北朝鮮の会寧と茂山の間の木材集積場で休む労働者。水量が多い5月から、
この丸太は写真手前の豆満江に流され、建設ラッシュが続く下流の中国・和龍付近まで運ばれる。

 

                C O N T E N T S

   国連との連携活動の拡大を模索 …………………………………  M・ドノバン
  国際刑事裁判所への提訴を準備 …………………………………  加藤 博
  調査報告 「闇の子供たち」  ……………………………………  南 相南
  米国通信 アメリカに定住する脱北者の今  ………………………  李 翠
  教育里子からの学業報告 ………………………………………… 渡 高志
  誰がユナとローラの誘拐拉致事件を計画したか …………………  会津千里
  中朝国境報告 北朝鮮の核実験 …………………………………  野中聖仁
  「Lives for Sale(売り物の命)」を出版 …………………………… A・バタースキ
  書評 「パリテギ 脱北少女の物語」  ……………………………  黒田睦子
  第2回 アジアの難民と人権に関する東京セミナー ………………  

 

   国連との連携活動の拡大を模索
          国連経済社会理事会の審議資格を申請
 
  国連人権理事会へUPR(普遍的定期審査)報告書を提出  
     M・ドノバン

北朝鮮にかかわる様々な人権問題は国際社会の理解や協力なしでは解決は難しい。この考えから北朝鮮難民救援基金は、国連と関係を築こうと努力している。

ECOSOC Consultative Statusの申請
 NGOが国連の活動に参加するために、国連経済社会理事会(ECOSOC)を通して参加することは大きな1つの方法だ。そのため、今月基金は「ECOSOC Consultative Status」(国連経済社会理事会審議資格)を取るための申請書を提出した。
 このステータス(資格)が与えられると有利な点がいくつかある。資格を持っているNGOはECOSOCとその補助機関 の指定されている会議に参加できる。そして、この会議でオーラル・ステートメント(口頭陳述)をしたり、鑑定書を提出したりすることもできる。
 国連全体の有効性がよく問われているが、この資格が与えられた場合、NGOは、少なくとも北朝鮮人権問題を国際舞台で関心を高めることに貢献できるし、北朝鮮や中国政府などに対し、当事国の人権侵害問題に注意を喚起し、憂慮を示すことができ、政府が人権問題を慎重に扱う状況を生み出す効果がある。そして多くのNGOとのネットワーキングの機会が増えることを期待できるのではないか。

ECOSOCとは?
 国連では国際的な経済や社会問題を問題視する場合は、ECOSOCが中心である。  この理事会の大きな目標には「経済・社会的な推進させる」ことや「人権と基本的自由が普遍的に尊重されることを奨励し促進する」ことが含まれている。
 したがって、「Consultative Status」(審議資格)をとるのに、NGOがECOSOCの活動と関係していることや、民主的意思決定機構を持つなどという条件が必要である。

ステータスなしでできること
 北朝鮮難民救援基金の場合、ECOSOCの資格が与えられるかどうかは来年判断される予定だ。それまで、どのように国連で声を大にして訴えられるのだろうか。簡単にいうと、国連のほとんどの会議には正式的には参加できないが、同時に行われる「サイド・イベント」には参加できる。この並列セッションでは、さまざまなNGOが講演会やパネル展を行い、多くのNGO活動家や会議の参加者にそれぞれの活動や団体が関わっている問題を伝える機会がある。

国連人権委員会とUPR
 ECOSOCの資格をとること以外にも、基金は国連との関係を深くする活動を続けている。国連人権委員会(HRC)は2007年に普遍的定期審査(UPR) を開始した。UPRというのは、192カ国の国連加盟国がそれぞれ4年ごとに人権状況調査受けるということだ。
 北朝鮮人権問題に直接関係する北朝鮮と中国は今年調査され、今後は2011年になると考えられる。
 4年に一度行われる吟味の過程に政府・専門家・NGOが参加する機会があり、そしてレポートを提出することも可能だ。今回基金は 残念ながら、中国の人権調査には間に合わなかったが、北朝鮮に関するレポートはHRWF(国境なき人権)という団体と共同で提出し 、12月の会議に出席が可能かを確認しているところである。
 UPRのプロセスは、どれだけ効果的か判断するのはまだ早いだろう。しかし、このような審査があるので、できる限りこの機会を利用すべきではないかと考えている。最低でも北朝鮮政府(あるいは中国政府)に、「あなたたちは国際社会からの監視を受けている」、ということを伝えることになるのではないか。

これから先は?
 4年ごとに行われているUPRに報告を提出したり、ECOSOCのステータスが与えられた場合、多くの国連の会議に出席したり、報告提出したりするほかできる活動いくつかもある。
 たとえば北朝鮮難民救援基金ではこのような機会が考えられる:

・CSW(女性の地位委員会)に女性に対する人権侵害に関する報告を提出
(中国に逃げ出す脱北者の多くは女性で、ほとんどは深刻な人権侵害を受けている)
・UPRの会議に出席?(12月)
・国連会議とともに行われる「サイド・イベント」に参加(例えば2010年2月のCSW会議と同時に行われるサイド・イベント)

 北朝鮮人権問題にかかわって長年活動している団体の戦略は、さまざまだが、効果的かどうかは厳しく評価し、考え直す必要はあるのと思う。国連関係を深くつなぐことは、役に立つ道具の1つと考えるとよいだろう。


国連の「市民社会参加」のページ(http://esango.un.org/civilsociety/login.do)から国連と関連する団体が探せる。地域・活動分野などの条件で団体を検索することができる。基金の登録した団体名は「Kita chosen nanmin kyuen kikin」である。(国連のホームページはすべて英語)   
詳細は:http://www.un.org/ecosoc/about/subsidiary.shtml 
ホームページは:http://www.un.org/ecosoc/about/ 
ホームページは: http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/UPR/Pages/UPRMain.aspx 
詳しい説明はこちら:http://www.ohchr.org/EN/HRBodies/UPR/Pages/BasicFacts.aspx 
報告(英文)は:http://www.northkoreanrefugees.com/2009-04-un-hr-review.htm 
締切は8月14日。
http://www.un.org/womenwatch/daw/csw/communications_procedure.html

