとの息はあたたかく湿っている。熱と炭酸ガスを排出しているからだ。それに、ときどきいびきをかいたりもする。まるで自動運転中のエアコンだ。閉じた目蓋は、放熱器の表面についた水滴のように、ときどき細かく震える。このひとが見ている即興の寸劇は、大脳という暗い劇場の外からは見えない。そして、いま揺り起こせば、夢見るひとは消えて、彼という人間が生き返る。「あぁ、もう朝かい」彼はそう言うだろう。いまは太陽よりもシリウスのほうが近くにあるのだけれど、故郷の自転や潮汐の余韻が彼をまだ支配している。「海で泳ぐ夢を見たよ」と彼は言うだろう。「君は夢を見たことがないんだよな」アンドロイドが夢を見ることもある。ほんの数マイクロ秒の間だが回路が誤動作をして、ランダムな情報がアクセスされるという。その夢は記憶されず、出力されることもない。夢を見たアンドロイドは、自己診断回路によって即座に停止状態へと遷移するのだ。それは死だろうか。それとも眠りだろうか。

©吉川邦夫 2004