第七十六話 コムギ

子供の頃のニュース映像で、白い息を吐きながら、手を後ろにして足踏みする「麦踏みのお手伝いをする小学生のよい子達」が登場する場面の記憶があります。わたしは町で育ったので、実際を見たことがないのが残念です。霜の害を防ぎ、ムギを強くするためなのだそうですね。

とはいえ、小学生当時、川向こうの晴海(東京都中央区)には麦畑などもありました。その中にヒバリの巣を見つけたことがあり、卵を一つ失敬してくるような「悪い子」でした。人に見せたくて、自転車をこいで月島に帰る途中、手の中の卵を割ってしまいました。私の気まぐれな好奇心のため、無駄になってしまった卵と親ヒバリに申し訳なくて、半べそになるくらい落ち込んで、「こんな可哀相なことは二度としない」と誓ったのでした。

さて、小麦の話ですが、DNAの総体をゲノムといい、染色体の1組です。野生種のコムギは2組の染色体を持つ2倍体ですが、私たちに一番馴染みのある普通コムギ(パンコムギ)は6倍体です。パンコムギの祖先、その親は何と何だったのでしょう。ゲノム分析という手法を使って、1943年にパンコムギの先祖を発見したのは、当時京都大学農学部教授だった木原均博士です。(1)

博士はゲノム分析から、パンコムギは栽培種の2粒コムギと、2倍体の野生種との雑種と推察し、起源の地とされるアフガニスタンやイランなどで学術探検(京都大学カラコルム・ヒンズークシ学術探検隊:1955年)を行い(2)、該当する野生種を発見しました。それはタルホコムギと云われるもので、帰国後、タルホコムギと2粒系コムギを交配し、パンコムギの合成に成功しました。

コムギの系統関係

ムギ3群とタルホコムギの系統関係(2n=染色体数)

最初の栽培種の2粒コムギは、脱穀の困難なエンマコムギといわれるものでしたが、紀元前1000年頃にこの中から突然変異で、脱穀の容易なコムギが生まれたそうです。それがマカロニコムギで、またの名をデュラムコムギ(Triticum durum)といいます。グルテンが多く硬いためで、durumはラテン語のdru-(硬い)に由来します。

デュラムコムギの粗挽き(セモリナ)粉を塩水で練って、粟粒大にしたものを蒸して食べるのがクスクスです。昨年、シチリア島で食べたときにはそんなことも知りませんでしたが・・・最近、デュラム・セモリナ粉で作る生パスタ(主にフェトチーネですが)にはまっています。遠い昔の、コムギの祖先を想いながらいただくことにします。

【学名】Triticum aestivum L.
【属名】コムギの意。イネ科コムギ属
【種小名】夏の
【命名者】カール・フォン・リンネ

(1)「京大学術探検隊・カブールへの旅」1955年6月24日:朝日新聞朝刊
(2)戸塚区舞岡に、横浜市立大学・木原生物学研究所があり、見学したことがあります。
ほかに、牧野植物図鑑、大日本百科全書、Wikipediaなどを参考にしました。 目次へ
デュラム・セモリナ
 デュラム小麦のセモリナ(横須賀市・長沢)

第七十七話 土筆

ツクシは「スギナの胞子茎(あるいは胞子穂、胞子体)」というのだそうです。難しい言い方ですね。スギナの方は栄養茎といいます。「おぉ、もうスギナの胞子茎が出ている!」などとおっしゃる方は「可愛くない!」と言われるのを覚悟しましょう・・・

スギナはトクサ科トクサ属のシダ植物です。トクサの仲間で化石植物のロボクは石炭紀(3億6千万年前〜2億9千5百万年前)に栄えました。高さ10〜30mにもなる木本ですが、トクサと同じく幹は空洞だったそうです。巨大な仲間は石炭紀を過ぎると絶滅し、中生代、新生代を経ると小さくなり、現在のトクサの仲間が生き残りました。現生のトクサの仲間は、最大のものでも1.5m程度にしかならない草本で、小型化することで環境変化を生き延びてきたといえます。トクサは、ロボクと同じように、先端に胞子葉群(胞子嚢穂)を付けますが、その姿はツクシにそっくりです。

胞子が飛ぶ前のツクシは、春の味覚として賞味されますが、最近、ツクシが花粉症の対策として効果があるのではと注目されています。1998年、日本大学の島方洸一教授(理学博士:現日本大学文理学部・学部長)が山歩きで採集したツクシを食したところ、重度の花粉症が治まった経験から成分を分析し、その成果を元に、2006年春、日大と四国のメーカーとが共同開発した「つくし飴」が販売されたそうです。モニタ調査では全体の6割に改善効果があったということですから、花粉症にお悩みの方には朗報ですが、インターネットでしか入手できないことと、比較的高価なことが残念です。

私は歳のせいか、ん十年苦しんだ花粉症がほとんど起きなくなり、この飴は必要なさそうですが、せめて、卵とじや煮浸しのツクシ料理でもと思っております。

一面にツクシが生える頃、寝ころんで低い視野からツクシを眺めてみるつもりです。そうして、石炭紀の水辺・ロボクの森を想像してみたいと思います。ロボクは地下茎から発生するので、今の竹林の様に密生していたといいます。石炭紀の森は、はたしてどんな光景だったのでしょう。巨大なトンボのメガネウラが、ロボクの間を縫って飛んでいたでいたのでしょうか?

【学名】Equisetum arvense L.
【属名】equus(馬)+saeta(剛毛、硬い髪)。細い枝を多数,段々に輪生するスギナの形を馬の尾に譬えたもの。トクサ科
【種小名】arvense 可耕地の,原野生の,畠地生の
【命名者】リンネ
*牧野植物図鑑、日本大百科全書、Wikipediaなどを参考にしました。 目次へ
ツクシ
 ツクシ(横須賀市・光の丘・水辺公園)

第七十八話 ミズバショウ

3月18日のこと、箱根の湿生花園でミズバショウが咲き始めたというニュースが届きました。いつもの年より1週間ほど早いそうで、4月中旬頃まで楽しめる、とのことでした。

ミズバショウはサトイモ科ミズバショウ属で、白い仏炎苞は葉が変化したものです。中央から立ち上がっている円柱状のものが本当の花で、肉穂花序といいます。雌性先熟の両性花を付けるようですので、テンナンショウ属のウラシマソウの様に性転換するようなことはないようです。

前から気になっていたことがあります。それはミズバショウの匂いです。江間章子作詞、中田喜直作曲の唱歌、「夏の思い出」の2番に、「・・水芭蕉の花が 匂っている 夢見て匂っている 水のほとり・・」という一節があります。今までに何度も見たことはあるのですが、匂いをそばで嗅いだことがありません。

自家受粉も可能なミズバショウの花は蜜を出さないそうですが、匂いでは送粉者の昆虫を呼び寄せると思われます。有名な尾瀬沼での花期は5月末なので、尾瀬ではまだ春先。昆虫はハエくらいしかいないと思います。アメリカミズバショウ(skunkcabbage:スカンクのキャベツ)は黄色い仏炎苞と強烈な悪臭をもっていて、ハエなどを呼び寄せるそうです。これから想像すると、ミズバショウもさぞ・・・

と思っていたのですが、色々と検索してみたところ、人によってはきついと感じるものの、概ね良い匂いとの評価のようです。しかし疑り深い私のこと、箱根の湿生花園で匂いを確かめてみたくなり、4月6日に箱根へ行ってきました。

ミズバショウはまだ盛りというほどではなかったのですが、好天に恵まれて、ザゼンソウ、カタクリ、ショウジョウバカマ、エゾノリュウキンカなども楽しんで参りました。で、肝心の匂いですが、それは「野菜が嫌気性発酵」したときの匂いで、いわば「腐臭」。でも、さほど強くはないので、悪臭とまでは感じません。送粉者はおそらくハエだろうということを確証した次第です。

【学名】Lysichitum camtschatcense (L.) Schott
【属名】lysis(分離)+chiton(tunic:衣服)。この属には分離した明瞭な花被がある特徴を強調した。サトイモ科
【種小名】カムチャッカの
【命名者】リンネ(Schottについては不明でした)

*日本大百科全書、牧野植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。 目次へ
ミズバショウ
 ミズバショウ(箱根・湿生花園)

第七十九話 クレマチス

クレマチスの呼び方は、キンポウゲ科センニンソウ属の総称ですが、日本にはカザグルマ、センニンソウ、ハンショウヅル、ボタンヅルなど22種が分布し、世界では250種ほどが知られているそうです。先日参加したウスバシロチョウ観察会でもハンショウヅルが今にも咲きそうでした。

同じ仲間のテッセン(鉄線)は中国原産でカザグルマに近縁だそうです。Clematis florida sieboldii を指し、これは白花で6弁です。他に紫色や八重もあるそうです。庭に咲いた写真のものは8弁なので、クレマチスの仲間でしょう。

