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ふくろう通信VIII

by 墓場のふくろう

177[2000/11/15]やってくるもの
178[2000/11/21]21世紀に向けて
179[2000/12/17]場末の体験
180[2000/12/29]Adamの出自について
181[2000/12/31]ふくろう立ちずさんで
182[2001/01/01]はじめにことばありき
183[2001/01/03]笑いによる情動の共有について
184[2001/01/31]余裕について
185[2001/02/03]上下のやりとり関係
186[2001/02/09]重力を感じる
187[2001/03/04]柘榴の色彩について
188[2001/03/17]裏と表の関係について
189[2001/03/27]都市固有的身体構造
190[2001/04/28]人がいることについて
191[2001/04/30]ハレルヤ
192[2001/05/01]明日に目を向ける
193[2001/05/03]戦場における視線について
194[2001/05/04]ふくろう3
195[2001/05/06]生活感というものについて
196[2001/05/11]行列ができること
197[2001/05/18]ごろくとほうほう
198[2001/05/27]行動の自然史を学ぶ
199[2001/05/29]目玉焼きのような笑顔
200[2001/06/03]Osaka天使の詩


本文

177 [2000/11/16 01:28]やってくるもの

 風邪で一晩寝込んで翌日メールを確認したら、一通一通確認するのも億劫なくらいに溜まっていた。毎日、私書箱をチェックするのでその量は気にならなかったのだが、一度停滞すると、格段に異常なるその量に気づくことになる。一週間ほど電力と電波のない無人島にでも滞在したら大変なことになるだろう、と恐れる。
 しかし、一週間してもやってくるメールの量が変わらない、という予測がほぼ妥当な線となるところが、また不気味なことでもある。

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178 [2000/11/21 22:59]21世紀に向けて

 ウェスタン調の音楽が流れる中、西部の平原を映し出すモノクロ画面に"1958"(年)という小さな文字が映し出され、画面中央から猛スピードの白い機体が上昇方向に飛びこんでくる。
 私は映画"Space Cowboys"の導入部数秒の画面展開に、この映画が向けられた対象が既に特定されたような気がして、さらにそこに自分が名指しされているような気が同時にして、妙に興奮してしまった。私の世代にとって宇宙は、決して宇宙から始まる惑星間世界の物語ではなく、地上から飛び上がったところに現れてくる、登りつくべき世界としてそこにあったように思われる。それゆえ、そこには地球を見下ろすというきわめてノスタルジーに満ちた行為が内包されており、また、落ちることなく浮かんでいることの微妙な平衡状態が実現されている世界が実感されているのであった。足先が地面に時折触れつつも、かろうじて空中を浮遊しながら移動する、という私の夢にしばしば現われる光景のように、つかず離れずの位置に漂いつづけるという状態が、それに近いイメージを思い起こさせる。
 ただし、敢えて21世紀に自らの生をつないでゆこうと意識する存在でありつづけようとするならば、「20世紀の悪しき遺物」を全て払拭した後に、私はせめて人影のない木星で、遠き地球を背にして、最期を迎えたいと念う。

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179 [2000/12/17 02:42]場末の体験

 阪急王子公園駅改札口を出て、公園とは反対方向、即ち駅南側の通りを東に向けてしばらくゆくと、そこからは商店街が始まっており、日も暮れて人通りもまばらなそのアーケードの下を、さらに通り抜けてゆくと、その東端の出口南側に、今日に至るまで細々と開業し続けている西灘劇場に出会うのであった。
 先日、web上で見つけた"All about my mother"の上映時間表を頼りに、数年ぶりでその劇場近辺に出向いたのであるが、となりの成人向け上映作品と入場券売り場を共有しながら、銭湯の番台のように左右に分けられた受付を一人でこなしているおじさんに来場を告げて、場内に入ると、そのおじさんは、階上の映写室に向かって、「準備してくれ」と不意の来客を接待するような口調で告げたのであった。
 劇場内には私以外の人影は見当たらず、階上の映写室では、フィルムを映写機に据え付ける若い女性の映写技師の姿が見えるばかりであった。
 映画の中に登場する、数少ない男性である老人は、主人公に「年齢」と「身長」を訪ねるだけで、見知らぬ相手が自分の居室に存在していることをすんなり受け入れてしまう痴呆老人であったが、座席に身を埋めて無名の人となるのではなく、座席に身をさらされる感覚でそのような希薄な現実感が描かれた画面の中の世界を追体験している自分の鑑賞する姿勢のリアルさに、劇場の内外の世界にいつもとは逆転した現実感のずれと、妙な共鳴を感じてしまった。
 果たして私はバルセロナの女性を体験していたのであろうか、あるいは神戸の男性を体験していたのであろうか。

