「お兄ちゃん・・・」
寂しそうな声がする・・・
お兄ちゃん・・・そう呼ばれているのはオレだ・・・
多分、暗いからオレの寝ている場所が解らないのだろう。
小さい部屋にベッドが二つ・・・
だがいつもその片方は使われない。
「ここにいるよ・・・」
オレがいつもと同じようにそう言ってあげる・・・

ぱたぱた・・・
何かが動いている・・・
いつものことだが・・・

「お兄ちゃん、一緒に寝よ?」
「・・・ああ」
そしていつもの返事・・・
オレのことを「兄」と呼んだその少女はヨロヨロとしながらオレの身体を探っている・・・
「ここだよ・・・」
オレは柔らかくその手を触れてやる・・・
「あ・・・」
小さな声を上げる。
「ねぇ・・・こっちが頭だよね・・・」
「ああ・・・いっつも入り口に足を向けてるだろう?」
「そうだった・・・えへへ」

こつん
少女は何かにつまずいたみたいだ・・・
「わわ!」
ぽすん
「うん?」
オレの胸に軽いものが落ちてきた感触がした。
運良くオレの胸元に落ちてきたのだろう・・・
「大丈夫か?」
「うん・・・お兄ちゃんは?」
「お前は軽いから・・・」
「うん・・・ここで寝るよ?」
「ああ・・・」
「お休みなさい」
「お休み・・・」


これがオレの続くと思っていた日常・・・
命を賭しても守ろうと思っていた、
大切な人とともにあった日々・・・
幸せだった・・・きっと・・・




今日はクリスマスイヴらしい。
まぁ一人暮らしのオレには関係ないところではあるが、たまには贅沢な夕食でもいただこうかと思うのだ。
よし、バイトの帰りにスーパーにでも寄ろう。
そんなことを思いながらもいつものように店へと出かける・・・。


仕事をしていて昼も過ぎて、店にも何やらカップルが増えてきた。
クリスマスイヴはいつもこんな感じなので気にもとめていないのだが・・・
「せ、せんぱい〜」
貴行が何やら切なげな声を上げながらオレに呼びかける。
「な、何だ!?」
「お、オレなんだか寂しいッス!お、オレも彼女欲しいッスよ〜!!」
「・・・仕事しろ」
「それッス!何で俺らは女の子といちゃいちゃできずに仕事なんスか!?」
「知るかよ・・・」
「・・・せ、先輩」
「何だ?まだ何か言いたいのか?」
「余裕ッスね・・・」
「はぁ?」
何が余裕なんだ?
客も多いし話しているのもどうかってところだぞ?
「もしかして・・・彼女いるとか」
「・・・・・・」
・・・はぁ?
「何だそりゃ?」
「だってあんな風に店でいちゃいちゃされてるのを見たら悔しくなるのが普通ですよ」
「・・・いいから仕事しろ」
「やっぱり先輩にはいるんスか!?」
「いないって、解ったら仕事してくれ・・・」
オレは無理矢理話を切り上げて仕事へ戻ることにした。




バイトもいつも通り(少し客が多かったが)終わったので、帰ろうと思った瞬間・・・
「あ、先輩待って下さいよ!」
突然貴行が声をかけてきた。
「ん?どうした?」
「あの・・・今日暇ッスか?」
うん?
まぁ・・・暇じゃないな。
今日は「鍋」という特殊な仕事がまだ残っている。
「いや、どっちかというと暇じゃないが・・・何か用か?」
「いえ、俺に姉がいるって話してましたよね?」
「ああ・・・それが?」
「姉貴、浪人生なんスけど最近なんだか勉強に根詰めすぎな気がしてるんスよ・・・」
「ふむ・・・」
「それでできれば姉貴の気晴らしに先輩と姉貴とでデートでもしてもらえれば、って思ってたんスけど・・・ダメならオレが姉貴連れだスッす」
「・・・ふむ」
「じゃ、おつかれッス」
「ああ、お疲れさま」
貴行はぱたぱた帰っていった・・・
何だ・・・貴行が暇なら一緒に鍋でもしようと思っていたんだが・・・
しょうがない、一人でつつくか・・・


