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INDEX of ふくろう通信V

081 [99/08/03 22:56] 墓場のふくろう/フィールドにはいる
082 [99/08/06 23:25] 墓場のふくろう/生活空間
083 [99/08/10 01:03] 墓場のふくろう/五里霧中
084 [99/08/15 02:26] 墓場のふくろう/identify
085 [99/08/22 02:48] 墓場のふくろう/家具の機能について
086 [99/08/24 20:36] 墓場のふくろう/僕らはみんな生きている
087 [99/08/26 22:07] 墓場のふくろう/観察の高度
088 [99/08/28 00:33] 墓場のふくろう/海の向こうに見えるもの
089 [99/08/29 23:06] 墓場のふくろう/帰路
090 [99/08/31 12:11] 墓場のふくろう/人と機械の関係における葛藤の様相に関する考察
091 [99/09/22 15:07] 墓場のふくろう/課題の共有について
092 [99/09/26 00:06] 墓場のふくろう/記憶媒体の強度について
093 [99/09/26 00:39] 墓場のふくろう/記憶媒体の強度について2
094 [99/09/30 01:14] 墓場のふくろう/認識の闇
095 [99/10/03 01:49] 墓場のふくろう/Logicalならねばradicalならず
096 [99/10/10 01:19] 墓場のふくろう/「起こるはずのない」事故
097 [99/10/17 02:19] 墓場のふくろう/ちかごろのノートパソコン
098 [99/11/11 23:36] 墓場のふくろう/ふくろうはメッセージである
099 [99/11/13 21:55] 墓場のふくろう/データの冗長性について
100 [99/11/21 15:48] 墓場のふくろう/居場所の喪失
101 [99/11/28 16:32] 墓場のふくろう/ヒューマンインターフェース3
102 [2000/01/04 02:40] 墓場のふくろう/Until the end of the world
103 [2000/01/10 02:19] 墓場のふくろう/捨てる神と拾うdaemon
104 [2000/01/16 01:56] 墓場のふくろう/Ecological validity
105 [2000/02/01 22:42] 墓場のふくろう/描くに値する景観
106 [2000/02/11 01:42] 墓場のふくろう/感情の共有


本文

081 [99/08/03 22:56] 墓場のふくろう/フィールドにはいる

 海底のプレートと大陸のプレートがぶつかり合い、両者の力によって引きずられ、岩盤がぼろぼろになるほど引き裂かれる。
 静岡県の水窪町の北端にある谷間の村、西浦の川の上流に、「青崩(あおくずれ)」という場所があり、そこには破砕帯が顔を出しているという。地元の石彫家の耳塚さんが、両手に迫る山並みを交互に指差しながら、説明してくださった。
 もろい岩質は、自動車道路の構築を困難にし、古来から「塩の道」として信州との交易が営まれていたこの地方も、交通路の近代化から暫し取り残されることになったのだろうか。針葉樹林が山の実りを単調化し、猿を追い出すとともに、人間も追い出すことになってしまったこの村の、民家を一戸一戸訪ねながら、それでもここに残る人達が、取り残されることで保持しつづけることのできた、あるいは保持しつづけてしまったものを、一晩中同じ位置で光りつづける北極星を寝床で眺めながらゆっくりと考える機会を、ほんの数日ながら持つことができたのは、この数年のうちで何にも変えがたい経験であったように思う。


082 [99/08/06 23:25] 墓場のふくろう/生活空間

 昨晩、「1年前の今日は何をしていただろう」とふと予定表を見ると、そのときも外泊中だったようだ。あるホテルの個室で"homepage"を作っていたことを思い出した。生活の場が移動しながらも、homeがcyberspace中に固定されてあるという、不思議な生活空間に生きるようになってしまった。同時に、その場でかかわる相手が実在するのか不在なのかさえ曖昧になってしまった。あなたはまだ生きていますか?
(神戸市内のセミナーセンターに宿泊中に、死をひかえた人や誕生を迎えた人を思い起こしながら考えたこと。)


