『名曲名盤300NEW』について


 「名曲名盤」とは、有名名曲を300曲取り上げ、それぞれの演奏を採点してランキングをつけるという、いかにも偏差値好きの日本人に受けそうな『レコード芸術』の人気企画。はじめ誌上に掲載され、しばらく後に多少の新しい情報を加えた上で、ムックとしてまとめられます。私の知る範囲では、83年、87年、93年、99年と4回にわたって発行され、いずれもよく売れているようです。その最新版が、『名曲名盤300NEW』。99年7月の発行です。

 確かに、初心者のCD選びには役に立つでしょう。私なんかも、聞いたことのない、あるいはCDを1枚も持っていない曲については、買うときの参考にすることがあります。しかしセルの好きな人の中には、「頭にくるだけだから、見ない」という人もいるのではないでしょうか。実際、ここでのセルに対する評価には、いくら客観的に見ても不当きわまりないものがあります。

 下に、『名曲名盤300NEW』におけるセルの評価をまとめてみました。正規盤がCDとして出ている交響曲と管弦楽曲に限定しています。[ ]内に示したのは録音年です。

 確かに、「アルルの女」「ペール・ギュント」「海」の選外は仕方のないところでしょう。「展覧会の絵」「火の鳥」あたりは、下位の方くらいには出てもいいんじゃないとか思いますが、選外だとしても納得はできます。セルのシベリウスは良い演奏ですが、北欧系・英国系指揮者の名演が多いので、選外もやむを得ないかもしれません。しかし、ベートーベン、ブラームス、モーツァルト、マーラー、シューベルトの交響曲がすべて選外というのは、どういうことでしょう。「新世界」「ニーベルングの指輪」も選外ですよ! 一定の評価を受けているのは、ドボルザーク、ヤナーチェック、コダーイ、バルトークあたり。知らない人が見たら、セルのことを東欧音楽のスペシャリストだと思うかもしれません。

 ランキングの上位に数多く顔を出すのは、次のような指揮者たちです。まず、カラヤン、バーンスタイン、ショルティ、ジュリーニなど、ごく最近まで活躍したあるいは現在も活躍中の「巨匠」たち。次に、アーノンクール、ガーディナー、ブリュッヘンなど、古楽演奏出身の指揮者たち。そして別格のフルトヴェングラーと、これに準ずるワルター。ブーレーズ、アバド、レヴァイン、バレンボイムなど、現役の中心世代がこれに続きますが、出てくる回数はそれほどでもありません。

 また6年前の『名曲名盤300』と比較すると、カラヤン、バーンスタイン、アバド、レヴァインなどの登場する回数は減少傾向にあり、ミュンフン、ラトル、シャイーなど新しい世代がちらほら顔を出すとともに、古楽出身の指揮者の評価が上がっているようです。フルトヴェングラー、ワルターの評価は、あまり変わっていません。

 どうやら、ランキング上位を占めるのは、次のような演奏だといえそうです。第1に、最新のデジタル録音で聞くことのできる演奏の中で、ある程度安定した評価を得た演奏と、その時々に話題になった演奏。そして第2に、常に別格扱いされるフルトヴェングラーとワルター。これ以外の、とくにステレオ初期に主に活躍した指揮者は、ほとんど無視されます。セルと同様に不当な扱いを受けている指揮者としては、ライナー、オーマンディ、クレンペラー、バルビローリなどを挙げることができるでしょう。

 クラシック音楽を聴き始めた初心者には、これでいいのかもしれません。最新録音の演奏を中心に聞き、古い録音にもほんのちょっとだけ手を出す、という聴き方は、たしかに悪いものではありません。しかし私の危惧するのは、こうした評価の仕方がある種の「足切り」として機能して、フルトヴェングラーやワルターのようなごく少数の指揮者しか、次の世代に聞き継がれなくなることです。

 『レコード芸術』を全体としてみれば、往年の巨匠たちが無視されているわけではありません。しかし「名曲名盤」の「ランキング」という手法は、結果的に多くの優れた演奏を貶めることになっているのではないでしょうか。クラシック音楽を聴き始めた若い人たちにとって、『レコード芸術』というメディアの影響力はかなり強いと思います。次の世代への文化の継承という点を、もう少し意識した評価の仕方が望まれるところです。(2000.4.17)

