

オリンピックを開催するなら、中国はすべての人権を尊重すべきだ!
4月26日、長野の聖火リレーコースにて
C O N T E N T S
| 長野聖火リレー Olympic Yes ! Respect Human Right! | ||
| 長野聖火リレー抗議行動に参加して ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | S・グリーン | |
| 中朝国境報告 トウモロコシの種、こめ、薬キットを支給 ・・ | 南 相南 | |
| 脱北者は、なぜラオスの日本大使館に駆け込んだ? ・・・・ | 加藤 博 | |
| タイの脱北者を毎週75人韓国が受け入れ ・・・・・・・・・・・・・・・ | 会津千里 | |
| 里子たちの学習報告 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ | 渡 高志 | |
| 書評 収容所に生まれた僕は愛を知らない ・・・・・・・・・・・・・・ | 大山高志 | |
| 北朝鮮難民救援基金の活動をご支援ください! |
| 長野聖火リレー | |
| Olympic Yes ! Respect Human Right 中国はオリンピックをするのにふさわしい国ですか |
4月26日は長野市で北京オリンピックの聖火リレーが行なわれた日ですが、くしくもこの日は、北朝鮮から中国に逃れてきた脱北者の人権侵害を啓発するために世界各地で統一行動が行なわれた日です。
<見過せない人権侵害>
北朝鮮難民救援基金は、統一行動を今年は長野で行なうことにし参加を呼びかけました。中国政府に生命と人権を尊重することを訴えるためです。チベットでの容赦のない弾圧、新彊ウイグル自治区での民族浄化政策、内モンゴルでのモンゴル人の自治権の抑圧、中国国内の人権弁護士や民主活動家の逮捕、拘留。また、強制送還によって起きている北朝鮮難民の生命の危機など見過ごしに出来ない人権侵害問題があります。
そこには、中国政府が人権を無視した野蛮で乱暴な蹂躙が共通して存在します。
北朝鮮難民が生きる自由、食糧を得る自由をもとめ中国に逃れても、逮捕、強制送還されれば、強制収容所、教化所、労働鍛錬隊に送られ生命を落とします。中には公開銃殺刑に処せられた人もいます。なんとも痛ましいことです。
北朝鮮女性と中国国籍の男性の間に子どもができても、母親を不法入国者として送り返すために、6−7万人に及ぶ孤児が生み出されていると推定されています。
言うまでもなく、オリンピックは「平和と友好の祭典」です。私たちは、この崇高な精神を持つオリンピックに反対ではありません。しかし、中国政府が、送り返されれば生命の危険や社会的な抑圧、迫害が及ぶのが明らかであるにもかかわらず、強制送還をやめないのは、人道と人権に反するだけでなく国際条約である難民条約の違反です。中国はこの条約の批准国なのです。
<中国政府は行儀よく振舞うべき>
もう一度言います。「平和と友好」の祭典をする同じ土地の続きでチベットの宗教と文化に対する弾圧があり、殺戮があります。新彊ウィグル族の民族浄化、内モンゴルで民族の自治権が踏みにじられています。人権を守る漢族の弁護士が逮捕されています。そして北朝鮮難民の強制送還があり、多くの悲劇が生まれています。
平和と友好の祭典を汚す中国政府の立場を容認することは出来ません。中国政府は、国際社会の中でもう少し行儀よく振舞うべきなのです。
聖火リレーに参加した在日中国人、学生は、真っ赤な国旗で沿道を埋め、愛国主義と国威発揚を見せ付けました。私たちのプラカードを大きな国旗で覆い隠し、沿道の人に見えないように妨害しました。中国の民主化を求める中国人に対しては罵声を浴びせます。中国政府の後ろ盾を得た中国人たちの振る舞いに「阿Q」を見たきがします。
編集部解説:阿Qとは
魯迅の小説『阿Q正伝』の主人公。清朝末期、外の世界を知り封建社会の価値観から解放された魯迅は、近代化を妨げる自国民の如何ともし難い精神的病理を見せつけられる。阿Qは劣等感からくる他者への嫉妬や侮蔑、権力者への隷従のような、社会に受動的な民衆の象徴としてえがかれた。
