佐藤正明 望郷と決別を----国際化を体現した男の物語 文藝春秋 1997

 
 海外に生産拠点を作ろうと考えている中小企業の経営者は、まずこの本を読むといい。
 「国際化を体現した男の物語」という副題がついているが、主人公は香港で中堅エレクトロニクスメーカーを経営する石井次郎氏。前半は、現在の会社を興すまでの波乱万丈の物語。後半は幅広くしたたかな彼の活動を紹介しながら、中国で企業を興すノウハウも満載。面白くて役に立つ、一冊で二度おいしいノンフィクションである。
 映写機メーカーの腕の立つ職人だった彼が、日本に見切りをつけて旅立ったのは一九六五年。持ち物はドライバーとピンセット。海外で技術を身につけたいという希望を、学歴を理由に受け入れてくれない会社に辞表をたたきつけての海外行きだった。
 家電製品を修理する便利屋をやりながら職を探した後、欧州各地で光学機器関係の企業に勤め、技術と経営を学ぶ。貧しい日本人の若者を数多く居候させ、帰国の前には各国を半年かけて歩き、カメラの無料修理を買って出て蓄えを使い果たす。この人の人生は面白すぎる。
 帰国して就職した会社から、現地生産のために香港へ派遣されたのが一九七九年。ここを振り出しに次々に事業を成功させた後、日本の中小企業を受け入れる「テクノセンター」を設立、多くの企業を成功に導いていく。
 彼が事あるごとにぶつかってきたのは、「日本」だった。現地を理解しない本社の経営陣。日本的経営を持ち込もうとして、次々にトラブルを起こす大企業。日本の学校で勉強したいと帰国した娘たちは、画一主義といじめに直面し、登校拒否を繰り返す。
 しかし読者は、彼のような人物がいて、異国の地で次々に人と事業の輪を広げていることに、勇気づけられるだろう。ストの首謀者を即座に解雇するなど、いただけない行動も多いが、学ぶところはそれ以上に多い。
 ただ一つ、帯カバーで「ユダヤ商法」を前面に出している点には、やや疑問が残った。

(1997.3配信) 

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