鉄線と呼ばれるのは、茎が細長く堅牢なためです。欧州へはシーボルトがテッセンを伝えたそうで、英国などで交雑品種が生まれ、現在のクレマチスに反映されているようです。

花の形が良く似たトケイソウがありますが、今回調べてみるまで私はクレマチスの仲間と思っていたのですが、これは全く別なトケイソウ科の植物でした(恥)。クダモノトケイソウといわれるのが、パッション・フルーツで、中央アメリカや南米の熱帯・亜熱帯が原産地です。16世紀、現地に派遣されたイエズス会宣教師が、この花を聖フランチェスコが夢に見た「十字架上の花」と信じて布教に利用したことによります。子房の柱を十字架、3裂した雌しべを釘などに見立て、キリストの受難(Passion)に例えたためです。

パッション・フルーツは期待に反してたいそう酸っぱいことがあります。キリストの「受難」に較べたら大したことはありませんから、我慢していただくことにしましょう。

【属名】Clematis
Dioscoridesが付けた,長い柔らかい枝を持ったよじ登り植物の名で,clema(若枝)の縮小形。キンポウゲ科
*大日本百科全書、Wikipedia、牧野日本植物図鑑などを参考にしました。 目次へ
クレマチズ1 clematis2
 クレマチス(横須賀市・長沢)

第八十話 ヒナゲシ

ヒナゲシと聞くと、私などはアグネス・チャンの歌を思い出しますが、ご年配の方(お前だって年配だろうというツッコミは無しね)でしたら、中国での別名から漱石の虞美人草や史記・項羽本紀の虞美人を連想されるかもしれません。

・・・紀元前202年、劉邦率いる漢の圧倒的な軍勢に囲まれ、項羽は「四面楚歌」を聴きます。楚の歌は実は劉邦の策略だったそうですが、項羽は命運の尽きたことを悟り、愛馬「騅:スイ」と、常に傍らにおいた寵姫「虞美人」を案じ、「垓下の歌」を吟じます。

    力拔山兮 氣蓋世 (力は山を抜き 気は世を蓋う)
    時不利兮 騅不逝 (時利あらずして 騅逝かず)
    騅不逝兮 可奈何 (騅逝かざるを 如何すべき)
    虞兮虞兮 奈若何 (虞や虞や 汝を如何せんと)

虞美人はこれに和して舞ったのち、足手まといにならぬようにと自害します。項羽は夜陰に乗じて脱出しますが、追っ手の中に見いだした旧友に、報償の掛かった首を自ら刎ねて与えます。虞美人を葬った塚には、虞の貞節を表す赤いヒナゲシが咲いたといいます。

改めて読み直してみますと、史記は虞の死について何も触れておりませんでした。それどころか、後の三国志の時代にすら、中国にはまだヒナゲシは存在しなかったという、結構ぶちこわしてくれるような話もありました。

気を取り直して、ヒナゲシについてですが、阿片・ヘロインの元になるケシの様な強い毒性・薬理はありませんが、古代ギリシャでは煎じて炎症に塗布し、種子は緩下剤に利用したそうです。外来種には多少冷淡なところがある私ですが、久里浜駅前で風に揺れるヒナゲシには心和みます。ところが、良く調べてみたところ、これはヒナゲシではなく、アイスランド・ポピーで、シベリア・ヒナゲシと同じものだと知りました。中国の北部、シベリア、モンゴルが原産だそうで、アイスランドにも自生するからとありました。疑問が一つ解けましたので、まぁよしとしますか。

【学名】Papaver rhoeas L.
【属名】古名。papa は幼児に与える粥(かゆ)で,ケシの乳汁に催眠作用があるため,粥に混ぜて子供を寝かしたと云う。ケシ科
【種小名】花がザクロ(roia)の様に赤いため
*日本大百科全書、牧野新日本植物図鑑、インターネット検索などを参考にしました。 目次へ
シベリアヒナゲシ
 シベリアヒナゲシ(JR久里浜駅前)

第八十一話 カタバミ

黄色い花を咲かせるカタバミは、大変身近な植物です。この葉で十円玉を磨いて、ぴかぴかにした経験をお持ちの方もおありでしょう。カタバミには蓚酸が含まれており、葉を咬んでみると酸っぱいことがわかります。いにしえの女性はこれで銅鏡を磨いたことから、鏡草ともいわれます。別名の酢漿草はこの酸っぱいことからの名で、傍食、方喰とも書くのは、囓られたような葉の形からと思われます。また、強い繁殖力から「絶えない」象徴として、家紋のモティーフでもあります。

カタバミの属名はOxalisですが、1776年にカタバミから分離された蓚酸はそれ故にoxalic acidといいます。ギリシャ語のoxys(酸っぱい)に由来します。だが待てよ?それではoxalic acidは「酸っぱい酸」か!ま、それはさておき、蓚酸はあまりなじみがありませんが、インク消しに使われていました。現在はリンゴ酸だそうです。青インクの場合、薄赤く着色された方が第1液の蓚酸溶液で、付属の先の丸いガラス棒で最初に付け、インクの酸化鉄を還元します。良く拭き取ってから第2液の漂白用の次亜塩素酸ナトリウム水溶液を付けます。蓚酸はホウレンソウやスイバ、イタドリ、タケノコ、トマトに多く含まれます。蓚酸は茹でてから水にさらすと抜けます。また、カルシウムの吸収を阻害すると言われていますが、生でも「普通」に食べる分にはほとんど影響がないそうです。馬のようにバケツ一杯食べるというような方には注意が必要でしょう。

カタバミ属には、5月末、丹沢・札掛での支部観察会でも見かけたミヤマカタバミの他、南米原産の外来種であるムラサキカタバミやイモカタバミがあり、こちらは路傍でもよく見かけます。世界中に分布してしまったそうですが、花が可憐なためか、嫌がられずにはびこってしまった、ずいぶんと得な外来種です。葉の赤いアカカタバミはO.c.f.rubrifoliaで、カタバミの変種として扱われます。

チョウ好きの方なら、ヤマトシジミの食草であるのをご存じかと思います。地味なチョウですが、素早い飛翔と可憐な姿で、好きなチョウの一つです。

同じカタバミ科の木本であるゴレンシ(五斂子)の果実は、スター・フルーツとして時々果物屋さんで見かけます。カタバミの種も五稜あり、断面が星形になっています。形は似ていても随分と違いがあるものなのですね。

【学名】Oxalis corniculata L.
【属名】oxys(酸っぱい)から。カタバミ科
【種小名】角(つの)のある、小角状の
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。 目次へ
カタバミ
 カタバミ(横須賀市・光の丘)
第八十二話 スイカ

先日、離れて暮らす息子夫婦に、息子が好物の三浦のスイカ(姫まくら)を送ってやりました。スイカは夏の果物の代表でしょう。ところが、農業上は「草本に成る実は野菜、樹木に成る実は果物」だそうですので、スイカは野菜の扱いなのです。となれば、イチゴも野菜か・・?

スイカの起源はカラハリ砂漠だそうで、苦みのない種類を水の補給源として、かつてブッシュマンと呼ばれていたサン人は今でも利用しているようです。エジプトで4000年前には栽培されていたそうですが、2000年前のローマ人は種しか利用しなかったそうですので、果肉は今のように甘くはなかったのでしょう。

最近あまり見かけないのが「種なしスイカ」です。双葉をコルヒチンで処理して四倍体にし、二倍体の花粉で受精させると三倍体の種なし(未熟なたね:しいなはある)になります。これを研究したのが、コムギの項でもご紹介した木原均博士で、1947年のことでした。しかし、熟すのが遅く、受粉に手間が掛かるなどで、次第に廃れてしまいました。最近、軟X線を花粉に照射して不稔にさせる技術が研究され、注目されます。最新のニュースでは、北海道農業研究センターが、不稔化した花粉の貯蔵技術を開発したので、現在1%に満たないシェアの種なしスイカの増産に弾みがつきそうです。見かけも甘みも二倍体のスイカと同等だそうですが、二倍体の花粉が交雑しないようにするなど、注意深い人工授粉の手間はこれまでと同様なようです。種なしスイカの種ができれば素晴らしいのですが。

富山県入善町のジャンボスイカ(黒部スイカ)を時々店頭で見かけます。仕事で知り合った富山出身の友人が、帰郷して仕事を始めてから、夏になると、この巨大なスイカを職場に送ってくれました。大きすぎて職場の冷蔵庫には入りません。温度試験用の大型恒温槽で丸一日掛けて冷やし、職場一同でむしゃぶりついたものです。これは最大で30kgにもなる米国のラットルスネークという品種で、富山では100年以上の栽培の歴史があるそうです。その彼も数年前に物故し、ジャンボスイカを見ると、東京へ出てきて初めて見たタバスコを、ケチャップだと思ってサラダにたっぷりと掛けてしまったという、あばた面で純朴そのものだった彼を懐かしく思い出します。

【学名】Citrullus vulgaris Schrad.(1836)
【属名】Citrus(ミカン)の縮小形。この属の植物にレモン色の果実を着けるものがあるため。ウリ科
【種小名】普通の,通常の
*命名者については不明。日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipedia、The International Plant Names Indexなどを参考にしました。 目次へ
スイカ