   金正日総書記を人道に対する罪で告発を  
       国際刑事裁判所への提訴を準備するとき  
        加藤 博  

 最近の北朝鮮報道では、金正日総書記の健康が勝れず、権力の世襲がどうやら三男の金正雲に決まった、後継準備が進んでいるなどの権力の継承問題が頻繁に論じられている。

 さらに北朝鮮は、2012年に「強盛大国の門を開く」と軍事強国の完成を急いでいる。そのためか、国連決議で制裁決議があろうとなかろうと関係なく、国際社会のルールを無視して核実験、ミサイル発射実験を繰り返し、国際的な緊張が高まっている。

 北朝鮮の核開発の進展いかんでは、日本、韓国、台湾などが「抑止力が必要」だとする国民世論が形成されかねない。そうなれば、北東アジアの安全保障は一挙に流動化し、常に恐怖を意識する不安な時代に突入する。そしていつ暴発すかもしれない北朝鮮を周辺に抱える国々は、とめどのない軍拡競争に突き進む可能性がある。

 そうなれば、国民生活の向上や、民主主義、人権の尊重といった価値観は、核抑止力開発の民族感情によって抑制され、 少々の人権侵害や人道上の不都合は「危機管理上やむを得ない」との論調を招く。

 このようなならず者をいつまでも放置しておいてはいけない。国際世論はなんとかして北朝鮮を国際ルールに従わせようとするが、北朝鮮側は見返りなしにはどんな妥協もしない高姿勢なのだ。

 私は、人権問題からのアプローチは一つの方法だと思う。金正日総書記の軍事独裁体制下で行われている人権侵害、人道上の罪を裁くという方法である。

 北朝鮮が、他国民を誘拐拉致してきたのは金正日総書記自身が認めており、強制収容所からの生還者もいる、外国人の種を宿したとして強制堕胎させられた証人もいる。

 国連経済社会理事会での北朝鮮人権非難決議は、すでに3度行われている。今年は4度目の非難決議を出すことになるだろう。

 このような国際ルールを無視した傍若無人な振る舞いで、他の民主的、人道上の権利を迫害し続ける国の指導者・金正日総書記の罪を日本政府、韓国政府は問うべきだと考える。

 1998年に採択された国際刑事裁判所ローマ規約に基づいて、2002年にオランダのハーグに常設の国際裁判所・国際刑事裁判所(ICC)が設立された。このICCに金正日労働党書記を訴追する必要がある。

 ICCは、国際社会全体の関心事である最も重大な罪(集団殺害、人道に対する罪、戦争犯罪、侵略犯罪)について、個人を訴追の対象にしている。

 訴追に当たっては「補完性の原則」が適用され、該当国が被疑者の捜査や捜査を行う能力や意思を有している場合には、ICCは事件を受理できない。また、訴追は、被疑者の国籍国または、犯罪の実行地国締約国であるか、同意した場合、あるいは国連安保理が付託する場合にのみ可能である。
2008年7月現在、106カ国がローマ規約の締約国になっており、日本は2007年7月に加盟している。

 金正日総書記が訴追された場合、総書記の逮捕は締約国となっている近隣諸国を訪れた場合に限られるが、公判は総書記が国内にとどまり続けていても、裁判官の判断で進められる。

 しかし、中国、アメリカは加盟していないので、実際に旧ユーゴのミロシェビッチ元大統領のように身柄を国際刑事裁判所によって確保されることは起こらないだろうが、訴追された場合の衝撃は計り知れない。

 しかしまだ、北朝鮮が国際的な圧力によって、より民主的な方向に進路を選択する可能性が残されていると信じたい。

   調査報告 2009年3月30日  
  中国で生み出される「無国籍児」、「闇の子供たち」  
        南 相南  


 吉林省、黒龍江省、遼寧省の中国東北三省には、「無国籍児」が育っている。いや中国全土で無国籍児問題が起きている。特に東北三省では著しい現象である。

 脱北女性と中国朝鮮族、或は漢族男性の間に生まれた「闇の子供達」の問題である。彼らには国籍どころか、何の証明書もない。
 今でも、脱北女性は、貧窮に喘ぐ北朝鮮から生きる道を求めて中国にやってくる。北朝鮮と中国の朝鮮族の人身売買ブローカーを通じて売られているのだ。さもなければ、逮捕、強制送還を恐れて、自分の安全のために、自ら進んで「半分強制」のかたちで中国農村部の男性と一緒に生活する。中国に親族がいる脱北者たちは人身売買の罠に落ちる例は少ないが、身分が非合法であることに変わりはない。

「苦難の行軍」で大量脱北難民が流れ込む
 1997年頃、今から約12年程前から、北朝鮮の女性たちが北朝鮮、中国、韓国の人身売買組織にだまされ、中国の農村に身売りされていた。ブローカーの「中国に行けば北朝鮮より金を稼げる」との言葉にだまされ、男性に売られる。
 それ以外にも、北朝鮮の90年代から始まった「苦難の行軍」によって大量の餓死者が出ているときに、北朝鮮住民が大量に中国国内に流れ込んだ。つまり脱北難民と呼ばれる人たちだ。少なく見積もってもその中の7割〜8割が女性である。
 彼女たちは中国国内で人身売買ブローカーたちによって、北は黒龍江省、南は雲南省まで中国全土に売られている。

人見売買組織―分担と連携
 最近の人身売買組織は、中国の男性から女性の年齢など条件について事前に「注文」を受ける斡旋役、発注役、北朝鮮人の周旋役が組織的に分担、連携している。周旋役は言葉巧みに、「食堂で働く仕事がある」と持ちかける。北朝鮮各地の女性を脱北させた後、中国人男性側から3000元(約4万5千円)から1万元(約15万円)程度の金額を受け取る。
 脱北女性たちは、中国の男性の家に到着して初めてだまされたと知る。漢族に売られた場合は、言葉が通じず意思を伝えることもできない。公安当局に逮捕されることを恐れ、脱出もできないケースが多い。
 そうした生活の中で、ほとんどの脱北女性たちは子供を生む。生まれた子供は不幸にも親たちに捨てられる運命になる例が多い。母親が密告によって逮捕、強制送還される、売られた先があまりに貧しく子供を産んだ後、さらに転売を望む例が散見できる。愛のない男と女の結びつきは容易に壊れ、子供は放置され、孤児になってしまう。

