脱北した日本人妻は「誘拐団」の人質である
   「週刊新潮」の取材方法、「ニュースステーション」の報道のあり方に疑問
営利誘拐の尻馬に乗る醜態

北朝鮮難民救援基金
事務局長・加藤 博

  1月16日発売の「週刊新潮」に日本人妻の慟哭の記録として「地獄の43年間」を「私はこうして生き延びた」という手記が、「自筆」の署名入りで掲載された。
 10日のテレビ朝日の社会情報番組「スーパ―モーニング」では、平沢勝栄衆議院議員が「 業者が介在している」とコメントし、また「北朝鮮から脱北して、さらに中国から韓国、日本にくる人々もすべて業者が介在している」と言及した。
 平沢議員の発言は言葉が足りなく、正しくない。北朝鮮を脱出して日本にたどり着いた人々全てが業者の介在の結果ではないと断言できる。当基金が関わって日本にたどり着いた人々の数は全体のほぼ、半数になるものと推定できるが、「業者の介在」はない。
 北朝鮮難民救援基金は、マスメディアによって全体像が明らかにされないまま、断片的に流される部分的な情報によって北朝鮮難民問題が歪められる危険性があると憂慮している。
 この問題に関して正確な理解を持っていただくために今回の事件について以下のような見解を発表することにした。

<事件の背景:巧妙なシナリオ>

 日本人妻「A」さんの手記は、「日本人妻(夫)を北朝鮮から連れ出し中国の都市まで安全に到着させれば、日本政府から報奨金が出る」との情報が北朝鮮国内に出まわっている、と聞いていた最中に出てきた。
 この事件に関係している人々は、「日本政府が報奨金を出す」との情報をもとに一儲けしようとした可能性が高い。あるいは意図的に「報奨金を出す」という噂をまいた可能性もある。
 北朝鮮国内から中国の都市まで安全に連れてくるためには、通常、北朝鮮のブローカー、と中国のブローカーが組んで行われるが、そのために支払われる金額の相場は3−5千人民元(4.5万-7.5万円)である、と中国の闇社会では知られている。
 しかし、これが韓国や日本に行くという事情が予め分かっている場合は、この金額が10倍にも跳ね上がる。
 Aさんの救援を求める「嘆願書」は、11月末、韓国のNGOがソウルの日本大使館に出したとされているが、そのNGOの名前も所在も明らかにされていない。救援が人道的な立場からであれば、責任の所在は当然明らかにすべき問題である。これは、NGOの名前を語っていても仕事の仕方はNGOのものではない。
 1月の第2週の冒頭になって、取材したジャーナリスト(週刊新潮の関係者と思われる)から日本外務省に嘆願書が届けられたようである。
 つまり、ソウルの日本大使館が受け取ったされる「嘆願書」は韓国の「NGO」であったために信憑性に疑問を持たれたのかもしれないし、担当官が無視したのかもしれない。
 事態を冷静に観察すると、Aさんの身柄を確保しているグループからすれば、早く問題を決着させなければ、Aさんの安全も、報奨金も手に入らない。また事が公になれば、公安の追求を受ける可能性もあるために焦って事の決着を急いでいるようだ。
 Aさんを確保しているグループは、取材した「週刊新潮」の取材記者、ジャーナリストの「ナイーブな善良さ」を利用して、再度「嘆願書」を日本外務省に出させた事になる。
 北朝鮮に渡った日本人妻が、60歳を越えて地理も分からず、体力も十分でないにも関わらず自力で国境を越える事は驚きである。決して自力でできるものではない。
 
