Kumiko Report 13/08/2017
Nana 日記 in Japan

7月23日 娘が11ヵ月の長女(なみ・ナタリー)を連れてワシントンから帰国した。それから昨日までの3週間、私はNana稼業で別世界にいた。アメリカではおばぁちゃんのことをNana(ナナ)と呼び、4歳の長男英大(ひでひろ・ジャスティン)も「ハーイ ナナ」と呼ぶ。

他人の孫なんてその人の人格とほとんど
関係ないから興味はないだろう。

年配の女性が集まると孫の話で盛り上がる。
その人の”今”を占めているように。

それはちょっと違うと私は思う。

私の周りには、結婚していない人も、子ども
のいない人も孫がいない人も多くいる。

確かに孫は可愛いに違いないがどんなに
年を重ねようと死ぬまで”自分”を可愛がり
”自分”であるべきだ。孫の話で盛りあがりた
くないと思う。

以前、娘から「お母さん、親が子どもの話を
する時は往々にして自慢話になるからや
めた方がいいよ」と言われたことがある。

孫についても同じだろう。しかし、孫は自分
の子どもと違って責任がない。


その分、逆に自分の成果?や自慢にはならない。と考えて、私がこの3週間、別世界にいた事をお知らせするために、Nana日記を紹介する。

7月24日(月)~28日(金) 

娘は11ヵ月の娘を置いて大阪、長野、神奈川、など毎日朝6時頃に出て夜遅く帰る毎日。娘の仕事は特許弁護士で日本のクライアントを回ったり、セミナーをしたりの予定。仕事を入れすぎたら私に迷惑かけるから減らそうかとも言われたが、私は同じ仕事をする女性として「どんどんすれば!」とエールを送った。

しかし、夜は帰ってくるがこの5日間をどうするか。脚が完全に治っていない私は10キロ以上のなみちゃんの世話が出来るだろうかと心配。ベビーシッターを探したがなかなか見つからず、結局、前田さんにサポートをお願いした。前田さんありがとう!


早く寝せようと思ってベビーカーに載せるの
だけど、
外に出ると気持ちがいいのかご機嫌になり、
なかなか寐ない。

それでも、ベビーカーは役に立ったなぁ。

何度も何度も家の周りを回った。

結局、寝るのは抱っこ紐。

4日目は重くて歩くと腰が砕けそうになった。

腰や脚が大丈夫かと不安になったが、かえって
丈夫になったような気もした。

こうして体を鍛えていると思えばいいのでは
とも思った。

生まれた時はこんなにスリム美人だったのに!


今では、11ヵ月で10キロ余りにのデブデブ美人?



4日目と5日目、会社を終えた息子が夜に応援に来てくれた。娘に「なみちゃんは男の人を見ると泣くから」と言われていたが、ナント、泣かずにスッと抱かれた。

息子は子どもが大好きで子どもの扱いが
超上手。

娘が二人いるが、娘たちもお父さん大好きで、
子育てが息子の趣味だ。

我々夫婦は彼が保育士になったらヨカッタ
とずっと思っていた。

なみちゃんを苦も無くあやしている姿に、
改めてビックリ。

これこそ、一種の才能だと思った。

ともかく、なみちゃんも夕方以降は疲れ
機嫌が悪くなるので息子が
「お母さん寝てていいよ」と言ってくれ、
大助かりだった。

11時頃まで抱いて外に出ていた。そして、
娘が帰宅してから埼玉県の朝霞の自宅
に帰った。


魔の5日間が終わり、ヤレヤレと思う間もなく、
7月30日(日)娘の夫と4歳の息子が来日。




我が家は保育園の如く。アメリカ人の夫は白鵬と同サイズ。人口密度も高い。



早速、家にある太鼓を引っ張り出しドンドン。4歳の男の子のパワーはスゴイ!彼の話す英語が分からないのでコミュニケーションはいまいちだ。なみちゃんも負けてはいない。



しかし、彼ら4人は、翌日から3泊でデズニーランドへ。つかの間の休息。しかし、4人分の洗濯も。
3日たちデズニーランドから帰宅。



息子が娘たちが使ったプールと水鉄砲を持ってきてくれたのでベランダで遊ぶ



8月4日(金)には、娘は再び仕事。家族を置いて一人徳島へ。しかし、さすがお父さんがいるのでなみちゃんも安心。なみちゃんにとってお母さんがNo1でお父さんはNo2。私はNo3だから、今回は、No2が居てくれ助かった。