| 長野聖火リレー抗議行動に参加して | |
| 叫ぶ中国的愛国心、文化大革命の作法 人権は保留する必要がある? S・グリーン |
中国人たちの反応はどうだろうか?このように思った私は、先日の長野での聖火リレーのデモに参加した。中国政府の北朝鮮難民の強制帰還方針に反対することはもちろんだが、中国人の留学生との意見交換も大きな目的だった。
しかし、予想したこととは違った。聖火リレーをめぐって、世界中で巻き起こった反中国デモは、当然のことながら、中国国民のナショナリズムを煽り立てているわけだが、単純な愛国心だけではないようだ。
長野に集まっていた中国人留学生が一致団結して「オリンピックは反対するには適切な場ではない」「欧米メディアが事実を歪曲する」や「中国の人権状況は一晩で変えることができない」などと主張した。
中国人がこのような意見を持つことは当たり前だろうが、これだけ一糸乱れず、全員が声をそろえることに驚いた。現在の中国の若い世代は、政府に教えられることを盲信しているように思われる。どのような教育を受けているのかと疑問を投げ掛けざるを得ないではないか。
さらに驚いたことは、文化大革命を彷彿させるデモの作法だ。集団でスローガンを叫んで人の話をかき消し、反対の意見が書いてあるプラカードを持っている人を、大きな中国国旗で完全に囲んだりすることは世界的なリーダーを自負する国民の行動なのか?
一方、純粋に意見交換をする留学生もいた。根本的に異なる意見がほとんどだったが、有意義な対話の応答ができた。「母国の中国に衣食住や教育を受けたし、感謝の気持ちは当たり前だろう」や「今は国の発展に集中しなくてはならないから、人権を保留する必要がある」などを述べた。
「中国は大きな国で、これから国際社会でリードしなくてはならない立場」と言った私に対して、疑惑の視線を感じた。やはり中国と欧米との認識の差があるのではいないか。
最後に、デモの参加者に関して所見を述べると、右翼と見られる人がかなり多く、欧米メディアでは「長野の聖火リレーでデモに参加したのは日本の極端な国家主義団体だった」と報じている。
日本全国で様々な人権にかかわる団体があるが、それぞれの共通点を利用し、連携、協力することはまだ不十分だと思われる。今回は、チベット民族、ウイグル民族、北朝鮮難民などの支援する団体が参加したのに、右翼人士にかき乱されてしまった。人権にかかわる団体は中国政府を批判するが、「中国に反対」ではないだろう。このような外国排斥右翼団体が話題を支配しないように注意を怠ってはならないだろう。
編集部解説:文化大革命とは
1966年から10年にわたって吹き荒れた中国のプロレタリア社会文化運動のこと。
実体は、「大躍進」政策により2000万以上の餓死者を出した毛沢東が、紅衛兵を利用して権力回復の為に起こした政治闘争といわれている。こうして全土に「造反有理」を叫ぶ紅衛兵による「走資派」「ブルジョワ」「反動派」狩りがおこっていった。この間、中国は混乱と混迷を極め、多くの人間が反動分子として処刑され、その犠牲者は数百万〜2000万以上といわれている。
| 中朝国境報告 国境道路は厳しい検問、脱北者が平地におりられない トウモロコシの種300kg、米1トン、薬80キット支給 |
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| 報告者:南 相南 |
90年代の苦難の行軍当時から、当基金は北朝鮮の深刻な食糧難を考慮し、北朝鮮国内と中国内に潜んで暮らしている脱北者に対して食糧、衣服、医薬品の継続的な支援を続けている。今年は、北朝鮮内部からトウモロコシの種の支援要請が強く、咸鏡南道○○郡と咸鏡北道○○郡の2箇所に300kgのトウモロコシの種を支援した。
支援物資の調達のため、基金のメンバーは4月28日〜5月10日の間、現地で活動を行い、作戦は無事完了した。中朝国境の中国側警備強化
