2008年度・東京弁護士会人権賞の授賞式(1月6日、東京弁護士会館)

                C O N T E N T S

   3.14 アジアの難民と人権に関する東京セミナー  
  中国、一部の脱北者に難民の地位を付与? …………  加藤 博
  チェンマイ大学でゼミ開催 ………………………………  白浜和歌子
  脱北者が外国技術を学ぶのを援助してください ………  金 鉄
  ミルク代、生活費を支援してください ……………………  姜 文子
  信夫山の雪を踏んで ……………………………………  山下千津子
  基金会員を民団新聞が紹介   
  2008年度後期の教育奨学育英金を支給  
  ワン・ワールド・フェスティバルに参加して ………………  大阪会員 たか
  「イーココロ!」サイトで寄付できます ……………………  東京会員 遠山
  東京弁護士会人権賞受賞を祝う会  
   3.14 アジアの難民と人権に関する東京セミナー
  Tokyo Seminar on Refugees and Human Rights in Asia 14 March,2009 

■ 場所 / Venue:JICA地球ひろば セミナールーム 301 

東京渋谷区広尾4-2-24

         JICA Global Space Seminar Room 301

4-2-24 Hiroo Shibuya-Ku Tokyo JAPAN

Tel: 81+3 3400-7278  Fax: 81+3 3400-7264

 

     地図 / Map:http://www.jica.go.jp/hiroba/about/map.html

 

■ 交通 / Access:東京メトロ日比谷線 広尾駅下車(3番出口)徒歩1分

min. walk from exit 3 of Hiroo Station on Tokyo Metro Hibiya line

 

■ 参加費 / Fee:資料費+コーヒー代で1000円/Yen

 

■ 申し込み・問合わせ / Inquiry 

 

定員は60名。参加希望者は事務局までFAX、E-mailでお申し込みください。

 

北朝鮮難民救援基金事務局 加藤博

Hiroshi Kato

Secretariat Director of Life Funds for North Korean Refugees

 

A-101, 2-2-8 NISHIKATA Bunkyo-  

Ku Tokyo 113-0024 JAPAN

 

TEL / FAX:81+3 3815-8127

E-mail:nkkikin@hotmail.com

 

■ 議事 / AGENDA 

 

13:00  参加登録 / Registration 

    「国境を超える子どもたち」―北朝鮮の子どものドキュメンタリー(20分間)は開会までずっと上映されています

North Korean children beyond the border”― a documentary film (20minutes) to be played continuously as people enter…

 

13:30  開会の挨拶 / Welcoming Remarks 

加藤 博(北朝鮮難民救援基金 代表理事)

Hiroshi Kato

Secretariat Director of Life Funds for North Korean Refugees(LFNKR) 

 

14:00  アジアにおける人権状況 / State of Human Rights in Asia 

土井香苗(ヒューマン・ライツ・ウォッチ 東京ディレクター

Kanae Doi ,Tokyo Director of Human Rights Watch

 

14:20 人身売買犠牲者フォーラム / Human Trafficking Forum

人身売買犠牲者の証言 / Stories from the victims 

 

開会挨拶、照会 / Opening remarks & Introduction 

人身売買犠牲者の証言 / Testimony from victims

参加者からの質疑、応答 / Participants Q & A 

 

15:20 報告T / Presentation T

中国における人身売買された女性と子どもたち

ケイト・ニールセン(北朝鮮難民救援基金 国際担当理事)          

Trafficked North Korean women and their Children in China

      Kate Nielsen, Director of International Relations, LFNKR

 

15:40 報告U / Presentation U

     カチン州から中国への知られざる人身売買

シェリー・セン(カチン女性協会 幹事)

The invisible trafficking to China from Kachin State  Myanmar

Shirley Seng, Director of Kachin Womens Association in Thailand            

 

16:00 報告V / Presentation V

中国における北朝鮮人の人身売買 

      林飛(中国民主陣戦 日本支部主席)  

      Trafficking of North Koreans in China

       Lin Fei

Representative of Overseas Chinese Democracy Coalition Japan            

 

16:20 報告W / Presentation W

日本における女性と子どもの庇護希望者の受け入れ状況

      石川えり(難民支援協会 事務局長) 

      Reception condition of women and children asylum seekers in Japan

Eri Ishikawa, Secretary general of Japan Association for Refugees

        

