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イギリスのリスはロンドンの公園にはいない!?森の妖精を探しに...


左:妖精はこの松林のどこかに.../右:妖精の食事のあと

今ではほとんど忘れ去られてしまった妖精の記憶のように、イングランドの人々の間でも「なんとなく、どこか遠くの森の中に住んでいる」というイメージのあるキタリス(Red Squirrel)を探しに行きました。


ロンドンの公園で人間に餌をねだりにやってくる可愛いハイイロリス(Gray/Grey Squirrel)。ベンチに座っていると、ときには膝の上まで這い上がってきて、可愛い目をクルクルさせて、餌をおねだり。その愛くるしい仕種で、ロンドンの公園では観光客の人気者です。

でもエコロジーの授業で、そのハイイロリスのおかげで今やイングランドを追われてしまい、スコットランドなどの針葉樹林帯にひっそりと生きている先住リスがいることを知りました。その名は「キタリス(Red Squirrel(Sciurus vulgaris))」。東は朝鮮半島から西はイギリスまで、ユーラシア大陸の北部に広く分布する樹上性のリスで、その赤茶けた毛の色からイギリスではRed Squirrelと呼ばれています。

さてこのキタリス。実は私たちにも馴染みの薄いものではないんです。北海道だけに生息するエゾリス、そして本州以南に生息するニホンリスは、氷河期に日本列島が大陸につながっていたころに渡ってきたキタリスがその後独自の進化をへて、エゾリスやニホンリスになったといわれています。言ってみれば、キタリスはエゾリスやニホンリスのお父さんお母さん、おじいちゃんおばあちゃんになります。(エゾリスはキタリスの亜種で学名Sciurus vulgaris orientis、ニホンリスはエゾリスからまた分化したと考えられていて、学名はSciurus lisです。出典:押田龍夫「日本産リスの起源」リス・ムササビネットワークリスとムササビ No.3 1998 p1-3)

ところが、イギリスが最も栄えた超バブリーなヴィクトリア時代の終わりごろ(19世紀末。いろいろな本を読むとすごくバブリーだったみたい)、「公園や大領主の庭園などでエキゾチックな外来種を見たいと思った当時のナチュラリストたちによって」、北米産のハイイロリス(Gray/Grey Squirrel(Sciurus calorinensis)学名から「カロライナ」ってところから連れてこられたのかな?)が放獣されたのでした。(出典:The Wildlife Trusts Red Squirrel Report Red or Dead? 1998 p2)

左の図は、イギリス有数の環境保護団体The Wildlife Trustsによる1998年現在のハイイロリスとキタリスの分布図です。グレーの部分がハイイロリスのみの分布、オレンジ色の部分がキタリスのみの分布。グレーとオレンジのまだらの部分が両方が混在して分布している地域を示しています。これを見ると、イングランドとウェールズ両国からはキタリスはほとんど姿を消してしまっていることがわかります。(北部スコットランドなどの真っ白の部分は森林がないため、リスが生息していない地域。もともと緯度的に森林限界を越えてしまっている地域に加えて、牧畜などにより森林を開墾したため木が生えなくなってしまった地域が含まれていると思われます。後者についてはイギリスの学者の間にも諸説あるようです。)

1940年の分布では、ロンドン周辺を除いてブリテン島の大半がオレンジ色だったことを考えると、わずか100年の間に、ハイイロリスがかなりのスピードでキタリスを凌駕していったことがわかります。また、「ハイイロリスが現れた森林では、数年後にキタリスが姿を消す」といわれており、イングランドとウェールズにわずかに残ったまだらの地域も、保護活動をしなければ2010年にはグレー一色になってしまうと予想されています。(出典:The Wildlife Trusts Red Squirrel Report Red or Dead? 1998 p3)

でも、ちょっとぼやけていてわかりにくいかもしれませんが、ブリテン島の南岸の真ん中に、オレンジ色のひし形の島があります。ワイト島(Isle of Wight)といって、海という自然のバリアーのおかげで今でもキタリスだけが生息している島です。「キタリスはなんといっても、日本のエゾリスやニホンリスのルーツの種。キタリスを見ることができるロンドンからいちばん近い場所 − ワイト島に行って、ぜひイギリス生っ粋の森の可愛い妖精に一目遭いたい!」との思いを胸に、ポーツマスからフェリーで島に渡ったのでした。

