BTCV, 環境保全

GREEN TEA TIME

原点に戻った! ”正真正銘”砂混みれのマグカップ


BTCVトレーニングコース参加報告(2) 1999年1月〜5月

前回は、元ゴミの不法投棄場所で黄色い大特車両の隣りで働いている様子を報告させていただいた。それを読んで「ゲゲッ!イギリスの環境保全活動っちゅうのはネイチャーのかけらもないんだなぁ!」と幻滅をおぼえた方々もいらっしゃるかもしれない。

当方が所属するチームが活動するサイトは、圧倒的に「元(もと)」がつく場所が多い。たとえば、元材木貯蔵用のドック(材木をぷかぷか浮ばせて貯蔵しておく人工池)、鉄道などが走っていた元工業地域、そして元共同墓地などだ。

ここで気にとめなければならないのは、当方が活動しているのはロンドンであるという点だ。世界有数の大都市ロンドン。建物はちょっと古っぽいけど、大都会であることは間違いない。昨今はモダンなビルも増え、地下鉄では無機質な女性の声で次の駅名を知らせたりと、だんだん東京っぽくなってきた。市街地にグリーンベルトを設ける政策をとっているとはいえ、クルマの排気ガスや林立するビル群が「ロンドン砂漠」を思わせ、悪名高きダウンタウンの高層マンション(貧困と犯罪の温床)などの都市の暗部もかかえている。

しかしながら、そんな都会に住んでいるのは人間ばかりではない。大都市の公園群をはじめ、街路樹や住宅地の庭、そして地下鉄の構内にも、したたかな「都会もん」の動植物たちが元気にしぶとく生きている。

そして、何かの跡地にちょっとした自然公園をつくるだけで、そんな生物たちがこぞって集まってくるのだ。(右写真:ロンドン東地区の元産業エリアにつくられた自然公園。高圧線の鉄塔の林の下には、在来種のシラレカンバやヨーロッパシラカンバが育っている。鉄塔にはチョウゲンボウが巣をつくる。)

1月から8月まで続くBTCVのトレーニングコースは、体を使うのがメインだが、ときには頭も使う。たとえば数種類の木の苗を混ぜて植えるのに、木の芽などのかすかな特徴から木の名前を判断できなければ仕事にならない。それに外来種で繁殖力の旺盛な「セイヨウカジカエデ」を間伐するはずが、在来種の「コブカエデ」をどんどん切り倒してしまったら、数十年間、いやいやもっと長期的に取り返しがつかないことになる。

というわけで、木々が冬眠状態にあり枝打ちや間伐を行う冬場にわずかな手がかりをもとに木の種類を識別することは非常に重要なのだ。また、早春から草地に咲き始める草花の代表的なものを知っておくのも、環境保全に携わる上で欠かせない。

左の写真はロンドン南部にある自然公園内でトレーナーのピーターから説明を聞いている我々。サイトの植生の特徴のほかに、サイト管理についても説明を受ける。まだ冬だったので全体的に枯れた感じが写真から漂ってくる。この公園は、古くからの雑木林の特徴と、19世紀のビクトリア時代(バブル期)に建てられた、当時台頭してきたブルジョア層の人たちの邸宅の跡地という特徴を合わせ持っており、ヨーロッパナラやセイヨウトネリコなどの在来種の木々のほかに、日本産のアオキや地中海産のシャクナゲなどの園芸種も生えている。

レンガでできた邸宅の基礎部分や園芸植物などは、この自然公園に歴史の香りを与えており、公園の環境保全係の人もそのような特徴を大切にしている。園芸植物のなかには樹齢200年近いレバノン杉などの巨木もあり、公園のちょっとした顔になっている。

しかし、イギリスのような島国でいつも問題になるのが、古くからの在来種と新入りの外来種の間の葛藤だ。この公園では、日本からもたらされたアオキ(分厚い葉にヒ素があるため、野生動物にとってほとんど恩恵をもたらさないそうだ)がとくにはびこりやすく、アオキの間伐を行っているという。