当基金のメンバーは3月にも配給作戦のため現地を訪れたが、今回一番驚いたのは、中朝国境の警備の強化だった。図們市内から中朝国境の豆満江を沿って開山屯鎮に向かう国境道路には、辺防警察隊(国境警備隊)のチェックポイントが2箇所もあった。
身分証のチェックと行き先、目的など厳しく質問され、車の後ろのトランクまで開けられて調べを受けた。
江原道からの脱北者
物資の配給作戦に先立つ4月23日に山中のシェルターJRS-02に保護した江原道○○郡からやってきた50代の男性崔氏と40代の女性金氏、20代の男性全氏の3人から直接北朝鮮内部の情況について話を聞くことが出来た。彼らの話では江原道から歩いて1月間かかった。
金氏は、太い丸太のように腫れ上がった脚を見せながら窮状を訴える。「家にはもう食糧が全く無くなり、このままだと、97年に餓死した夫と同じ運命になります。家には3人の娘もいますが、そのまま家で餓死するよりは一回ぐらいはお米のご飯をいっぱい食べてみようと思った」と脱出の動機を語った。
「食糧は全く無くなり、家の古着などを市場に持って行って、トウモロコシやじゃが芋と交換しています。今は家には交換するものも無く、山に入って山菜を採り飢えをしのいでいます。
今北朝鮮では、92年、93年から始まって、97年には大量の餓死者が出た10数年前とあまりにもそっくりです。住民は苦難の行軍が再び始まったと嘆いています。」
再び大量の餓死者が出る?
「92年、93年当時、配給が急に無くなり、住民たちは何の対策も無く、そのまま大量に死んでしまいました。しかし今は、住民たちは10年以上の飢餓に耐えていく忍耐力と生きていくための能力を身につけています。ほとんどの人たちは自力で商売しながら食糧を確保するのです。
又、今の時期には新しい草が生えてきたので、住民たちは山と野で群がって歩きまわって草を食べています。鍋にトウモロコシの粉を少し入れて、その中に草をいっぱい入れて草粥にして食べるのです。トウモロコシの粉が無いときは草だけになります。今は毎日草だけです。皆はもう骨しか残っていません。家に残してきた3人の娘のことが本当に心配です。」
再び92-93年頃の苦難の行軍か?
「今年の1月から食糧の値段が上がっていましたが、今はお米の場合は3倍の3,100ウォン/kg、トウモロコシは1,800〜2,000ウォンまで上がりました。お米の値段が4,000ウォンになるのも遠くありません。この状況が 2〜3ヶ月も続くと、苦難の行軍の時よりもっと悲惨で、飢え死する人々が多く出るはずです。
周辺の農村では耕作する人力が不足して焦っています。食べ物がなくて仕事に出られない農場員が多いのです。このごろには一日一食しか食べられない家が急に増えています。一日一食、または2度の食事する家が大部分です。此処中国で物をたくさんもらって家に戻ろうと考えていますが、今は警備が非常に厳しいので此処の山から下りることが出来ません。私も今後どうすればいいのか全く分かりません。」
脱北の賄賂は3倍に値上がり
豆満江を渡るとき北朝鮮の国境警備兵に支払う金は、これまで500人民元とされていたが、今では3倍にまで跳ね上がったようだ。
「北朝鮮の軍隊に中国の金で一人1500元払うことを約束して渡ってきました」
1,500元は中国でも大金だが、どうやって稼ぐのか。金氏は叔母にこの金額を援助してもらうことを考えているが、簡単ではない。叔母は国境から遠い黒龍江省に住んでおり、そこに到達するのは容易でない。うまく連絡がつけばよいが、不調であれば、彼女は北朝鮮に戻ることはできなくなる。 このようなケースは決して珍しいことではない。
「豆満江を渡って、此処で一週間留まっていますが、毎日恐怖の中で暮らしています。皆さんがこんなにいっぱい食糧と野菜、肉など持ってきてくれて、おいしいご飯は毎日食べていますが、毎日毎日怖いです。」
強制送還されれば生きて監獄を出られない
「私の暮らしている村では脱北する人は少ない。中国に行けば、おいしいご飯をお腹いっぱい食べられると知れば、皆中国に逃げます。私の村は内部地域なので外部の情報は全く知りません。世界中の国が皆北朝鮮と同じ暮らしをしていると思っています。