作曲家 曲名 セル 1位 2位 3位
バルトーク 管弦楽のための協奏曲 9位[65] ショルティ[81] ブーレーズ[92] ドラティ[83]
ベートーベン 交響曲第1番 選外 ガーディナー[93] バーンスタイン[78] アーノンクール[90] フルトヴェングラー[52]
交響曲第2番 選外 ワルター[59] ブリュッヘン[88] ガーディナー[91] トスカニーニ[49,51]
交響曲第3番 選外 フルトヴェングラー[44][52] ガーディナー[93] ブリュッヘン[87]
交響曲第4番 選外 クライバー[82] ブリュッヘン[90] カラヤン[83]
交響曲第5番 選外 クライバー[74] ガーディナー[94] ブリュッヘン[90]
交響曲第6番 選外 ワルター[58] ベーム[71] ガーディナー[92]
交響曲第7番 選外 クライバー[75,76] ブリュッヘン[88] フルトヴェングラー[43]
交響曲第8番 選外 ブリュッヘン[89] ガーディナー[92] バーンスタイン[78]
交響曲第9番 選外 フルトヴェングラー[51] ブリュッヘン[92] バーンスタイン[79]
ビゼー 「アルルの女」組曲 選外 クリュイタンス[64] ミュンフン[91] デュトワ[86]
ブラームス 交響曲第1番 選外 カラヤン[87] バレンボイム[93] ミュンシュ[68]
交響曲第2番 選外 アバド[88] ベーム[75] バレンボイム[93] バーンスタイン[82]
交響曲第3番 選外 カラヤン[88] ハイティンク[93] バレンボイム[93]
交響曲第4番 選外 アバド[91] クライバー[80] ワルター[59]
ブルックナー 交響曲第3番 7位[65] ヴァント[92] アーノンクール[94] インバル[82]
交響曲第7番 選外 ヴァント[92] カラヤン[89] 朝比奈[75]
交響曲第8番 選外 カラヤン[88] ジュリーニ[84] ハイティンク[81]
ドビュッシー 「海」 選外 ブーレーズ[93] マルティノン[73] ジュリーニ[94]
ドボルザーク 交響曲第8番 1位[70] カラヤン[85] ジュリーニ[90]
交響曲第9番 選外 ケルテス[61] カラヤン[85] スメターチェック[74]
スラブ舞曲 3位[62-65] クーベリック[73,74] プレヴィン[93] ドラティ[83]
グリーグ ペール・ギュント 選外 フィエルスタート[58] ブロムシュテット[88] ヤルヴィ[87]
ヘンデル 水上の音楽 6位[61] アーノンクール[78] ガーディナー[91] マリナー[93]
ハイドン 交響曲第94番 9位[67] ブリュッヘン[92] クイケン[92] アーノンクール[90]
ヤナーチェック シンフォニエッタ 2位[65] マッケラス[80] アバド[87]
コダーイ 「ハーリ・ヤーノシュ」組曲 2位[69] ショルティ[93] フリッチャイ[61]
マーラー 交響曲第4番 選外 ショルティ[83] バーンスタイン[60] アバド[77] サロネン[92] ラトル[97] ワルター[55]
交響曲第6番 選外 バーンスタイン[88] ブーレーズ[94] シャイー[89] ドホナーニ[91]
メンデルスゾーン 交響曲第4番 9位[67] アバド[95] アーノンクール[91] トスカニーニ[54]
「真夏の夜の夢」の音楽 選外 プレヴィン[85] アーノンクール[92] ヘレヴェッヘ[94]
モーツァルト 交響曲第35番 選外 ブリュッヘン[85] レヴァイン[87] アーノンクール[80]
交響曲第39番 選外 アーノンクール[93] ガーディナー[88] ブリュッヘン[88]
交響曲第40番 選外 コープマン[94] アーノンクール[91] ベーム[76]
交響曲第41番 選外 ブリュッヘン[86] アーノンクール[91] コープマン[91]
アイネ・クライネ・ナハトムジーク 選外 オルフェウス室内管[85] ワルター[58] アーノンクール[88] コープマン[88]
協奏交響曲K364 3位[63] アーノンクール[83] クイケン[95]
ムソルグスキー(ラヴェル編) 展覧会の絵 選外 デュトワ[85] ショルティ[80] プレヴィン[85]
シューベルト 交響曲第8番 選外 アーノンクール[92] インマゼール[96] ヴァント[95] ワルター[58]
交響曲第9番 選外 インマゼール[96] フルトヴェングラー[42] ワルター[59]
シューマン 交響曲第1番 5位[58] クーベリック[79] バーンスタイン[84] フルトヴェングラー[51]
交響曲第2番 選外 クーベリック[79] レヴァイン[87] ティーレマン[96]
交響曲第3番 8位[60] アーノンクール[93] 朝比奈[95] クーベリック[79] レヴァイン[87]
交響曲第4番 選外 フルトヴェングラー[53] バーンスタイン[84] チェリビダッケ[86]
シベリウス 交響曲第2番 選外 ベルグルンド[86] C.デイヴィス[94] ベルグルンド[97]
R.シュトラウス 「ティル・オイゲン・シュピーゲルの愉快ないたずら」 10位[57] フルトヴェングラー[54] カラヤン[72,73] バレンボイム[90]
「ドン・ファン」 選外 カラヤン[83] フルトヴェングラー[54] プレヴィン[90]
ストラヴィンスキー 「火の鳥」 選外 ブーレーズ[92] C.デイヴィス[78] ナガノ[91]
チャイコフスキー 交響曲第4番 選外 ムラヴィンスキー[60] カラヤン[84] バレンボイム[97]
交響曲第5番 選外 ムラヴィンスキー[60] カラヤン[84] ムラヴィンスキー[83]
ワーグナー 管弦楽曲集 選外 カラヤン[74] フルトヴェングラー[49-54] シノーポリ[85] ベーム[78-80]