「キタリスを見に来たって?ついほんの2週間前に、この島のなかにあるリスの橋についての番組がテレビでやってたよ」というB&Bのおじさんの言葉に、「じゃぁ、そのリスの橋を見てみよう!」とツーリスト・インフォメーションで場所を教えてもらいました。リスの橋は、道路で分断されてしまった生息地を移動するために道路を横切るキタリスがクルマに曳かれるのを防ぐために作った橋のことで、日本でも北海道帯広市や山梨県大月市などに作られています。(出典:柳川久「エゾリスのエコブリッジ利用」、小松裕幸・小田信治「ニホンリスの回廊の創出を目指して」 リス・ムササビネットワークリスとムササビ No.4 1998 p7,5-6)

地図と頭上を交互にみながらようやく探し当てたのが、写真のロープ橋です。下から見たので正確にはわかりませんでしたが、道の両脇のイタリアポプラに直径10cmぐらいのロープを地上8mほどの高さに渡しただけの、簡素な橋でした。インフォメーションの人の話しだと、他にも1〜2箇所島内にリスの橋があるそうです。

「キタリスは通常、広いテリトリーを単独で行動するから、お目にかかれる確率はけっこう低いかもしれない」と思っていたので、リスの橋を見れただけでその日は満足したのでした。

さて翌日早朝、インフォメーションで聞いたキタリスと遭える(かもしれない)場所のひとつ、パークハースト・フォレスト(Parkhurst Forest)へ行きました。イギリス林野庁(Forestry Commission)が所有・管理している森で、ヨーロッパアカマツ(Scots Pine(Pinus sylvestris))などの植林がされています。一般の人たちが散歩やハイキングなどができる遊歩道や木製のベンチなども配置されています。写真:森の中のオープンスペースから植林部分を臨む

朝早いヨーロッパアカマツの林の中は文字どおり森閑としていましたが、野鳥たちは既に元気に毎朝の情報交換を始めています。しばらく立ち止まって松林の林冠(林のてっぺんの木の枝葉が張り巡らされている部分)に双眼鏡を走らせていたのですが、なにしろ林業用の松林。きちんと枝打ちされかなりの密度で植わっている松たちは、日光を求めて我も我もと空をめざして真っすぐに伸びています。林冠が高すぎて最後には首が痛くなってしまいました。(右写真:ヨーロッパアカマツの植林。ちなみにヨーロッパアカマツ(Scots Pine(Pinus sylvestris))は、イギリス唯一のマツの在来種です。)

時計を見ると、まだ肌寒い午前8時前。「ちょっと朝早すぎたかな〜」と思いながら、地面に注意して歩いてゆくと、ありました!キタリスが食べた松ボックリの芯が。よくよく見ると、ここにも、あそこにも、古くて腐りかけているものから、昨日食べたばかりのような真新しいものまで。「やっぱりここにはキタリスが住んでいるんだなぁ」と、キタリスとの間接的な出会いに嬉しくなりました。(写真はその食痕。その形状から、日本のリス通の人たちの間では「エビフライ」と呼ばれているそうです。う〜ん、納得。)

宿をチェックアウト後、インフォメーションで聞いたもうひとつの場所、オズボーン・ハウス(Osborne House)へ行くことにしました。あのヴィクトリア女王が最期の日々を過ごした屋敷で、広大な庭にキタリスが住んでいるとのことなのです。園内をねり歩く観光客のせい(というか、おかげ)で人に慣れているに違いありません。その姿を見られる可能性も高そうです。

本邸から1マイル(約1.7km)ほど離れた場所にあるスイス・コテージ(Swiss Cottage)の二階部分のバルコニーに出た時、頭上から「ガリガリ、ガリガリ、ジジジジジ...」という音が聞こえてきました。「も、もしやこの音は!!」と、近くにいた係員のおじさんに聞いたところ、「あ〜、キタリスだね」との返事が!コテージのすぐ横に生えている枝振りの立派なマツの中から聞こえてきます。一生懸命に松葉の奥に目を凝らすと、時たま、ふさふさの尻尾のシルエットが見え隠れしています。(右写真:スイス・コテージと、キタリスが食事をしていた松。松ボックリの大きさから、園芸用として海外からもたらされた松でした。)

「う〜ん、もうちょっとよく見たい〜!」とやきもきしていると、いつのまにかさっきの係員が地上に降りていて、下から、「降りてこい」と手招きしています。急いで降りて行って、おじさんが指差す方向をみると、ピンと立った耳が松葉の影から見えます。松の根元には、大きな松ボックリがゴロゴロころがっています。松ボックリが大きすぎるのか、それとも食べ物に事欠かないのか、地面に落ちている松ボックリの殆どが半分以上食べ残されています。(左の松ボックリは全長10cmあった!)