中国に逃げて捕まった人は、村には何人かいますが、監獄に入って生きて出てくる人はほとんどいません。特に私の住んでいるところは国境付近の村と違って内陸なので、もっと厳しい処罰を受けます」
密告奨励金は16倍に
村の責任者は厳しい処罰を恐れている。「われわれはただ彼らに食糧と薬衣類などを提供することしか出来ません。家で保護したり、彼らを案内して何処かに移動させたりすることも出来ません。
特に4月からは毎日中国公安が取締りのため、家に入ってきます。一旦脱北者を保護したり、移動を助けたりすれば厳しい処罰を受けます。少なくとも8,000元〜10,000元の罰金と拘留処罰も受けます。
最近は脱北者が住んでいる場所を公安に密告すると、高額の奨励金がもらえると聞いています。私の住んでいる村の5人の脱北女性が最近捕まっています。村の良心の無い奴が公安に密告したようです。奨励金をいくらもらっているのか、本人は絶対に喋らないので誰も知りません。しかし、あるきっかけでこの密告者が誰だか分かり、村人全員で袋叩きにし、村から追い出した事件がありました。ようやっと北朝鮮の女性を妻にできた村人の希望を奪った者に、村人の総意で懲罰を与えたのです」
中国の食糧持ち出し制限、北の出国制限
「韓国も中国も、昔みたいな食糧の支援はしません。去年まで食糧を積んだ10トントラックが南坪通商口に列を作って並んでいましたが、今年になってからはその風景は見られなくなりました。中国人の北朝鮮の親族訪問では、食糧の持ち出し量は厳しく制限されています。聞いた話しでは200kg以上は持って行けないです。
さらに今年の3月に入ってからは、北朝鮮人の中国への出国を厳しく制限しています。通行証では来られなくなりました。理由は8月の北京オリンピックの警備強化のためと聞いています。通行証で来ている人は、再び北朝鮮へ帰るのではなく、中国以外の外国へ逃げるからです。オリンピック期間中には外国人観光客も多く、北朝鮮人も外国人と接触する機会が増えるからです。
北朝鮮当局は、北京オリンピック期間中に韓国へ逃げる人が大量に出てくることを一番心配しているのです。」
| 脱北者は、なぜラオスの日本大使館に駆け込んだ? 元在日朝鮮人「帰国者」の息子・金哲雄はどこにたどり着くのか |
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| 加藤 博 |
3月28日、ラオスの日本大使館に、元在日朝鮮人の「帰国者」の息子・金哲雄(仮名・27歳男性)が、駆け込んでから、早くも1ヵ月が過ぎた。現在でも、金青年の身柄が日本以外の外国に移ったとの話は聞かないから、まだ大使館内に身柄があるのだろう。
聖火リレー前の予備拘束を恐れる
金青年の足取りをたどってみると、次のようになる。延辺朝鮮族自治州の州都延吉で行なわれるオリンピック聖火リレーの妨害を警戒する延辺州公安当局のたびたびの予備拘束に、恐怖を感じていた。そのプレッシャーは相当なもので、心理的に追い詰められていた。
そこで、しばらく当基金の新しいシェルター・JRYの保護、支援を受けていた。
しかし厳しくなる一方の取り締まりに耐え切れず、とうとう3月の半ば、吉林省の延辺朝鮮族自治州の州都・延吉を離れる決断をした。
紆余曲折を経て青島、天津、北京を経由して中国の雲南省の昆明までたどり着いた。
キリスト教関係者の助けで中国を脱出
そこで、中国のキリスト教会関係者の援助を得て3月24日に中国・ラオス国境までたどり着いたのであった。
ラオスでは韓国のキリスト教会関係のNGOであるJustice for North Korea(韓国名で北韓正義連帯)が彼を受け入れた。彼が韓国行きを希望しないと分かってこのNGOとの間で激しい論争があったという。一度は見捨てられたかのように思われたが、それでも金青年を見捨てず、かれの意思にしたがって日本大使館に駆け込む最後の瞬間まで面倒を見た。
生きる希望を探して脱北
金青年は北朝鮮の咸鏡北道で、病気がちの母親を抱えて何とか生きようと苦闘していたが、生きる希望を探して中国に脱出してきた。
