省益を軸に行動する官僚たち 塩田潮著「大蔵事務次官の闘い」他


 斉藤次郎ほど名前を知られた官僚も珍しい。宮沢・細川・羽田・村山と目まぐるしく政権が入れ替わる時期に大蔵事務次官を務めた人物。村山首相をして「あんたが国を裏で動かす斉藤さんかね」と言わしめた大物である。
 彼を中心に、連立政権時代の大蔵省の姿を描いたのが、塩田潮著「大蔵事務次官の闘い」( 東洋経済新報社・一五〇〇円)。全体は一〇章から成るが、消費税率引き上げ決定にこぎつけるまでの大蔵省の暗躍と、日銀総裁人事と特殊法人統合問題をめぐる与党と大蔵省の確執が中心的なモチーフとなっている。
 政変の中で機敏に立ち回り、最終的には消費税反対の中心だった社会党までも巻き込んでいく。他方ではOBをも含む強い結束によって、行政改革を妨害し、既得権を守ろうとする。それにしてもこの人たちは、何の権限があってこんな大きな顔ができるのか。
 いろいろ問題は抱えているとしても、各政党は国民の代表である。その公約や政策をあの手この手で覆そうというのだから、大蔵省の行動は主権在民に対する明らかな挑戦だ。選挙による統制も受けず、自らの利害と省内の上下関係を軸に行動する彼らの存在は、その機能から言えば議会に対抗する独裁君主に近い。
 金子仁洋著「『政』は『官』をどう凌ぐか」(講談社・一六〇〇円)も、やはり政党と官僚の関係を扱ったもの。終戦直後に文部省が作った教科書、『あたらしい憲法のはなし』を縦糸に、「政」と「官」の確執と、その望ましい関係について論じている。無党派層の「棄権」は、政党の力を弱めて「官」の力を強くするという指摘ももっともである。
 ただしこの二冊、近年この種の本が多いこともあって、必ずしも新鮮な印象は残らなかった。しかも前者の場合は第五章と第六章の内容が重複して話が錯綜している。後者にしてもかなり急いで書かれた本であることが明白である。これからも類書は出るだろうが、一層の努力を期待したい。

(1995.10月配信)

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