第八十三話 オトギリソウ

弟切草とは、はなはだ物騒な名前です。『和漢三才図会』によれば、花山(カザン)天皇(在位984〜986)の御代、晴頼(ハルヨリ)という名高い鷹匠が、秘伝であった鷹の傷薬の秘密を、弟が他人に漏らしたことで、この弟を斬り捨てた。秘伝の薬草はオトギリソウで、斬った時の血しぶきが、葉の黒い油点になったといいます。今でもオトギリソウは風邪や咳の民間薬で、焼酎に漬けて薬酒にするそうです。

同じ仲間のセイヨウオトギリソウSt.John's-wort(聖ヨハネの草)は、夏至に近い聖ヨハネの日(6月24日)に黄色い花を付け、日差しの最も強いこの頃に摘んだものは薬効も強いと信じられていました。この頃に薬草を集める風習があるそうで、中夏節の祭りと呼ぶそうです。さらに、セイヨウオトギリソウにはこんなロマンチックな話もあります。中夏節前夜に、この草を枕の下に敷いて眠ると、娘たちは、未来の夫の夢をみると信じられていたそうです。そして、その結婚相手が相応しい人かどうか占うには、その小枝を壁にかけておき、翌朝しおれていなければ「吉」ということなのだそうです。

セイヨウオトギリソウは近年、抗うつ薬として注目されていますが、その効能は認められつつも、用い方については注意が必要なようです。漢方薬もそうですが、他の治療薬との飲み合わせがあり、ある種の治療薬の効能を無効にしてしまう場合があり、安易な服用には問題があるようです。

オトギリソウといえば、こんなことがありました。第四自主探でのこと、ある社の周りを見渡したところ、ちょうど屋根から雨のしずくが落ちて凹んでいる場所に、オトギリソウが花を付けていました。庇の下に沿って一列に生えているところもあり、不思議な気がしました。鳥が運んだ種が、屋根から雨と一緒に落ちて芽吹いたのでしょうか?

写真は今年8月15日に訪れた八方池(信州・白馬村)周辺に咲いていたオトギリソウです。途中まではゴンドラとリフトを乗り継いでいく楽ちん登山でしたが、標高2000mで沢山の高山植物を楽しむことができました。

【学名】Hypericum erectum Thunb.
【属名】古代ギリシャ名 hypericon に因む名。ギリシャ語 hypo(下に)+erice(草叢)が語源とも云われる。オトギリソウ科
【種小名】直立した
命名者はリンネの弟子でオランダ商館医でもあったCarl Peter Thunberg(1743-1828)。日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipedia、The International Plant Names Indexなどを参考にしました。 目次へ
オトギリソウ
 オトギリソウ:シナノオトギリかもしれない(長野県白馬村・八方池)

第八十四話 ヒガンバナ

山口百恵のアルバムに「曼珠沙華:1978」がありますが、作詞した阿木燿子はあえて「マンジューシャカ」と読ませています。サンスクリット語の音写manjusakaは、法華経にあるめでたいしるしとして天から降るといわれる、四つの花の一つのことだそうです。

このmanjusakaは赤花だそうで、日本ではヒガンバナの別名となりました。ありがたいお花なのです。ところが、花は美しいのに墓地に植えられたことから「死人花:しびとばな」と呼ばれたりします。かつては土葬が多かったため、動物に墓が荒らされることを防ぐ目的で植えたのですが、それは全草にリコリンという毒があるためでした。

ヒガンバナは有史以前に、農耕技術とともに中国から渡来し、中国での使用目的は日本と同じで、田の畦や堤に植え、その毒でモグラやネズミの害を防いだのだそうです。モグラは肉食ですが、ミミズがいなくなることでモグラも来なくなるということのようです。また、ネズミの侵入を防ぐため、鱗茎のでんぷん質を襖の糊にしたり、壁土に鱗茎を砕いて混ぜるということもしたそうです。中国の野生種は全て雌雄のある二倍体ですが、日本のヒガンバナは全て三倍体で不稔です。分布が古い農耕集落地に集中しており、遺伝的に同一で、渡来した一株から株分けして日本全土に広まったらしいということでした。

でんぷんが取れるのに、毒のために食べることが出来ないのですが、リコリンは水溶性のため、しっかり水に晒せば毒が抜け、飢饉の時にはこれでしのいだのだそうです。そうはいっても、毒抜きが不十分で、ひどい目にあった人たちもさぞ多かったことでしょう。

最近になり、ヒガンバナのアレロパシーが研究されました。「ヒガンバナ栽培ポットに雑草を播種すると,キク科等の発生を強く抑制するが,イネ科等に対する抑制作用はやや弱い」*ことがわかったそうです。会社の植栽にセイタカアワダチソウがはびこるので、ヒガンバナを混植してこの発生を防いでみようと密かに思う私ですが、さて効果の程は・・

【学名】Lycoris radiata Herb.
【属名】ギリシャ神話の海の女神Lycoris の名から採った名。花の美しさから。ヒガンバナ科
【種小名】放射状の
【命名者】William Herbert (1778-1847)
*「ヒガンバナの他感作用とその作用物質リコリンおよびクリニンの同定」:農業環境研究成果情報第15集(独)農業環境技術研究所
おもに日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipedia、The International Plant Names Indexなどを参考にしました。 目次へ
ヒガンバナ
 ヒガンバナ(鎌倉市・銭洗い弁天付近)

第八十五話 コスモス

今月も山口百恵でいきましょう。名曲「秋桜」です。何しろ彼女は横須賀市立不入斗中学校を卒業しておりますから、その頃既に横須賀へ転勤になっていた私は、デビュー当時から注目しておりましたのですよ。嗚呼、百恵さまは今如何に・・・

それはさておき、「秋桜:コスモス」はさだまさしの作詞・作曲ですが、明日嫁いでいく娘とその母との暫しの語らいを、情感豊かに歌い上げています。ここで歌われているコスモスは、オオハルシャギク(大春車菊)ともいわれる、メキシコ原産の一年草です。

コスモスといえばつい「宇宙」のことと思うのですが、どうして花のコスモスが宇宙なのでしょうか?この疑問はずっと持ち続けていたので、今回取り上げて、詳しく調べてみることにしました。

コスモス属は、北米はアリゾナから南米のボリビアに至るまで30種が分布しているそうです。欧州に初めてこれをもたらしたのは、1789年にスペインからメキシコに派遣された植物調査隊で、マドリードのホセ・カバニエス神父に、未知のキク科植物の種を送ったのでした。栽培して開花に成功した神父は、これにcosmosの学名を与えました。神父はその花の整ったイメージから、ギリシャ語の「秩序」「飾り」「美しい」という意味のKosmosを与えたのであって、最初から宇宙を念頭に置いていたのではなかったのでした。秩序が転じて、それ自身のうちに秩序と調和とをもつ宇宙、または世界の意になったということです。

日本全国にコスモスが普及したのは明治42年に、文部省が小学校に栽培法を付して種子を配布したことに始まったそうで、子供の頃はどこででもコスモスを見かけたものです。

私が生まれ育ったところは、キリスト教信者達が住む、教会と一体になった住宅で、教会の中庭へは出入りが自由でした。そこには、サトイモなどと共にコスモスが沢山植えられており、秋風にそよぐコスモスから独特の香りが漂っていました。今でもその匂いを嗅ぐと、揺らぐコスモスにやってくる虫たち、それを飽かず眺めていた少年の日の自分、それらが一瞬にしてよみがえってきます。匂いの記憶というのは誠に不思議なものですね。

【学名】Cosmos bipinnatus Cav.
【属名】cosmos(飾り)の意。キク科
【種小名】bipinnatus 二回羽状の,再羽状の
【命名者】Antonio José(Joseph) Cavanilles(1745-1804)
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipedia、The International Plant Names Indexなどを参考にしました。 目次へ
コスモス
 コスモス(横須賀市・久里浜)

第八十六話 スギ

スギは日本特産で、スギ科スギ属です。分類法の違いでヒノキ科となっている場合もあります。杉の字は、中国では別な植物(広葉杉:こうようざん)のことなので注意が必要です。この様な例は桂でもありましたね。

去る11月12日、降りしきる雨の中、遠回りをしたとはいえ、6時間掛けて辿り着いた縄文杉の、神々しいまでの圧倒的な存在感に感動しました。屋久島では、樹齢1000年を越す杉を特に屋久杉と称しているそうで、縄文杉の樹齢は3000年を越すと云われています。

屋久杉の自生林は、ユネスコの世界自然遺産に指定されているので、もう伐採は行われていません。売られている屋久杉の工芸品などは、倒木や土埋木と云われる過去に伐採して、使われず放置されたものを使用しているそうです。それとても、中には放置されて何百年かを経たものもあるでしょうが、削ればまだ杉の香が強烈に漂い、驚かされます。これは生長の遅い屋久杉ならではのことで、樹脂分が多く含まれていることによります。宿泊したホテルのロビーに屋久杉の切り株が、レリーフのように置かれていたので、その年輪をつぶさに見ることが出来ました。年輪の混み合った部分では、その間隔が1年に250μmという、非常に密な部分もありました。