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180 [2000/12/29 00:12]Adamの出自について

 物証的根拠が大切なのではなくて、いかにうまく展開するかが大切であり、かつまた真理なのである、というある種の発想には、「成功の哲学」に結びつく胡散臭さが付き纏っており、また、それゆえに、どこかに不安定さを孕んでいるように発想してしまうのは、単に自分がそのような発想を当然の事とする生活文化に浸りきっているからに過ぎず、そうでない生活を考えた場合、また異なった常識というものがそこには幅を利かせ、それが真理としてまかりとおることもあるのだということを、今日、映画"THE SIXTH DAY"を観ていて感じた。
 この映画は多文化の交流を受け入れざるを得なかったアメリカという生活文化の持つ「明るいプラグマティズム」の表明であり、「真理は我々によって創り出される」という開拓者的精神の一例である、と善意に解釈することも許されるであろう。
 しかし、出自にこだわる我々の文化には、馴染みにくいものをも含んでいたであろうから、案外そんなことはおかまいなく、「善玉のSchwarzeneggerが二人も出てきて満足」という観客も多かったのではなかろうかと考える。そんなことで21世紀を生き抜くことはできまい、と自戒も込めて思った。

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181 [2000/12/31 21:51]ふくろう立ちずさんで

 普段より2時間早い閉店のアナウンスに追いたてられるように書店を出た。いつもの喫茶店でいつものCafe au laitを、と思い、三番街に下ってみたが、いずれの店舗も、すでに「準備中」との掲示を出して、次々シャッターを閉め始めた。もうすこし時間が欲しくて、旧「新OS劇場」隣にある喫茶店に入った。
 Cafe au laitを注文すると、それは市販の小さな樹脂の容器に入ったミルクとともに出されてきた。20世紀を反省する時間を、サービス過剰ながら提供してくれた店に感謝して、PDAにてメールを確認していたら、ボタンを押し間違えて、いつ書いたとも知れぬ過去の未送信のメールが電波に乗って出ていってしまった。受け取った方は来世紀からでも結構ですから、見通しのあるお返事下さい。

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182 [2001/01/01 20:03]はじめにことばありき

 ジャズシンガーの綾戸智絵さんは、歌うことへの欲求に加えて、聴衆の期待が、声帯機能を回復させた旨のことを、今日観たあるテレビ番組で話されていた。
 チンパンジーは発声器官の構造上の特性により、ことばの使用が不可能となっているが、かといって発声器官がありさえすればことばの使用が可能になるわけではないだろう。関係の構造が言語構造の構成過程を補強し、言語の構造により関係の構造が安定したものとなってゆく。  構造上、ことばをなに不自由なく話せるはずの若い世代にことばを失わせたものがあるとすれば、それは生きる場を同じくし、生活過程を構成する我々大人も、ともに担うべき課題であるに違いない。
 10歳そこそこの子どもが語る「21世紀の夢」に、「戦争のない世界」という選択項目を残してしまった我々は、ことばを失わせ、無力にさせてしまうこのような空間を放置してきてしまったことへの償いに、せめても残された時間の幾許かを費やし、次世代への信頼と期待を語る場と時間を確保すべきであると思う。

