米軍神話と情報操作 吉田守男著「京都に原爆を投下せよ」他


 戦争中、米国は貴重な文化財を守るために京都を爆撃目標から外した……。こんな話を私は、小学生の頃に母親から聞かされて知った。平凡な主婦が子供に言い聞かせるくらいだから、相当広まった話だったのだろう。これが根拠のない神話であることを明らかにしたのが、吉田守男著「京都に原爆を投下せよ」(角川書店・一三〇〇円)である。
 米国が日本における貴重な文化財のリストを作成していたのは事実だが、それは文化財を保護するためのものではなく、日本のような侵略国が略奪した文化財を弁済させるために作られたものだった。
 しかも京都が爆撃されなかったのは原爆投下地の候補に挙げられていたからであり、原爆投下後に原爆の影響を正確に把握するため、爆撃を禁止されていたのである。最後まで爆撃されなかったのは、原爆投下の前に日本が降伏したからにすぎない。
 膨大な資料を駆使した論証の過程も、また結論も、実に明快である。学術論文並みの緻密さで、しかも謎解きの面白さも存分に味わえる。著者の力量には感服する。
 著者は、断定はしていないが、この神話は米軍美化・米国美化の目的によって意図的に流布されたのではないかという。占領軍による情報操作と言うことになるが、この点では占領軍による検閲も見逃せない問題だ。堀場清子著「原爆 表現と検閲」(朝日新聞社・一二〇〇円)は、原爆被害に関する検閲を中心に、その実態を明らかにしたもの。
 著者によると、多くの日本人が検閲を無抵抗に受け入れたばかりか、やがて自主規制が広まって事前検閲の必要もなくなっていった。こうして原爆の悲惨さを世界に訴えて核軍拡競争に歯止めをかけるチャンスが失われた、という。
 戦後五〇年。そろそろ戦時の敵味方関係を超えて、大量殺戮や人権侵害の事実について冷静な反省をして良い時期だろう。ただしそのためにも、日本が戦時中のすべての行為についての責任を明確にすることが不可欠である。

(1995.9月配信)

政治・経済

書評ホームページ