名前:*****

生年月日:1981****日   

出身地:咸鏡北道 **

 

 20003月、私はお金を稼ぐために中国に脱出しました。中国の延辺地域のある農村で、一ヶ月300元をもらいながら働きました。

 しかし、延辺地域は中国公安がひっきりなしに身分調査を行い、逮捕される危険があるので、お金を貯めて都市に行きました。

そして、山東省青島の韓国食堂で働きました。初めは「朝鮮族」だと言って、本当の身分を隠して働き始めましたが、後に「北朝鮮人」と身分を明らかにしたために、続いて働くことが出来なくなったのです。

  そのために、韓国へ行こう思って、助けを求めました。

 

   私が3歳の時、突然に父母が消えてなくなりました。死んだのか、政治犯収容所に連れて行かれたのかどうかも分かりません。

  そして、私は継父と継母の下で、犬猫以下の生活をおくりました。毎日ご飯をもらえなくて、乞食をしながら育ちました。

  私は、八才の時から中国に脱出するまで、コッチェビ(浮浪者)生活をしていたので学校へ行ったことがありません。

  北朝鮮ではコッチェビ生活をしながら、泥棒にも入ったし、物ごいもしました。

   やがて、私は「中国へ行けば、腹いっぱい食べられるし、お金も儲けることができる」という話を聞いて、中国へ脱出しました。

 

 しかし、 私には中国での(居留のための保障となる)身分がないので、中国で暮らし続けるのが難しくなって来ました。そこで、韓国に行こうと決心しました。

   私は韓国に行ければ本当に勉強したいのです。

 

  私は2000年に脱出して、2002年に強制送還されました。

  私が強制送還された時は、リンパ線の手術を受けてから2週間経った頃でした。強制送還されて、穏城集結所を経て、コッバク(労働鍛錬隊)という所で、六ヶ月間労働鍛錬を受けなければならなかったのです。

  ところが、リンパ手術を受けてから二週間しか経っていないので、傷が癒えてなかったし、辺りの衛生状態も悪く、栄養も取れなかったので、傷口に炎症を起こしてしまいました。その炎症で、耳から下顎まで、首のまわりが腫れてしまったので、ご飯も食べにくいし、水も飲みにくくなりました。

  しかし、労働鍛錬隊では治療をしてくれなかったし、脱出した罪人として、もっと苛酷な労働をさせられました。

 

その時、十分に治療を受けなかったので、今も見苦しい傷が残っています。それに、首が腫れ、首の周囲に卵大の大きな瘤のようなものができてきます。その瘤みたいなものは、自然と破れます。このようなことは今まで4回ありました。現在、再び卵みたいなものができてきます。

 

コッバク(労働鍛錬隊)で労働鍛錬を受ける時、栄養不足と冷たい所で寝たので、膀胱にも問題を起こしました。おそらく、膀胱炎だと思います。排尿をする時は刺すように痛くて、尿もよく出てこないのです。

 中国では、お金もないし、身分もないので病院で治療を受けることができませんでした。

完全な検査を受け、病気もはっきり診断され、正確な治療を受けたいです。

助けて下さい!

 

<注>

 本人は学校に通ったことはないので、字が書けないと思われます。これは本人が助けを求めたときに語った内容を文章にまとめたものです。