四高旅行部・「ベルグハイル」


「べルグハイル」は旧制第四高等学校(創立明治20年、石川県金沢市) の旅行部行友会、 部誌。 第1号(大正12年)、最終第13号(昭和16年)

稀書となった同誌は1989年1月、地元の古川 脩氏によって復刻、わずかな部数発行され、図書館等に寄贈された。

四高旅行部は当初、遠足部として明治31年(1898年)に創立され、山岳団体としては日本山岳会の創立(1905年)より7年早い。
 
数多の紀行文から先駆的登山の記録として抜粋するならば、

立山冬季登山  大正12年12月26日〜大正13年1月2日   窪田 他吉郎  第2号

北部白山山脈行 大正15年5月22日〜27日          横井 憲一   第3号
           中宮ー大瓢箪山ー大笠山ー笈岳ー奈良ヶ岳ー高三郎山ー倉谷
 
白山山脈行    昭和3年5月4日〜9日      津野 清也、瀧山 養   第4号
         白山温泉(市ノ瀬)−妙法山ー野谷荘司山ー三方岩岳ー瓢箪山ー笈岳ー大笠山ー奈良ヶ岳ー見越山ー大門山ー福光

以下は白山山脈行の一節である。
 
駿河の富士、越中の立山、加賀の白山と日本の三名山の一つなる白山は古代より幾多の歌人に依り詠まれまた越路の守として非常に名高い山であるがそれに続く 白山山脈は最近まで殆ど顧られない地位に置かれてありました。
 然し乍らこの白山山脈は加賀国において育まれたる四高旅行部により当然開拓さるべき使命の鍵が握られていると我々は信じていたのでありました。
 静かに白山山脈に就いて顧みますれば、我部において、大正13年3月広根、中島の両氏が白山山脈縦走を企て、単に白山スキー登山に終ったがこれ白山冬季 登山の嚆矢として末長く記念さるべきものでありませう。
 その後いく度か他の先輩方又々この企てを完成せんとしたが天候に恵まれず、遂に失敗したのでありました。大正15年に至り横井、眞田、中村の三氏が白山 山脈中笈ヶ岳以北の山脈を踏破され、四高旅行部の足跡は深く印せられたのでありました。
 かくの如く全白山山脈縦走こそは四高旅行部が幾度か果たさんとして果たし得ざりし多年の懸案であったのであります。然しこの縦走も昭和三年五月私共三人 が白山以北の山々を極め尽くすことにより成功しました。
 山脈の縦走―頂から頂を求めて行く事、それは進歩せる現代の登山界においては或は旧式に属する事であるかも知れません。然し乍ら登山価値の十分ある山 脈、未だ世人に紹介されざる山脈を縦走することは、あながち無意義なことではないと信じます。また白山山脈縦走は我等の先輩から継いだ所の断然敢行すべき 一大義務であると信じていました。

bergheil