松平誠 入浴の解体新書 小学館 1997


 表紙には懐かしい風呂屋の煙突。本書の主役はもちろん銭湯である。内容は入浴の歴史から現代若者の入浴習慣まで多岐にわたるが、やはり著者の本領は、都市の生活文化と入浴の関係を解き明かすところに発揮されている。
 都市部では銭湯が激減している。こうなったのはもちろん内湯、つまり自家風呂が普及したためだが、その背後にはより大きな生活文化の変化があった、と著者は見る。
 生活が豊かになり、かつては富裕な人々の特権だった内湯が庶民にも解放された。同時に内湯は、高度成長期に一般化するマイホーム主義にも合致した。家庭での入浴は、家族団らんの延長上にあった。
 しかしそのことによって、入浴の意味は大きく変質していく。入浴にはもともと、体を清潔に保つという実用的な側面と、湯に包まれた皮膚感覚に体を任せて「極楽」気分を味わうという、非実用的側面とがある。
 しかし自宅の狭い内湯では、「極楽」気分を味わうのも難しい。だから次第に、入浴の実用的な側面が前面に出るようになっていく。いや、体を清潔に保つことが目的なら、シャワーで十分。だから最近の若者たちは、必ずしも入浴を好まない。
 それではかつての入浴文化は消滅したのか。そうではない。温泉ブームという形でよみがえるのだ。若者たちも、温泉には喜び勇んで出かける。銭湯は生き残りをかけ、温泉気分をキーワードに変身をはかる。こうした考察から著者が描きだしたのは、都市の生活文化の変貌過程である。
 考えてみれば都市化とは、人々が大規模な専門施設に依存を深める過程でもある。かくて人々は、デパートで買い物をし、病気になれば病院へ行き、入浴を楽しむには温泉に出かける。失われたのは生活の単位としての地域社会、つまりコミュニティである。
 そういえば、もう何年も銭湯へ行っていない。たまには銭湯に浸かり、地域社会の空気を吸ってみるのも悪くない。


(1997.5配信) 

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