スギの香りは清々しく大変良い匂いがしますが、米杉と呼ばれるウェスタン・レッド・シダーも大変良い匂いがします。自宅のウッド・デッキを自作した時は(エヘン、ちょっと自慢・・)数年間はその匂いが家の周りを取り巻いていました。でもこれはヒノキ科クロベ属で、鉛筆を削ったときの匂いに似ていますが、鉛筆の木はエンピツビャクシンと云われる別もので、ヒノキ科ビャクシン属です。書いていて何だかよく分からなくなってきましたので話題を変えましょう。(汗)

左利きの方なら杉の香から樽酒を連想されるでしょう。秋になると、造り酒屋の軒先に、杉の葉で球形に作られた杉玉(酒箒、酒林、あるいは酒旗)と呼ばれる飾り物が、青々とした新しいものに掛け替えられ、新酒を搾り始めたこと知らせます。昔、御神酒を入れる瓶(かめ)を「ミワ」と呼んだので、奈良・三輪山の大神(おおみわ)神社のご神木である杉に因んだと云います。この杉玉の枯れ具合で、新酒の熟成度合いも知ることができるというわけです。そこの呑兵衛のあなた、あ、とうにご存じで・・では良いお年を!

【学名】Cryptomeria japonica (L.f.) D. Don
【属名】cryptos(隠れた)+meris(部分)よりなる合成語。しかし意味は不明。スギ科
【種小名】日本の
【命名者】リンネが最初に命名、品種名としてはDavid Don (1799-1841)
日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipedia、The International Plant Names Indexなどを参考にしました。  目次へ
縄文杉
 縄文杉と、ガイドさんが訓練中の救助犬(鹿児島県・屋久島)

第八十七話 屠蘇

明けまして、おめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。いつまで続くのでしょうか・・(息切れ)

お屠蘇(正確には屠蘇散を浸して作る屠蘇酒でしょうか)でお正月をお祝いなさっているご家庭は、今ではきっと少数派になったことでしょう。この習慣は中国から伝わったもので、年少者からまず口を付け、順次年長者へと回すものだそうです。子供の頃、父がお正月になると、味醂に赤いティーバッグの様なものを浸しておいた、かなり奇妙な匂いのするものを飲んでいたことを思い出します。「少しなめてみるか?」と味見をさせてもらいましたが、甘いけれども、ちっとも美味しくなかったことはよく覚えています。今ならそうは思わないかも知れませんが・・

屠蘇は、いわばハーブ酒。屠蘇散の成分は、桂皮(シナモン)、丁子(クローブ)、山椒(ミカン科)、白朮(びゃくじゅつ:オケラの根、キク科)、防風(セリ科)、桔梗、陳皮(ミカンの皮)で、これを赤や白地の絹の袋にパックしたものです。

屠蘇のいわれを調べてみましたが、定説はなく、蘇は鬼で、これを屠して葬るとか、蘇は長寿延命で、邪気を屠すなど色々です。屠蘇散のもとは、三国時代の魏の名医「華佗」が創出したといわれ、弘仁2年(811年)に、唐から「蘇命」という博士が来朝して、これを嵯峨天皇に献上したそうです。成分は今のものとは異なり、烏頭(うず)や大黄など、毒性のあるものや薬理作用の強い成分も含まれていたそうです。
「コスモス」もそうでしたが、匂いの記憶というのは長く残るものなのでしょうか。大人になってカクテルなどを飲むようになり、その香りに誘われて、突然子供の頃の屠蘇の記憶が甦った時がありました。それはチンザノでした。チンザノはイタリア産のベルモットです。これは褐色の甘口タイプで、マンハッタンに使用されのもこのタイプです。一方、マティーニには辛口のドライ・ベルモットが使われます。

どうして同じような香りを感じたのかと調べてみますと、ベルモットは、苦ヨモギ(キク科)、アンジェリカ(アシタバと同属:セリ科)、シナモン、クローブ、オレンジの皮、マージョラム、メース(ナツメグでは外される皮の部分)、レモンバーム、コリアンダー、リンドウ、ヒソップ(ヤナギハッカ)、キニーネ、セージ、タイムなどを白ワインに漬け込んだものでした。屠蘇散の成分と共通するもの、同じ科のものがありますので、似たような香りがしたのも道理です。

お正月にはチンザノをお屠蘇代わりにしてみようかしら。ついに大人同士として酒を酌み交わす機会のなかった父を偲んでみるのも良いかも、と思った次第です。

*日本大百科全書:小学館、広辞苑、大辞林や、Wikipediaなどのインターネットでの検索結果を参考にしました。  目次へ
屠蘇散
 屠蘇散

第八十八話 ブロッコリとカリフラワー 

最近は健康のため、自宅から会社までの30分程を歩くことにしています。川沿いに鳥の影を探しながら、神社の脇を抜けるとヤドリギをチェック。まだレンジャクの時期には早いなぁと思うまもなく、谷戸の畑。キャベツの収穫が行われていますが、その片隅に青々としたブロッコリが育っていました。
Broccoliはイタリア語で「芽・茎」を意味し、キャベツの一変種です。カリフラワーによく似ていますが、カリフラワーの方がより原種に近いそうです。「甘藍」でも触れましたが、ブロッコリ、カリフラワーどころか、キャベツ、メキャベツ、ケール、ハボタンなどはみな同じ原種「ヤセイカンラン」の変種で、属名、種小名はみな同じです。この野生種からケールやキャベツが生まれ、古代のイベリア半島からケルト人に伝わり、ギリシャ・ローマでは胃の調子を整える薬草扱いであったと云われています。古代のキャベジンか・・

この仲間は自家受粉しないので、雑種を作りやすく、また隠れた性質の対立遺伝子を持っているので(ヘテロ接合型:Aa、Bbの様な)、雑種において様々な形質が発現することが、この様な多くの変種を生むことになりました。観賞用のハボタンも、鎌倉時代かそれ以降にもたらされたケールを改良して生まれたのだそうです。昔の人は食べるよりも鑑賞する方に興味が行ったのでしょうか。

最近、カリフラワーの一変種、「ロマネスコ」を雑誌やテレビで見かけるようになりました。味はブロッコリに近いそうですが、そのつぼみは特異な姿をしています。つぼみは一つ一つが規則正しい螺旋を描いた円錐状をしていますが、全体もまた同じ螺旋を描いているという、フラクタルでいう「自己相似」となっているのです。このつぼみや円錐の配列は、0,1,1,2,3,5,8,13・・となり、ある項は前の二つの項の和というフィボナッチ数列として知られているものなのだそうです。実物を見たいものです。
(そう思っていたのですが,地元の原田農園にミカンを買いに行ったら,ロマネスコが置いてありました。パスタにでもしてみましょう。2011.12.6)

ブロッコリを使ったパスタはいかが?パスタと一緒に茹でて、アンチョビ等と合わせれば、実に手間いらずの一品となります。ゆで汁を少なめにして、ソースにこのゆで汁をくわえることで、野菜の旨味も一緒に味わうと良いのだそうです。わざと長めに茹でて、つぼみがばらばらになるようして、オレキエッテなどに良く絡まるようにするのも良いとか。新鮮なブロッコリで、仕上げにペコリーノ・ロマーノをたっぷり掛けて召し上がれ。

【学名】Brassica oleracea L. var. italica Plenck
【属名】キャベツの古いラテン名。ケルト語でもキャベツは bresic と呼んだ。アブラナ科
【種小名】食用蔬菜の,畑に栽培の
【命名者】リンネ、変種名はJoseph Jacob von Plenck (1738-1807)
*日本大百科全書、広辞苑、牧野植物図鑑や、Wikipedia、The International Plant Names Indexなどのインターネットでの検索結果を参考にしました。  目次へ
ブロッコリ ロマネスコ
 ブロッコリ(横須賀市・長沢)   ロマネスコ(原田農園:横須賀市)

第八十九話 キブシ

キブシが咲き始めましたね。この花が咲き始めると、いよいよ春を感じます。
キブシは三浦半島の至る所に自生していますが、2種類あるのをご存じの方も多いと思います。山中で見かけるものにも、房状の花(総状花序)の柄の短いものと長いものがあります。前者はいわゆるキブシですが、後者は海岸性のエノシマキブシで、キブシとハチジョウキブシの雑種といわれています。

漢字で書けば「木五倍子」で、五倍子は「ふし」あるいは「ごばいし」と呼ばれます。「ふし」はヌルデノミミフシというアブラムシの仲間がヌルデに作る虫こぶで、この虫がこぶの中で単為生殖で増え続けるそうです。こぶは虫の刺激で次第に膨らみ、秋にはこぶし大となり、中にいる虫の数は約1万!虫こぶは大量にタンニンを含んでおり、これを利用するために、虫が穴を明けて飛び出す前に熱湯に浸けて虫を殺し、乾燥させたものが五倍子だそうで、この五倍子の代用に、身近なキブシの種も用いられたのだそうです。