083 [99/08/10 01:03] 墓場のふくろう/五里霧中

 休日に大山に登った。遠方通過ながら台風の影響もあり、山頂付近は強風であった。霧に包まれた山頂に立って、視界が開けたときにそこに見えるであろうものよりも、さらに遠くのものがその向こうにあるような気がして、思わず身震いした。何か自分の頭の中にいるような不思議な感覚だった。


084 [99/08/15 02:26] 墓場のふくろう/identify

 電源の接触不良となったビデオカメラを修理に出すために、サービスステーションに出向いた際、「ご自宅の電話番号は?」と聞かれたので、あまり他人に公表していないその番号を伝えると、「○○にお住まいの○○様ですね」と担当者が確認してきた。4年前に、地震で不調となったVTRのデッキを修理に出したことがあったので、その際の資料が検索に反応したらしい。こちらとしては修理の申請書に住所を再度書き込む手間が省けたわけだが、何かしっくりと来ないものがあった。
 彼らは私以上に、私を把握してはいるのであろう。もちろん明日の私ではなく、昨日の私をである。


085 [99/08/22 02:48] 墓場のふくろう/家具の機能について

 安楽椅子をキッチンから仕事部屋に移動したら、空間がぽっかりと空いてしまい、おまけに天井から吊り下げられたランプシェードに頻繁に頭をぶつけることになった。だからというわけでもないが、小さな黒っぽい木製の食卓と椅子を購入した。ほとんど外食なので、これまで自宅でとる食事はすべて小さな仕事机の上で済ませていた。積み上げられた書類の山の中での食事もなかなか趣があるのだが、専用の食卓での食事により、消化吸収が促進されるであろうと期待する。と同時に、仕事部屋に再び安楽椅子が持ち込まれたことで、食後の睡眠が促進され、書物の消化吸収が阻害されることを恐れる。
 しかし、場合によっては、食卓が仕事場に変身するということも大いにありうる。「気がついてみたら、キッチンで研究していた」ということか。さぞ消化のよい文章が書けるのであろうが、すぐに水に流してしまわれるかもしれない。


086 [99/08/24 20:36] 墓場のふくろう/僕らはみんな生きている

 即席のやきそばと即席のラーメンを立て続けに摂食することになった。久しぶりに神戸の仕事部屋で昼を過ごす機会が重なったので、キッチンの戸棚を片付けた際に、年始めに購入したそれらの食品が転がり出てきたのである。ともに賞味期限が本年3月末であると印刷されたものであった。
 摂食行為に及んだのは貧困さというよりも好奇心であったと思うことにしたい。一般に、賞味期限は腐敗が摂食を不可能にし始める時期を意味するのではなく、摂食に及んだ場合、決して生産者が保証するような味覚を保証できないということを意味するにすぎないと理解していた。それは実際その二つの食品について正しく該当する意味であることが判明した。
 しかし、食後に感じた気味の悪さは、腐敗によって元気に活動し始めた細菌によって腹痛に襲われるのではないかという不安に由来するものではなく、腹痛に襲われる心配がまったくないという事実あるいは確信に由来するものであった。

 


087 [99/08/27 01:14] 墓場のふくろう/観察の高度

 大雨で1時間ほど列車が遅れ、長崎駅に着いた時、駅前の通りには真っ黒な空からどしゃ降りの雨がさわやかに降り続いていた。浦上という市電の駅から山側に向かって少し入ったところのホテルに、駅の売店で購入した長崎市街図を持ちかえり、ベッドの上に広げてみた。さきほど市電の車窓からながめてきた街中のさまざまな施設や商店の名称が入っている、8000分の1の市街図である。今回は20年ぶりで、おまけに仕事で訪れたこの街の地図を、懐かしくも漫然と眺めながら、この高度からは、コンビニエンスストアで購入したヨーグルトを持って、いそいそとホテルに向かって歩いている、さきほどの私の幾分楽しげな表情は、いくら晴れていても、覗うことはできないだろうなと、改めて感じた。