無国籍児が「量産」される
 中国では未だに脱北女性たちが生んだ子供達を自国民として認めない。合法的な結婚で生まれていないかぎり戸籍を与えていないのだ。中国人でもない、北朝鮮人でもない、無国籍の子供たちが中国国内で「量産」されている。
 戸籍がないために、学校へ行く年齢になっても学校には行けない。急な病気で治療が必要になっても保険がないため病院には行けない。高額な医療費用も出せなくてそのまま家で我慢するしかない。
 生母の存在や自分の生まれ自体が 「不法」と同時に「秘密」であるから、無国籍児の正確な統計数値はない。しかし、かなり多い数でますます増えているのは事実である。

出生の手続きに関する中国の国内法規は?
 中国の法律では、新生児の両親双方は子供が誕生して1ヶ月以内に新生児の両親、或は後見人から「出生の医学証明書」、「出生の医学証明書の副本」、新生児の両親の「結婚証明書」、「戸籍簿」を新生児の父、或は母の常住戸籍の所在地の派出所(公安局の所属機関)に誕生の登録(父親一方だけが誕生を申し込む場合は必ず母親の「住民戸籍簿」、「住民身分証」を携帯しなければならない)を申告する。
 非婚姻で生まれた新生児の場合は、両親の中の誰か一方が常住戸籍の所在地の派出所(公安局の所属機関)に誕生の登録を申告することが出来る。但し、派出所が受理して、県、市の公安局が審査許可する。
 審査に必要な証明書類は次の通りである。
(1)申請者の父親或は母親は、新生児に当常住戸籍の所在地に常住戸籍の書面の申請を申告する必要がある。
(2)新生児の「出生の医学証明書」
(3)母親が申請する場合は、常住戸籍を申告し、産前の病院の検査証明書を提供する。父親が申請する場合は、常住戸籍を申告し、親子鑑定の証明書を提供する。
(4)父親或は母親の「住民戸籍簿」、「住民身分証」。

戸籍を作るブローカーも暗躍
 吉林省延辺地域で「無国籍」児の支援をしているNGO関係者の話によると、延辺地域だけで少なくとも無国籍の子供たちは2000人〜5000人はいるという。
 延吉市のような都市部では戸籍が無いと小学校も行けない。同じ延辺地域でも農村部の地域によっては、小学までは行く事が出来る。しかし、中高等学校には行くことができない。
 このような社会現象から戸籍を作ってくれるブローカーも暗躍している。自分の子供に責任感があって、経済的にも余裕のある家族は、お金で戸籍を買う行為も行われている。
 その相場も、4〜5年前までは500元〜1500元していた値段が、今は5000元〜1万5000元まで値上がりしている。しかし、このような高額なお金を出しても、今ではすぐに簡単に作れないという。
 中国で戸籍を管理する専門担当部門は公安局だ。お金を出して戸籍を作るにも、もちろん公安の協力者がいないと出来ない。
しかし、近年は中国当局の戸籍管理が厳しくなっているため、簡単に作れない。
又、脱北女性と生活する中国人男性の場合は、ほとんどが中国国内でも収入が一番低い農村部の低所得者が多い。
 今の中国の農村部の低所得者の場合は、一年間の農業で得ている総収入は1万元(15万円)ぐらいである。しかし、農業に必要な種、肥料などの生産費用を除くと、自分の家族で一年間食べるぐらいの食料しか残らない。
 そのため、子供のために高額の金まで払って戸籍を作ろうとは、考えも及ばない。

    

     脱北者の死体が流れる中朝国境の豆満江

中国公安による逮捕、強制送還
 今回、延辺朝鮮族自治州汪清県の農村部で70歳の祖母と二人で暮らしているヨンチョルという子供に出会って話を聞いた。
年齢は8歳で通学年齢は既に過ぎている。普通の子供だと小学校2年生のはずである。
 母親キム・ジョンエ(38歳)は、北朝鮮咸鏡北道茂山郡から2000年度に脱北してきて2000人民元(3万円)で中国漢族男性に売られた。
 翌年の2001年に長男のヨンチョルが生まれる。普通の家庭だと長男が生まれると慶事で幸せであるはずだが、この家族にはそうでは無かった。
 子供が生まれてまだ一年も経っていない内に、母親が中国公安に拘束されて北朝鮮に強制送還されたのだ。
 母親が強制送還されて8ヶ月後のある日、最初に母親をこの家に連れてきたブローカーが訪ねてきた。
 再び4000元で「妻」を買う
「今、子供の母親は労働鍛錬隊から出ている。今は自由な身になっているので4000元出せば明日でも連れてくる」
 子供がまだ幼いし、母親が必要であることから、父親は自分の手元には4000元という大金は無く、高利子の金を借りてブローカーに渡した。約束とおりブローカーは次の日に母親を連れてきた。家族3人は8ヶ月ぶりに再会した。

韓国人牧師が韓国に連れて行く!?
 ある日、母親が北朝鮮の労働鍛錬隊で知り合った同じ脱北者女性から突然家に電話が掛かってきた。
「8000元用意すれば韓国人牧師が韓国に連れて行く。私はこのルートで韓国に行くのであなたも行かない?」
 その日の夜、母親が電話内容を子供の父親と相談する。
「8000元出せば韓国に行ける。私が先に韓国に行ってあなたと子供も後で全部韓国に呼ぶよ」
 韓国に行けば中国の農村で農業するより金は稼ぐ。村の他の人たちもみな7万元〜8万元(100万円〜120万円)の大金まで使って韓国に行って、稼いで帰って来た人たちはみなお金持ちになっているのではないのか。私の場合は8000元だけ出せば韓国へ行くことが出来る。こう考えた父親は、高利子で1万元を借りで子供の母親に渡した。母親は早速その脱北女性に連絡する。

運悪く2度の強制送還
 2002年の春、母親は韓国人牧師の案内で脱北者仲間8人と黒龍江省へ移動する。「モンゴルに行ってそこで韓国大使館に保護を求める。」当時の韓国人牧師の説明である。
 しかしこの一行は運悪く、モンゴルに行く途中で中国公安に摘発される。母親は2度目の強制送還になる。
 1年後の2003年、母親が再び脱北して子供のところに戻る。母親は、「今回又公安に捕まり、強制送還されると今度は生命に危険がある。必ず中国を出て韓国に行く」、と決心した。母親はブローカーなどを通じて何度も韓国行きに挑戦する。