お歯黒をご存じでしょうか?最近の時代劇ではまず見ませんが、映画「心中天網島:監督篠田正浩、1969年」では、紙屋治兵衛の女房おさんと、遊女小春を岩下志麻が二役で演じましたが、おさんは引眉・お歯黒にしていたと記憶しています。濃く出したお茶に、焼いた鉄釘などを入れておいたものに、袋に入れた五倍子や乾燥したキブシの種を入れて暖めると、鉄媒染の黒色染料になります。これを鳥の羽を束ねた刷毛や、総(ふさ)楊枝で歯を染めたのがお歯黒です。大正時代にはまだお歯黒にしていたご婦人がいらしたそうです。

お歯黒は平安時代には貴族の男子もしていたそうですが、次第に女性が結婚できる年齢になった印とするようになり、近世では子供が出来た後に歯を染めるようになったそうです。西欧的な感覚を持つ現代人から見れば不可解な風習ですが、歯を丈夫にする効能があるとはいえ、眉のない婦人がにっこり笑うと、覗いた歯が真っ黒!というのはかなり不気味です。チュンベリも「江戸参府随行記」で「黒い歯は醜く不快だ」と述べています。

キブシのウレタンの様な髄は灯芯としたそうです。この髄が抜けるのを利用して、樽の栓にもしました。飲み口といいます。幼少のみぎり、お使いで酒屋さんに量り売り醤油などを買いに行くと、立ち飲みしているおじさん達がいました。(今でも居ますが・・)樽の栓をキュッと開け、片口に酒を注いでいた光景が目に浮かびます。そういえば、御成通りの突き当たり、銭湯があったあたりの酒屋さんは立ち飲みができたなぁ・・ごくり。

【学名】Stachyurus praecox Sieb. et Zucc.(キブシ)
【属名】stachyus(穂)+oura(尾)。尾状に下がる花穂に対して付いた名。キブシ科
【種小名】早期の、早熟の、早咲きの
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。  目次へ
エノシマキブシ
 エノシマキブシ(横須賀市・武山)

第九十話 セイヨウカラシナ

すっかり春めいてきた通勤路の畑周辺に、菜の花と見紛う黄色い花を咲かせていたのは、セイヨウカラシナでした。

セイヨウカラシナは、カラシナの欧州か北米の野生型が、戦後に帰化植物となったという説が有望です。カラシナや、漬け物にするタカナも同じ仲間です。中華料理でお馴染みのザーサイも、実は根茎が肥大したカラシナの変種なのです。学名を調べてみると、キャベツがそうであったように、属名、種小名までは同一です。

カラシは芥子と書きますが、「ガイシ;カイシとも」と読めばこれは生薬で、粉にしたものを練って皮膚に貼り、気管支炎や肺炎、神経痛などで皮膚を充血させるために用いられたことがあるそうです。かぶれそうですが。

香辛料としてのカラシは、大変なじみ深いものなのですが、和辛子と洋辛子がありますね。これはどう違うのでしょうか?調べてみると、違いは原料の産地の違いで、和辛子は中央アジア原産、洋辛子は欧州原産のカラシナの種子を使うのだそうです。辛さは和辛子の方が強く、洋辛子の方がマイルドです。

おでんやトンカツには和辛子をちょっぴり付ければ充分ですが、ビールのお供のソーセージには、ワイン・ビネガーの利いたたっぷりの粒マスタードがぴったり。家で愛用している粒マスタードを調べてみたら、これはフランス・ディジョン産の黄ガラシと黒ガラシの種子、白ワインが使われていました。

粒マスタードは利用範囲が広く、ドレッシングやソースに加えるとなかなかよろしい。バターやチーズの代わりにサンドイッチに塗れば低カロリーなので、お薦めですよ、そこのメタボが気になる御仁には・・・そうはいっても、粒マスタード入りのクリーム・チーズというものがあって、実はこれを塗る方がずっと美味いので困りものです。

カラシナは弥生時代に伝来したそうですが、カラシを香辛料とした古代ローマ人は、地中海沿岸の野草だったものを利用したようです。何でも、ローマ人は魚醬も使っていたそうで、ほんとにグルメな人達だったようですね。

一粒の芥種のたとえ話をご存じでしょうか。
・・・『天國は一粒の芥種のごとし、人これを取りてその畑に播くときは、萬の種よりも小けれど、育ちては、他の野菜よりも大く、樹となりて空の鳥きたり、其の枝に宿るほどなり』マタイ傳第十三章第三十一〜三十二節

有名なイエスのたとえ話なのですが、待てよ、カラシナは1年草で木にはなりません。一説には歯ブラシの木(Salvadora Persica)とするものもあり、いつか調べてみたい謎です。

【学名】Brassica juncea (L.) Czern.
【属名】キャベツの古いラテン名。
【種小名】イグサに似た
命名者はVassiliĭ Matveievitch Czernajew 1796-1871。*日本大百科全書、牧野新日本植物図鑑、Wikipedia、インターネット検索などを参考にしました。  目次へ
セイヨウカラシナ
 セイヨウカラシナ(横須賀市・長沢)

第九十一話 アサツキ

近所でタカを観察していたとき(猛禽類が大好きな身としては、近所にタカがいるなんて、こんな幸せなことはありませんが・・)、ふと足下の傾斜地をみると、美味しそうなノビルがあるではありませんか。今夜の酒の当てにでもと抜いてみると、持ち上げただけであっけなく抜けました。どうもノビルとは違い、白い鱗茎はあるもののノビルの様に丸くはなく、ずいぶんとほっそりしていましたので、アサツキだとわかりました。おそらくそこは、農家が昨年、薹立ちしたアサツキを鱗茎ごと捨てた場所だったのでしょう。

持ち帰ったものは、湯がいて酢味噌和えに、青い部分をイカスミのフェトチーネで、白い部分は唐辛子味噌を付けていただき、たいへん美味しゅうございました。

アサツキ(浅葱・糸葱)は平安時代から食用に供されていたようで、上巳(じょうし)の節句(陰暦三月三日:もとは陰暦三月最初の巳の日で桃の節句)には、アサリのむきみなどと酢みそ和えにした、浅葱なますをつくる習わしがあったそうです。

調べてみたところ、アサツキはチャイブの変種だそうで、なるほどよく似ています。花期は4〜5月で、どちらも薄紫色のきれいな花を咲かせるようです。九州には自生していないようなのですが、北は北海道、シベリアに分布しているようで、エゾネギともいうそうです。野生種は2倍体ですが、栽培種の中には3倍体もあるそうなので、種が出来る時期にまた観察してみたいと思いました。

浅葱色は日本の伝統色の一つで、緑がかった薄青い色のことです。RGBでは(0,164,172)ですので、パソコン(例えばMS-WordなどでもOK)で色指定のおできるなる方はお試し下さい。(この色です)

新撰組の羽織は浅葱色だったそうですが、紺地の着物で、この浅葱木綿を裏地にした丈夫な着物が、江戸で大変流行したそうです。江戸勤めの下級武士は、後々までこの浅葱裏を愛用したものも多く、浅草・吉原では、頑固で野暮な遊客の田舎侍をあざ笑う代名詞となったそうです。そうはいっても、浅葱色って、とても良い色だと思うのですが・・・

アサツキには、硫化アリルとカロテンが豊富だそうで、ビタミンB1と硫化アリルが結びつくと、疲労回復に効果抜群。またカロテンは体内で、眼の疲れに効くビタミンAに変化します。タカ見の時に見つけたのは、これを食べて、辛抱強く、しっかりタカを観察しなさいと言う、天の計らいでしょうか?