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183 [2001/01/03 00:56]笑いによる情動の共有について

 天満橋のOAP38階で新春狂言を三曲鑑賞した。
 うち、第一曲目に上演された「筑紫の奥」は、税を納めに地方から上京した百姓二名と、奏者(役人)の三人が、正面を向いて大声で笑うことで留めになるという、祝いの場にふさわしい曲目であるが、この種の「笑いで留める」という他の曲目にも共通する特徴は、笑いをある種の祈りや祈祷の行為のごとく、身体全体から努力して搾り出すように笑う仕草が演じられているということである。
 おそらく、これらの曲目の原型ができあがった時代には、我々が今日、日常的に経験しているような笑いとはまた質的に異なった笑いが、生活の中に見出されていたに違いない。
 正月番組に登場する「お笑いタレント」のプロフェッショナルに徹しきれず、場合によっては「不安」を誘うことさえある「笑い」に食傷気味になっていた私としては、このような力のこもった笑いには、楽しいというよりも、なにか心強いものを感じるのであった。
(「いつも笑いが絶えないのは、そこに憩いがないからさ...」頭脳警察)

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184 [2001/01/31 21:06]余裕について

 いくつかの仕事を控えて作業スペースの無くなった身辺を整理しようと、午前中に研究室を片付けていたら、部屋中に散らかっていた物が、棚の上のスペースや、引き出し、物の下、物の上、物の向こう側などに落ち着いて、この部屋が思いの外、物品を収納できることに思い至った。
 夕方に新大阪を出て、ラッシュアワーの始まろうとする環状線を走り、内回りでこっそりとループを抜け出して、すっかり日の暮れた和歌山駅に到着した。仕事ゆえ、明日の日中に神戸に戻らねばならぬとはいえ、密かに旅行気分を味わっているようで、後ろめたさを幾分感じたりもした。
 一方で、依頼されていたwebページの編集を、その車内で済ましてしまい、日頃の活動において、本来ならば有効に使える時間を無駄に使用していたことに思い至ったりもした。
 思うに、物体ならば空隙にどんどん物を積め込んでも支障は無いであろうが、人の活動には余裕というものが、やはり必要であろう。ここ数週の間に、かなりの身近で亡くなっていった二人の人々や、名も知らないが多数亡くなっていった遠方の人々のことなどにも、もう少し思いをめぐらせる時間が欲しいものだと感じる。

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185 [2001/02/03 00:04]上下のやりとり関係

 オムニバス映画"New York Stories"の第三話"Oedipus Wrecks(1989)"では、息子役を演じるWoody Allenを、New Yorkの上空から、四六時中監視しつづける母親(Mae Questel)が描かれるが、今日観た"Red Planet"でも、技術屋の主人公(Val Kilmer)は上空から女性船長(Carrie-Anne Moss)に監視され、行動の方向を指示されることと相成る。
 ただ、この映画では終盤、せっかく火星に新天地を開く可能性が見えかけたのに、女性船長に引き上げられた主人公は、自分がよって立つ火星に、この女性船長を招き寄せることなく、二人して「母なる地球」に戻ってしまうのだ。"New York Stories"では、見下ろしていた街の上空から、とりあえずは母親が、息子のいる地上まで降りてきたではないか。

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186 [2001/02/09 22:41]重力を感じる

 「カメラがどうして四角でなければならないのか」という発送から新製品を企画した、というある談話がラジオで流れていたので、私も同様に「なぜ四角であるのか」という問いを投げかけるとともに、部屋に転がっていた球形のwebカメラを取り上げて、写真を撮る姿勢をとってみた。
 四角いカメラなら持った感覚のみで、それが水平なファインダ画像を維持しているかを確証する事ができたが、球形のwebカメラでは、どちらの方向を射程に入れているかさえ確認する事ができなかった。  物作りの伝統というものには、捨て難い正当な存在の根拠というものがあるのだ、と感心するとともに、それでは被写体を水平線に位置付けるということが、正しき視角の取り方であるというのが、撮影という行為の一つの伝統であったのだと、これまた感心し、重力というものをあらためて感じた。

