第5部「ハッカーの巣の中で」

[プログラマーズ·リファレンス]は、追い詰められていた。まだ確認はとれていないが、アラブ首長国連邦からの情報ではワトソン博士という男がエリチン大統領の主治医として密かにモスクワ中枢部に潜入している。この男、実は世界プロレタリア軍ことGPFの手先で、なにやら恐ろしげな最終兵器を持ち込んでいるらしい。そんなやっかいな男を平気で向かい入れるところが、あの鬼瓦にふさわしい、と、逃げながら思う[プログラマーズ·リファレンス]であった。

ワトソン博士は、追い詰められていた。カブレノフ·ウルシガツキーという異常に生傷の多いロシア人に命を狙われているのだ。最終兵器と称して持ち歩いているアタッシュケースには、実は枕が入っている。自分の枕がないと眠れないので常に持ち歩いているうちに、そんな噂がたってしまったのだ。それは、それでいい、と、ワトソン博士は思う。

カブレノフ·ウルシガツキーは、追い詰められていた。ガイガー三菱のタイガ落としを受けて頭骨が陥没し、生傷男どころか、身体の自由がきかない状態になってしまった。頭の自由はきくのかというと、これは確かめようがない。ガイガーの復讐を受けて以来、一言も喋っていないからだ。

ガイガー三菱ことネズミ男は、追い詰められていた。CIAを裏切ってロシア秘密養鶏工作員になった橘和彦に。

橘和彦は、追い詰められていた。卵のことしか考えないトリケラの奥さんに。

トリケラの奥さんは、追い詰められていた。[ザ·マンモス]こと、オーチン·サノバビッチという百貫デブに。

その[ザ·マンモス]は、なぜか目玉親父に追い詰められていた。

目玉親父は間淵選外に、間淵選外は妻の回転子に、回転子はエリチン大統領に、そしてエリチン大統領は小沢一郎(初登場)に追い詰められていた。

追い詰められていないのは、コモド島のハンニバル寺尾3世だけだった。だが、彼は知らない。ロバート関根4世が彼の汚職を告発する準備を着々と進めているのを。誰もが追い詰められている。尻に火がついていない者など、いない。それでも無情な朝はやってくる。たとえ糸内其月を過ぎても。たとえ糸帝七刀を過ぎても。

 完

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この作品は、水木しげる氏のキャラクタを引用しています。
©Kunio Yoshikawa 1996,2004
初出:『無目的コンピュータ用語辞典』技術評論社(1996)
「チェルノブイリのビビビ男」吉川邦夫(fw9k-yskw@asahi-net.or.jp)