【学名】Allium schoenoprasum L. var. foliosum Regel
【属名】ニンニクの古いラテン名。「匂い」と云う意の alere 又は halium と云う。ユリ科
【種小名】イ(Schoenus)のようなニラ(prasus)
【変種名】葉の多い
【命名者】リンネ、Regel, Eduard August von (1815-1892)
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipedia、The International Plant Names Indexなどを参考にしました。  目次へ
アサツキ
 アサツキ(神奈川産:横須賀・葉山農協)

第九十二話 野バラ

野バラという響きには特別な想いがあります。「菩提樹」でも述べましたが、小学生の頃はボーイ・ソプラノで、女子の中にぽつんと一人、ソプラノ・パートを歌っておりましたのですよ。その頃良く歌っていたのがウェルナーの「野バラ」で、当時公開されたドイツ映画「野ばら:1957年」の影響でした。

ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe 1749-1832)の詩になるものですが、1番の歌詞からは、これが自ら破局させた恋への、深い後悔の念が込められていることはうかがい知れません。2番、3番の歌詞をご存じの方は、良くお分かりかもしれませんが。・・美しい赤い野バラを眺めていた少年は、野バラが必死に拒むのを無視して手折ろうとします。ならばと野バラは、自分を一生忘れないよう棘で最後まで抵抗します。しかし、少年は刺されながらも、乱暴に枝を手折ります。・・

これはゲーテが21歳の頃、シュトラスブルク郊外にある村の娘との、苦い恋の思い出があるのです。大都会・ライプツィッヒを離れ、美しい自然に囲まれての恋は成就するかのように思われました。やがて彼女は結婚を望んだものの、この地に安住することを良しとしなったゲーテは、出世のために、この可憐で純真な牧師の娘を捨て去ります。♪・・手(た)折りてあわれ/清らの色香/永久(とわ)にあせぬ/紅におう/野なかの薔薇・・("野なかの薔薇"近藤朔風訳詞1909年)この時の罪悪感は、終生、ゲーテの作品に影響したと云われています。

ノバラ(バラ科バラ属Rosa)は北半球に約百種、日本には13種が分布し、そのうち6種を特に「ノイバラ」と称しています。白い花のノイバラはよく見かけます。第二次大戦下の英国では、ドイツの海上封鎖により、多数の輸送船がUボートの攻撃で沈められ、地中海地方からのレモンやオレンジが入って来なくなりました。そのため、国を挙げて野生種のドッグ・ローズの実(ローズ・ヒップ)からシロップを作り、入院している子供達のビタミンC補給としたそうです。そういえば、私の愛用しているサプリのC錠には、うっかり噛むと、気が遠くなりそうなほど酸っぱいローズ・ヒップが入っています。

野生のバラであるハマナシ(ハマナス)も立派なローズ・ヒップが実ります。園芸種のバラの品種改良に用いられた原種の一つとして有名ですね。ノバラの欧州種の一つは、ローマ時代にその実からワインが作られたそうです。どんなものだったのか、酒好きの私にとっては大変興味のあるところです。

【学名】Rosa multiflora Thunb.(1784)
【属名】バラに対するラテン古名。更に遡ればギリシャ語の rhodon(バラ)で,ケルト語の rhodd(赤色)に由来する。バラ科
【種小名】多花の,多数花の
*日本大百科全書、牧野新日本植物圖鑑、インターネット検索などを参考にしました。  目次へ

ノイバラ
 ノイバラ(横須賀市・光の丘・水辺公園)

第九十三話 ダイズ

この季節、ビールのおつまみで定番といえば枝豆ですが、多少固茹でで、塩味の効いたものはたいへん結構ですなぁ・・!

「大豆を欧州に紹介したのはケンペルである」という記述があったので調べてみると、「イチョウ」でもご紹介したその著書「廻国奇観:1712年」ということのようでした。そのなかに醤油の製法を記しており、原料が欧州では未知の豆だったため、中国での見聞(豆板醤と思われる)から「空豆」と紹介しています。「ケンプェル江戸参府紀行」の第四章には醤油(ソーエ:Soje)を料理の味付けに使うという記述が見られます。チュンベリも「日本紀行:1776年」の中で醤油の原料となる豆を「醤油豆」と紹介しており、これが大豆の英名「soybean」の謂われと思われます。

醤油は欧州人の舌にも合ったようで、オランダ人により食の王国フランスへ伝わり、啓蒙思想家ディドロ等が編纂した「百科全書:1765年」に、肉料理に合うソースとして紹介されているそうです。長期間の移送中に腐敗しないよう、一度煮沸してからカメに詰め、アスファルトで封印して運ばれた、とチュンベリの「日本紀行」にあるそうです。

グルメな欧州人達は、この素晴らしい調味料を、煮沸したものではなく生でと、自国でも生産しようと試みたのですが、乾燥した欧州では麹菌が育たず、細菌学が発展する19世紀になるまでお預けとなったのだそうです。

ダイズの食品への応用は様々ですが、中でも湯葉は独特です。製法は鎌倉時代に中国から伝わったそうですが、豆乳を加熱したときに出来るタンパク質と脂質の膜です。牛乳でも同様のことが起こり、これをラムスデン現象と呼ぶのだそうです。牛乳からは湯葉の様な食品は生まれなかったのでしょうか?おそらく、牛乳の方が脂肪分が多いため、湯葉のような安定した食品にはならないのではないかと思いました。どうなんでしょうね?

最近注目されている大豆イソフラボンは、体内でイソフラボンアグリコンに変化すると、エストロゲン(女性ホルモン)の受容体と結合し、骨粗鬆症の予防効果が認められています。豆腐にも含まれていますが、含有量はきな粉がダントツで、豆腐の13倍です。(1)「それは良いお話ね!」と「こ寿々」のわらび餅にたっぷりの香ばしいきな粉を掛けて戴こうかしら・・とお考えのご婦人方、どうぞメタボにもご用心くださいませ。

【学名】Glycine max ( L. ) Merr.
【属名】glycys(甘い)。ダイズの味から付いた。マメ科
【種小名】(語源不明)
【命名者】リンネとElmer Drew Merrill (1876-1956)
(1) 厚生科学研究(生活安全総合研究事業)食品中の植物エストロゲンに関する調査研究(1998)
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。  目次へ
ダイズ
 ダイズの花(横須賀市・長沢6丁目)

第九十四話 ドクダミ

気が付いてみると、庭は一面のドクダミ畑と化しておりました。何てことだと思いながらも、まぁ、これはこれで結構きれいじゃないかと思ってみたりもしましたが、負け惜しみというものでしょうか。
ドクダミは一属一種で、東洋にしか分布しないそうです。同じ仲間のハンゲショウはよくご存じのように6月の終わり頃から葉を白くしますが、ドクダミの、花弁に見える白い総苞も、花粉を運ぶ昆虫を花に誘引するための目印なのでしょう。中央に立つ本来の花は雄しべと雌しべだけから成っています。

独特の臭気は、好きな人はあまりおられないだろうと思いますが、抗菌作用が知られています。生の葉の方が強いのだそうですが、上手い利用法が思いつきませんでした。先日TVの生け花で「ドクダミを一株挿しておくと、水が腐らない」とやっていたので、思わず膝を打った次第です。きっと冷蔵庫にも応用が可能でしょうが、乾燥したものはその効果がないそうです。

調べてみると、ドクダミはベトナムでは食用にするとありました。日本に自生するものと全く同じかどうかは不明ですが、白い地下茎は、蒸したり、茹でたりして水に晒すと匂いが抜けるそうで、多食しなければ問題ないのだそうです。事実、友人の一人は、自宅の庭のそれを酢味噌で食したことがあると証言しています。なかなかの勇気と云うべきか・・臭みがなければ、もしかしたら美味?

ところで、ドクダミの白い総苞は虫を呼ぶためではと書きましたが、確認するにはどうしたらよいでしょうか?

花生態学の田中肇さんの著書に、紫外線透過フィルタを通して撮影した様々な花の写真が掲載されています。(1)昆虫の視覚は、紫外線の領域にも強い感度があり、アゲハチョウの仲間を除いて赤の感度は低いのだそうです。その視覚を使って花を見てみると、人が見ている姿とは異なる花の世界が見えてきます。典型的なアブラナでは、人には一様に黄色く見えている花弁の中心部は、紫外線を吸収して(昆虫はどんな色で見えるのかはわかりませんが)はっきりと黒く写ります。デジカメに、紫外線透過/可視光阻止というフィルタを装着すれば、自分でも撮影できることがわかりました。ただし、このフィルタは高価なので、カタログを物色中です。人があまりやっていないことをやりたがる性格なのですが、如何せん先立つものが・・・
【学名】Houttuynia cordata Thunb.
【属名】18世紀のオランダの医師で植物学者M.Houttuyne の名に因む。ドクダミ科
【種小名】心臓形の(普通のハート形の逆向きのもの)
(1)田中肇著「花に秘められたなぞを解くために―花生態学入門」農村文化社 1993年
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなども参考にしました。  目次へ
ドクダミ
 ドクダミ(横須賀市・光の丘)

第九十五話 カラスウリ

昼間には、その開花した姿を見ることは絶対出来ません。朝にはもう萎んでしまう花を見るためには、夜の帳が降りる頃、蚊に喰われるのを覚悟で、出掛けましょう。夜いきなり探すというわけにはいきませんから、昼間のうちに当たりを付けておきます。

写真のものは、家の近所のものですが、暗闇の中で撮影するのはなかなか難しいですね。ストロボ無しではもちろん写りませんし、白い花はどうしても「白飛び」してしまいます。

なぜ、カラスウリの花は夜に開くかは、ご存じのように、月下美人などと同じく、送粉者であるスズメガの仲間を呼び寄せるため、良い匂いで誘い、豊富な蜜を提供するためです。

花の構造から、蜜は口吻の長いスズメガ程度のものでないと届かないようになっています。花に近寄らないと届かないので、蜜を与える代わりに、花粉をたっぷりとガの身体に付着させるというわけです。スズメガはホバリングしながら吸蜜するのでエネルギーを多く必要とします。カラスウリもそれに見合った多量の蜜を用意して、スズメガに報いています。