借金7万元、韓国で母親を探してください
 2007年の冬、母親はようやく韓国行きに成功した。しかし、その間高利子で借りて使ったお金は7万元(100万円)にもなった。無事韓国に入った母親からは最初の一年間は何度も電話連絡が来た。しかし、今は一切連絡がないと子供の祖母は訴えている。
「先生、お願いします。韓国に行ってこの子の母親を探してください。今はこの子の父親は多額の借金で家にも戻れません。家に帰ってくるとすぐ返済を求めて大勢の人が押し寄せて来るのです。そのため、この子の父親は一年間も家に戻っていません。生きているのか死んでいるのか、生死も分かりません。この子を助けるには母親しかいません。早く母親を探してください。」
 実は今回いろいろ支援者の関係者から聞いてみると、この子の母親のような脱北女性が多かった。
 韓国に行くときは「何とか助けてください。韓国に行けば必ず金は返します。あなたも韓国に連れて行きます」と中国人夫に頼るが、一旦、韓国に行くと一切連絡がない。
 韓国に行っている脱北女性がみな、この子の母親のように無情ではない。当基金が支援して韓国に行っている脱北女性が中国人夫と子供を韓国に呼んで幸せに暮らしている例もある。
 北朝鮮政府の場合は、強制送還された脱北女性が中国人男性との間で生んだ子供を「外国の種」だとして受け入れない。強制送還時に妊娠していると分かれば、強制的に堕胎させる例が数多く報告されている。
一方、中国で生まれれば中国人でも、北朝鮮人でもない。
 生命がこれ程粗末に扱われているのは、金正日の独裁政治と閉鎖的な北朝鮮政権が作り出した、韓民族の歴史の痛みである。
この子供たちが段々成長するに従って、中国国内での人権、差別、不平等な社会制度が問題化していく火種になっていくのは時間の問題のような気がする。そこにいつどのような形で発火するかは予測できない。

   翠の米国通信  
  アメリカに定住する脱北者の今         
        李 翠  


 私は、以前から、第3国経由で米国に定着する北朝鮮同胞の将来に少なからず関心を抱いていました。というのも、私は、東南アジアで北朝鮮難民救援基金の脱北者の保護、支援にかかわっていたからです。最終的に米国への定住を決意した人を少しでも助けることが出来ないかと思い、米国を訪問する機会をうかがっていたところ、タイミングよく4−5月の2カ月間アメリカに滞在できる機会を得ましたので、私の米国体験をお話しします。 


難民受け入れ指定NGO、10団体が活動
 今回会った脱北者同胞らの生活地域は、ニューヨーク、シカゴ、ワシントン、ケンタッキー、カリフォルニア、バージニアと広範囲にわたっていました。
 一番初めに米国に入ってきた同胞の中の数人に会いました。彼らは皆、タイとロシア、カンボジアを経由して入ってきた人たちでした。
 米国では、ワシントンにある国務省登録の10の難民受け入れ指定NGO団体が、米国に入ってくるすべての難民の定着地域を配分して、定着を助ける活動をしています。脱北者同胞らも、他の難民と同様に各地域に送られます。私が滞在していた2カ月間に計5人が入ってきました。単身者の女性1人はカリフォルニアに、母親と娘はアリゾナに、2人の男性はケンタッキーに行きました。

特に縁故がない場合はケンタッキー州へ
 これらの人々は北朝鮮を脱出し、中国からタイに密かに渡り、タイのアメリカ大使館を通じて難民申請をして許可された人たちです。
そして6月になってからは、また5人が入りました。ラオスからの4人家族は、ニューヨークに入って、1人の女性はタイからケンタッキーに行きました。
 アメリカ国内に特別に縁故がない場合は、ほとんどの人たちがケンタッキーを定住地に指定されるようです。新たに難民同胞らが到着すると、すでに定着している難民らに連絡して一緒に暮らす方法がとられています。大都市では定住支援金がとても多く掛かるので、大部分はケンタッキーのような地方に多く配置されるようでした。
 ケンタッキーへ定住した場合を見ると、北朝鮮がシベリアで経営する木材伐採事業所で伐採労働者をしていた人が最初の移住者です。最初その地域には北朝鮮から来た人は誰もいなくて、イラク人4人と一緒に暮らしたといいます。たくさん集まって共同で住むと、生活費が節約できるので、共同生活をするそうです。

生活費節約のために共同生活
 生活費の節約のためにやむなくイラク人たちとの共同生活をしていたのですが、3月末頃に、北朝鮮からの新しい難民同胞が到着するという連絡を受けて、イラク人たちとの共同生活を止めて、そこから出て行きました。
 新しくやってきた定住者は、アメリカの生活が全く初めての経験であるうえに、地方で孤立し、見知らぬ同胞との共同生活は心理的な負担もあり、一緒に暮らすのは少し無理があるように見えます。しかし生活費を節約するために、互いに経費を支出しながら一緒に住むのです。さらに一人が5月に共同生活に加わり、お互いの経済的な負担を減らす方法で暮らす道を選択しているのを見ました。
 難民定着プログラムから出る支援金は少しずつ毎週違うということ以外には、ほとんど同じであるようです。8カ月分の家賃とフードクーポン(食料券)が与えられるが、カードの形式になっていて、使う分だけ差し引かれるシステムになっています。

自立のための英語教育、職業訓練
 そして、難民定着機構では自主的に英語や職業教育を受けるように勧める場合もありますが、その地域にある福祉センターなどでは、すでにある教育課程のプログラムやカリキュラムを選んでそのクラスに入るように指導している場合もあります。生活支援を受けている途中で、就職した場合は、その収入の分だけを支援金から差し引かれます。この期間中には自動車運転免許の勉強が出来るし、自立して生活することができるように職業教育も受けます。

韓国人キリスト教会から多くの助け
 北朝鮮からの難民同胞の場合、大部分は韓国人キリスト教会の助けをたくさん受けています。
 中国にいた時や、第三国で韓国キリスト教会と接触していて、教会と既になじんでいることも一つの理由でしょう。自然に教会と連結が取れるようになっているのです。実際、韓国人教会から多くの助けを受けています。
 普段は、北朝鮮同胞らが居住する地域の教会が、北朝鮮に対して関心を持ってもらうために、北朝鮮を紹介するセミナーを主催するなど様々な企画を立てています。