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187 [2001/03/04 17:34]柘榴の色彩について

 夕食のための食料を調達するために、食料品の売り場を物色していると、絶妙な色彩の柘榴の実が、積まれてあるのに目が留まった。
 従来、柘榴を自分から購入するという機会が無かったが、その色彩に惹かれ、安価であろうと思われる価格のついたその実のうち、最も絶妙なる色彩のひとつを購入して持ち帰った。
 絵筆は握れぬにせよ、せめて写真にこの色彩を残しておきたいと思い、作業机の上に置かれたそれを、パソコン付属のカメラで撮影した。
 一晩の間、十分に鑑賞した後に、次はその実質的な内容物を賞味しようと思い立ち、翌朝ナイフを入れて二つに等分するように開いてみたら、内部は既に腐食が進行し、醜悪なる色彩の実が、粉を吹いたような灰色の黴に、覆われ始めている光景に出会った。
 しからば、この柘榴の表面の美しい色彩は、決して表面だけのものなのではなく、このように腐食した内部の今まさにその生命を終えんとする生物が発した苦渋の色であったのではないか。
 しかしはたしてそれだけであろうか。柘榴の実はそのように腐敗することで、その中の種子は初めて新たな芽を伸ばすことが可能になる按配となっているはずだ。
 私は時々、このような絶妙なる色彩を、これから伸びるであろう芸術的な才能を示す作品に見出すことがあるが、おそらくこれは、個体の中で、常に何かが死滅し、それを契機として何かが生まれているからであるはずだ、と思うことにしている。

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188 [2001/03/17 00:19]裏と表の関係について

 山形県三川町の宿舎のロビーの一画に置かれていた、山形県の方言を取り上げた書物を読んでいたら、この地方では、躾のために子どもを脅す言葉として「もっこがくるぞ」という言葉が使われていたことがあり、その言葉を告げられると、何か恐ろしい不安に襲われた、という筆者の幼少期の体験がそこには記されていた。
 「もっこ」は「蒙古」を意味し、「もっこが来るぞ」はまぎれもなく「蒙古が襲来するぞ」を意味していることも、そこには同時に記されており、山形の人々にとって、遠く隔たりながらも同じく「裏日本」である九州への蒙古襲来以来、数百年の間、この言葉の威力はかなり現実感を帯びたものとして耳に響いていたらしいことが、そこからも伺われるのであった。
 確かに先日、列車から見た鉛色の海と、鉛色の空は、その先にある未知の世界からの予期せぬ来訪の恐怖感を煽るに十分な雰囲気を漂わせていたし、たまたま立ち寄った海岸に打ち上げられていたごみの山の中に、異国の文字をプリントしたオブジェクトが多数見うけられたことも、私にその体験を共有させるに十分な効果を有していた。
 しかし、その言葉が近年に至るまで、効果を有しつづけた最大の原因は、この美しい山々に囲まれた平野と、その更にむこうに広がる自国の領地との間でかわされた交通の様式にあるような気がしてならない。
(夜の中波ラジオに妙に感度よく入ってくるモスクワからの明るい放送を聞きながら。)

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189 [2001/03/27 23:14]都市固有的身体構造

 鳴門駅21時6分発の徳島駅行き最終列車を逃してしまい、鳴門駅前からタクシーで徳島駅のホテルまで帰ることになった。
 広い道幅の国道沿いには、ゆったりした駐車場をもったレストランやファーストフード、量販店、etc.が、深夜まで明々と照明を輝かせていた。
 運転手さんの話では、ここでも家族で数台の車の所有率だそうである。
 この町では、お年寄りだけが、バスの到着ないし発車時刻を常に頭に入れて、行動しているということだ。
 ホテル到着後、通信で使い果たして消耗したPDA用の電池を購入しようと、コンビニエンスストアを探して徳島市内をうろつき回ったが、私はもはや、都会でのみ正常に機能する生活様式を生きる身体になってしまったな、と実感する。

