マイクロソフトの経営の問題点

宮井秀人

はじめに
 マイクロソフト社は現在もっとも成功した会社といわれる。また、その創業者であり現CEO のビル・ゲイツ氏は、ここ数年、世界一の金持ちである。(フォーブス誌によると1994年以来、ビル・ゲイツは常に世界一の富豪である。)そのため、彼は、アメリカン・ドリームを実現させた天才といわれている。元NEC会長の関本氏も日本の教育を創造性重視に改めるべきだ として、日本でビル・ゲイツのような人物を育てるべきだと、力説している。 (毎日新聞 朝刊 97/08/04)果たして、ゲイツはそれほど天才で、マイクロソフトは創造的な会社なのであろうか。

マイクロソフトの巨大化の歴史
 マイクロソフト社は発足当初、BASIC などのアプリケーション・ソフトウェアを販売するだけの小さな会社だった。しかし、ここに転機が訪れる。当時、コンピュータのOS のデファクト・スタンダード は、デジタル・リサーチ社が開発したCP/Mであった。マイクロソフト社もCP/M用のソフトウェアを開発していた。
 また、このころ、アップル社がAPPLE IIによって、巨人IBMの巨大コンピュータ路線を徹底的に批判する形で、急速にパソコン市場を拡大していた。アップル社の挑戦に急いで対抗を迫られたIBMは、ビジネス向けのパソコン、IBM PCを開発するに当たって、OSを外部に委託することを決定した。当初はもちろん、デジタル・リサーチにアプローチをかけたが、社長のゲイリー・ギルドール氏とうまくコンタクトをとることができなかった。そこで、IBMはBASICを委託することにしていたマイクロソフト社に相談した。ビルゲイツはこれをチャンスだとにらんだ。当時、CP/Mの互換OSを開発していた、ティム・パターソンというプログラマーがいた。マイクロソフトはその互換OSを、二万五千ドルで買い取り、MS-DOSという名で、販売した。このあたりの取引は、現在でもよくわかっていないことが多く、デジタル・リサーチとマイクロソフト、IBMの主張がそれぞれ食い違っている。
 しかし、IBM-PCは予想以上に売れた。そのためMS-DOSは爆発的に普及し、業界標準となり、デジタル・リサーチのCP/Mを追いやってしまった。デジタル・リサーチのゲイリー・ギルドールは、「20世紀最大のビジネスチャンスを逃した男」と言われることになる。
 ここで、注意して欲しいのは、マイクロソフトは何も独創的な製品で、成功を収めたわけではない、ということだ。BASICにしても、MS-DOSにしても、すでにあった製品のコピーもしくは真似ものである。この傾向はこの後のマイクロソフトの製品にも続く。
 OSで、大勝利を収めたマイクロソフトだったが、これまでのアプリケーションソフト市場で、シェアを延ばせずに、苦労していた。ワープロソフトのワード、表計算ソフトのマルチプランを持っていたが、それぞれ、ワードパーフェクト社のワードパーフェクト(日本では一太郎)、ロータス社のロータス1.2.3、によってシェアを奪われていた。しかし、これもウィンドウズの発売で、大きく変わる。
 1984年、APPLE IIに見切りをつけた、アップル社が一発逆転を狙って、マッキントッシュを発表する。アイコンで操作するグラフィカル・ユーザー・インターフェイス(GUI)をいち早く導入したその快適な操作性は、始めは「おもちゃみたい」と揶揄されはしたが、次第に爆発的な人気を獲得していった。
 マッキントッシュの成功で、GUIの重要性を認識したマイクロソフトは、ウィンドウズを発表する 。ウィンドウズはコントロールパネルやメニュー操作など、マッキントッシュの操作性をまねて作られたが、当初は速度が遅くて使い物にならなかった。しかし、1993年、ウィンドウズ3.1が発表されると、ようやく実用的になり、普及するようになった。ここでマイクロソフトは自社の製品、ワード、エクセル(これらは、マッキントッシュ版で成功した操作性をそのまま導入した。)のウィンドウズ対応版を、ほぼ同時に投入し、ワードパーフェクトや一太郎は、一歩ウィンドウズ対応に出遅れる形となり、次第にシェアを奪われるようになった。
 つまり、このあたりから、OSを握っているソフトメーカーの強みを存分に行使するようになったのだ。
 その顕著な例が、抱き合わせ販売である。パソコンメーカー各社は自社のパソコンにワープロや表計算といったソフトウェアをあらかじめバンドルして販売していた。マイクロソフトは、そこに目をつけ、自社のワープロや表計算をバンドルすれば、ウィンドウズのライセンス料金を軽減するという措置をとったのである。こうした、マイクロソフトの汚い抱きあわせ販売によって、ライバルメーカーは次々とシェアを奪われていった。
 オフィスのパソコンの市場を制したマイクロソフトは、次に、パソコンより性能のよい、ワークステーションの市場に注目し、ワークステーション用OS、ウィンドウズNTを発表する。それまで有力だったサン・マイクロシステムズのSolarisなどからシェアを奪うことに成功した。
 続いて、マイクロソフトは、マッキントッシュOSの開発プログラマーをたくさん雇い、ウィンドウズ95の開発を進めた。操作性はさらにマッキントッシュに近づき、ごみ箱やフォルダ、ショートカットなど、マッキントッシュとほとんど変わらないまでになった。このときもマイクロソフトはマイクロソフト・オフィスのウィンドウズ95対応を同時に出荷し、一太郎やロータス1.2.3といったライバルに水をあけた。
 しかし、ここでビル・ゲイツは大きなミスを犯した。インターネットの普及に気づかなかったのだ。 インターネットはウィンドウズ95が出た95年ごろから、急速に普及していた。そこに目をつけて、彗星のごとく現れた会社が、Netscape Navigatorを開発したネットスケープ社である。マイクロソフトはこのネットスケープ社を倒すため、自社製Webブラウザのインターネットエクスプローラーを開発した。しかし、当初は、ネットスケープとの性能の差は歴然としており、ネットスケープのシェアは90パーセントを超えていた。
 ところが、マイクロソフトは奥の手に出た。ウィンドウズ95にインターネットエクスプローラーを無償でバンドルしたのだ。これによって、有償だったネットスケープのシェアは揺らぎ、その後、目立ったバージョンアップができず、シェアは転落した。現在ではNetscape Navigatorのシェアは25%程度だという。
 ここで、マイクロソフトの倒してきたライバルを整理すると・・。
ソフトの種類 マイクロソフト製品 ライバル製品 倒し方
ワードプロセッサ マイクロソフト・ワード ワードパーフェクト、一太郎 1.OS対応に、水をあける形で。
2.セット販売
表計算ソフト マイクロソフト・エクセル ロータス1.2.3 同上
プレゼンテーションソフト マイクロソフト・パワーポイント アルダス・パーシュエイションその他 マイクロソフト。オフィスのおまけ的役割から、シェア上昇。
OS(初期) MS-DOS CP/M IBMとの交渉成功。
OS(GUI導入) MS-Windows マックOS マックの機能を真似て、アップルとの知的所有権を巡っての裁判にも勝利して。
ワークステーション用OS Windows NT Solarisなど オフィスのコンピューターをオール・ウィンドウズにする形で。
Webブラウザ インターネット・エクスプローラー ネットスケープ Windowsに統合する形で。