店を出てからすぐのところにスーパーがあるので、そこで大量に野菜を買い込む。
多めに作ったとしても火を通しておけば結構長持ちするので、量の方は考えなかったというのが本当のところだ。
しかしこれを一人でつつくのは・・・
うむ・・・誰か呼ぼうか・・・
そうだ・・・あいつに電話してみるか・・・
「あいつ」というのはオレの義理の妹の夢だ。
よし、夢の携帯に電話してみよう。

近くの公衆電話から夢の携帯に電話をかける。
トゥルルルル・・・トゥルルルル・・・
「はい、夢です」
「ああ、オレだ」
「あれ?お兄ちゃん!?」
受話器から何か嬉しそうな声が聞こえた。
自然とオレの顔もほころぶ。
「ああ、元気にしてたか?」
「うん・・・でもねぇ・・・」
「うん?どうしたんだ?」
「実はまた入院しちゃってるんだ・・・」
「な、何!!?」
また入院してたのか・・・
昔から夢は体が弱かったので入退院を繰り返す生活をしているのだが・・・
何にしてもそれを知らなかった自分が何とも・・・兄として失格な気がする。
「そ、それでお前は大丈夫なのか・・・って入院してるからそうでもないのか!?あわわ・・・ほ、ほんとに大丈夫か!?」
「嫌だなぁお兄ちゃん、慌てちゃって・・・ふふ・・・」
「いや、しかしこれを慌てずには・・・」
「もう・・・平気だよ。またすぐに退院できるよ」
「ああ・・・それならまずは良いんだ・・・」
「うん・・・ところで何か用?」
おっと、用件を忘れるところだった。
しかしなぁ・・・
流石に入院中では誘えないか・・・
「いや、いいんだ。お前の声が聞きたかっただけだよ・・・」
「うん?そっか、嬉しい・・・」
「じゃあ体を大事にしろよ」
「うん、お兄ちゃんもね」
「ああ・・・」
「また電話かけてね?」
「ああ、何ならオレの家にもかけてくれ・・・」
「うん、じゃあね」
ツー、ツー・・・
電話が切れた。
その内こっそり見舞いにでも行ってやろう・・・


しかしこれで一人鍋大会決定か・・・
まぁそれも良いかな・・・
オレはいつもよりゆっくりとした速度で家路についた。
辺りはすっかり暗い・・・
街まで行けば華やいでいるのだろうが、オレの家の近くの住宅街ではいつもと変わらず静かなものだ。
オレはいつの間にか一昨日通った公園の前まで来ていた・・・
・・・通っていくか。
オレはのたのたと公園へ入っていった・・・


公園の中の道の半分ぐらいまで来たところ、ちょうど一昨日事件のあった辺りで・・・
「・・・くしゅん・・・(ぱりぱり)」
くしゃみと何やら変な音が聞こえてきた・・・
「・・・くしゅん・・・(ぱりぱり)」
な、何か怖いな・・・
しかし気になる・・・
ここは勇気を出して何なのか確かめよう・・・
茂みの中からその音は聞こえる・・・
オレは音を立てずに近づく・・・
「・・・くしゅん・・・(ぱりぱり)」
むむ!こ、これは!?
「・・・ふぅ・・・くしゅん・・・(ぱりぱり)」
オレを一昨日襲った少女がくしゃみしながら煎餅を食べていた・・・
「・・・ふん?・・・あ・・・」
少女はオレの気配に気付いて振り返ってオレを見つけた・・・
一瞬目があう。
「・・・よう」
オレは間の抜けた挨拶をする。
今気付いたのだが結構近くまで寄っていた。
暗くてかなり近くまでこないと確認できなかったからだろう。
「すまん、邪魔する気はなかった」
「・・・ううん・・・」
少女は首を振った。
・・・しばしの沈黙。
次に声をかけたのはオレだった。
「それは夕食か?」
オレは少女が手に持っている煎餅を指さした。
「・・・え・・・う、うん」
「・・・足りるのか?」
「・・・ううん・・・」
少女は首を振った。
「ふむ・・・そうだろうな・・・」
「・・・くしゅん・・・」
少女がまたくしゃみをした。
「寒いのか?」
「・・・」
返事がない。
それよりも、さっきくしゃみをするときに手を口に当てていた、そのままの状態で止まっている。
俺は無言で近づいて行って胸元からハンカチを出す。
「ほら、つかって・・・」
少女はサッとそれを受け取ってオレに背を向けてごそごそする。
それから申し訳なさそうにこっちを見て、話しかけてきた。
「・・・汚れた」
「ああ、別に良いよ」
オレは少女の前に手を差し出す。
それを見て少女は困ったような表情をする。
「・・・洗って返す」
「・・・そうか」
少女は何だか恥ずかしそうに、自分が鼻をかんだハンカチをポケットに入れる。