場所を少し変えて見上げると、松葉の隙間から午後の陽射しに照らされて赤茶の耳と、可愛らしい顔と、真ん丸い目が見えました。と、ここまで来て写真を掲載したいのは山々なのですが、なにせ当方が持っているカメラは旅行用のコンパクトなもので、ズームをめいっぱい聞かせても、キタリスの姿はちいさい点にしかなりません。後日写真を現像して見てみたら、松しか写っていませんでした(トホホ...)。

そこで、かわりに このページで参考にしたThe Wildlife Trusts発行のRed Squirrel Report Red or Dead?の表紙と、同団体発行の季刊誌Natural World No.54 1998年冬に掲載された記事を掲載させていただきます(現在掲載許可申請中。でも営利目的の掲載でないから大丈夫だとおもいます)。


source:The Wildlife Trusts発行のRed Squirrel Report Red or Dead?の表紙

イギリスで念願のキタリスに遭えた喜び。でもちょっぴり気になるのが、環境保全分野ですっかり悪者になっている北米産のハイイロリスのこと。もともと当時のナチュラリストによってはるばる北米から連れてこられたハイイロリス − でも、帰化したハイイロリスが悪いのではなくて、本当に責任があるのは気まぐれな人間たちなのだなぁ。(写真:The Wildlife Trusts発行のNatural World No.54 Winter 1998掲載の記事。photo by Niall Benvie)

そして、日本でもイギリスとおなじことが起きています。99年4月18日付の日本経済新聞でも、「外来種生物 我が物顔」という記事で、日本に帰化したタイワンリス等による被害をレポートしています。最近になって帰化生物による日本本来の生態系へ影響が、私たち一般の人々の間にも知られるようになってきました。

北米産ハイイロリスのほか、トルコ産のシャクナゲ(Rhododendron)、そして日本からシーボルトが密輸したイタドリ(Japanese Knotweed)と、日本とおなじ島国イギリスが経験した帰化動植物による生態系への被害はたくさんあります。でも、BTCVロンドン地区で夏期に行われるイタドリだけを引っこ抜くボランティアに参加した時に味わった、なんともいえない悲しい気持ちを思い出すと、まず第一に外国産の動植物をなるべく入れないこと、そして、もしそれらが帰化して日本の生態系を脅かすようになったときは、帰化生物を敵対視するのではなく、帰化に至った人的要因や(ほとんどがペット産業、釣り産業、園芸産業等の人間の都合によるもの)、駆除の必要性などの正しい理解が不可欠だと思いました。

神奈川県鎌倉市などでは、帰化したタイワンリスと市民の人々との間に交流が生れ、人の手から餌をもらうほど慣れているそうです(出典:日高敏隆・監修日本動物大百科 第2巻 哺乳類II 1996年 東京:平凡社 p132-133)。このような動物とのふれあいは、人々が野生動物に親しむとてもいい機会でもあります。

とはいえ、海に囲まれた島国ゆえに固有種が多い日本では、帰化動植物によって貴重な在来種が深刻な被害を受ける可能性が高いのも事実です。人間の都合によって見知らぬ土地に連れてこられ、サバイバルという本能のままに新しい環境に適応せざるを得なかった帰化生物そのものに対する理解、そして言うまでもなく世界的にも非常に貴重な日本の在来種の生物のための、帰化生物の駆除を含めた生態系の保全 − これら両極のバランスの難しさを、イギリスの深刻な経験は物語っています。

参考文献:
押田龍夫「日本産リスの起源」リス・ムササビネットワーク「リスとムササビ No.3」 1998 p1-3
柳川久「エゾリスのエコブリッジ利用」 リス・ムササビネットワーク「リスとムササビ No.4」 1998 p7
小松裕幸・小田信治「ニホンリスの回廊の創出を目指して」 リス・ムササビネットワーク「リスとムササビ No.4」 1998 p5-6
The Wildlife Trusts Red Squirrel Report Red or Dead? 1998 cover, p2,3
The Wildlife Trusts Natural World No.54 Winter 1998 p6
日本経済新聞 1999年4月18日「外来種生物 我が物顔」
日高敏隆・監修「日本動物大百科 第2巻 哺乳類II」 1996年 東京:平凡社 p132-133



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