マイクロソフトの戦略の問題点。
 マイクロソフトの戦略を一言で言うと、「ライバル会社を潰せ!」である。そのためには「他社のトップ製品を徹底的に真似しろ!」「シェアを奪うためなら手段を選ぶな!」という。そのモットーにしたがって行われてきた戦略には当然問題がある。
 まず、OSを握っている強みをいかした不公平な戦略をとっている点である。
 現在、マイクロソフトはパソコン用のOSとして、Windows98、より高度なコンピューター用のOSとしてWindowsNT、電子手帳などの携帯型コンピューターや機器に組み込む用途のOSにWindowsCEを販売している。一方、マイクロソフトはそれら各OSで動作するソフト(アプリケーションソフトウェア)も開発している。つまり、マイクロソフトは、OSとアプリケーションの両方を作っているのだ。マイクロソフトに限らずOSメーカー各社は他社が自社OSで動作するアプリケーションを開発できるよう、API(アプリケーション・プログラミング・インターフェイス)というものを公開している。ソフトメーカー各社はこのAPIのガイドラインに沿って、ソフトを開発するのだが、マイクロソフトはすべてのAPIを公開しているわけではない。そのため、それらの公開されていない隠れた機能をマイクロソフトは自社のアプリケーションに他社より有利に使えるのである。他のソフトメーカーはWindowsを握られているため、常にマイクロソフトというアプリケーションソフトメーカーに対して、ハンデを負うことになる。
 また、マイクロソフトはPCメーカーに自社に逆らいにくい巧妙な契約 (抱きあわせ販売など)を結ばせることによって、有利に利益を上げてきた。このことは、後に裁判になり、マイクロソフトは抱きあわせ販売を部分的に認めている。
 次に、セキュリティ問題や、バグ問題である。マイクロソフトは、IBMなどに比べ、ネットワークのセキュリティに関するノウハウが未熟で、WindowsNTやInternet Explorerにおけるセキュリティホール がたびたび指摘されている。しかし、ウィンドウズはシェアがあまりにも大きいため、このことを知らずに使っているユーザーが多く、ハッカーの標的にされ、企業などを中心に被害が続出している。
 しかも、マイクロソフトの対応はいつも遅れており、「ついこの間出荷されたばかりの製品に、もうバグが見つかっている」ほどバグのチェックが甘いのである。これは、マイクロソフトが少々バグがあって性能が悪くても、シェアの拡大を最優先するからである。
 「がんばれゲイツ君」(http://www.asahi-net.or.jp/~FV6N-TNSK/gates/)というWebサイトにはマイクロソフトの製品のできの悪さ、およびその対応の悪さを批判する記事が数多く掲載されている。
 このように、マイクロソフトは、他社のまね をしてシェアを拡大し、バグを承知でバージョンアップすることで他のアプリケーションメーカーが追従できないようにして、また抱きあわせ販売によってコンピュータメーカーにも圧力をかけ、さらにシェアを伸ばしている。
 これらの戦略は、倫理的にも社会的にも問題である。またマイクロソフトのように他社の知的所有権を公然と侵していても、それを罰する法律が整備されていないのも問題である。