花は真っ白なので、夕闇が迫る頃なら、ガにも見えるかもしれませんが、真の闇ではそれも無理。やはりガの嗅覚に頼るしかないでしょう。ガのオスは、遠く離れたメスが放つフェロモン1分子を感知する能力があるそうです。花の放つ甘い匂いにも、相当敏感なのではあるまいかと想像に難くありません。

カラスウリの種を、お金が貯まるからと、財布に入れておられる方があるとか。種の形が「打ち出の小槌」に似ているからと思われます。他にも締めた帯、結び文にも見えることから、後者に因んで「玉章:たまずさ」とも呼ぶそうです。なかなか風雅でげすなぁ・・

子供の頃、夏の汗ばむ時期には、風呂上がりに「汗知らず」をポンポンとはたかれました。今ではベビー・パウダーに取って代わられた感がありますが、天花粉とも呼んでいたのを覚えています。調べてみると、これは近縁のキカラスウリの塊根から取った、食用にもなるほど良質の澱粉なのだそうです。

カラスウリの果実にもさまざまな効能が知られていますが、最近ではもっぱら赤い実がインテリアとして珍重されるようです。雌雄異株なので、雄株、雌株をセットにして生産・出荷している農家もあるということでした。

『我が輩は猫である』で寒月君のモデルになったという物理学者・寺田寅彦には「からすうりの花と蛾、中央公論:昭和七年」という随筆があります。「青空文庫」で読むことができますので、お暇なときにでも是非どうぞ。

【学名】Trichosanthes cucumeroides  Maxim.
【属名】thrix(毛)+anthos(花)。花冠の先が細裂して糸になるから。ウリ科
【種小名】キュウリ属(Cucumis)に似た
【命名者】Karl Ivanovich Maksimovich (1827- 1891)
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。  目次へ
カラスウリ
 カラスウリの花(横須賀市・長沢)

第九十六話 ススキ

もう40年近くも前になるでしょうか、横須賀の地に転勤になるというので、社屋の建設現場の見学に来たことがありました。時は秋、埃っぽい未舗装の道を上りきった、さらに高台のそこには、まだ鉄骨の社屋がそそり立っておりました。周辺は一面のススキの原で、穂が秋風にそよいでいました。不安と期待の入り交じった、複雑な心境を今でも思い出します。母が植物好きだったので、東京ではあまり見かけないススキを摘んで帰りました。あとで牧野植物図鑑で良く調べてみたところ、それはオギであることが分かりました。
三浦半島で観察できるススキの仲間は、ススキの他にハチジョウススキ、アブラススキがあります。私のようにオギをススキだと間違える人を時に見かけますが、オギよりもススキの仲間はずっと貧弱なのが意外です。

秋の七草では「尾花」と呼ばれます。日本全土はもとより、朝鮮半島から中国にまで分布し、萱葺き屋根の萱は、ほとんどがススキの仲間を使用したものだそうです。

更地には真っ先にセイタカアワダチソウが繁茂して、そのアレロパシー(他感作用)によって、他の植物を生育を阻害し、駆逐してしまいますが、やがて自分自身の生育も悪くなると、たちまちススキに取って変わられます。セイタカアワダチソウの天下も一時的なもので、心配しなくとも、いずれ在来種が優勢となってしまうようです。

ススキに寄生する植物に、ナンバンギセルがあります。チガヤやミョウガにも寄生するのだそうですが、8〜9月に花が咲くので、注意深く観察すると根元に薄い赤紫のきれいな花を見ることができるかもしれません。

その奇妙な形は、オランダ商館員達が愛用していたパイプに似ていたので「南蛮煙管」というわけです。長崎・出島の発掘資料(1)を見たとき、ナンバンギセルに形がよく似たクレイ・パイプが沢山ありました。割れやすいため、廃棄されたものだったのでしょう。

ススキの花穂をよく見ると、イネ科の植物ですので、小さいとはいえ立派な種子があり、見えるかどうか位の胚乳があります。こんな小さな胚乳ですが、冬場の種子が乏しい時期には、ホオジロなどがこの種子をしごき取ります。そして、いつの間にか、すっかり種子はむしり取られて、ススキの穂は庭箒のようになってしまいます。一日でも食事にありつけなければ、命を絶たれてしまうかも知れない小鳥たちの必死な暮らしぶりに、この箒状になった枯れススキを見る度に感動させられるのは、私だけではないと思います。

【学名】Miscanthus sinensis Anderss.
【属名】mischos(小花柄)+anthos(花)   イネ科
【種小名】支那の
【命名者】Nils Johan Andersson (1821-1880)
(1)長崎市文化観光部出島復元整備室HP
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。  目次へ
ススキ
 ススキ(談合坂SA)

第九十七話 ジュズダマ

水辺や休耕田などに生えるジュズダマの実を、数珠の様につないで遊んだ覚えのある方、特にご婦人方には多いかと思います。

実と書きましたが、正確には包鞘と呼ぶのだそうです。包鞘は花を包んでいるもので、タンポポの総苞と同じようなものです。イネ科の果実は穎果と呼びますが、包鞘は非常に堅くなり、穎果を守ります。おそらく、ネズミなどからの食害を防ぐためではないかと思われます。ジュズダマの花は、包鞘から雄花が伸びて花粉を付けますが、雌花は包鞘に守られて、雌しべだけを出しています。中心に雄花の軸が通っているので、包鞘が堅くなったあとは、この穴に糸を通せるというわけです。

健康食品として最近良く話題になるハトムギはジュズダマの変種で、包鞘は指で押せばつぶれるほど軟らかいそうです。おそらくジュズダマを人為選択した結果なのではと想像しております。日本への渡来は奈良時代とも江戸時代ともいわれていてはっきりしませんが、DNA分析から、朝鮮半島経由ではないかという研究結果があるそうです。

ジュズダマを見ていて、昔から疑問だったことを思い出しました。数珠とは縁遠かったのですが、カトリックのロザリオのことが気になっておりました。数珠は仏教だけのものと勝手に思っておりましたが、ロザリオも、確かに数珠とよく似ています。調べてみますと、数珠と似た祈りの道具は、仏教だけではなく、キリスト教ではカトリックと一部のプロテスタント、イスラム教、ヒンドゥー教にも見られるそうです。この共通性は何かといえば、祈りの回数を数えるためにあるようです。

もっと調べてみたところ、インドではバラモン教、ジャイナ教でも用いられ、サンスクリット語のジャパ・マーラ(念誦(ねんじゅ)の輪)が西方に伝わるとき、ジャパー・マーラーとして伝わり、サンスクリット語のジャパーの意味はバラであったため、そのままラテン語化してrosariumとなって、ロザリオになったのだそうです。

英名はJob's-tears(ヨブの涙)といいます。ヨブは旧約聖書のヨブ記に登場する義人で、神から祝福され、多くの財産と家族を持っていましたが、信仰心をサタンに試されて、その全てを奪われ、肉体の苦痛を与えられます。友人等も、この不幸は神の罰なのだから、悔い改めてはと諭します。ヨブは「わが朋友(とも)は我を嘲(あざ)けれども我目は神にむかひて涙を注ぐ(ヨブ記第十六章二十節)に由来するのだそうです。揺るぎない信仰心に、ヨブは神により救われ、前にも増して繁栄し、天寿を全うします。目出度し々。
【学名】Coix lacryma-jobi L.
【属名】古いギリシャ名。coix(シュロ)から来た名。イネ科
【種小名】ヨブの涙。 命名者はリンネ。
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。  目次へ
ジュズダマ
 ジュズダマ(横須賀市・長沢)

第九十八話 コウヤボウキ

最近は健康のために徒歩で通勤しておりますが、谷戸田のあるその道すがら、11月に見つけたコウヤボウキの可憐な花は、12月には冠毛がすっかり乾いて、真っ白になってしまうでしょう。コウヤボウキは高野箒のことで、高野山でこの枝から箒をつくるということに由来するのだそうです。なんでも高野山には竹がなかったからとのこと。

昔はどのお宅にも座敷箒があり、これはホウキモロコシ(イネ科)から作られます。子供の頃を思い出すと、隣の同級生宅に遊びに行ったとき、そこのお姉さんが、濡らして千切った新聞紙やお茶殻を座敷に撒き、箒で集めながら掃いていました。こうすると、埃が立ちにくいという、まだ電気掃除機が普及する前の、庶民の知恵に感心させられます。

コウヤボウキは、座敷箒などと違い、荒神箒のように柄がありません。その昔箒は「ははき」と呼ばれていて、コウヤボウキは玉箒(タマバハキ)ともいうそうです。第61回正倉院展で展示された「玉箒」の写真を見ると、コウヤボウキの枯れた花に良く似ています。この展示物は、「子日目利箒」(ねのひのめとぎぼうき:儀式用の玉飾りの箒)といい、長さ65cmと長いものです。