16:40  報告X / Presentation X

北朝鮮の女性と子供の日本定住問題

      三浦小太郎(北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会 代表)  

Resettlement of North Korean Women and children in Japan

Kotaro Miura

Representative of Society to Help Returnees to North Korea

 

17:00  アジアの難民と人権に関するパネルディスカッション

Panel Discussion on Refugees and Human Rights in Asia 

 

17:40 閉会の辞 / Closing Remarks

 

   中国、脱北者の一部に難民の地位を付与!?  
                期待感は高いが、実施は未知数  
           加藤 博

                           
 最近、中国側から発信される脱北難民に関する気になる情報がある。「中国が一部の脱北者に対して難民の地位を付与することが可能だろう」という論調である。
 これまで中国政府は、「北朝鮮難民はいない」「彼らは不法入国者であり、不法滞在者である」、という公式見解を堅持している。
そのため、逮捕拘束すれば、強制送還を繰り返している。そのたびに国際的な関心を呼び、国際的な非難を浴びている。それでも中国政府は、「NGOが意図的に中国の国際的信用を貶めるために仕組んでいる」と非難し、取り締まりを強める。
 しかし、中国政府は、脱北者が送り返されれば、北朝鮮刑法47条の恣意的な運用によって、厳罰に処せられ、命を失う事例があることを承知している。これは、中国が自ら批准した難民条約を無視する行為で、国際的な非難を受ける根拠となっている。事実、中国を非難する国際的な世論が沈静化したとは思えない。
 また、国際的な非難によって、中国政府の脱北者難民に対する政策に変化が出ているとも言い難いが、部分的には変化の兆しが見て取れる。その代表的な事例は、学術討議の場から出てきた。

脱北者政策の修正も可能になる?
 ’08年10月に中国の国家人権委員会が主催した北朝鮮人権国際シンポジウムで、延辺大学政治学部長の金強一(キム・ガンイル)教授が「中国の朝鮮半島政策と脱北者問題」という報告の中で「脱北者の中には、明らかに難民に属する人がかなりいる」と発言した。
 韓国のインターネット新聞「Daily NK」によると、金教授は、「最近、中国の脱北者政策には一定の変化が見られ、中国政府も人権状況の改善を追及している。脱北者問題で非常に大きな人権問題が引き起こされる可能性について警戒している」「国際社会の非難を浴びたことを深刻に悩んでいる」と中国政府の立場を説明している。
 さらに踏み込んで、「中国政府のこうした変化で、脱北者政策の修正も可能になる」と楽観的な見通しを語っている。

居住許可を与える条件とは
 中国全国政治協商会議の副会長が代表を務める全国組織で、政府と緊密な関係にある中国人権研究会が対応策を示した。「中国国内の北朝鮮人:朝鮮と解決策」で提示された対応策は、以下のような条件を備える者は、居住許可を与える、としている。
・中国人と結婚後3年以上経過し、子供を産んで法律と規範を守っている北朝鮮女性。
・中国にいる親戚と同居している北朝鮮女性や児童のうち、北朝鮮に送還されても自活能力がなく、中国に残ることを主張している者。
・朝鮮戦争以前に中国人※1だったり、両親が中国人※2である北朝鮮の人で、生存のために中国に帰還した者。
 遠からず、この対応策を基礎にした方針が示されるのだろうという期待感はあるが、これが実施されるには、まだまだ解決されなければならない問題がある。何よりも脱北者を北朝鮮に送り返すのを凍結する、という方針が示される必要がある。そして期限を定めて難民条約に則して人道的、基本的人権を尊重した指針が示される必要がある。そうでなければ、脱北者はもちろん救援するNGOも疑心暗鬼に駆られるだけだろう。
※1、※2)朝鮮人民軍、中国人民志願軍に「投入」され、戦後も北朝鮮に残留した元中国朝鮮族や、中国文化大革命での迫害から逃れ、北朝鮮に亡命した元中国朝鮮族のこと。