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190 [2001/04/28 22:38]人がいることについて

 昨日の午前、JR山陽本線のある駅から少し北に上ったところにある、ある施設を訪れた。高く雲雀の囀る空の下、タンポポやレンゲの花が咲く田畑をぬける、人気のない暖かい日差しの道を歩いて数十分。ようやく施設にたどり着いた。
 若い所長さんから、短期間ここで実習を体験した学生が、熱心さのあまり、「自分が役に立たないのではないか」という失望で、落ち込んでしまうことがあるという話をうかがった。
 おそらく人が人とかかわることには、一方が他方に何かを供給し、それと見返りに何かが返されるという明らかな関係が示されることだけではなく、暖かい日差しや草木のごとく、ただただお互いそこにいる、ということが、その文脈的前提となっていることに気づかなければならないのであろうと思う。
 残念ながら、そこに人がいないほうが、気兼ねなく春の光を楽しむことができるというのが私の正直なる気持ちではあるが、それは人の手を借りずとも、とりあえず今現在をすごすことのできる人間のいうことであって、いつ介護の手を必須の条件とするやも知れぬ人達にとっては、そうでもないのだろうなあ、と思いながら、雲雀の囀る空の下、タンポポやレンゲの花が咲く田畑をぬける、人気のない暖かい日差しの道を数十分歩いて、帰途についたのであった。

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191 [2001/04/30 00:14]ハレルヤ

 小雨で木々の緑が映える湊川神社境内において、知人の結婚式および披露宴に列席した。神殿において、式典がクライマックスに差し掛かったとき、静寂の中で、参列者の携帯電話から、かなり相当な音量で、着信音が奏でられ始めた。
 従来、このような場にかかわらず、公衆の場において、個人の好みの楽曲が、「場違い」に奏でられる機会に多く接し、かつ、その大概の場合において、その音源の所持者のマナーについて、よろしからぬ感情を抱くことが多かった。
 しかし、今回、同様に公衆の場においてそのような楽曲が奏でられたにもかかわらず、さほどそのような感想を抱かなかった理由は、その楽曲が、まさにその場にふさわしく、さらには、その瞬間にふさわしかったからに他ならない。
 もちろん、式を遂行する神社の人々にとって、ヘンデルの「ハレルヤコーラス」は、確かに「場違い」な曲であったには違いないだろうが。
 お二人の今後の行路が、八百万の神々によって祝福を受けんことを心より祈る。

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192 [2001/05/01 00:35]明日に目を向ける

 おそらくこれまでになく迅速に、月の変わり目に即応して、自室に吊るされているカレンダーをめくった。
 遅ければ数ヶ月後にめくることもあり、おかげでその数ヶ月間は、カレンダーは時間の計測という目的からすれば、まったく無用の長物と化すのであったが、私の保有する保手浜孝さんの手製になるカレンダーには、各ページに氏の手になる版画によって、工藤直子さんの詩とその挿絵が描かれており、毎日その作品を味わうことができるという点において、決して無意味なものになるわけではないのであった。
 それはともかく、今回このように早くカレンダーをめくることができたのは、少し先を思う余裕ができたのだろうかと、希望的な観方をしてみたくもなるのであるが、単に現在をあたため、過去を振り返る機会が失われただけかもしれない。

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193 [2001/05/03 23:01]戦場における視線について