突然、少女はオレの方をじぃっと見る・・・
「どうした?」
「・・・」
どうしたんだろう?
少女の目には恐怖の色が見え隠れしているように思えた。
「なぁ・・・どうかしたのか?」
「・・・うう・・・」
何だかとまどっているような仕草・・・
本当にどうしたのだろう?
「・・・昨日は・・・ごめんなさい・・・」
「ん?ああ・・・こっちこそ・・・ごめんな・・・」
近づいて少女の首もとに手を伸ばす。
「あ・・・」
小さな悲鳴。
「あ・・・ごめん・・・まだ痛かったか?」
「・・・ううん」
少女は首を振る。
・・・そうだ。
お詫びって訳にもならないかもしれないが・・・
「なぁ・・・お前、鍋は好きか?」
「へ?・・・うん、好き・・・」
突然聞かれたので、何だか訳の解らないまま返事をしたようだ。
「じゃあ、一緒に鍋食べないか?」
「え?・・・お鍋?」
「そうだ」
「で、でも・・・」

ぐ〜・・・
お腹の虫の音だ。
もちろん少女の・・・
「・・・食べる」
顔を赤くしながらそう答えた。
「なら、準備してくるからここで待っててくれよ」
「・・・うん!」
一瞬だけ少女は嬉しそうな表情をした。
オレも嬉しくなって少し早足で家へと向かった。


十数分後・・・
「おまたせ」
オレはそう言うと同時にガスコンロを地面に置いて小さなガスボンベをセットする。
「よしっと・・・」
次にその上に土鍋を置き、ペットボトルに入れておいた水を注ぐ。
野菜、肉、昆布などが入ってる袋を地面に置き、俺は少女の隣に座る。
「寒いだろう?これきなよ」
オレは毛布を二枚ほど少女に渡す。
「あ・・・ありがと」
少女は毛布にくるまる・・・
オレはコンロに火を点け、昆布を入れて蓋を閉めた。
「暖まって出汁がとれるまでの辛抱だぞ・・・」
そう言って少女の方を見た。
少女は毛布にくるまりながらもくしゃみをしていた。

オレは黙って毛布の上にオレの来ていたジャンバーを羽織らせた。
「あ・・・」
少女が何か言いたげに声を上げたが、返事はしないでおいた。
「・・・さむくない?」
オレに心配げに聞いてきた。
「いや・・・大丈夫だ。それにこれを食ったら暖まる」
オレは鍋の方に指を指す。
「うん・・・」

ぐつぐつ・・・
温まってきたようだ。
オレは蓋を開けて野菜、その他を手早く入れていき、また蓋を閉めた。
「じゅる・・・」
少女が唾を飲む。
「もうちょっとだけ待ってくれ・・・」
「う、うん・・・」
ふと、オレはこの子のことを何と呼べばよいのか迷った・・・
そう言えば名前も聞かないで話し込んでるな・・・
「名前、聞いてなかったな・・・」
「・・・うん」
「オレは兼定って言うんだ・・・」
「・・・あやこ」
「ふむ、あやこ・・・・・・」
「・・・?」
オレが黙り込んだので、あやこは不思議そうな表情でオレの顔をのぞき込む。
「あやこちゃん・・・が良いか?」
「・・・うん」
ちょっと嬉しそうに返事した。
可愛いな・・・笑うと・・・