088 [99/08/28 00:33] 墓場のふくろう/海の向こうに見えるもの

 夕闇のグラバー邸から眺めた長崎港が、神戸と較べてなにか寂しいのは、以前からの工業都市としての衰退や、このところの不況が街の雰囲気に反映しているからでは必ずしもなくて、海を隔てた対岸に、同じ街の灯が見えるからに他ならない。広く世界につながっている大海が目の前に開けている場合と、自分たちの生活が鏡を見るように視界に入り込んでくる場合とでは、港の印象は大変に異なるものであるようだ。


089 [99/08/29 23:06] 墓場のふくろう/帰路

 明日中に郵送する必要に迫られて、旅先での仕事のデータ処理をすべて列車内で行ってしまった。おかげで、今晩はゆっくりと休めるわけだし、明日は次の旅の準備にもかかれるわけだが、なにか釈然としないものが無いではない。四六時中オフィスに座っているような感覚で、旅の余韻などといったものを味わっている余裕が奪われてしまったからだろうか。でも、長崎本線からTSS的に眺めた夕空の断片をつなぎあわせると、そこには、明らかに夏の終わりを感じさせるものがあったように思っておきたい。
(線路の上で)


090 [99/08/31 12:11] 墓場のふくろう/人と機械の関係における葛藤の様相に関する考察

 先日、青年期以降の危機について講義した際、Erikson,E.H.の「親和性 vs 孤立」および「生殖性 vs 自己陶酔」という二つの葛藤について取り上げることがあった。対等な2人が、「お互いに折り合いをつけながら、なおかつ自己実現を目指して各々の活動を展開できるか」という前者の葛藤関係は、今朝、神戸に「宜しく頼むよ」と一方的に呟いて置いてきた"s"との関係についても該当するのではないか、と思ってみたが、数週間離れて過ごすだけで、私のみならず少なからぬ人間の手を煩わせることになるかもしれぬ彼女との関係は、やはり後者の葛藤において要求される、「産み出したものに対して、見返りを求めず愛情を注ぎ込む」必要のある一方的な奉仕の関係が相応しいのではないかと結論付けざるを得ない。
 いずれにせよ、私が、前者に加えて後者の葛藤をすんなりと乗り切ることができるかは、"s"の気質次第というところか。
 遠隔管理の体制は十分に整えてきたが、cyberspace上の諸氏が、暗躍されることの無いよう、望むばかりである。
 (Kansai Air Portに余裕を持って到着。それでは行ってきます。帰ってこれれば帰ってきます。)


091 [99/09/22 15:07] 墓場のふくろう/課題の共有について

 上海を発って、最初に見えたのが、この20日間ほどの間、排気ガスの立ち込める街中で決して見ることのなかった抜けるような青空であり、日本上空にさしかかってその空の下に最初に見えたのが、諫早湾の濁った水であった。
 両国ともに、共有する課題は山積みである。
 (大阪湾内の船上にて)