母親は、1960年の第○○次帰還船で姉や叔父たちと北朝鮮に渡った。青年の父親は、大阪出身の在日の帰国者であった。父親は肝臓癌ですでに鬼籍に入っており、一家の働き手を失った家庭で、日本の親族の仕送りや、細々とした母親の働きで生きてきた。
それでも、日本から来た「在日僑胞」であるために、「成分」が悪いとされ、兄の結婚話でも差別を受け、強制的に破談にされてしまった怨念も語っていた。
「もし、お前に運があるなら、私の生れ故郷の日本の○○町に行きなさい。神戸には叔父さんも叔母さんもいるから、何とか力になってもらいなさい」との言葉を唯一つの頼りとして脱北した。
日本外務省に必死の嘆願書を送る
金青年は、中国延辺にいる時に、日本外務省宛に、日本政府が定住を受け入れてくれるように必死の嘆願書を出している。そしてラオスに到着してからも日本外務省宛に最後の嘆願書を出し、受け入れを強く嘆願している。
政府関係者の説明によれば、「本人の申告にもとづいた人定事項を含む事実を客観的に証明するものがない、また証言する人がいないのがネック」になっているという。
金青年の母親が言っていた神戸の親族は自分の甥だとなぜ証言してくれないのだろうか。神戸の親族が一言「確かに自分の甥だ」と証言してくれれば、問題は解決に向かう。
しかし、現実は残酷で、「一切関係を持ちたくない」と言うのが、第三者を介して聞けた返事だった。
そうなると、北朝鮮にいる母親から何らかの証明となるもの、手紙、写真などの類が送られてこないかぎり、その証明はできない。本人が日本大使館の中に身柄がある以上、それらを入手するのは本人以外に術を持つ者はいないのであるから、不可能に近い。
必ず日本に行くという強固な意志
金青年の言によれば、「韓国には絶対に行かない。必ず日本に行く」との強固な意志を表明していた。
彼を援助した韓国のNGO・北韓正義連帯の責任者によれば、彼の日本行きの意思は相当に固く、2日間にわたった説得でも首をたてには振らなかった、頑迷そのものとお手上げだった。
これまで、金青年とのやり取りで明らかになったのは、母親の故郷が日本であるという理由以外に、韓国では北朝鮮から来た人間は、中国朝鮮族より下に扱い、三級市民として差別する。同じ民族でありながら受けなければならない差別は耐え難い。そのような差別を受けるために脱北者になったのではないとの強い信念がある。
それでも日本を、自分の「還る」べき土地として選択したのは、過去の日本の厳しい差別の時代と比べれば、よりましな社会に変化したと理解しているからのようだが、どうしてなのか、一度聞いてみたいものだ。
帰還者の息子を詐称している恐れはあるか?
当基金は、彼が中国に滞在中に、「あなたが日本からの帰還者の息子であることを、客観的に、第三者でも理解できる証拠が必要」を理解させようとしたが、「母親が第○○次船で北朝鮮に渡ったか調べれば分かるはず」と言って譲らない。第三者から言わせれば、極端な話、聞きかじった情報で、帰還した人の息子を詐称することも出来るのだが、その恐れはないのかと考えるのは当然のことだろう。しかし彼の置かれた状況からこれを理解したくなかったのだろう。
外務省が要求するまでもなく、客観的に人定が確認できる必要があるのは自明の理であるが、この見解に彼は最後まで同意しなかった。
金哲雄青年は救済される道はないのか
金青年は、外務省の救済・受け入れ基準から言えば不十分な条件であることは明らかだが、考慮すべき条件もある。
彼が外務省に出す嘆願書以前に、当基金に助けを求めてきたときの調書によれば、彼の母方の親族の情報、どこに母親や叔母が住んでいたか、帰還前の日本の居住地も知っている。北朝鮮に帰還するに至った経過、父方の親族情報、2000年の初めまでは連絡があった電話番号、住所なども知っている。
これは、限りなく当事者しか知らない情報に属するものと思われる。
これでも情状酌量の余地がなければ、金哲雄青年は一切救済される道はないのか。
まさか、彼を中国や北朝鮮に送還するという選択肢を外務省がとるとは思われない。そんな事をすれば、それこそ世界中の物笑いになる。それならば、外務省が今定めているハードルを下げるべきなのか。これも難しい。