韓国大使館が脱北者難民を招待
 運良く4月に行われた「自由北朝鮮週間」の行事にも参加し、アメリカの人権週間の雰囲気を味わえたのは満足のいくものでした。それにこれまでの常識では考えられない事件も起きました。
 ワシントンDCにある韓国大使館が、初めてこの行事に参加している脱北同胞らを招請して懇談会も開いたのです。韓国大使館のこの変わりように、同胞らはもちろん、この行事を長い間主催してきた韓国人までも驚くほどの事件でした。韓国政府が関心を持って対応したことで、招待を受けた皆が韓国政府に対して新しい期待を持ったようでした。
 私は、タイ国で数回、北朝鮮人権セミナーが開かれた時でも、日本大使館が、日本からの出席者をわざわざ夕食会食に招待する姿を見ました。 
 それに比べて、韓国大使館は、セミナーで韓国からの参加者がどんな発言をするかを気にかけても、参加者の労をねぎらう言葉もなく無視するのが普通であって、今回のアメリカの出来事に私も感動しました。

北朝鮮人権法成立後の難民受け入れ数
 2004年10月に米国で北朝鮮人権法が制定されてから、現在まで受け入れた北朝鮮の難民の数はやっと86人程度しかなりません。ドイツの場合は、2002年度の統計だけで225人と出ていましたが、それは東西ドイツの統一当時に、北朝鮮駐在員や留学生らが北朝鮮に帰らないで残った人たちを亡命として受け入れだからだといいます。英国は、147人を受け入れましたが、2007年度には130人に難民地位を付与して、現在は280人以上になっています。
 日本にも現在まで200人ほどの脱北者らが定着したと推算され、カナダでは2月までに14人、オランダ、デンマーク、ノルウェー、ベルギー、アイルランドもそれぞれ5〜15人の脱北者らに難民の地位を付与したといいます。
 この数字について、米国のさまざまな機関でも議論が多いようですが、さらに多い人数を受け入れることについて、どの部門も何の反応も見せていません。これ以上増える可能性はないと見ているようです。

米国行きはタイで3年、ラオスで8ヵ月
 タイの場合を見ると、米国に定住したいと意思表明をした瞬間から米国に入るまでかかる時間は、普通2年〜3年はかかります。
そして現在最も長く待っている女性は1人いますが、2006年12月にタイに入ってきて今現在まで米国行が実現できなくて、タイの移民局収容所で待っています。
 ワシントンにあるNGOを通じて、はやく受け入れてくれるように要請は昨年からして来ましたが、1年が経っても何の返事も聞くことができなくて、当事者はただ待つことによって、毎日毎日の人生が流れて行きつつあるだけです。
 誰がこの人を助けることができるだろうか?本当に苦しくて、残念な気持ちになるだけです。
 最近ラオスから米国に入った同胞らの場合を見ると、6〜8カ月で米国に入国しています。カンボジアもやはりラオスとほぼ同じような時間で行けるようです。ところでタイはなぜこのように時間が長く掛かるのでしょうか?何が問題なのかよく分かりません。
 自分の国があるにもかかわらず、生きることができなくて、脱北をして来た人々が、安心して暮らせるように、さらに多くの国々が北朝鮮の人々を受け入れて、彼らの生活基盤を用意してくれれば、世界はもっと幸せになると思います。

 

   教育里子からの’08年度後期の学業報告  
                   教育里親プログラム担当  渡 高志 

3月に教育里子たちからの学業報告が届きました。特に変わったこともなく、元気に過ごしています。現地の便箋やノートに書かれた簡単な報告ですが、里親の皆様のご支援のもと、彼らに平穏な日常が続くことを願っています。
    

    

      ハングルで書かれたL・Hの手紙

    

      里子たちの成績報告の手紙(安全の為、名前は付箋で覆って隠しています)

数学 80点、朝鮮語 92点、中国語 30点、英語 81点
私はなお一層努力して、必ず勉強ができるようにします。  K・S

朝鮮語 89点、数学 87点、中国語 97.5点、英語 95点
次の回にはもっと頑張り、朝鮮語は95点、算数は必ずや90点を取り、英語と中国語はもう少し頑張り100点をもらえるようにします。  A・S

算数 100点、朝鮮語(書き方・読み方) 94点、中国語 98.5点
次はもっと頑張り勉強をもっとします。  K・G

中国語 100点、算数 99点、朝鮮語 98点
次には必ず98を。  K・Y

先生ありがとうございます。勉強をもっとします。
朝鮮語 90点、算数 90点、中国語 91点でした。  L・H

朝鮮語 99点、算数 98点、中国語 93点
頑張って朝鮮語100点を取り、中国語は99点を取れるようにします。  S・H

朝鮮語 86点、中国語 80点、算数 90点 
頑張ってこの次は勉強をもっとし、また先生の言いつけを守ります。  K・C

 

   誰がユナ・リーとローラ・リンの誘拐拉致事件を計画したのか  
   2人に労働教化刑12年の実刑判決       
        会津千里  

 今年3月、中朝国境で起きた米国人記者の誘拐拉致事件は次第に関係国の間で熱くなりつつある。
おりしも韓米首脳会談が開かれた6月16日に合わせて、北朝鮮は米国人女性記者2人の「犯罪の事実」などを詳細に公開した。これを外交カードにして、アメリカに対して圧力をかけようという北朝鮮の狙いや意図が丸見えだ。
 北朝鮮国営の朝鮮中央通信はこの日「米国人の犯罪を広く世に知らせるために公表する」とし「(米国人女性記者らが)裁判で、北朝鮮人権の実像を歪曲して誹謗、中傷する映像資料をねつ造し、北朝鮮を孤立、圧殺しようとする政治的動機により働いた犯罪と認めた」と報じている。

 この事件については、当基金News No.62の12面でも、その背景に触れている。
 今回は、韓国のキリスト教会「トゥリハナ宣教会」のチョン・キウォン牧師が、韓国紙「中央日報」(6月18日)のインタビューで、同事件への関与を認めているので、同地域で脱北者支援をしている立場からの意見を述べる。