   北タイ-チェンマイ大学で初の北朝鮮人権・難民問題ゼミ開催  
    白浜和歌子

 「北方のバラ」とも「タイの京都」とも称されるタイ王国北部最大の都市、チェンマイ。そのチェンマイ市の中心街西方に位置するタイ国立チェンマイ大学(学生数約17,000人、タイ北部最大の名門大学)において1月23日、北朝鮮難民救援基金の加藤博代表理事が、同大学初の「北朝鮮人権・難民問題」に関する講義を行いました。
 これは、同大の政治学部主催による人権大会「世界人権宣言60周年−討論と学生研究発表大会」の午後のセッションで、国際的な人権問題として北朝鮮人権問題と北朝鮮難民(脱北者)問題を取り上げることになり、講師として加藤代表理事が招聘されたものでした。
 当日は、今回の北朝鮮人権問題ゼミを実現する上で重要な橋渡し役を担ったチェンマイ在住の海老原智治さん(「北朝鮮に拉致された人々を救援する会チェンマイ」NGO代表)が日本語‐タイ語の通訳をしてくださいました。

北朝鮮難民問題の背景の説明から
 昨年昨年10月に、バンコクのチュラロンコン大学で北朝鮮難民問題に関するセミナーを開催した時は、NGO関係者の参加人数に比べて学生の参加数が少なかったので、今回もあまり期待できないかもなどと思いながら会場に足を踏み入れたら、なんと60名を越える学生が待機していたのです!これは想定外の喜びでした。
 同大での北朝鮮に関する講義は今回初めてなので、先ずは、タイの学生が、そもそも北朝鮮に関してどの程度の基礎知識を持っているのか最初に把握しておいたほうがよいだろうということで、始めにクイズ形式で「北朝鮮の正式名を知っていますか?」といった基本的事項数問から講義が始まりました。ちなみに、北朝鮮の正式名を知っていた学生はゼロ。韓国の正式名を知っている学生は一名でした。ただし、タイ国内でも結構人気のコリアン映画は全員が「韓国で制作されたもの」と正解を出しました。
 講義は約2時間弱、内容としては、脱北者が発生する背景、中国政府による脱北者に対する迫害、強制送還された脱北者の過酷な運命、なぜ多数の脱北者はタイを目指すのかなどの説明に加えて、北朝鮮の身分制度などの説明が行われました。
 講義終了後の質問コーナーも、予想以上の活発な意見・質問が出て、参加した多くの学生たちが熱心に講義内容に耳を傾けていたことが実感できました。「ソウル−ピョンヤン間の直行便はないのか」といった意表をつく質問もあって私には大うけしました。「韓国はすぐ隣にあるのに、なぜそのようなとんでもない遠回りをするのか?」という質問も出るなど、やはり北朝鮮はタイから地理的に離れているので「38度線」という私たちには常識的と思われる事柄もタイでは知られていないのでしょう。

タイは北朝鮮難民の世界最大の脱出先
 ちなみに、タイでは、難民問題といえば圧倒的にミャンマーなどの隣接国からの越境者や山岳地帯の少数民族に関する問題への関心が高く、北朝鮮難民問題の認知度は大変低いとのことでした。
 しかしながら、タイは現在、脱北者の世界最大の脱出先であること、タイ人拉致被害者(チェンマイ出身の女性)も居る事実など北朝鮮人権問題と関連も深く、さらに北朝鮮の対外貿易高に占める対タイ貿易高は第4位で、タイは経済的にも北朝鮮に影響力を持つ立場にあることを考えると、今後さらにタイ国内での北朝鮮人権問題の認知度を上げることは有意義であることに違いありません。

   現代的外国技術を学ぶために脱北  
          日本語テキスト、修理の教本を援助して   
    手記  金 鉄

脱北者の多くは食べる自由、食料を得る自由を求めて脱出する。私たちのシェルターで保護することになった金鉄青年(24歳)は、これまでの脱北者とは違って、自分が生きるための技術を身につけたいという強い願望がある。自立精神が旺盛な青年である。この手記を読んで、助けになりたいと思われる人はぜひ申し出ていただきたい。これまで会った脱北者の中でも何とか力になってあげたいと思う一人である。 (救援担当 南 相哲)

 私は2008年5月、北朝鮮の平安南道沙里院(サリウォン)から中国に脱北してきた金鉄(キム・チョル)と言います。
 今では私の肉親は、16歳の妹一人しか残っていません。両親は私が通信兵として軍に服役中の2007年に食糧不足から栄養失調になり、病気を発症し亡くなりました。除隊した後、妹から聞いた話では、家には薬を買う金もなく、医者に行くこともできなかったとのことでした。最終的な病名は分かりません。