ぐつぐつ・・・
鍋の中身はだいぶ煮えてきた頃合いだ・・・
「あやこちゃん、これ持って」
オレはとり皿を渡し、つけたれを少しいれる。
「適当に薄めなよ?」
「・・・うん」
「じゃ、食べような」
「うん!」
オレは鍋の蓋を開ける。
うむ・・・美味そうだ・・・
「いただきます」
「いただきます」
オレたちはそう言うと同時に鍋をつつきだす。
・・・美味い
「・・・おいしい」
あやこちゃんも熱に苦しみながら、おいしそうに食べてる。
「・・・おいしい・・・ね」
あやこちゃんはオレに同意を求めてきた。
「ああ・・・美味いよ」
こんな感じの会話が続く・・・
ただ何となく話しかけてそれに返事をする。
何の味気のない会話・・・


多めに買っていたはずの野菜どもは、いつの間にかほとんど無くなってしまった。
「ふぅ・・・おいしかった」
オレは枯れ草の地面にごろんと寝る。
「うん、おいしかった・・・」
あやこちゃんもごろんと寝る。
ふと、オレはまわりの寒さに気付く・・・
そう言えばあやこちゃんは何でこんなとこにいたんだろ・・・
もしかして・・・
「あやこちゃん?」
オレは横で寝ているあやこちゃんに声をかける。
「うん?」
「何でこんなところで一人でお煎餅食べてたの?」
「え・・・あ・・・それは・・・あの、その・・・」
あやこちゃんは慌てふためいて、取り乱す。
「もしかして・・・また人を襲う気だったんじゃ・・・」
「・・・違う」
「じゃあどうして?」
「・・・う・・・あ、あのぉ」
「何か言いにくいこと?」
「・・・うん」
「そっか・・・」
「でも・・・あの・・・もう、人は襲わない」
あやこちゃんはふわっとオレに毛布を掛けて立ち上がる。

「ここ・・・好き」
あやこちゃんはそう言った・・・
「この公園?」
「ううん・・・ほんとはこの公園のもっと奥」
「ふぅん・・・」
そういえばこの公園は山の中の森と一体化している。
オレが良く通る道の周辺は、その森を切り開いて公園に整備したのだろう。
「花とか・・・咲くの」
「へぇ、お花畑?」
「うん・・・」
あやこちゃんは月を見上げる・・・
この前よりもう少し欠けている月・・・
「公園は・・・嫌だけど・・・そこに行くと嫌いじゃなくなる」
「・・・」
・・・きっとあやこちゃんの大切な場所なんだろう。
みんなが持っているだろう自分一人だけの大切な場所・・・
それがそこなんだろう・・・
何もかもを忘れられる場所・・・
辛いこととかそういったものも・・・


「・・・なぁ」
あやこちゃんがオレの声に反応してオレの方を向いた。
「もう遅いけど、帰らなくても大丈夫か?」
「・・・うん・・・平気」
平気なのか・・・
親御さんたちが心配したりしないのだろうか?
「まだここにいるつもりなのか?」
「うん」
そうか・・・
でも鍋に付き合ってもらったし・・・
「じゃあ夜道は危ないし、家に帰るまでここで付き合うよ」
「・・・え?でも・・・」
「嫌なら断ってくれてもいい」
まあオレみたいな見知らぬ男と一緒にいるというのもいい気分ではないだろう・・・
「ううん・・・嫌じゃない・・・」
「じゃあオレは少しここで寝る・・・帰るとき起こしてくれ」
「・・・うん」
返事をしたあやこちゃんは少し嬉しそうだった。
「じゃ・・・もう帰る」
「うん?そうか・・・じゃあ送る」
オレは立ち上がって、さっきあやこちゃんに渡していた上着を着て、あやこちゃんの側による。
「行こうか・・・」
「うん・・・」


オレのイヴの夜はこうして過ぎた・・・




あとがき
青海:書き上げた・・・
あやこ:・・・
兼定:つーかオレのこの名前は何だ・・・
青海:いや・・・テキトー
兼定:・・・
青海:主人公がいちいち自分の名前気にしてちゃダメだぜ・・・(チッ、チッ)
あやこ:・・・
兼定:・・・
青海:・・・何か言って下さいな。
兼定:また次回・・・
あやこ:また次回・・・
青海:・・・・・・・・・また次回(釈然としない様子で)


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