マイクロソフトの市場独占は消費者に利益をもたらすのか。
 これまで、主に企業側の論理からマイクロソフトの問題点を述べてきたが、では消費者側から見ると、どうなるだろうか。消費者がマッキントッシュやその他、非Windowsのコンピューターを選ばずに、ウィンドウズマシンを選択するのには、「会社で使っているから」「周りの人が使っているから」といった理由が大多数を占める。つまり、消費者は、多くの人が使うので、ソフトが安くて量が多いことや、データの互換性があるといったメリットを購入動機にしているのである。しかし、このメリットはあくまでミクロなものであり、マクロな視点で見れば、多くのデメリットがある。
 まず、OSはマイクロソフトのものしか選べず、他に選択肢がないことである。そのことによって、マイクロソフトはより良いOSの開発を怠り、不当な高値で販売できるのだ。かつて、マイクロソフトはバグの修正まで、有料にしていたことまであった。Windows98がつい最近まで2000年問題を抱えていたということからも、ソフト開発の怠慢が見える。(しかも、そのバグを修正するために、インターネットを使っていない人は、13800円のアップグレードパッケージを購入しなければならないという。日経新聞8/21)
 また、マイクロソフトという非独創的な企業の台頭は、ソフトウェア業界の発展を阻害してしまう可能性がある。マイクロソフトは我々が考えていた米国の冒険心に飛んだ企業イメージとほど遠いのである。