現代的外国技術を学びたい
 私が中国に来た目的は中国で暮すことではなく、現代的外国技術を学ぶことです。技術を学んで故郷に戻るつもりです。
 北朝鮮の厳しい状況については、皆さまもよく知っていると思いますので、ここでは詳しく述べませんが、わたくしもその厳しい状況下にいる一人です。
 私は幸運にも、恵まれない北朝鮮の人々を助ける目的で朝鮮と中国の国境までやって来た日本の支援団体の方にお会いできました。
 食糧の援助をして下さるのはありがたいのですが、私の皆様へのお願いは、日本語の勉強をするテキスト、家庭用電子製品の修理、自動車の修理を勉強するテキストを援助して頂きたいのです。
 なぜならば、北朝鮮の市場で売られている商品の90%は外国からの輸入品です。そのため、手に入ったとしても操作するのが難しいし、操作が全く出来ないものもあります。故障が出た場合はもっと大変です。修理できないのです。北朝鮮で一番問題なのは電子製品と自動車の修理です。
 そこで私はここ中国で電子製品、自動車の修理などの技術を学んで祖国に帰って祖国の人々のために、貢献できる人間なりたいと思います。ここ中国で一番習いたいのは、自動車の修理、製造(高級乗用車)とパソコンの操作、修理、それに日本語です。それと電子製品であるテレビ、録音機などの家庭用電子製品の修理、製造も習いたいです。

強制送還される運命
 ここ中国で一番問題なのは、脱北して来た私が中国公安の摘発によって逮捕されれば、北朝鮮へ強制送還されるという運命です。最終的には労働鍛錬隊に送られると思いますが、そうなると二度と中国に出て来ることが出来なくなります。
 私は、今は中国で脱北者を支援する人たちの援助を受けながら隠れて暮らしています。北朝鮮のように食糧では苦労していませんが、私の目標とは程遠い状況です。技術を学ぶために中国に出て来ましたが、自由に外にも出られず、心落ち着ける余裕もない状況です。どうすれば良いのか、方向が見つからなくて本当に困っています。

夢に向かって頑張りたい
 自分の祖国で自由に自分が学びたいことが出来るのであれば、わざわざここ中国まで死を覚悟しながら脱北する必要がなかったと思います。今が私にとって一番困難な時だと思います。しかし夢に向かって頑張って行きたいと思います。
 私が今一番先に解決しなければ行けないことは言葉だと思います。今は隠れ部屋で毎日必死になって中国語の勉強をしています。時間がある時は日本語の勉強もやりたいのです。何故かと言うと、今の北朝鮮では電気製品の殆どが日本製なのです。日本製の自動車もいっぱいあります。日本製の製品を修理するには日本の技術を学ばなければいけないと思います。そのために日本語も絶対必要なのです。顔の見えない皆さんにお願いするのは心苦しいのですが、苦境にある私を助けて下さい。中国語を勉強して修理を学ぶ学校にも行きたいです。

   中国朝鮮族の夫、脱北女性の妻、新生児、3人が無国籍  
       ミルク代、生活費を支援して  
    聞き書き: 姜 文子

金・ヨンヒは2002年12月11日に中国に脱北してきた40歳を少し過ぎた女性です。北朝鮮に12歳の息子を残してきています。1997年から始まった、「苦難の行軍」の時に夫を亡くし、息子にも食べさせる事も出来なくて、息子はコッチェビになってしまった、と後悔しきりです。いまでは生死も不明です。ヨンヒ自身も物乞いの生活で、自分が生きていくだけで大変だった。 (姜 文子)

 2002年12月、偶然知り合った人の誘いで一緒に中国に脱出しました。中国に辿り着いたのは、和龍市の芦果という村です。
 そこで中国朝鮮族の朴・ミョンナム(仮名)と言う中国朝鮮族の男性と知り合い、一緒に暮らすことになりました。ミョンナムは48歳で独身でした。彼はそれまでの過酷な生活環境で体力は消耗し、病気で苦しんでいました。それで彼女が彼を助け、彼は彼女を保護する関係が続き、幸せな生活ができるように思えたのです。