 最大の疑問は、米国人記者が国境で北朝鮮の治安要員によって拘束され、1週間以内で平壌まで連行されている点である。
 彼らが拘束されたとする図門市月晴鎮(ウォルチョン村)は、図門市から離れた人気のない村で、彼らを継続的に追跡するか、事前にその行動を察知していなければ、捕捉されることはあり得ない。
 もしこれが偶発的な出来事であれば、現場の取引(賄賂)で終わり、それに要する時間は最大で1日(24時間)以内だろう。それが通常の地方での事件の解決方法である。
 それが、ただちに身柄を平壌まで運ばれたのは、米国人記者が国境で取材活動することを、中央の保衛部(秘密警察)レベルで、事前に知っていたことを示す。
 米国人記者らを案内した中国在住韓国人のガイド、キム・ソンチョル氏は、チョン牧師が紹介した。ガイドのキム氏は、事件後に中国公安に逮捕されている。
 しかし、韓国人が現場の地理や国境の治安状況に通じているとは考えられない。私たちが知りえた情報では、本当のガイド役は別にいた。しかしなぜか、国境の地理や事件のあった図門市周辺の事情、中国側や北朝鮮側の国境警備隊の事情に通じている、図門市のマペ教会に通う中国朝鮮族の金グァンチョル氏が同行していたという事実が語られていない。

 延辺宗教局周辺の話では、グァンチョル氏はチョン牧師とも親密な関係であった。さらに、彼はチョン牧師からの依頼がなければガイド役はしていなかったであろうから、記者たちの行動計画を同牧師から得ていたのではないか。

 グァンチョル氏は中国安全局に逮捕され、現在は行方不明になっている。誰も彼のことを語りたがらないが、同宗教局周辺の情報では、終身刑の処分を受けたという。また、グァンチョル氏の日ごろの活動から、彼が北朝鮮の治安機関のために働いていたという情報もある。

 それにしても腑に落ちないのは、一地方の情報提供者にすぎない彼が主導して、米国人記者の拉致作戦が組み立てられたとは想像しにくい。この事件は、偶発的なものではなく、事前によく準備された、組織的、計画的なものであると考えられる。北朝鮮当局者と情報提供者との間にどんな取引があるのかは推測の域を出ないが、アメリカとの取引材料を探している北朝鮮にこれほどの好材料を提供した対価は、格別なものであっただろう。
 私は、事件の当事者のカレントテレビが、チョン牧師に相談を持ちかけたところから問題の種はまかれたことに注目している。

 取材のために協力した現地の善意の関係者が調査を受け、脱北者が摘発を受けている。当基金も影響を受け、損害が大きい。現地はまだまだ緊張が続いている。

 

   中朝国境報告    
  北朝鮮の核実験 延吉でも生徒らが一時避難      
        野中聖仁 

 北朝鮮が5月25日2度目の核実験を行った。その衝撃は、世界中に波紋を広げたが、中国・朝鮮国境地帯は、これまでにない揺れを感じて一時は、四川大地震の二の舞かと住民の間に緊張が走った。パニック寸前だった。 私は、日本で地震慣れしていたし、たまたま救援活動の打ち合わせのために瀋陽に出張中だったのでそれほど深刻には受け止めていなかった。あとで周りから当時の状況を聞くと結構大変な様子だった。

 5月25日の中国吉林省の地元紙「延辺日報」、「吉林新聞」は、いっせいにこの地震の報道を行った。新聞報道は次のように伝えている。
 「延辺地域内の一部の地域では、地震の影響で建物が破壊された。この日の午前8時40分頃、龍井市亜松二中の校舎が急に連続2回も軽微ながら揺れ、その時間は3秒ほどに達した。当時、大部分の教員と学生たちは校舎内におり、机や椅子、建物が揺れるのを直接目撃した。学校では直ちに学生たちを運動場に避難させた」
 「今度の地震で人命被害はなかったが、校舎内の主体構造が多少破壊された。特に建物最上階のコンクリートの天井と一部の壁が割れたり、ヒビが入った」
 「龍井市政府と関連部門の責任者たちは、亜松二中へ来て学校建物の破壊程度を調べ、解決方法を論議した。龍井市亜松二中では安全のために25日、一日間授業を停止した」

 5月25日10時 25分、延吉市科学技術局では「5月25日午前9時頃、延吉市で感じられた地震の揺れについての報告」を発表し、25日午前、延吉等で揺れを感じたことについて公式見解を発表している。
 「今日午前9時頃、延吉市で明らかな揺れがあった。延辺州地震局の測定によれば、今日の午前8時54分、朝鮮民主主義人民共和 国内(東経129.1度、北緯41.4度の地点)にて4.5級(日本の震度3強に相当)の地震が発生した。延辺州内と延吉市を震源とする地震は発生していない」<吉林新聞 2009年5月25日付け>

 この報道の直後、北朝鮮が地下核実験の実施を発表した。この地震が、同日行われた北朝鮮の地下核実験によるものだと分かった市民たちは、みな激怒した。なぜ前もって知らせないのか?特に教育関係者、行政機関、病院関係者はカンカンで、北朝鮮に対して悪感情を抱いてしまったようだ。
 ちょうど授業中の小中学校の学生たちは、みな慌てて外に避難する騒ぎになったし、そのニュースを聞いた学生たちの保護者達も自分の子供の安否状況の確認の電話で、学校の方は大騒ぎになった。2008年5月12日、中国・四川省で発生した大地震で多くの校舎が破壊され、それによる被害が多かった教訓から、地元政府は、ただちに学校に避難勧告を出したのだった。

 又、龍井市の病院関係者の話によると、5月25日10時頃、気象庁からの連絡を受けて入院中の患者たちを慌ててみな外に運び出す騒ぎになった。
 「こんなことが起きるなんて、信じられない。50年間生きて来て初めての経験だ。延辺では地震を経験したことがなかったので、これが本当の地震だと思って恐怖を感じた」「恐怖を通り越してもう笑うしかない」「北朝鮮は本当にいい加減にしてほしい。大勢の脱北者たちを中国に押し付けて来るし、脱北した北朝鮮人たちは、盗みを働たり、強盗事件も起こすし、とんでもない連中だ」
 国境の村々では悪評が立っている。実際、事件を取り締まる中国公安が刺殺される事件も起きているので社会秩序にもかなり悪い影響を与えている。
 「本当にどうしようもない国だ」と、地震騒ぎの原因が、後で北朝鮮の地下核実験によるものだと分かった病院関係者の怒りはおさまらない。病院の看護師、医師たちは患者を病院の外に避難させるのに大変な思いをしたからだ。あわててけがをした人もいたそうである。一方、校舎の手抜き工事で校舎が倒壊でもしたら、手抜き工事が発覚しはしないかとびくびくものの教育関係者も多かったに違いない、と噂し合っている。

   投稿   朝鮮総連本部への抗議に参加して  
      核実験、拉致、人権侵害は許さない  
        会員 安藤火山  

 北朝鮮が、前回の核実験の国連決議違反を犯して再び核実験を繰り返し、弾道ミサイル発射など度重なる非行を繰り返している。実のところ、私の苛立ちも限界を超えている。この事態を何とかしなければならない、と切羽詰った感情に支配されている。