092 [99/09/26 00:06] 墓場のふくろう/記憶媒体の強度について

 上海人民公園の北東部、南京東路と西蔵中路の交わるあたりに、「上海音楽図書公司」があり、その一階の大半はVCDのコーナーで占められている。CDのコーナーが二階であること、およびその価格がVCDの2倍から3倍であることなどを考慮すると、国内でのVCDへの力の入れようを感じざるを得ない。
 海外電影作品のコーナーには、"Star Wars"や"Terminater 2"は見当たらなかったが、"Brade Runner"が置かれていた。「銀翼殺手」と訳されたタイトルの、その中文吹替え版2枚組VCDを購入し、帰国して後、早速CD-ROMドライブをVAIOに接続して鑑賞と相成った。
 哈里森・福特(Harrison Ford)が割り箸で麺類を挟みながら車に乗り込む場面で、つい先日、早朝に上海の街角で見かけた、麺類を食べながら街路に寝ぼけ顔で出てきたおにいさんの光景を思い出した。街中を生活者の眼ではなく、分析者の眼で見つめてきた私のこの数日は、異邦人であるとともに、ある意味でアンドロイド的であったような気もする。しかし、生活者の彼らにとっても、街は過去の記憶を消し去ってしまう方向にとてつもない速度で変貌している。果たして彼らは過去をどのように背負うことになるのか。
 「この続きは別の機会に」と思って、ディスクをドライブから取り出そうとしたら、さほど力を入れたわけでもないのに、パリッと軽い音がして、真中の穴から外周に向かってひびが入ってしまった。
 来年出向いた折には、ディレクターズカット版が出るとともに、記憶媒体の強度がより安定していることを、強く願うものである。


093 [99/09/26 00:39] 墓場のふくろう/記憶媒体の強度について2

 台湾で多くの建物が倒壊し、おそらくは同様に多くの人々がその犠牲となったであろうその朝のテレビのニュースで、アナウンサーの明るい表情とともに最初に告げられたのは、前日の夜、南京東路の車道が全面的に改装され、遊歩道になった式典の様子、市を東西に横切る地下鉄の試運転の様子、虹橋空港に替わる東浦の新空港開港にかかわる事実の報告であった。
 それらの画像が写し出された後に、60秒ほどの報告として画面に映し出された台湾の映像には、つい数日前に、街中で見た、取り壊されつつある旧市街地の情景を思い起こさせるものがあった。
 思うに、この街にとって、廃墟はここ数年、意図的に作り出されていたものであり、またそれは近代的な構築物によって跡形もなく消去されてゆく必然性を伴ったものであったに違いない。その間、人々は街並みの痕跡とともに、自らの記憶をもどこかに葬り去ってしまうことになったのかもしれない。
 私も含め、上海の人々が我に帰り、台湾での事実をその深刻さとともに受け止めることができるには、少し時間を必要としたようであった。


094 [99/09/30 01:14] 墓場のふくろう/認識の闇

 発達心理学者の浜田寿美男氏の著作に「証言台の子どもたち」(日本評論社, 1986)というノンフィクションの作品があり、「自白の真実」(三一書房)という大著および、その他実践編二作(「野田事件」および「狭山事件」に関与したもの)とともに、その論理展開の一貫性と信頼性について、私もさまざまな機会に、話題にすることにしていた。
 この書物の優れた点は、「証言台」を「実験室」に読みかえれば、そのまま心理学研究法に関する重要な示唆を与えてくれるということであり、それはまた、さらに別の場について読みかえることができるところにも同様に存在する。我々が生活の論理の中で陥ってしまう非論理性を、鋭く問いただす著者の論述には、裁判という特殊な場に限らず、我々が人間を理解しようとするあらゆる機会に存在する認識の陥穽に対する、厳しい姿勢が感じられる。
 甲山事件が長きにわたる審理の時期を必要とした裏に、政治的な判断があることは、松本竜一氏の著作によっても広く知られるところとなっているが、問題の核心は、おそらくそのようにあからさまな側面ではなく、慣習的にやりすごしてしまうような人間の行為における認識の闇の部分にあるものと思われる。それゆえに、これは過去の問題ではなく、現在の問題でもあり、それゆえ政治的にすべき問題でもあるのだ。
 検察の「温情のない」、ではなく、「非論理的な」上訴のなからんことを、切に望むものである。


