吉川邦夫 超短編集1

【車輪の発明】

「よお先生。また何か作ってるね。その薄べったい石は偽金かい?」
「何を言うか。この丸い石を2つ、真ん中に穴を開けて棒の両端に固定し、棒を木箱の底に作った凹みに通す。箱に重い荷物を入れ、ロバに引かせて運ぶ。どうだ。今度こそ大発明だぞ」
「ふうん。しかし、凹んでるとこが熱くなって燃えたりしねえか?」
「ぎくっ。無学なおまえが、なぜそんなことを知っている」
「俺は粉屋だぜ。水車のどこが熱くなるかぐらい知ってらぁ」
「そういえば水車にも似ておるな。では水を入れた瓶を準備するか。いや、その部分も石で作るか」
「だがなぁ、そんな発明、ものの役には立たねえぞ。隣村へ行く道ときたら雨が降ったら泥んこだ。そんな石なんざ埋もれちまう。その先は山道で岩がゴロゴロしてる。そんな凹みなんざ、すぐに外れる。一歩も進めねえだろうよ。それとも人夫を雇って平らな道を作るかい? そんな金がどこにある? 無駄だね。荷物はロバの背中に載せるものさ。ま、気を落とすなよ。じゃあな」
先生は気を落とさなかった。そして、ブルドーザーを発明した。

【What can I say ?】

気掛かりな夢から醒めると楽園の外にいた。神様の声が聞えた。
「あんた、進化しなさい。進化して、次の段階に進みなさい」
熱い蒸気を浴びて、ウニは思った。
「このへんに、おれのいのちがあったなぁ。どっか、このへんに」
親方は俺に55マルクくれた。濁った声で「元気でな」と言った。
駅の食堂で、パンと安ワインとチーズを食べた。
それから俺は、列車に揺られながら母親の夢を見た。
母親は泣いていた。


【獣】

原始的な四足動物が上陸してきた。重力と闘うかのように、よたよたと歩行していたが、やがて足取りがしっかりして、腹が地面から離れた。骨格はだんだんと無駄がなくなり動きも軽くなる。裸子植物の森林に入ってますます元気になり、ついに後足だけで歩き始める。長くなった首をもたげ、水平に伸びた尻尾を振り、大きな両眼で獲物を見つけ走りだす。昆虫を追いかけるうちに、隣のライヴァルに気付く。そいつは顎が大きくて鋭い歯が獰猛そうに見えた。だが両眼の大きい獣には羽毛が生え始める。羽ばたき、何度も跳躍し、咆哮する大口野郎を尻目に空へと舞い上がる。歯が消え、前肢の爪が消えた。眼下は針葉樹の林から、花の群生へ変わり、海岸となる。そのとき「ずどん」。彼は撃たれ、死んで落ちて行く。犬が駆け寄って彼をくわえ、主人の許へ走る。ハンターは銃を置いて犬から獲物を奪い、大きな顎と鋭い歯でバリバリと食べてしまう。彼は咆哮し、銃を取り上げ、次の獲物を狙う。

©吉川邦夫 2004