 ちょうど6月6日「救う会神奈川」の川添氏らが中心になって結成された「北朝鮮に人権侵害テロ、拉致テロ、核テロをゆるさない抗議行動実行委員会」の呼びかけがあったので、朝鮮総連本部前での抗議行動に、あえて広島から参加するに至った。
 あいにくの小雨であったが、総勢40人ほどの参加者が各地から集まった。北朝鮮難民、人権侵害問題に関係するNGOから三浦小太郎氏、「北朝鮮難民救援基金」の有志、救う会神奈川、埼玉をはじめ各地の救う会関係者、そのほかのNGO団体が顔を揃えた。私の見知った人もいたし、新しくお目にかかる方もおられた。

 私にとって、今回の抗議行動の参加のキーワードは「拉致問題、北の人権侵害改善、北の解放、民主化」である。その実現の一歩につなげたい。
 抗議集会は、整然と行われた。各代表が総連に対して抗議と要求をし、シュプレヒコールを繰り返す。周りに学校があるということで、マイクを使うことはできす、肉声による抗議行動であった。

 私は日本人拉致被害者の救出運動に関わっている。残念ながら、救出運動は依然として膠着状態であり、一歩も前進していない。 日本政府は、同盟国の米国、六者協議の中でしか解決策を探せないのは、無策としか言いようがない。
 4月5日の北のミサイル発射実験、5月25日の2回目の核実験に対して、国連安保理決議1718違反で行われている討議の中で、追加経済制裁はあるが、重大な人権侵害である「拉致問題の解決」を促す文言は、結局削除されてしまった。

 これまでも、拉致問題の解決を含む北の人権侵害問題の解決のために日朝の2国間協議が行われているが、特に見るべき成果はない。いわんや6カ国協議の場において実効ある成果があった訳でもない。今回の安保理の制裁決議によって推測できる北朝鮮の態度により、6カ国協議の枠組みが、いよいよ意味のないものになってしまうと思わざるを得ない。

 北が核弾頭の小型化に成功し、ミサイル開発していけば、日本に住む人間の生命と安全に関わる重大問題となる。北東アジアの非核化などは霧散し、核抑止力の競争、核武装が現実味を帯びてくる。
 日本は早急に憲法改正、高度な政治判断による具体的な安全保障政策を構築する必要がある。

 金正日政権が、人間を人間と思わない政治を行っている。政治犯収容所の運営、拉致を北の犯罪と認めても被害者を返さないのは、人道、人権に対する犯罪である。この政権とは話し合いで解決できる道はないと覚悟を決める必要がある。あらゆる合法的な手段を駆使して、金正日軍事独裁政権を締め上げるしかないだろう。
 実力行使をすれば、「血の連鎖」を生むと心配する向きもあろう。皮肉なことだが、自由と民主主義、基本的人権はただで享受できるものではないと、金正日政権が日本国民に教えてくれているのだと思う。

 さあ、日本人よ、どうする。お前たちに帰国者の生命と人権を守ることができるか?収容所を解体、できるか?拉致被害者を取り戻すことが、できるか?これは、北朝鮮の無法であり、挑発であることは分かっている。
 いつまでも手をこまねいて、機が熟すのを待つのか。それとも必要な一撃で新しい関係を作り出すか。残された時間はそう多くは残っていないようにも思える。
 広島に戻る車中で、とりとめもなく思いをめぐらせた一日であった。

   NGO 米国北朝鮮人権委員会の報告書
  「Lives for Sale(売り物の命)」を出版投稿
 
      A・バタースキ  

 米国のNGO・北朝鮮人権委員会(HRNK)が今年「Lives for Sale」(売り物の命)という報告書(英語版、64頁、変形A4判)を出版した。
 現在では、北朝鮮国内で起こっている人権侵害は徐々に国際社会に知られてきている。しかし一方で、中国で脱北者が受けている人権侵害は見落とされている。
 このような状況下で、これらの人権侵害の実情を知り、何をなすべきか、また中国政府、国際社会、アメリカ政府にたいしても幾つかの提言が付されている。人権侵害の実情を知る上での貴重な報告といえる。
 「北朝鮮で私の家族と泊まっていた朝鮮族の男にだまされ、誘拐されたあと、2002年に黒竜江省で漢族の男に売られました。一ヶ月たったら、その男がさらに別の人に転売するつもりなのが分かりました。どこに売られて行くのか分からないので、その家を逃げ出しました。数時間後、彼に捕らえられ、連れ戻されました。そしてあの人が革のベルトを取り出して、1時間ぐらい背中を打ち続けました。」(李さん、1962年生まれ)
 ほとんどの脱北者が女性であり、女性ならではの独特な問題があることを認識して、同委員会は中国に住んでいる北朝鮮の女性とインタビューをし、そのデーターを分析した。その報告によると、中国に住んでいる脱北女性の経験はさまざまで、大きく分けるとパターンは以下のようである。

・北朝鮮内で、中国でよい職場を紹介するなどという人身売買業者の約束にだまされ、中国に連れて行かれる。
・自分の意思で中国の国境を越え、人身売買の犠牲者となる。
・農村の中国の男性と結婚する以外の道がない。その男性が貧しい・高齢者であるため、貧乏な生活に落ち、DV(家庭内暴力)も受けてしまう。
・福利厚生も労働保護もない長時間の低賃金の単純労働をする。
・ホステスや売春などのセックス・ワークをする。生命を守るためにこの道を選ぶ人もいれば、強制的にさせられている人もいる。客は韓国人・日本人のサラリーマンも含む。
・ 朝鮮族・漢族の男性と結婚し、ある程度幸せに暮らす。

 北朝鮮女性の中国での経験は違っても、1つの共通点は「不安」である。
 中国での滞在資格が違法で、強制的に送還される恐れがある。そのために、就学に必要な子供の市民登録をもらえる北朝鮮の女性がまだ少ない。
 報告の最後に、HRNKの北朝鮮・中国・韓国・国際社会に対する提言には次のことが含まれる。