脱北者の取り締まりの為、各地を転々と
 運の悪いことに、そのころから始まった脱北者の取り締まりが、しだいに厳しさを増してきました。そのため村に留まることはできなくなり、彼の友人の紹介で2006年秋に龍井に移りすむことになります。
 しかし、そこには働く職場は無く、知り合いの支援で住む場所、お米、食用油など提供してもらいながら一ヶ月間暮らしました。しかし、そこでも脱北者の取り締まりが厳しくなり、安図県に引っ越しました。
 そこで2年ぐらい暮らしていましたが、ミョンナムの友人の紹介で譲渡してもらった農地を今年には持ち主に返さなければいけないことになってしまったのです。生活の糧の土地がなければ生きられない。
 それで結局、2009年1月、またもとの龍井の知り合いのところに戻る事になりました。今はその知人の紹介で、何年間も誰も住んでいない、壁も崩れたぼろぼろの農家に住むことがやっとできたのです。問題は生活費です。

子供の牛乳を買うお金もない
 生活が苦しいのに2008年4月には男の子を出産し、今は家族が一人増えています。
中国朝鮮族の夫ミョンナムは、刑務所にいる間自分自身を登録した戸籍の記憶をなくしてしまい、今は家族3人とも戸籍がない状況です。
 もう行く場所もないので、ここで死ぬと言っています。夫に死なれては困るのです。今は子供の牛乳も、買うお金がない状況です。

   信夫山(しのぶやま)の雪を踏んで  
      元教育里子の福島墓参行  
             山下知津子 

 当基金の東京弁護士会人権賞受賞を祝う会が1月12日に都内で行われた。それに出席するため、韓国から金尚憲先生と一緒に、元教育里子のソンヒョク君が同じ脱北者のガールフレンドを伴って来日した。
 彼は脱北後数年間私たちの教育里親制度のもと、中国東北部にあったシェルターで暮らし、そこから学校にも通っていたのだが、非常に聡明な少年で、学校での成績も優秀だった。中国人生徒もすべて参加する吉林省全体の学力テストで、数学が3番だったこともある。落ち着いて思慮深く優しい人柄の持ち主であり、そのシェルターにいた子どもたちのリーダー的存在だった。

 彼の教育里親は福島県で高校の先生をなさっていた故渡部先生で、渡部先生は今から10年近く前彼らのシェルターを訪問し、ソンヒョク君たちと会っていた。その後、ソンヒョク君はさまざまの苦難を乗り越えて、数年前韓国に入国、現在は歯科技工士の学校に通っている。渡部先生が亡くなられたことを知った彼は、もし日本に行くことがあったら渡部先生のお墓参りをしたいと言っていた。
 今回彼が来日するにあたって、渡部先生の奥様に連絡をとったところ、ぜひとも福島へお越しいただきたいということになり、福島への墓参行が実現したのである。
 かつてソンヒョク君たちのシェルターを何度も訪問したことのあるヤンスさんが、自分の車で連れて行こうと大役を買って出てくださり、13日午前ソンヒョク君とガールフレンド、ヤンスさん、私の4人で都内を出発、東北自動車道を一路北上した。途中本格的な雪になっている所もあったが、福島市内に入る頃にはまた日差しが戻ってきた。県立美術館前で奥様と落ち合い、すぐ裏の信夫山中腹にある墓地へ。
 「遠くからいつも私のことを心配してくださってありがとうございました」と、ソンヒョク君は非常に明瞭で滑らかな日本語で言った。「中国にいるときお会いした渡部先生はとても善い方でした」とも。彼は金尚憲先生からこの言葉をしっかり学んできたという。皆で渡部先生の墓前にお線香とお花を手向け、手を合わせた。
 やはり高校の先生だった奥様はコリア語の教室にも通っておられたことがあり、コリア語堪能。韓国の伝統や文化にもとても詳しい。ソンヒョク君ともコリア語で楽しそうに会話。渡部先生ご夫妻は中国にいたソンヒョク君のことをよく話題にし、彼の将来についてもあれこれと具体的に考えておられたという。