095 [99/10/03 01:49] 墓場のふくろう/Logicalならねばradicalならず

 薬莢が画面一杯に無数に転がり落ちる光景には、もはやその武器を操作する主体と、それによって打ち抜かれる主体の対決を描写するというよりも、できる限り他者と対面した次元でかかわりたくないという無意識の衝動を表現しようとする意図が感じられた。
 映画"MATRIX"でKeanu Reeves演ずる主人公が打ち出す銃弾に、そのような感想を抱いたのは、彼が映画内の「現実世界」では終始、青白い表情で気難しく振舞っているにもかかわらず、"matrix"内の格闘場面では、いとも軽やかに武器を操り、またそれとまったく同様に身体を操ることができる勇者として描かれていたからかも知れない。
 ビデオゲームの世界では対決する相手は、視覚的には2次元上のキャラクターであるには違いないが、その背後には、ある種の整然としたアルゴリズムが展開しており、ゲームパッドを握る操作者は、常にその論理にまなざしを向けていなければならない。怒りや憎しみ、はては悲しみ、ではなく知性を向けなければならないのだ。
 その意味で、息絶えたかに見えた主人公の彼が、突如として"matrix"のシステムの論理を悟りを開くように見通す方向に仕向けるのが、女性からの一方的な精神エネルギーの充当であるというのはいかにも取って付けたようであり、このモメントを介した場面展開は、ユーザー感覚に徹することのできるビデオゲームのファンには受けても、ハッカー的ゲームおたくの受け入れるところにはならないであろうと、小気味よいリズムに乗って流れるテロップを眺めながら感じた。
 もちろん、彼らがそこまでlogicalかつradicalである必要性および必然性はないわけであり、取って付けたような展開にリアルさを感じる、その感性に、却ってこの映像の意図は向けられているのかもしれないが。


096 [99/10/10 01:19] 墓場のふくろう/「起こるはずのない」事故

 私が既に10年ほど使用しているMacintshSEのscreensaverに以下のようなメッセージの表示設定がなされている。

「このMacintoshは核燃料装置の不調によりまもなく爆発します。直ちに退避してください。」

 研究室に訪れた少なからぬ人々が、起こるはずのないこのメッセージに動揺し、また実際に退避の態勢に入った不幸な来客も少なからず存在した。私はそのたびに、これらの人々の健全なる感性に対して行なった悪戯に後ろめたさを感じるとともに、このメッセージの事故が、現実においても「起こるはずがなく」、それゆえに冗句ともならぬ状況が、核のある世界においてではなく、核のない世界において実現されんことを常に願ってきた。そのことは、今日の技術水準および管理システムの水準を見る限りにおいて、今後もますます願わずにはおれない。


097 [99/10/17 02:19] 墓場のふくろう/ちかごろのノートパソコン

 久しぶりに恵比須町から日本橋、難波にかけて、夕方の電気街を足早に歩いた。デスクトップ用72pのSIMMと、ノートパソコンに内蔵する2.5inchのSCSI hard diskを探して、中古店をまわった。前者はようやく16Mのものを1枚だけ見出すことができたが、後者にいたっては、IDE以外のものは皆無であった。そういえば、いくつかの店舗において、中古品のハードディスクのコーナーが縮小されて、一時ほどの品揃えが無いように思われるのは、採算の問題もあるのであろうが、保証の問題が厄介な品物でもあるからだろう。
 ヘッドとディスク面の距離のとりかたの安定性が命であるハードディスクは、パソコンの部品の中でも、かなりデリケートな部類に属する機器に違いない。ノートパソコンに今後SCSIのディスクが採用されないとすれば、品物に出会う機会は今後ますます減少することになる。
 人間の場合なら、臓器の提供を待ちながら、希望を暖めることもできるのかもしれないが、部分的な不良が生じたパソコンの場合は、時間が経つほど望み薄となる按配のようだ。
 動ける若きパソコンは今のうちに熱き青春を謳歌すべし。それにしても、店頭に置かれていたiBookは、裏面が極度に加熱されていた。過去、3種のノートパソコンのボードを熱で回復不能にしてきた私の経験からすれば、今年の冬あたり、彼らもまた日本国中の炬燵の布団の上で、同様に熱き青春に終止符を打たねばならぬ事態に遭遇することになるのだろうか。彼らの自制、いや彼らの保護者が、彼らを暖かき布団のなかに安住させること無く、冷たきテーブルの上に地に足のついた生活を送らせてくれるような適切な配慮、を期待する。