 戦争というものを抽象化すれば、それはおおむね抽象的な力と、これまた質は異なりながらも、類似した抽象的な力との力関係が、殺人行為という形に集中的に表現された人間関係ということもできよう。ゆえに、その現象をかなりの時間的・空間的距離をおいて俯瞰できる人物にとっては、そこでばたばたと倒れてゆく人間の個性は抽象的に消去され、力量のわずかな差異をもって右往左往する駒として扱うこともできるのであろうが、それに当事者として臨む人物としては、戦場に身体という一定の空間を占めざるを得ず、痛みや苦しみ、悲しみ、そして時には喜びを背負った存在として、自らの行為の一瞬一瞬を、自らの意思決定において処してゆかざるをえないという立場に立たされることになる。しかし、はたして彼らは、敵として立ち現れる相手との関係も、同時に痛みや苦しみ、悲しみ、そして時には喜びを背負った存在として捉えねばならぬ宿命を背負っているのであろうか。
 映画"Enemy at the Gates"(邦題:「スターリングラード」)に登場する主人公のソビエト兵Vassili(Jude Law)は、そのあらゆる場面をとおして、狙撃対象である敵の生活の視線の先からはまったく外れた位置から、その生命活動を消去する存在として一貫して位置付けられており、その一貫性は、宿敵であるドイツ兵との「一騎打ち」の場面においても、あたかもそれが頭脳戦、情報戦の勝利の結果を最終的に確認する処置としての発砲であるかのごとく、一見「非情に」相手を消去してしまうのである。
 映画の中で、自分が狙撃する対象が、「軍服を着た兵士」ではなく常に「表情を持つ人間である」ことを主人公が述べるシーンがあるが、それにもかかわらず、敢えて上述のような姿勢を主人公にとらせることで、戦場で対話的に闘おうという発想自体が、もともと、あるひとつの個性が相手の個性を否定する根拠のほとんど無い戦争という事象においては、(今となっては)ナンセンスなことであるのだという事実を、暗に伝えているようで感心した。
 ところで、ラストシーンで、彼が瀕死の重症から回復したベッド上のヒロインTania(Rachel Weisz)に近付くシーンを、あたかも遠くから眺めるような視点で描いていたが、それは、彼らの関係を、戦場のヒーロー誕生というドラマの文脈から視線を外した位置に落ち着けることで、この映画空間に主人公のプライベートな世界を保証しようとした監督の意図があったからなのかもしれない。

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194 [2001/05/04 22:12]ふくろう3

 休日にしては早い8時半に起床し、毎日欠かさぬ体操の後、朝食をとり、さて活動を開始しようと、安楽椅子に腰をおろしてぼんやりしているうちに眠りに入り込んでしまった。目覚めて午後2時であることに気づき、さらには岡本のだんじり祭りの囃子が聞こえてくるのを耳にしながら、昼食を取り、再び安楽椅子に座り込んで眠りについてしまった。暗くなった外の通りを、再びだんじりが通り過ぎるのに気づいて目覚め、ぼんやりするうちに、午後8時を過ぎているのに気づいた。
 朝から炭水化物ばかり摂取してきたことを反省し、これでは成長できないであろうという判断から、岡本駅近くまで買い物がてらの散歩に出向いた。
 さすがに昼間の眠りで元気が出たのか、夜の街並みを歩く足取りは軽く、連休のなんとなくのんびりした街の様子を満喫しながら、帰途についた。
 こういうときはあまり何もせずにぼんやりと日中を過ごすことも必要なのかと思う。
 数年振りに、先んでいた木製のふくろう時計の時間を5分ほど遅らせて合わせた。
 明日は転居のための新しい巣を探す行動に出ようかとも思うが、おそらく夜になってしまうのであろう、と元気の無いことを考えてしまう。

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195 [2001/05/06 01:27]生活感というものについて