今後この様な案件が増えれば、歯止めがかからなくなる恐れがあるからだ。
外務省が積極的にこの案件を取り扱うのに躊躇があるならば、金哲雄の身柄をUNHCRに預け、難民としての地位の審査にゆだねることも考慮すべき選択肢である。
金哲雄が、「送り返されれば迫害の恐れがある」立場であることから、人道、人権尊重の立場から国連機関に解決を委ねて欲しいとの思いが強いのである。
編集部注:帰還船の○○の部分は金青年の特定につながり、他に被害が及ぶ可能性があるための措置です。仮名も同様の理由によるものです。
| 脱北者毎週75人韓国受け入れ 米国わずか37人、英独が95人 それでも止まらないタイへの流入 |
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| 会津 千里 |
超過密が解消
3月初めから一週間に75人ずつタイから韓国に出国していくので、脱北者を収容所していたバンコクの不法移民収容所(IDC)の大部屋は閑散としている。一時期の超過密、喧騒、喧嘩、不衛生な状況は、完全に過去のものとなっている。
今は男が約10名、女が約40人、全体合わせて平均50人未満が収容されている。毎週バンコク不法移民収容所に収監されてくる人々がいる一方、タイ政府は、毎週韓国に向けて順調に「国外追放処分」をしている。その結果、収容所の管理状況の危機は大幅に改善されたと言っていい。
現在、カンチャナブリの不法移民収容所で米国への出国を待つのは男8人、女7人の計15人。NGOが収容施設以外でバンコク市内に保護しているのは、男8人、女8人の16人。NGOが集計できる数字として、総計で約80人の収容者数は過去3年で最小人員数になる。
他の地方収容所や監獄にどの程度の人々がいるかは正確に分からないが、毎週入ってくる人々がいることから、中国からの脱出は持続していると見ることができる。相変わらずタイ国へ流入する行列が続いている。
「朝鮮日報」が脱出ルートを公開
とは言っても、’06、’07年のような大量流入はない。その主な理由は、中国とラオスの国境警備が強化されたためである。
この様な事態を誘引したのは、韓国の日刊紙「朝鮮日報」が3月に、映像と記事の両方で脱北者問題を取り上げ、脱出ルートを具体的な地名を挙げて公開したことにある。これで、中国の公安当局や辺防隊(国境警備隊)を激しく刺激したことは想像に難くない。
この映像は、日本のテレビの報道番組でもとりあげられた。中国政府がこれを黙って見過ごすことはない。
中国ラオス国境での携帯電話は全て辺防隊によって傍受され、携帯電話のGPS機能を使って脱出者は容易に捕捉されているのである。これが、北朝鮮難民のタイへの流入が極端に減っている主要な原因である。
ラオスから、直接韓国に行けないのか
去る3月27日、ラオス駐在韓国大使館に進入した12人の脱北者たちは、韓国政府の費用負担でラオスからバンコク経由で直接韓国に行ったが、その後中国を脱出し、ラオスを通じて韓国大使館に保護を求める人々は相変らず後を絶たない。しかし韓国大使館は、密かに大使館の意を受けて働く在ラオス韓国人を介して、脱北者をタイに密入国させている。 その理由が理解しがたい。メディアにさらされれば、ラオスから出国させ、そうでなければ密かにタイに送り出している。
しかし例年に比べて、タイ移民局収容所に収容される期間も短くなって、人数も顕著に減って、大きな問題になっていない。
収容センターの席料徴収は消滅
バンコクの不法移民収容所は、定員が30-40人だが、その3-4倍の超過密な収容状態が、今年2月まで続いていた。このような状況は、非人道的だとしてNGOが厳しく非難していたが、収監者の間では座る場所を確保するために金を支払って、より快適なスペースを確保する仕組みが出来上がっていた。
これまで席料の支払いで味わった苦痛に加えて、それ以外の別の苦痛も味わわなければならなかった問題は解決された。
過密状態の収容状況は改善され、部屋は収容者数が定員に満たないか、あるいは定員内となり閑散としているために、席料を徴収する仕組みが機能しなくなった。