098 [99/11/11 23:36] 墓場のふくろう/ふくろうはメッセージである

 摂津本山の「しあわせなふくろう」で開かれた保手浜孝さん秋恒例の個展で、"mail"のタイトルがついた版画を購入した。小さな額に納められた、版画の中央には、遠くまでまっすぐに続くだだっ広い夜の道路を横切って、1通のメールをしっかりとつかんで、どこかに飛び去って行こうとするふくろうが描かれている。
 このメールの依頼者である書き手はどこかにいて、この配達屋さんのふくろうは、自らは知ることのない、別のどこかにいる読み手のもとにそれを運んでいるという構図を、仕事柄、先ず思い描いてしまうのだが、よくよく考えてみれば、そのように、ふくろうをあくまでメールシステムの仲介者と考えなばならぬ必然性はないのである。
 思索のシンボルたるふくろうも、おそらくはコミュニケーションの機会を通じて、その思索の深まりをものにしていくのであろう。そして、それは具体性、力動性、現実性、そして関係性をより強固にしてゆくのであろう。彼がメールの仲介者という位置付けを脱し、彼自身がメッセージをになう媒体として、メッセージを伝えるために今まさに嬉々として飛び立ち始めたのだとすれば、なかなか頼もしい構図だと私は思う。


099 [99/11/13 21:55] 墓場のふくろう/データの冗長性について

 朝から幾分暖かな秋晴れの空のもと、東北大学で開催された情報処理の教育に関する研究集会というものに出向いた。その分科会のひとつの発表で、講義を100秒単位で動画データとして記録し、後の学生の自主学習の便に供するという趣向の報告があった。報告後の質問に、全ての講義のデータを記録したらかなりの予算が必要になるのではないかという危惧が寄せられ、報告者も記録が必要な性質の講義だけに限定することの必要性という視点から、応答がなされた。
 思うに、データを生のまま記録しておくならば確かに多量の記憶媒体を必要とするであろう。しかし、各回の講義のデータを、その内容に関して差分で記録する(できる)ならば、案外なデータの圧縮を可能にするのではあるまいかと思う。人間の話しというのは、講義に限らず、思いのほか冗長であり、一言で言ってしまえるところを、まわりくどく、かつ、くりかえし説くことに特徴があり、それゆえに、聞き手は、曖昧さを繰り返しによって明確にする機会を得ることができるのであると考える。決して無駄ではないのだ。
 しかし、もしこの記録が毎年度行われ、前年度と同名のタイトルの講義の記録が次年度も取られることになったとき、おそらく多くの講義について、格段に記憶媒体の節約になる差分ファイルが出来上がるに違いないと、自戒の意味も込めて思った。
 帰りに立ち寄った秋葉原のパーツ屋さんで、Macintoshの中古電源を買いこみ、受け取ったレシートを見て、店の名前が変わってしまっているのに気がついた。パーツの品揃えに変化はなかったが、いつもいたあのおじさんはどうしたのだろうかと、少し心配になった。私にとっては差分少なからぬ経験であった。
(静岡の掛川付近を通過しながら)


100 [99/11/21 15:48] 墓場のふくろう/居場所の喪失

 健康診断の結果、今年もあいかわらず、多彩な再検査が待ち受けていることが告げられた。しかしながら、病院に出向く余裕および意志が存在しない。自己管理力のなさは、身体に限ったことではないが、「回復」は健全性の維持以上に困難な課題である。原因がつかめても対策が見出せぬようでは、精神的にもよいものではあるまい。
 岡本の"hand in hand"二階にあるサラダ・レストランのマリオが今週限りで閉店となってしまった。健康的な栄養補給の場所であるとともに、文書作成や"s"のリモート管理など、第二の仕事場であり、また居間でもあった場所がなくなるのは残念である。今後、ますますバランスが崩れること必至である。健康管理の方策を検討する機会にせねばと、自己反省する。