 摂津本山駅前までの朝食を兼ねた散歩を終えて仕事部屋に戻り、前回の「10m転居」以来、片付けることの無かった寝室の荷物を整理した。
 寝室とは名ばかりで、ロフトベッドの上を除くその他の空間は、本やらPC関連のガラクタで散乱していたのであるが、そこにあるものをとりあえず、隙間に埋め込むようにして空間を確保しようとしたわけである。
 荷物の向こうに隠されていた本棚からは、かなり以前に購入した本やら雑誌やらが再発見され、さらには地震以来、接続をすることなく運び込んだままにしていたステレオアンプやスピーカーやらも同様に手の届く範囲で向き合うことができるようになったので、それらを勢いで配線し、アンテナやアース等を工夫して、なんとかFM放送が聴取できる体制を整えてみた。
 ここにきてようやく、私にとっての「地震」に整理がつきはじめたといえるのかもしれないが、はたしてそうか。
 このように居住環境に変化が起こると、このところの転居への願望は、新たなる生活構築にむけ展望をもって示されたものではなく、「生活感」を実感しがたい現状からの逃避に過ぎなかったのでは、という解釈も成り立つのであるが、そのような解釈による思考操作に安住してここに踏みとどまるのも、老化を伴ったある種の停滞かと、思索は混乱を極めるのであった。
 ちなみに、長谷川集平氏の絵本「すいみんぶそく」が、本の山の中から発見されたが、この絵本は、思春期というものの若さが持つ一般的な特徴を、象徴的に表現し得ていると同時に、「トリゴラス」にみられたような、かいじゅうへの少年の内面の外化=異化の作用、対人関係による支援システムが、もはや媒介性や関係性を剥がれてしまい、行き場を失っているという青年の現状を、おそろしく敏感に反映していたのだなあ、と、生活の匂いの乏しい室内の真中で、硬い木の椅子に腰掛けたまま、睡眠不足から少しは抜け出した頭で、強く感じたのであった。

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196 [2001/05/11 23:57]行列ができること

 一日二食生活に戻りつつある現状を打開し、かつ栄養のバランスを回復しようと、いつもより入念にインスタント食品のコーナーを走査するようにながめていると、「行列のできる店」のラーメンという風変わりな名称のカップ麺が、周囲の同類の製品に比較して、やや高い価格帯で並べられているのに目が留まった。
 これは、都心などでよく見かける昼食時の飲食店の前にできる行列を意味するのであり、さらに「行列ができる」のであれば、それはよほどに評判の店であることを意味するのであろうと解釈し、さらにはその味をこのカップ麺という厳しい条件のものにおいても実現し得たがゆえに、価格としても高価なものになっているのであろうという解釈を付け加えた。
 早速、その麺をひとつ、バナナと豆腐とヨーグルトの既に入った籠に収め、気前よく代価を払って帰宅した。
 しかし、その麺に熱湯を加えて他の食品とともに食卓において消費して見出されたことは、この「行列のできる店」が、他人の待ち行列を背にして、落ち着く暇もなく、小さな店内で貧相な食事をとる文化を単に象徴的に表現したものに過ぎないという結論であり、そのラーメンの味についても、「それにしては高価だな」という不満を抱かせるような代物に過ぎないということであった。「行列のできる店」に関する従来の認識を改め、かつ深めることになったことが、唯一の成果であったかもしれない。

 

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197 [2001/05/18 23:03]ごろくとほうほう

 札幌市街薄野の古書店北海堂で、本多勝一氏の「きたぐにの動物たち」という本を手にとって目を通していると、ふくろうの鳴き声は、アイヌの間では「ペウレップチコイキップ」と鳴くのだと記されていた。これは「小熊がいるから来て捉えろ」ということだそうだが、「糊付けホーセイ」「ぼろ着て奉公」と同様、人間の営みに助言し、指示を与えるような姿勢が、いずこのふくろうにもみられることが、そこに表われているようで面白い。
 今日ここに至る途中で立ち寄った支笏湖では、ふくろうの置物や、それをイメージした多数の商品は観受けられたが、残念なことに、そこここの木々に実際に元気に飛び回っていたのは、人間のゴミを漁って生きているような、上記図書によれば、ふくろうとは不仲な烏だけであった。おそらく、真昼のふくろうは、既に我々に愛想をつかして、樽前山や風不死岳の中腹辺りで、小熊と一緒に隠れているのかもしれない。

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198 [2001/05/27 03:05]行動の自然史を学ぶ