カンチャナブリの米国行き待機者
昨年4月の断食座り込み以後、カンチャナブリ不法移民収容所で待機していた米国行を希望する脱北者らが、再びバンコクの収容所に移送され、まばらな状態で待機することになった。そのうちの何人かは、カンチャナブリの収容所に行く前、バンコク収容所にいて、席料を徴収する仕組みを初めて作った人々が含まれていた。
ところが、これらの人たちがまたバンコクに戻った時…本人らがその席料を払わなければ、そこでは生きられない仕組みにありながら…米国行脱北同胞らが談合して、席料を5千バーツ(150$)に下げたという。しかし人数が30人も満たなくなって、結局4月中旬頃に席料を徴収する仕組みは完全に消滅した。
カンチャナブリ収容所はバンコク西方に約200km離れた田舎の都市にある。ここの施設はバンコクより劣悪な環境にある。 主にカンボジア、ミャンマーの人々が収監され、1〜2週間ほど収容された後、送還されるのを待つための小規模な移民局収容所だ。
脱北者がここに収容されることは、まもなくタイを離れ韓国、アメリカなどの定住地に行ける希望を意味する。
米国行脱北者らの断食座り込み
バンコクの不法移民収容所の劣悪な環境が、よりよい安定した状態に確保されていくにしたがって、相対的に韓国行の脱北者に対する関心が薄れた。そして誰の注目も引かなくなって来ている。そこに危機感を覚えた米国行脱北者らは、外部機関に関心を訴えようと4月10日から17日までの8日間の断食座り込みを決行した。
断食座り込みに入ったこれら脱北者らの要求は、今年初め、米国に入国できると発表された23人に対して4ヶ月が過ぎようとしているのに、何の反応もなくて…またタイ移民局に入ってきて8ヶ月がすぎているのに、まともに米国大使館と一度の面談もなかったということが理由だった。
断食8日目、米国大使館から断食を中断すれば、23日水曜日に面談をするとの約束でこれらの断食は幕を下ろすことになった。
懲罰措置でカンチャナブリに再収監
ところが断食が終わった18日、タイ移民局は、断食座り込みをしたという理由で懲罰措置を講じた。彼らをまたカンチャナブリ収容所に移送、分離再収監してしまった。現在これら米国行脱北者らは、カンチャナブリ収容所で過ごしている。
これら米国行を希望する人々は、最長2年半以上、最短9ヶ月で、長期間米国入国の日を待っている。 そしてバンコク周辺で民間団体の助けを受けて、待機している人々の数は男3人、女8人の合わせて11人。
北朝鮮人権法を12年まで延長
去る4月30日、米国で北朝鮮人権法を2012年まで延長する法案が通過した。その重要懸案は、現在米国に定着した脱北者数が2004年から2007年まで37人にしかならないことだ。第3国での脱北者流入過程、受け入れ認定に長期間を要し、遅れの要因としている。これらが影響し、脱北者らが米国行をあきらめる原因になっていると指摘している。
そして去る2000年から2006年まで英国とドイツが各々60人と135人の脱北者らを受け入れた反面、米国の場合は15人に終わったとし、第3国の地域駐在国大使館職員たちを通した持続的な外交的関心で早く米国に受け入れるのを主要な目標点としている。
北朝鮮人権法の12年間の延長によって問題点が改善され、第3国での長い苦痛の時間が減り、円滑に米国入りが果たせるようになって行くと期待したい。
| 里子たちの学習報告が届きました 2007年度後期の奨学支援は無事終了 |
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| 教育里親制度担当 渡 高志 |
2月、教育里親制度の下で庇護されている里子たちに2007年度後半期分の奨学養育支援が行われました。(中国の教育制度では9月から新年度になります。)
教育里親の皆さんのご支援で、里子たちは元気に勉強し、子供らしく屈託なく遊び、生活できています。短い期間であれ、里子たちにはこの平穏な生活を続けてもらいたい。
早速届いた1−3年生のかわいい学習報告をお知らせします。
試験の成績はどうだった?