101 [99/11/28 16:32] 墓場のふくろう/ヒューマンインターフェース3

 先日の朝、自宅を出る前に財布に小額の紙幣が入っていないことに気づいた。駅近くの銀行が既に開いていたので、両替機に1万円札を入れて、まず5千円のボタンを押し、つぎは1000円札5枚にするつもりでいたが、操作法に不慣れであったので、適当にボタンを押してしまい、間違えて10円硬貨に両替されてしまった。元に戻そうとも思ったが、十円硬貨が50枚束になって包まれたものには、従来スーパーマーケットでレジの台のへりにたたきつけるようにして開封する店員さんの所作とともに出合う程度で、自ら所持する経験がなかったので、珍しく感じ、そのまま駅まで来てしまった。
 駅の切符の自動販売機に、ここぞとばかり10円硬貨を矢継ぎ早に放り込んだら、20枚ほど入れた時点から返金され始め、しばらくすると、前に入れた20円分の硬貨が全て排出されてしまった。ほどなく駅員さんが販売機の横の扉から顔を出して、非常に迷惑そうに20枚以上の10円硬貨は受け付けられない旨の警告を発して消えた。
 同日、他の駅においても同様に試行してみたが、同じ結果が得られ、駅員さんの証言の正しさが証明された。
 もはや10円硬貨はその価値を社会的に認められぬ時代に突入したことを実感するとともに、機械処理のシステムに迎合して生活せねばならぬ不幸を肌身で感じることになった。


102 [2000/01/04 02:40] 墓場のふくろう/Until the end of the world(1999-12-31)

 年末の夜、遅い夕食に出たついでに、深夜の作業前の気分転換も兼ねて、三宮界隈を徘徊した。「今夜限りの風景」という思いが、ある種それを許容する感覚とともに、かすかに脳裏を過った。

 しかし、同時に、「2000年代」を記述し始めるにあたって、先ず必要なのは、この夜に感じた「ある種不幸な感覚」を感覚のままに許容するのではなく、確証することでなければならないと思う。


103 [2000/01/10 02:19] 墓場のふくろう/捨てる神と拾うdaemon

 先日の朝、荒ゴミの日なので不用になったダンボール箱を出そうと1階のゴミ集積場所に出向いてみると、そこにIBM-PC互換のパソコンが放置してあった。一見したところ壊れた様子もないが、おそらく機械の不調でもあったのだろうと思いながら、部品取り程度の気持ちで、部屋に連れてきて電源を入れてみた。メモリが取り外されている旨のメッセージが画面に表示されたので、ボードを引きずり出してみると、確かにメモリスロットからメモリが外されていた。これは機械の不調ではなくて、あきらかに機器更新のために捨てられたのだなと思われた。その日の帰宅後、部屋の中に転がっていたメモリを入れて起動してみると、問題なく起動した上に、ハードディスクも内容は消去されていたものの、機能的な問題はないようだった。早速、C社のweb上に公開されている、自社製品の機器の現状を検定するプログラムを取りこんで、検査した結果、全く問題のないことが明らかにされた。
 現在、BSD系のOSをそれにインストールして、ネットワーク管理に供することを計画している。パソコンにとっては第二の仕事場に入ることになるのだろうが、私としても、彼に以前の使用者以上の有益な課題を課すことのでき、彼にとってもよい共同作業者となれるよう、気分を一新する契機にせねばと思う。
 しかし、このパソコンは本当に捨てられたのだろうか。何か自分が拾われたような気がしてならない。