日本版<企画亡命>

 このシナリオを書いた人は、日本人妻を連れ出す事によって、日本政府に日本人配偶者の救援に関して問題提起を促すためであったかもしれない。と同時に「日本政府からの報奨金」の噂を流し、欲に目が眩んだ者を組織して一挙両得を狙ったとも考えられる。
 そして、取材ではハードルの高い、北朝鮮に送られた日本人妻(夫)の中国への脱出という劇的なドラマを取材したいと願っている週刊誌、ジャーナリストに話題も提供し、マスメディアを利用して解決を図ろうと考えた形跡がある。
 取材の困難さ、安全上の問題を考慮するならば、「厳選」されたジャーナリストと一部のメディアをに限定する必然性を理解できる人が必要である。
 つまりこの事件のシナリオは、日本で書かれ、韓国の「NGO」が動き、中国にいる「韓国NGOの親族」あるいはそこが関係する中国朝鮮族のブローカー、北朝鮮のブローカーと連携する構図が浮かび上がってくる。
 これは、ブローカーが営利目的にする韓国の「企画亡命」と呼ばれるものである。日本人妻をターゲットとして日本版「企画亡命」を作ろうとしているように思える。
 韓国の場合、ブローカーが政府から脱北者に支給する定着金を担保に脱北を助け韓国に連れてくるケースがある。
 しかし、日本人配偶者を日本に連れて来ても、親族の依頼でもないかぎり金の出所はない。
 外務省が邦人保護の立場から保護するのことは当然であるが、北朝鮮から脱出させ、中国まで連れてくれば「報奨金を出す」というのは聞いた事がない。関係諸国との外交関係を考えればありえない話だ。
 だが、中国朝鮮族や、北朝鮮人の思考パターンのなかには人質問題はを金で解決するという根強い考えがある。
 
<営利目的誘拐 ?>

 今回のAさんのケースは、おそらく本人もこのような形で取り引き材料にされているとは考えもしない事だろう。 
 このプランの立案者は、日本の事情に大変明るいようだ。
 日本人妻(夫)問題をマスメディアに取り上げさせ、外務省が報奨金問題を解決し、中国政府と円滑な「日本帰国」を交渉させるという周到に準備されたものである、と考えられる。
 聞くところによれば、中国でAさんを「保護」しているブローカーたちは、1000万円を要求していると言う。また別のソースからは3000万円の要求であるとも言われる。これは、営利目的の誘拐である。
 嘆願書がソウルの日本大使館に出したのが11月末だと言うのが正しいのであれば、1ヵ月も身柄の安全の確保ができていないのはなぜなのか。
 日本政府が「報奨金」を支払わないので中国朝鮮族のブローカーたちは、身柄を自分たちの側に確保したまま、日本政府との交渉を待っているのだろう。これは逮捕監禁罪にあたる。
 日本政府は、こうした仕組まれた営利誘拐まがいの「報奨金」を出す事前例を作りたくないので、態度を決めかねていると思われる。

<人命を危うくする報道>

 「週刊新潮」はスクープが欲しいために大変軽率で人命を危うくしている、と非難されても言い訳ができない。Aさんの筆跡は、誌上で公表されている。本物だとすれば、彼女が一体誰かということは、北朝鮮の国家安全保衛部によってすでに特定されているだろう。かれらは、住民の筆跡の記録をよく管理しているからだ。彼女が北朝鮮に残してきた子どもたちは、一夜のうちに強制収容所送りにされる可能性が高い。
 もし、中国国内でAさんの身の安全が確保されない事になれば、重大問題である。日本政府が本人の身柄を確保を確認できていない時点でメディアが公表すれば、中国公安も、北朝鮮の国家安全保衛部も当然、Aさんの身柄を確保しようと動き出す。
 事態の解決に向けて、「報奨金」が支払われなければ、日本人妻脱出劇を仕組んだ者たちは、Aさんを殺害して、自分たちの身の安全を図る事だって考えられる。 

 そうなった場合は「週刊新潮」の責任は決して軽くない。
 中国政府は北朝鮮と日本の間に立って外交上の難しい対応を迫られる事になる。日本政府も同様である。問題解決が長引く可能性さえ出てきた。
 限りなく「営利誘拐」「逮捕監禁」罪を構成する恐れがある。にもかかわらず、尻馬に乗って報道する日本メディアの見識の無さを嘆かずにはいられない。
 中国と北朝鮮の間には「犯罪人引き渡し条約」(1986年の中国北朝鮮間の議定書)がある。
 テレビ朝日の「ニュースステーション」は、この事件が犯罪性を持った構図を見誤り、外務省を一方的に非難している。また画像の処理では、本人と特定される恐れが十分にある、不完全な処理である。
 当基金は、これまで営利を目的として脱北者を保護救援した事はないし、これからも人道人権尊重の立場に変わりはない。
 この種の問題に関与するには慎重な対応が必要である。一人の人間の生命がかかって
いることを肝に銘じたい。マスメディアに関わる人はいっそうの責任がある。

(2003.01.11)