 波多野完治著「吾れ老ゆ、故に吾在り」(光文社)のあとがきで、著者は映画ホームアローンに登場する少年と「隣家の老人マーリーさん」との関係を例にあげながら、「『学習』は、わたしのような高齢者になると、たいてい自分より年の下の人に教えられて行なわれるのである。」と述べている。
 「『あなたは老人に似合わず、むずかしい顔をしていませんね。』」と他者からもみなされていた著者が、老いてなお、そのような表情であり得たのは、「世代」などという立場の違いを超えて、ものごとをあくまでも冷静に見つめ、そこに存在する対象世界の「むずかしい」構造に、常に知的好奇心をもって取り組むことに、「生きがい」も感じる暇がないほど、のめり込むという生活の姿勢があったからにほかならないのであろう。
 書物という媒体を通じてではあるが、私を心理学という世界に釘付けにしてくださった大切な存在のお一人であった先生のご冥福を、心よりお祈りするとともに、様々な媒体を通じて、今後ともご教示くださることへの感謝を、あらためて表明させていただきたいと念う。
 「精神を物質から説明することが心理学の任務だ」(波多野完治 1947 「心理学入門」より)

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199 [2001/05/29 00:30]目玉焼きのような笑顔

 他者に話しかけている正面で、その身振り表情豊かな「話し言葉」が、紙切れの上の「書き言葉」に置き換えられてゆくのみであるならば、それはなにか自分の行為が疎外されてゆくのを見届けるようで、あまり気持ちのよいものではないが、もし、にこやかな「表情」によってそれが受け止められるならば、それはおそらく、おだやかで心地よい対話的関係の契機を形作ることになるに違いない。
 Woody Allen監督作品の"Sweet and Lowdown"(邦題:「ギター弾きの恋」)で、主人公のギタリストEmmet Ray(Sean Penn)の演奏に、いつも恍惚としてにこやかな表情で応えていたHattie(Samantha Morton)は、後に彼と婚姻関係になる小説家自認のBlanche(Uma Thrman)が、彼の演奏を解釈し記述しようとするのに対して、常に彼の演奏を食事をとるかの如く、楽しみ受け入れるという姿勢で臨んでいたが故に、彼が再び彼女のもとを訪れることになるのもうなずけるのである。
 しかしながら、Felliniの映画"La Strada"(邦題:「道」)において、ご主人Zampano(Anthony Quinn)に対して同様に言葉を持たないヒロインとして登場するGelsomina(Giulietta Masina)は、旅芸人であるご主人のよき相棒として、街路芸の一翼をにない、それゆえに彼との悲劇的な結末を共有することになるのであるが、この映画では、劇場の隅で、ただ微笑むだけで、ひたすら主人公のナルシシズム的態度を助長することに徹するがゆえに、悲劇を迎えるのは彼女ではなく、彼のみであることになるのだ。
 はたして家庭を築いて落ち着いてしまった彼女を前にして、彼がひとり語りかける終盤の場面で、その言葉は、最後の一言まで彼女の耳にとどいていたのであろうか。
 ストーリーの最初のほうで、彼は天井から吊り下げられた "Paper Moon"(?!)から、その結末を予言するかのように、振り落とされてしまうが、私は、このように手の込んだ監督のナルシシズム的かつ自虐的手法に、まんまと引っかかってしまい、ジャズギターのリズムとメロディーの余韻を頭の中に残して、にこやか且つ感傷的に帰宅してしまうのである。

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200 [2001/06/03 02:23]Osaka天使の詩

 いつも地下へと強い風が吹き込んでいる、地下鉄恵美須町駅改札口への階段を下っていたら、心なしか黒ずんで、少々右肩下がりの羽根をつけた若い男性の天使が、すれ違うようにして地上に上っていった。
 果たして彼は、地下の世界から何を地上にもたらそうとしたのであろうか。
 残念ながら、今の私には、どうしてもその時の彼の表情が思い出せない。

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