 中国政府に対して:国境を超える北朝鮮人が難民である可能性を認め、UNHCRにアクセスをさせる。強制送還を禁止する。北朝鮮政府が帰国している北朝鮮人を人道的に扱うように北朝鮮政府への影響力を行使する。在留許可を与える。
 国際社会及び米国政府に対して:北朝鮮・中国政府が国際法を守るように圧力を与える。国境周辺に経済開発支援などを行う。
当基金では、この報告書の日本語訳を発行するためにアメリカ北朝鮮人権委員会と交渉中です。日本語訳をするボランティアを募集しています。

注:北朝鮮人権委員会(HRNK)のホームページはwww.hrnk.org (英語)。

   黄晢暎 著 「パリデギ 脱北少女の物語」に想うこと  
       会員 黒田睦子  

 本書は韓国で50万部を超えるベストセラーになった脱北少女の物語である。「パリデギ」は、「パリ王女」と「捨てられし者」との二つの意味がこめられる。
 飢餓に苦しむ故郷、北朝鮮から豆満江を渡り、中国へ逃れた12歳の少女パリの人生を、移民、難民の立場から描いている。 少女は生と死の挟間で揺れながら流浪の果てに辿り着いたロンドンで、人生とは時を待ちながら耐えることだと悟る。家族は離散し、再び会うことは無かった。

 韓国随一の作家と言われる著者は1989年、国禁を犯して母方の実家がある北朝鮮に渡った後、ドイツへ亡命。93年、韓国へ帰国するも、国家保安法違反の罪で5年間、投獄される。作家として時代を克明に見据えながら、民主化運動に身を投じてきた。「光州五月民主抗争の記録〜死を超えて、時代の暗闇を越えて」を地下出版した抵抗の作家である。

 本書のテーマは、「移動と調和」であり、韓国の農村へアジアから花嫁が移住し、不法滞在者が100万人を超える現実を凝視する。「21世紀は難民が発生し、労働移住も起きている。そこで生まれるのが宗教対立などの文化的摩擦である。違いを違いと認めて、受け入れるという“共生”を目指したい」という著者の熱い思いで、この作品は書かれた。「作家として国境や民族を超えた自由な存在でありたい」との明白な意思がある。

 終戦後、韓国から引き揚げた私は、植民地支配によるさまざまな人権侵害や民族差別など、幼心に刻まれた記憶が、戦後もずっと自分の中で在り続けた。特に「慰安婦」問題の補償が不充分であったことは胸が痛む。ましてや南北分断による民族の苦しみを見て見ぬふりはできない。脱北者の苛酷な手記を読み、その思いは一層深くなる。

 軍事政権下の1970年代、ソウル大学に留学中の在日韓国人学生が次々と「北のスパイ」として逮捕され、政治犯として投獄された事実を忘れられない。「獄中19年」(岩波新書、1994)の著者、徐勝氏は現在、立命館大学教授であるが、死刑判決と際限なき拷問とにより、死を望む末の大火傷は今も痛々しく相貌に残る。その酷い傷跡は当時の独裁政権を物語って余りある。弟の徐俊植氏も17年の刑期を終えて釈放された。同年代に詩人、金芝河が逮捕、投獄されたとき、「蟹工船」の作者、小林多喜二を拷問死に至らしめた治安維持法が心に甦った。

 同胞でありながら、戦後60年余経てもなお、敵対関係であり続ける民族の悲運に言葉を失う。北朝鮮で抑圧に苦しむ人々の生命と人権を、人道上の見地から手を差し伸べる団体、「北朝鮮難民救援基金」に出会って10年。定期的に届くニュースから、中朝国境周辺に潜む脱北難民の生の声、そして救援活動が刻々と伝わってくる。

 最近、中国の公安当局による脱北者への取り締まりは一層、厳しさを増し、拘束されれば直ちに北朝鮮へ送還されるという。中国は難民条約締約国であり、迫害や重大な人権侵害が待ち受ける国への強制送還は禁止されている。人身売買や孤児も増え、やむなく祖国を脱出した難民は二重、三重の苦難を強いられる。

 日本から北朝鮮へ拉致された多くの失踪者の一日も早い解放を願うとともに、日本政府の脱北難民の速やかな受け入れを望む。そのことは日韓両国の歴史問題への不信感を和らげ、信頼を築き、和解への道を拓くのではないだろうか。
東アジアの未来のためにも、日本は今、何ができるかが問われている。

注:本書は青柳優子訳で岩波書店から刊行

          お知らせ  
     
            

第2回 アジアの難民と人権に関する東京セミナー開催
 3月14日の第1回セミナーは、定員60名が満席で、帰らざるを得なかった方もいたほど盛況だった。
 第2回目は、「日本の難民政策とNGOの課題」、元入管センター所長が「難民の定住と難民政策の課題」について話すほか、「難民が日本で暮らす困難と幸福の条件」について中国、ビルマからの難民、北朝鮮脱北者らによるシンポジウムが予定されている。
   日時: 8月29日(土) 13:00-18:00
   会場: JICA 地球ひろば セミナールーム302号 
   参加費: 1000円(資料費+コーヒー代)
   定員: 60名(先着順)
   申込み方法: Fax 03-3815-8127又はE-mail  nkkikin@hotmail.com
               
郵便振替用紙は要?不要?
 基金の事務局は、Newsを発送する時に募金をお願いするために郵便振替用紙を同封させていただいています。実は、このことでいつも頭を悩ましています。というのも、「毎回、募金、募金ってお金を要求してくるなんて、もう会員を止める!」という電話をいただくことがありました。基金としては一人でも理解者、賛同者が必要ですから、大切にしなくてはいけません。やめられたら困ります。
 また、「募金をするから、振替用紙をまとめて送ってくれ」「毎回送れ」と言う方もあります。
 800部近いNewsを発送しておりますが、人によって郵便振替用紙を同封したり、同封しない作業をするのは、事務手続き上、大変難しいことです。同封すべきか、すべからざるか、一人一人の意思を尊重して作業をすると膨大な作業時間になります。
 現在は、一律に同封させていただいていますが、皆さんのご意見はどちらですか。要?それとも不要?

使用目的を指定しない募金のお願い
 皆さんから寄せられた募金は、使用目的にしたがって適切に使われておりますが、事務局が自由に使える予算が圧倒的に足りません。食糧のため、衣類のため、医薬品のためと使途を定めていただいた募金は、緊急に救援活動をする時に必要な初動展開に使うことができません。現在当基金は初動展開活動に必要な資金が不足しています。自由に使える額を増やしたいと考えております。皆様のご理解、ご協力をお願い申し上げます。