岩井克人という人は、注目すべき経済学者である。かつて「不均衡動学」で経済学界に衝撃を与えた理論経済学者なのだが、同時に文学や哲学、歴史など幅広い領域を横断したエッセイもものにする。広い意味での現代思想と対話できる数少ない経済学者の一人なのだ。「資本主義を語る」(講談社・一八〇〇円)は、彼の講演とインタビュー、それに対談の記録を八つまとめたものである。
古代の商業資本主義から現代に至るまでの資本主義の本質を、差異と不均衡から利潤が生まれるという「差異の原理」に求める資本主義論、資本主義の究極の「外部」としての貨幣の成立、そして株式持合いによってヒト化した法人が支配する日本資本主義の構造。こうした自らの理論を平易に解説するとともに、その思想的な意味についても解き明かしていく。知的興奮の尽きない本である。
竹田青嗣・橋爪大三郎著「自分を活かす思想・社会を生きる思想」(径書房・一八五四円)は、現代思想の最先端の研究者であるとともに優れた啓蒙家でもある若手二人の対論。思想とは何かという問いに始まり、教育や環境破壊、差別問題など、現実社会の具体的な問題までを幅広く取り上げる。両人の著書と同様、語り口はきわめて平易かつ理路整然としている。生産的な議論というもののお手本といえよう。
ただし結論はいつも意外に単純。一言でいうと、自由市場と民主主義を前提に、体制の枠内で最善の道を探るべきだということ。竹田は「僕等がいま言っていることは、十年ぐらい前だったら右翼反動の言説ですね」と言っているが、割と平凡な保守リベラリズムというべきか。
先に取り上げた本で岩井と対談者の今村仁司は、市場経済をベースに計画も導入するという「第三の選択肢」は、実は陳腐ではっきり理論化できないものだと語っている。良いか悪いかは別として、思想が社会をリードする時代ではないようだ。
(1994.11月配信)