104 [2000/01/16 01:56] 墓場のふくろう/Ecological validity

 試験監督をした。前夜からの家庭での行動に始まり、二日間にわたる会場での行動を通じて、これだけ多くの人間が、心理的かつ物理空間的に非常に似通った次元での生活行動を体験をするというのも、また他に無いことであろう。
 それゆえ、もしこの人達がなんらかの心理学実験に参加することが可能になるならば、殊の他、条件統制のとれた理想的な標本集団を得たことになるなあ、とまず思った。
 しかし、このように感心しながらも、もし条件統制をとるということが、このように整然とはしているが、このように特殊な社会的・心理的空間での存在を余儀なくされることであるのならば、実験による条件統制ということ自体、なかなか無意味なものであるのだなあ、とも感じた。


105 [2000/02/01 22:42] 墓場のふくろう/描くに値する景観

 倉敷の大原美術館近くに児島虎次郎記念館があり、そこには彼が鉛筆で描いた習作が残されている。その一つには、非常に細い右上がりの線でモデルの立像が描かれているのであるが、それは描くというよりも、被写体を走査して取りこんだ光線の明暗をブラウン管上で正確に再現したかのごとき線の集合からなっている。
 留学から帰国した彼は、国内に自分のイメージする光と色が無いことに悩んだということを以前に聞いたことがあるが、彼がいかに対象の発する光線に厳格な眼差しを向けていたかが、そこからも非常によく伝わってくるように思われた。
 時期ゆえにか、観光客のほとんどいない倉敷の街を歩きながら、彼が光や色を見い出せずに失望した状況は、おそらくその美術館周辺の映画のセットのような景観保存地区よりも、その外のどこにでもあるような生活の匂いはする日本の街並みに、ますます色濃く表われているような気がしてならない。


106 [2000/02/11 01:42] 墓場のふくろう/感情の共有

 JR住吉駅近くのファミリーレストランで夕食をとっていると、背後の座席ボックスに座った私より少し若年と思われるビジネスマン風のおだやかな口調の男性が、その場から携帯電話で呼び出した、大学生ぐらいとおぼしき青年男性に、なんらかの契約を推奨する説明を始めた。
 ほどなく、その勧誘者の男性は、上司とおぼしき人物と携帯電話で連絡をとるとともに、契約に応じる姿勢をみせているその青年に較べ、あからさまに否定的な意見を持っていると、電話での会話からみなされるその家族とも、連絡をとり始めた。
 以後30分ほどの間、各々の相手からかけられてくるとみなされる二本の携帯電話の着信音が、騒々しく店内に鳴り響くこととなった。
 非常に不思議だったのは、その呼び出された青年と、その勧誘者の男性の間に交わされる実質的な会話がほとんどなく、勧誘者の男性はもっぱら、携帯電話を通じて遠距離の二人と熱を入れた会話を進めていることであった。
 「それではとりあえず、今日はこのへんにしておきましょうか。」と勧誘者に言われて腰を上げた青年は、結局ほとんど出向いて来た意義もなかったにもかかわらず、なんら会話を求めるでもなく、しばらくして帰って行った。こういう物言わぬ青年が、この手の商法の被害者の特徴なのだろう、と独り合点もした。
 おそらく、勧誘者が家族に行っていた呼び出しは、「電話ではわからない」「とにかく来ていただいてお話しを聞いていただかなくては」という、勧誘の常套手段をとることの必要から来たものであり、電話への対応に追われて、その場での青年との実質的な会話が皆無であったのも、これまた会合の場を増やして関係を密にしてゆくために、あえて取られた戦略であると考えられた。
 頻繁に鳴る携帯電話の呼出音も含め、このような詐欺的な勧誘が背後で展開されているということに、非常に不快感を強めていたのであったが、青年を帰したあとに一通りの事務連絡を終えたその男性が漏らした「ふうー」というため息には、ある種の同情とか共感に属する部類の感情を強く抱いてしまった。
 おそらく、そのような感情の共有を許してしまった私も、この手の勧誘に騙される人間なのであろう、と、また独り合点した。


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