 お墓参りの後、信夫山の展望台に行った。そこは一面雪が積もっていたが、その雪を踏んでしばらく福島市街を見おろした。遠く雪を被った吾妻山系が輝いていた。この街に住んでおられたご夫妻が、全く縁もゆかりもない、遠雪嶺のそのまたずっと遥か彼方で親元や国を離れて生きていた一人の少年のことを温かく、大切に思い、案じていたこと。そのことに胸が熱くなる思いだった。
 その後、阿武隈川のほとりに白鳥を見に行き、日暮れ近く飯坂温泉に向かった。浴衣に着替えたソンヒョク君は、「私は日本人ですね」とお茶目に日本語で言う。確かにとてもよく似合っていた。ソンヒョク君は奥様に螺鈿の美しい箱をお土産だと渡し、奥様は彼とガールフレンドに冬帽子を初めさまざまのプレゼントを贈られた。温泉に入って夕飯をいただいてから、皆で渡部先生の写真を見ながら夜更けまでいろいろな話をした。中国でのこと、東南アジアに脱出する際の話、韓国での暮らし、果ては韓流スターの話題まで……。例によってヤンスさんが同時通訳でどんどん訳してくれる。ソンヒョク君は「(シェルターで暮らせた)自分たちは本当に幸運だった」と語った。外はしんしんと降る雪。なんだか本当の親族が集まって語り合っているような雰囲気だった。
 翌朝は10センチほどの積雪だったが快晴。名残は尽きなかったが、互いの住所等を交換しあい、清冽な青空と凛とした大気のもと、再会を約して奥様と別れた。

   当基金会員を韓国民団新聞が紹介   

 

民団新聞記者の話によると、日本に定住した脱北者のための「民団脱北者支援センター」の支援活動は在日韓国人には知られているが、日本のNGOである北朝鮮難民救援基金の活動や、そこに属して活動している在日同胞の存在はあまり知られていない。そこで、このような活動をもっと在日韓国人に知らせたいとのことで、インタビューを企画したということでした。今回、転載許可の下、※)以外は記事をそのままのせて紹介します。(編集部) 

「北朝鮮難民救援基金」ボランティアの呉武義さん
    タクシー乗務の傍ら脱北者支援 「教育里親」も

2009.1.28 民団新聞
 【大阪】北韓※1から日本に戻ってくる元在日の脱北者のため、大阪でも在日韓国人の支援ボランティアが複数、活動している。呉武義さん(62)はそのなかでも中心的な存在だ。
 日本での生活習慣などのアドバイス、住宅と職場の世話、生活相談とその活動は多岐にわたる。タクシーの運転手を生業とする呉さんは、たまの休暇を犠牲にしての奉仕活動だ。99年からは日本のNGO「北朝鮮難民救援基金」の活動にも関わり、中国に潜伏している同胞の子どもたちの「教育里親」ともなり、わずかながら金銭的に支援もしている。

   

 きっかけは、98年8月、訪問先の中国延吉で困窮した脱北同胞の子どもたちを目撃したため。「これはなんとかせなあかん」と、日本に戻ると東京の「北朝鮮難民救援基金」に電話をかけ、ボランティアをしたいと名乗り出た。
 呉さんと同じ支援仲間に大阪在住の医師(59)もいる。同医師は、大阪市内の公立小学校に通っていたとき、何人かの級友がいつの間にか学校に来なくなった時のことを鮮明に覚えている。北送船※2に乗ったことは後で知らされたという。
 呉さんと同医師は「同胞にも日本人にも北韓の実情を知って、ぜひ支援者になってほしい」と呼びかけている。
 連絡はTEL、FAX03・3815・8127(北朝鮮難民救援基金)。
メールはnkkikin@hotmail.com

※1)韓国で北朝鮮を表す言葉
※2)1959年からの「帰国事業」で、万景峰号などの船で北朝鮮へ帰還した。

   2008年度後期の教育奨学育英金 教育里子たちに支給!
                                   教育里親プログラム担当者

 現在、教育里子たちは約20人です。他に2人いましたが、経済的に自立できるようになったようで、現在、休止しています。
 中国は9月に新学期が始まるので、今回は3月からの6ヶ月分を支給しました。
 子供達も特に変わりなく、中国当局による逮捕や拘束もなく、元気に学業に励んでいるようです。
 子どもたちにとって、このような安定した、それなりに平穏な時間がすぎていくことはうれしいことです。

