2000年11月に読んだ本

三浦靱郎,音楽の冗談,音楽之友社,1984年,980円.

音楽家にまつわる傑作なエピソードを集めた本。もともとは、「音楽の友」に連載されていたものです。たとえば死の床のラモーのそばで、司祭が祈りの歌を歌っていたところ、ラモーは目を開けて「モン・シェール・アベ。どうしてあなたはそんな調子っぱずれの歌い方ができるんですかね」と言って、これが最後の言葉になった、とか。実話か小話かが分からないのが難点です。また、工藤恒美の挿し絵には、P.13に典型的にみられるように人種差別・女性差別の色彩が濃厚です。(2000.11.1)

熊沢誠,女性労働と企業社会,岩波書店,2000年,660円.

待望の新著ですが、期待を裏切らない好著です。著者は官庁統計と聞き取り調査、そして各種の先行研究を駆使しながら、日本の女性労働者の実像と問題点を鮮やかに描いていきます。一見すると無味乾燥な統計資料から、女性労働者の姿を浮かび上がらせていく手法は、見事と言うほかありません。まさに、必読書というべきでしょう。大いに学ばせていただきました。なお、P.10とP.130で、私の著書が引用されています。(2000.11.5)

小泉武夫,漬け物大全,平凡社,2000年,760円.

発酵学の権威であるとともに、世界の発酵食品を食べ歩く食の怪人、小泉武夫さんの新著。この人の本は、時には重複や焼き直しが多く失望されられることがあるのですが、今回は新機軸を打ち出されたようです。著者は「漬け物」の範囲を通常より広くとっていて、いろいろな魚介類や肉類の加工品にも言及しています。意図は分かりますが、カラスミや鱈の子付けまで「漬け物」というのは、ちょっと無理がありますね。記述は日本と東南アジアが中心で、やや偏りがあります。しかし、漬け物に目を開かせてくれること、読めば急に漬け物が食べたくなり、デパートへ行きたくなること、間違いなしです。(2000.11.10)

今田高俊編,社会階層のポスト・モダン(日本の階層システム5),東京大学出版会,2000年,2800円.

これで、全6巻の完結です。皆さん、お疲れさまでした。この巻は、経済的要因を中心とする社会的資源の所有に焦点を当てた従来型の階層概念を相対化して、ライフスタイルや文化などに注目した新しい階層研究の方向を模索するものです。はっきり言って、研究は緒についたばかり。まだ明確な方向は見出しがたいようですが、こうした研究はこれからも増えるでしょう。階級理論も、これに答えなければなりません。第6章では私の古い論文が引用され、私があるアイデアの「第1発見者」として扱われていますが、実はここに至るには、いろいろな経緯があったと聞いています。第1発見者の私を差し置いて……おっと、これ以上はやめておきましょう。(2000.11.12)

蒲島郁夫,政権交代と有権者の態度変容,木鐸社,1998年,2500円.

新聞の書評でも取り上げられて話題になりましたが、やっと読むことができました。7回にわたるパネル調査データによる、有権者の政党支持・投票行動の規定要因・変動要因分析が中心です。重要な知見がいくつもありますが、重要なのは、(1)人々の政党支持には意外なほど変化が多く、これによって各党の支持率が大きく変化している、(2)新中間層を中心に、基本的には自民党政権を支持しながら、与野党伯仲状態を望ましいと考える人々(バッファー・プレイヤー)が多く、これらの人々が選挙結果を大きく左右している、の二点でしょう。(1)は一時期よく言われていた「無党派の反乱」という説明に修正を迫るものであり、(2)は政党支持と階級の新たな関係を示唆するものです。その後の民主党結成などによって状況は変わっていますが、政治の動向を考える上での必読書でしょう。しかし、A4ハードカバー・314ページの本を、なぜ2500円で売ることができるのでしょうか。不思議です。(2000.11.13)

佐和隆光,市場主義の終焉,岩波書店,2000年,660円.

グローバリゼーションの呪文の下、市場万能主義がまかり通る今日この頃、「第三の道」を掲げて佐和隆光が論争に乗り込んできました。売れるでしょうね、これは。市場主義の改革を進めること、日本的システムを変革することは必要だが、これに伴う副作用にきちんと対処して、平等と公正を確保しようというのがその趣旨です。学ぶところは多かったし、一般論としては分かるのですが、実現すべき「公正」「平等」の具体像が、今ひとつ分かりません。難しいのは承知の上ですが、どのような原理によって所得配分を行うのか、どの程度までの不平等を許容するのかといった、具体的なデザインを考える必要がありそうです。(2000.11.15)

堀要,日本政治の実証分析,東海大学出版会,1996年,2800円.

本書の中心部分は、都道府県別の得票率、自民党議員数、米政府買い入れ比率などのデータを基に、一人あたり公共事業費などのデータを基に、計量分析によって日本の政治構造を明らかにしようとした部分です。公共事業費の多い地域ほど自民党支持率が高いこと、自社両党は農村への依存率が高いが、米自由化が争点になった1989年選挙では自民支持が低下して社会支持が急増したこと、その変化の程度が食管制度と関係していること等が明らかにされています。シンプルなデータから巧妙に結論を導き出していますが、あくまでも「生態学的推論」であるところに、ちょっと留保が必要ですね。最後の部分では選挙制度改革に触れていて、基本的には先頃決まった非拘束名簿式の比例代表制を好ましいと結論しています。(2000.11.16)

堤清二・佐和隆光,ポスト産業社会への提言,岩波書店,1994年,388円.

上の「市場主義の崩壊」を読んだあと、ふと思い出して手に取ってみました。これは社会経済生産性本部の報告書なのですが、執筆者は佐和隆光で、「市場主義の崩壊」とほとんど同じ文章がところどころに出てきます。しかし、1994年という時期の制約もあるのでしょうけれど、日本を「無階層社会」と規定し、日本は「無階層社会の成熟化という、人類史上初の社会進化の実験に臨んでいることを、私たちは誇りとすべき」などという脳天気なことを言っています。「市場主義の崩壊」を読んだときの違和感の理由が、これで分かりました。つまり佐和隆光には、今の日本社会が明らかな階層社会・不平等社会・階級社会であるという認識が欠けているのです。この認識を前提にしなければ、結局は市場主義に流されてしまうでしょう。(2000.11.17)

三宅一郎,投票行動,東京大学出版会,1989年,1900円.

政党支持と投票行動に関する研究の第一人者、三宅一郎の書いた概説書。投票行動という問題について、実にさまざまなアプローチと研究の蓄積があるということが分かります。出版時直前の政治情勢まで扱われていて、概説書というもののお手本のような本ですね。ただし、すでにいくつかの批判がありますが、政党支持を決定する要因としての階層・階級所属を軽視しているのが気になります。政治的態度や政党帰属意識で投票行動を説明するという、よくいえば社会心理学的、悪くいえばトートロジカルな議論が多いのです。階層・階級を基本的な独立変数として扱うことが、政治意識の研究には不可欠だと思います。(2000.11.26)