リ・ギョンソン
ぼくはS小学校に通っているキョンソンです。3年生です。ぼくが学校へ行けるように学費を援助してくださってありがとうございます。
キム・ガンチョル
ぼくは2年1班に通っているカンチョルです。
ぼくは試験で漢語100点、数学75点、語文70点5とりました。ぼくは大きくなったら警察になりたいです。
パク・ウンヘ
わたしはQ小学校に通っているウンヘです。わたしは試験で漢語は78点取りました。語文を92点取りました。わたしは数学を75点とりました。
大きくなったら医者になりたいです。
ペ・ヒョンヒ
わたしはS小学校に通っているヒョンヒです。お金をくださってありがとうございます。勉強をよくします。
カン・ヨンファ
わたしはQ小学校に通い、2年1班にいるヨンファです。
試験で漢語は96点取りました。わたしは試験で語文は95点取りました。わたしは試験で数学は78.5点取りました。
わたしは大きくなったら医者になって、おばあさんの病気を治療してあげます。
カン・ヨンファらのハングル文字の手紙
編集部注:中国当局の摘発を防ぐために、里子の名前は仮名、また手紙の固有名詞の部分は付箋で覆っています。
| 書 評 『収容所に生まれた僕は愛を知らない』 申東赫(シン・ドンヒョク)著 |
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| 大山 高志 |

北朝鮮の政治犯強制収容所(管理所)「完全統制区域」の実態を明らかにした手記『収容所に生まれた僕は愛を知らない』(申(シン)東(ドン)赫(ヒョク)著、李(イ)洋(ヤン)秀(ス)訳、KKベストセラーズ)が今年3月29日に出版されました。原作は韓国語で北朝鮮人権データベースセンター刊。
北朝鮮に政治犯強制収容所が存在していることは、『北朝鮮脱出』(姜(カン)哲煥(チョラン)・安(アン)赫(ヒョク)著、文藝春秋刊)や『北朝鮮 絶望収容所』(安(アン)明(ミョン)哲(チョル)著、双葉社刊)で既に知られている。政治犯収容所には、出所可能性のある「革命化区域」と出所可能性が全く無い「完全統制区域」の二種類があることも、既に知られている。「革命化区域」の実態については、そこに収容されていた姜哲煥・安赫両氏の手記『北朝鮮脱出』に詳しい。また、「完全統制区域」の実態は、警備兵をしていた安明哲氏の手記『北朝鮮 絶望収容所』に詳しい。
申東赫氏は、价川(ケチョン)14号管理所で生まれ育ち、23歳で脱出に成功し韓国亡命できた唯一の「完全統制区域」経験者であり、その手記に暴かれた実態には驚きと怒りを禁じえない。
人間を獣以下に扱い、労働力を徹底的に搾取し、食糧(飼料)と本能で統制する区域。北朝鮮の“神”金日成・金正日の存在さえ教える必要の無い、“先天的罪人”として奴隷の再生産をしている区域。愛や信頼、信義、友情、助け合いが存在しない区域。不正義と暴力が支配し、希望の全く無い区域。虫けらの命よりも軽く扱われ、恣意的に命を奪われる区域。人間の尊厳や人権が全く無視され、北朝鮮で一番生産性の高い(?)政治犯収容所「完全統制区域」の実態が明らかにされている。北朝鮮当局の人権感覚と実態を世界に告発する手記である。北朝鮮に関連した人権問題の全ては、この「収容所体制」に原因があります。詳しくは一読をお勧めします。
著者、申東赫氏はそのような区域で生まれ育ったが、現在、韓国の「北韓政治犯収容所解体運動本部」のスタッフとして活躍している。
これと関連して4月13日、北朝鮮強制収容所廃絶運動を推進する、「NO FENCE IN NORTH KOREA」(略称NOFENCE)というNGO(共同代表:砂川昌順、小沢木理)が発足した。
連絡先はTEL/FAX:03-3262-7473 詳しくはhttp://nofence.netlive.ne.jp
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