   ワン・ワールド・フェスティバルに参加して      
    大阪会員 たか

 12月21日、22日に大阪で開かれたワン・ワールド・フェスティバルに参加したのは、今回で2回目となります。少しでも北朝鮮難民の現実を、多くの人に知ってもらう為にお手伝いさせて頂きました。
 とは言っても、北朝鮮難民救援基金のブースに来て頂いた皆様の質問に全てお答えできなくて、基金の先輩達に教えてもらうことが多々ありました。私は30代女性でありますが同年代より、20代と思われる方々にたくさん来て頂き、彼らの質問を受け、とても驚き同時に嬉しく思いました。前回と比べたら圧倒的に多くの若者が当基金のブースに訪れて来られました。
 ブースの展示写真は右から、北朝鮮コッチェビ達の写真、中国隠れ家での生活、第三国タイに向かう写真、韓国内療養中の若者等、一連の流れが分かるように並べて壁に貼付しました。これによって、初めて訪れて頂いた方々にはご案内し易く、説明し始めるきっかけを作ることができました。
 “ソウルトレイン”のDVDをパソコン上で流しておりましたが、やはり音も画面も小さいので、スタッフが説明を入れることで皆様理解されたように思われました。例えば、中国政府の脱北者に対する冷酷非道な扱い、UNHCRでさえ北朝鮮難民は経済難民であって、宗教的人権的侵害や戦争難民として認識されていないから助けることができないと壁を作られている現状など色々お話し、たくさんの方々に興味を持って頂けました。在庫を聞かれておりましたので、あれば売れていたかと思います。

なぜ北朝鮮なのですか?
 様々な質問の中で一番多かったのは、“いつ脱北者が増えたのか”でした。1990年代から今までがとても多いとお答えしました。
 第二に多かった質問は、“難民救援の中で、なぜ北朝鮮なのですか?”と、これは私に対して聞きたかったのか戸惑いましたが、思ったことをお話しました。
 最初のきっかけは、カナダで多くの難民達と出会い、皆と同じように人々が飢餓で苦しむ姿を見るのが辛いということが理由で、なぜ北朝鮮かと尋ねられると、一番近くの国で歴史的にも深く関り、そして朝鮮戦争時には日本から多くの軍需物資を輸出したことにより経済復興を迎え、高度成長の過程を越えて今があり、私自身は罪と責任を感じざるを得ないということ、一言では説明できませんが私にできることをこれからもしていきたいです、とお話しました。
 第三に多かった質問は、“脱北した後の人達は人生を生き直していますか”と、これも一言でお答えできかねますが、例えば日本に来られた脱北者の中には、精神的、肉体的にも衰弱しておられる方もおりますし、しっかり仕事し家族を守っていらっしゃる方もおりますとお答えしました。

全てが強く繋がっている
 この質問とフェスティバルの他ブースに関連して思ったことは、弱い種を救おうとする活動(難民支援、環境保護、自然農業、伝統工芸)など全てが強く繋がっており、そういったNGOと連携して、脱北者支援、雇用等広がっていけばと思いました。皆の幸せを思うと、日本を含めた資本主義の生き方を薦めるのは胸が痛くなります。私自身ですら大量生産、安さ、スピード、品質が求められる時代についていくのが必死でありますし、時には環境破壊をして自分は何をしているのだろうと感じたりします。弱者には更に生きづらい世界だと実感します。現実はまだまだ理想と違いますが、地道に活動できればと思います。基金の皆様、今後とも未熟者の私に色々ご享受お願い致します。

   「イーココロ!」サイトをクリック!   
        当基金にポイント寄付できます        
    東京会員 遠山

基金の会員の皆様、こんにちは。私は東京で会員をやっております遠山と申します。

クリックで寄付できる仕組み
 早速ですが、皆様は「イーココロ!」http://www.ekokoro.jp/というサイトをご存知ですか?イーココロ!とはユナイテッドピープル株式会社が運営するサイトで、一言でいうと『利用者には金銭の負担なく希望のNGO/NPOへ寄付が出来る』というサイトです。
 もう少し詳しくお話しますと、利用者が、イーココロ!と提携している企業の広告をクリックすることで、企業から支払われる広告費の一部がNGO/NPOへの寄付となる、という仕組みになっています。(他にも、資料請求したり、メールマガジンを購読するなどの行動で寄付が生まれます。また、イーココロ!のリンクからネット通販のサイトへ行き、そこで買い物をした場合、購入金額の一定割合の額が寄付になる、というサービスもあります。)
 例えていうなら、最近スーパーや薬屋さんなどでよくポイントカードを配っていますね。そういうもので貯まったポイントを換金できて、更に自分の希望するNGOに寄付できます・・・というイメージでしょうか。

