私の登山熱
孤高の人、加藤文太郎は大正15年(1926)年7月に岩間温泉から白山に登り白山温泉(市ノ瀬)へ下山している。
人跡少ない岩間道 ( July 20, 2002)
白山を縦走してやろうと思って尾添から美女坂道を登ることにした、ところが地図には堂々と道があるが、行ってみると炭焼きの道が途中まであるきりで、トテモ通れない。その中を私は一生懸命に歩き廻ったが、結局は後戻りだった。
さて、地図には書いてないが、岩間温泉から登山道が出来ている事が分かり、すぐにこれを登って温泉へ来てみると人がいない。仕方がないから引返して途中の山小屋に泊めてもらった。この日は白山祭でたいていの小屋の人は村へ下山していたが、ここの人々は養蚕をやっておられたので、幸いに泊めてもらう事が出来た。
(小屋の)主人はもし危険だと思ったら引返しなさいと言って、昨日のラッセルでワラジが一つ無くなっているのを見て無い中から作って下さった。
雪渓が多いのと風雨が強かったので相当苦心をしたが、無事白山の絶頂を極め得たことをこの人々に感謝して止まない。
ただ小さいお金が無くて壱円なにがししか置けなかったのと、名刺を置いたが名前を聞かなかった事を心残りに思っている。
加藤 文太郎 1905年、兵庫県浜坂町生まれ、1923年頃から山歩きを始め、北アルプスや中国山地を舞台に多くの雪山単独登山を実践した。1936年1月、槍ヶ岳北鎌尾根にて遭難死した。