都市部の自然公園に欠かせないアイテムのひとつは池や湿地などの水辺だ。BTCVでは気温が高く作業がしやすい夏場に池をつくるプロジェクトを行っている。ひとたび池ができると、どこからともなくアメンボやカエル、イモリなどがやってきて住むようになる。そして付近の大きな公園の池に住むアオサギなどがオタマジャクシなどをねらって飛んでくるようになり、ちょっとした食物連鎖ができあがる。「イギリスには蚊がいない」という人がいるが、それは間違いだ。イギリスで蚊をあまり見かけないのは、気候のせいだけでなく、往時の開発や灌漑で池などの水辺が急減してしまったことも大きい。夏場にロンドン郊外の林に歩き入ると、大きな蚊にたかられることがある。ロンドン市内に池がたくさんできれば蚊が増えるかもしれない。でも両生類や昆虫、そしてそれらを狙う鳥類もおなじように増えてくる。写真は、その人工池と、その無効に見える萌芽更新されているブラック・ポプラの木。(日本でもトノサマガエルやトンボを守るグループが活動をされていると聞いています。)

古くからの雑木林とビクトリア時代の記憶が残るロンドン南部の自然公園のほかにも、ロンドン市内にはちいさな自然公園がけっこう作られている。たとえば、かつて世界中から物・人・金がもたらされ、一大商工業エリアとして大いに栄えたロンドン東地区。その後の没落と大戦でテムズ川の両岸に放置され、荒れ放題になっていた場所にも、新しい自然公園が作られている。最初に紹介したカバノキの林がひろがる公園のほかにも、もう使われなくなった材木貯蔵用のドック(人工池)を生かし、水辺の動植物を考慮して作った公園もある。池の規模がそこそこ大きいので、つながっているテムズ川から川魚が入り込み、それらを狙ってマガモや白鳥が営巣する。水辺を好むハンノキや水棲植物ヨシなどが生い茂るこの公園は、周囲の新興住宅地の真新しい景観にやすらぎを与えている。


テムズ川の南岸、グリニッジあたりには、古くからの雑木林が市民の憩いの場として残っている。晴れた春の一日に、そんな雑木林で樹木や植物の見分けかたのトレーニングをするのは、日頃の肉体労働を相殺してあまりある、贅沢で素敵なひと時だ。左の写真は、「マロニエ」という名前でお馴染みのセイヨウトチノキ。フランス人のチームメイト、エリックに「フランスにはたくさん生えているんでしょう?」と聞いたら、「公園に生えています。でも、フランス原産の木ではないとおもう」という返事。あとで調べてみたら、ギリシャやアルバニア、ブルガリアなどの東南ヨーロッパ原産なことがわかった。イギリスでも、古くからの雑木林の真ん中では決して見られない、いまでも公園や庭園に好んで植えられる園芸木だ。



19世紀のビクトリア時代、イギリスには国内各地から、アイルランドから、そして世界中から人が集まってきた。とくに貧しい地域や国からやってきた人々は地下鉄や建物の建設など、大英帝国の中心地ロンドンの底辺をささえていた。なかには商売で成功を収め、ロンドンのダウンタウンでちょっとした名士になった人たちもいただろう。かつてロンドン東地区でさまざまな人生を生きていた多くの人々が眠る共同墓地も、いまは自然公園として管理されている。ロンドンのEast End、周囲をアパート群に取り囲まれた正真正銘の下町にあるTower Hamlet Cemetery Park。さまざまな形の墓石の上に這い上がり、覆いつくすツタやヒルガオの仲間、ジャングルのように伸びてきたイラクサなどは、一見鬱蒼と見えるけれど、蝶などの昆虫にとってなくてはならないニッチを形成する。プラタナスやセイヨウスオウなどの園芸木も、当時のハイカラな雰囲気を今に伝える、自然公園の名脇役だ。

墓石はまた、トカゲなどの変温動物の日光浴の格好の場所になるし、地衣類たちの棲み家になる。同公園では、蝶やハチなどにとって嬉しい草地、鳥や小動物の営巣場所や隠れ家になるブラックベリーなどの茂み、雑木林など、数種類の生息環境(habitat)の維持をしている。いまやロンドン以外の地方でもなかなかお目にかかれない野生在来種の草花の種を蒔いたので、ちいさなランやネジバナ、ユリの仲間などの大変貴重な植物も見ることもできる。(右の写真は草花の識別をする我々。)

そんな自然公園の中にいると、ロンドンの中心部にいることを忘れてしまう。知り合いのナチュラリスト、デビッドさんは言う −「大規模集約農業や開発で、カントリーサイドの生態系は大きく傷ついている。実はロンドンには、イギリスでもっとも多様性に富んだ自然があるんです。」日本の都市部で環境保全に取組む人々にとって非常に心強いエールだ。

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