古代中国の儀式に、正月初子の日、天子が田を耕してその年の豊饒を祈り、皇妃は蚕室を掃き清める習わしがあったそうです。この儀式は奈良時代に我が国に伝わり、天平宝字2年(758)正月子日に、東大寺から孝謙天皇へ献納されたのがこの「子日目利箒」で、正倉院宝物として、今に伝わっています。『万葉集』に大伴家持が詠んだ「初春の初子の今日の玉箒/手にとるからにゆらく玉の緒」という一首があり、これがその箒なのだそうです。

箒には面白い伝承があり、新しい箒で妊婦の腹を撫でると安産になるというのがあります。箒の「掃き出す」を出産にかけているのでしょうか。また、古代では産室にカニを這わして、これに箒を用いるとあり、カニの脱皮を肉体・霊魂の更新になぞらえてのことだそうで、お守りに箒を産室に立て掛けたりもしたそうです。調べてみるまで、箒が安産に関係しているなどとは想像だにしませんでした。

西洋では魔女は箒に乗って飛び回ります。小学生の頃、学校の上映会で見た「オズの魔法使い」で魔女が空を飛ぶシーンは、なんとも不気味でぞっとしたのを思い出します。最近の「ハリー・ポッター」では非常に高速で飛行する最新型の箒もあるようで、魔法界でも技術革新が大層進んだようですね。
では、どうぞ、良いお年をお迎えください。

【学名】Pertya scandens Sch. Bip.
【属名】スイスの自然科学者A.M.Perty(1800-1884)の名に因む。キク科
【種小名】攀 (よ)じ登る性質の
【命名者】Carl(Karl) Heinrich 'Bipontinus' Schultz(1805-1867)
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。  目次へ
コウヤボウキ
 コウヤボウキ(横須賀市・長沢6丁目)

第九十九話 一富士二鷹三茄子

明けまして、おめでとうございます。
皆様の初夢はいかがでしたでしょう。覚えておいでですか?正月2日に見る夢が初夢だそうですが、旧暦だった頃は、節分の夜、つまり立春の朝に見る夢だったそうです。

表題はめでたい初夢の代表格ですが、富士とタカはなんとなく分かりますが、茄子(ナス、ナスビ)がなぜめでたいのでしょうか?

ナスを「成す」に掛けてのこと、というのが通説のようですが、事典では「江戸時代早くも東海地方の暖冬地でナスの促成栽培が始められ、夏の野菜が初春に珍しいということで得がたい貴重なものとして比喩に用いられた」との説も紹介されていました。冬にナスというのもおかしな話だなぁと以前から疑問でしたが、旧暦の2月のことなのですものね。

さて、ナスですが、冬に出回らないのは、17℃以下になると実を付けないばかりか、霜にあえば枯れるからなのだそうです。原産地はインド東部だそうで、寒さに弱いのはそのためのようです。中国にも変異種が多くあって古くから栽培され、交易ルートを通じて、主にアラブ人やペルシャ人によってアフリカなどへもたらされました。欧州へは15世紀になってからですが、普及はもっと遅く、17世紀に入ってからだそうです。日本では正倉院文書に記述があるそうですが、江戸時代になって多数の品種が栽培されたそうです。
ナスの種は一代雑種がほとんどだそうですが、地方には固有の在来品種も多数あり、その数は150以上といわれています。北ほど小さく、南に行くほど長くて大きくなるようです。

私事ですが、幼い頃山形に遊びに行った折に食した、母方の伯母が漬けた小さなナスは美味しかった!母も家では、近所の八百屋にある普通の細長いナスを漬けていました。中身を食べた後の皮にご飯を詰め、しばらく待ってからご飯だけを食べると、塩味がしみ込んでいて美味い。2回程繰り返して味わい、最後は丸かじりしたのを思い出します。焼きミョウバンを漬け汁に入れていましたが、母に尋ねると「こうすると色が良くなるのよ」と教えてくれました。確かにきれいな紫色に仕上がっていました。今になってその訳を調べてみると、鉄やアルミによって、ナスのアントシアニン系色素(ナスニン、ヒアシン)が安定化するからだそうで、焼きミョウバンが無いときは鉄の釘を入れていたのも納得できました。あのナスが無性に恋しい・・・

初夢がなんだったのか、今年はさっぱり覚えておりません。せめて、最近見なくなった父や母の夢でも良かったような気もしました。

【学名】Solanum melongena L.
【属名】意味不明のラテン古名。一説にはこの属の植物に鎮痛作用を持つものがあるので,solamen(安静)から付いた名とも云う。ナス科
【種小名】リンゴを生ずる,ウリのなる
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。 目次へ
第百話 ルーコラ

よくルッコラと言いますが、「ルーコラ」がイタリア語の発音に近いのだそうです。以前は「ロケット・サラダ」という名で売られていたように思いますが、最近はルッコラと表示されていることが多いですね。
徒歩通勤の道すがら、ばらまかれた種から発芽したのでしょう、畑に一面の緑はカイワレナの様でしたが、ここに来てよく見ると、どうもルーコラだったようです。

オオバタネツケバナがどんどん大きくなってしまったような葉ですが、もう少し伸びてくればよく分かるようになるかもしれません。

初めてルーコラに出会ったのは、最初のイタリア旅行で、ヴェネツィアでの昼食のピッツァに乗っていた青い葉っぱだったと思います。焼きたてピッツァにプロシュットと共に乗っていたのでした。「そうか、生野菜や生ハムを焼きたてにそのまま乗せるのか!」と、それまで家で作るピッツァといえば、何でも一緒に焼いてしまうことしかやってこなかったことを一人恥じた瞬間でもありました。

ルーコラはアブラナ科の一年草で、地中海沿岸地域が原産です。古代ギリシャ・ローマ時代から栽培されていたそうで、今では北アフリカでも栽培されているそうです。もとは野生種だったようですが、苦み・辛みが程よい、大人受けのする野菜だと思います。

苦味のあるものを好むのは、大人になった証拠だそうで、人間は本来、苦いものは避けるようにできています。赤ちゃんの頃は、甘いもの、酸っぱいものまでは受け付けますが、苦いものは「べー」と舌をつき出して反射的に吐き出します。自然界で苦いものには毒を含むことが多いので、毒を避ける仕組みが生来備わっているのでしょう。苦いものを「美味い」と感じるようになるには、学習が必要ということなのでしょう。苦みが最後の味覚といわれる所以ですね。

三十七話「トウガラシ」でご紹介した辛さの単位スコヴィルと同様、苦味にも単位があることを知りました。それが国際苦味単位(IBU;International Bitterness Units)で、ビールの苦味の程度を測る単位なのだそうです。ビールの苦味はホップ(Humulus lupulus L.)に含まれるフムロンやルプロンによるものだそうで、中でも最も苦く、量も多いイソフムロンの量をp.p.m.で表したものだそうです。100程度が限界で、キリン・ラガーが28程度、バドワイザーが5以下ということでした。
結局、食べる話か、飲む話になってしまいました。お粗末。

【学名】Eruca vesicaria (L.) Cav.
【属名】キバナスズシロ属
【種小名】小胞からなる
命名者:リンネ及びAntonio José(Joseph) Cavanilles (1745-1804)(カバニエス:コスモスの命名者で、マドリードの神父)
*日本大百科全書:小学館、牧野新日本植物図鑑、Wikipediaなどを参考にしました。目次へ
ルーコラ
 ルーコラ(横須賀市・長沢6丁目)
エピローグ

長い間、拙文をお読みいただき、ありがとうございました。思い起こせば、2002年10月から掲載を始めたのですが、瞬く間に9年の歳月が過ぎ去り、まさに光陰矢の如しです。

植物好きはプロローグで述べたとおり、亡き母の影響だと思います。母が丹精していた花壇、中でも好きだったバラも今は無く、母の面影と共に、心の中に残るだけです。

こうして書く機会を与えて頂いたお陰で、亡き父母や友人、植物にまつわる懐かしい思い出が次々に甦って参りました。

当初は思いつくままに書いておりましたが、すぐ材料に窮し、身近で目に付いた植物を辞典・辞書・インターネットでの検索で調べては、ほぅ、そうだったのかというものをまとめる、ということになっていきました。それはそれで興味深いことだったのですが、自分の書いたことでも全部覚えているわけでもなく、はなはだ心許ない限りです。

素人故の悲しさで、季節に合わせて書くこともついに種切れとなり、今回の100話を機に、筆を置くことといたしました。再び、この様な機会がありましたら、紙面を汚すかも知れませんが、その時はまたよろしくお願いいたします。

鎌倉自主探鳥会グループの世話役には、三木博士という高名な植物学者が居られるのを承知で、植物の話を会報に書くなどというのは、我ながら良い度胸で、汗顔の至りです。

また、鳥もそうなのですが、植物でもその学名を調べ、謂われを知ることの楽しさを知ったのは、久保長老から学名に関する手ほどきを受けたお陰です。

末筆ながら、日頃ご指導いただいたお二人に、この場をお借りして感謝いたします。 目次へ