「イーココロ!」に会員登録
  昨年秋、北朝鮮難民救援基金はこのサイトへ寄付先団体としての登録を申請し、審査の結果めでたく受理されました。
 そこで、皆様にお願いがあります。会員の皆様の中でインターネットをされる方は、ぜひこちらのサイトにも会員登録していただき、「イーココロ!」でも当基金のサポーターになっていただきたいのです。(会員登録はイーココロ!のホームページからでき、もちろん無料です。)
 このサイトの面白い所は、私たち利用者からではなく、企業からお金が出るようになっている所です。いわば無料で募金が出来てしまうわけですから、すぐにたくさんのポイント(=寄付金)が貯まるわけではありません。でも、せっかくの機会です。出来るだけたくさんの方のご協力をいただけましたら嬉しいです。
 ちなみに、こちらのサイトで生み出された募金の総額は2008年12月末時点で3500万円を超える額だとのことです。(開始されたのは2003年)また、こうしたインターネットを利用した広告市場全体の規模は年々成長を続けており、今後も持続的な成長が見込まれるとのこと。時代の流れを感じますね。
 それから、イーココロ!には、寄付先として124団体のNGOが登録されています(2009年2月時点)。それらの団体の活動が一望できるのも面白い所です。今日本にはこんなにも色々な団体があるんだなと思いますし、それぞれが地道に活動をしているのをみると、感じるものがあります。
 最後に、念のためですが「ポイントを貯めるためにどんどんお買い物しましょう」ということではありませんので、誤解のないようお願いします。通販を利用しなくてもポイントは貯められますし、よしんば利用するとしても、「どうせ何かを買わなければならないのなら、社会に利益を還元する企業を選んでみては?」、こんな考え方を実行しているサイトだと思います。
 会員の皆様、どうぞよろしくお願いします!なお、この件で分からないことがありましたら、どんな些細なことでも結構ですので遠山onborro@hotmail.comまで

   1.12 東京弁護士会人権賞受賞を祝う会
            メールの会員の声をかりて報告します!      

                         
●昨日はとても楽しかったです。お疲れ様でした。(定住した元脱北者・C)

●12日のパーティーはいかがでしたか?写真等がありましたら拝見したいです。
基金Hotmailにも海外広報担当が送られた英語MLに対して、沢山の「おめでとう!」 メールが入ってましたね。
 皆の成果とおっしゃっておられますが、私は創設から今に至る皆さんに「おめでとうございます」と申し上げたいです。亡くなられたHさんも、もうちょっと一緒だったらと、それがとても残念ですが。(N)

●会場では、平和に願いをかけたカザルスの鳥の歌など、象徴的な曲目のチェロ演奏もしていただき、よかったです。またいろんな出会いもあり、相談ごとやら楽しい近況報告もたくさんありました。中に、出席された脱北定住者の情報から、帰国者家族の消息が思わぬ形で判明した方もいらっしゃいました。それがつらい結果だったので、判明したことがよかったのやら悪かったのやら判断できませんが、お気の毒でした。(Y)

●1月14日、ボイス オブ アメリカ(VOA)からもインタビューがありました。北朝鮮難民と人権に関する国際議員連盟のファン・ウヨ共同議長(ハンナラ党)からもFaxでお祝いの言葉をいただきました。
 定住した元脱北者が10名ほど参加しました。元里子のソンヒョク君とガールフレンドも出席者全員の前で紹介しました。あわせて、ソウルに定住した元里子たちのビデオメッセージももらい、映像で紹介しました。
 また、国会議員の中川正春、渡辺周さん、脱北者支援民団センター、家族会、特定失踪者問題調査会、救う会神奈川、広島、秋田の代表、北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会、北朝鮮による拉致・人権問題にとりくむ法律家の会、中国の民主化に取り組む中国民主陣線、ビルマのカチン族のカチン独立機構日本支部の代表、韓国のNGOなどからも参加し、全体では70名を越える人が集まりました。
 「祝う会」は洗練されたいい会だったという評価をいただきました。(K)

●それにしても、今回の基金受賞ニュースに対する海外からの反応の多さには正直いって驚きました。意外とちゃんと読んでいただいているんですね(笑)(M)