ビル・ゲイツは独創的な、アメリカンドリームの体現者か?創造性の神話
 これまで述べてきたように、ビル・ゲイツが取ってきた戦略は、決して独創的とは言えない。しかし、日本の著名人の中には、ビル・ゲイツを独創的な経営者として讚える人が少なくない。最近でも、東大教授・野口悠紀雄氏はビル・ゲイツを独創的な企業家の代表とし、日本経済が創造性の欠如によって低迷しているとしている(日経新聞「一刀両断」5/24朝刊)。野口悠紀雄氏と言えば、コンピューターに詳しいことで有名な人である。その人ですら、このような誤解をしているのは驚きである。また、「もともと独占禁止法は、独占による弊害から消費者を守るためのものである。しかし、マイクロソフトの場合、消費者が苦情が出ているわけではない。」(日経新聞「大機小機」8/21)と無知なくせに、マイクロソフトを擁護する経済学者がいまだに多く存在するのである。こんな経済学者に日本経済を論じられてはたまらない。彼は「マイクロソフトは価格低下をリードした」と言っているが、実際はでたらめで、マイクロソフトは、他社が値下げしてから初めて値下げしている 。また、現在パソコンはメモリーやハードディスクなど、あらゆる部品が低価格化しているが、唯一低価格化していないのがWindowsというOSだという事をこの人は認識していない。こうした無知が、マイクロソフトの横暴を助長してきたのかもしれない。

マイクロソフト崩壊のシナリオ
 このようにあらゆる手を尽くしてシェアを獲得していったマイクロソフトだが、そのツケがそろそろ回ってきそうである。そもそも、IBMが小さかったマイクロソフトに、たまたまOSを委託したのが、今日のマイクロソフトの強大化の原因であった。そこで、これまで、マイクロソフトに散々な目に合わされてきた、IBM、サン・マイクロシステムズといった企業が現在、ウィンドウズに代わるOSとして支持しているのがLinuxである。Linuxは無料のOSで、そのソースコードはインターネットで公開され、誰でも改良したりすることができる画期的なパッケージである。これまでボランティア活動で、細々とやっていたが、インターネットの爆発的な普及と、IBMなど大手企業の後援もあって、急速にシェアを拡大しつつある。何と言っても無料なので、マイクロソフトのようなOS独占による問題が起きる危険性がない。
 また、マイクロソフトの「他社を潰す」戦略は陰りを見せている。例えば、最近、映像分野ではアップルのQuickTime が、印刷分野では、アドビのPDFが業界標準となり、マイクロソフトはその牙城を崩せないでいる。また、マイクロソフトが自社で勝手に改造することによって潰そうとした 、サンのJAVAも結局、潰せずにいる。私が思うに、マイクロソフトは、これまで経営を拡大しすぎたため、これら一つの技術に注力している企業に、追いつけなくなってしまったのではないか。
 今後、Linuxを標準OSとして、アップルやアドビの技術を導入した素晴らしいJAVAアプリケーションが続々と開発されるだろう。私は、Linuxがウィンドウズに機能的にもシェアでも、追いつき、追い越す日はそう遠くないと考えている。

結論
 マイクロソフトの経営戦略が問題であることは明白である。しかし、消費者のなかには、そのことに気がついている人は少ない。なにせ日経の記者や経済学者までが、無知であるのだから、当然といえば当然である。だが、私たちは、本当は何が起きているのか、メディアに惑わされることなく、しっかり見極めることが必要である。
 また、マイクロソフトは現状では大成功を収めた会社だが、それも長くは続かないだろう。Linuxやインターネットの登場で、消費者が力を持ち始めると、マイクロソフトのような巨大企業の時代は、終わりを告げると思う。コンピュータ業界で、かつて絶大な力を誇ったIBMがその地位をマイクロソフトに譲ったように、マイクロソフトもOSをLinuxなどに地位を譲り、アプリケーションメーカーとして生きていくことを望む。

参考文献
相田洋 『新・電子立国』 NHK出版
『強い会社』日経新聞社
脇 英世 『ビル・ゲイツの野望』 講談社
脇 英世 『ビルゲイツのインターネット戦略』 講談社
スティーブン・レヴィ 『マッキントッシュ物語』 翔泳社
ホームページ
野口悠紀雄ホームページ http://www.noguchi.co.jp/
(改訂版)マイクロソフトの小研究− 【ニューヨーク駐在員報告】 
http://www.ecom.or.jp/seika/survey/maegawa/mae-chu-9701.htm
「がんばれ!!ゲイツ君」 http://www.asahi-net.or.jp/~FV6N-TNSK/gates/
その他多数。
毎日新聞
日経新聞