私の子ども達が小さい時も私は名古屋の実家に子ども達をよく預けた。母が「どんなに面倒見てもお母さんが一番いいんだから」と言われたことを思い出す。

8月7日~10日 娘夫婦と私たちで那須高原に行った。「エピナール那須」というホテルは赤ちゃん連れOKのホテルで、夏休みということもあって親子連れで一杯だった。

子どもも楽しめるようによく考えられて大人にも露天風呂などあり快適だった。赤ちゃん連れが気兼ねなく行けるホテルは、ビジネスとして狙い目で成功しているなぁと思った。



我が家は二人とも忙しくて家族旅行は二回しかした記憶がない。私たちの時代は家族旅行なんか多くしなかったと思うが、それでもでも、我が家は極端に少ない。その反動か息子や娘一家はよく家族旅行している。今の時代はそれが普通かもしれないが。

ただ、このホテルは超高級とは言えないが、こういうホテルに親子連れ、祖父母連れで来られる家庭は、子どもの貧困が叫ばれている今の日本で何パーセントくらいだろうと思った。




ヒロ君は、雨の中釣りもした。



釣った魚を料理してもらって、魚の眼玉も食べたそうだ。



8月11日(祝)
この日は、息子と娘一家友寄家大集合の日。中学一年生と小学4年生のいとこに相手されヒロ君も楽しそう。やはり子どもは子どもが好きだ。






息子が娘たちが使った鉄砲のおもちゃを持ってきてくれたが、娘は夫と相談するから出すのはちょっと待ってと言った。アメリカでは銃は身近にありすぎるので、こんなおもちゃでも慎重だ。しかしヒロ君の方が先に見つけてしまった。



この後は、息子が運転し、皆で和食のファミリーレストランへ。行く車の中で撮った写真。こんなアプリがあるのを初めて知った。十代の子どもがいると若くなるね。


 私              息子の次女       娘の長男           息子の長女


  
次女                       なみちゃん                   長女

レストランから帰った後は、公園で花火。こういう場合も息子がよく世話をしてくれた。


来日した時、なみちゃんはこの階段を登ること
もできなかった。

でも、帰国前日には上まで一人で登った。

また、来日初日は、母親が母乳を搾乳して
置いて行ったり、柔らかいものを少し口に
入れるくらいだった。

今では焼いたパンの切れはしを一人で
口にするようになった。

成長は著しい。

いつも思う。
娘が私の年にはどんな風になって何をして
いるか見たいと。

また、今回なみちゃんを見ていて、
彼女が中学生にはどんな子になっているだ
ろうかと。

息子の娘たちも、私が音高・音大に行ってい
た頃よりずっとピアノは上手。フルートも始めた。

娘や孫のためだけに長生きしたいとは思わないが、”自分”であり続けながら子ども達や孫たちの成長を見られるのは大いなる喜びだ。

娘は子どもを持たない年齢まではやや私の活動に批判的だった。しかし、今、彼女は私と同じような生き方をし、子連れでワシントンと日本を行き来し、しっかり子育ても仕事もこなしている。息子も立派に二人の娘を育てている。

私も子育て中は無我夢中で苦労もあったけれど、長く生きているとこういう大人になった息子や娘を見て、自分の生きてきた証を味える喜びがあるのだなぁ。これからも自分らしく死ぬまでしっかり生きよう!

昨日、娘一家は帰国し、私の3週間の別世界であるNana生活も終わった。やっと今日から日常の’自分’に戻る。

2017年8月13日    
横井久美子