プロローグ
学校の中庭。見上げれば校舎に囲まれた四角い空。
セーラー服の少女が一人、ベンチに腰を掛け本を読んでいる。
運動場の喧騒とは裏腹に、とても静かな中庭の昼下がり。
ふぅー、ひとつため息をついて少女は小さな四角い空を見上げる。
もうすぐ中間テスト。少女は教科書を読んでいた。
「今度こそ、一番にならなくちゃ。今のままじゃ、志望校も危ういわ。」
独り言を言った後、再び教科書に目を落とす。
「ねぇ。」
突然、耳元でささやく声。
「ねぇ。四葉のクローバー知らない?」
驚いて、少女は顔を上げる。
そこには、にっこり笑っている、白いワンピースの少女が立っていた。
ワンピースの少女は、微笑みながらあちらこちらを覗き込む。
「あなた、何をしているの?」
教科書を閉じ、少女は語りかける。
しかし、そんな声は耳に入っていないような風で、ワンピースの少女は
まだ、何かを探していた。
「あなた、何をしているのよ!しかもそれ、私服じゃない!制服はどうしたの?
何年生?ちょっと、聞いてるの?」
人の話を聞かないその態度に少し苛立ちながら、少女は白いワンピースに語りかける。
ワンピースの少女は、くるりと振り返り、微笑みながら答えた。
「四葉のクローバって知ってる?中庭で見つけたの。」
そういいながらまた何かを探し始める。
「四葉のクローバってね、四つの願い事を叶えてくれるのよ。」
まったくかみ合わない二人の会話。
ワンピースの少女はまだ何かを探している。
教科書をベンチにおき、少女はワンピースの少女に近づき、腕をつかもうとした。
そのとき、
「あっ!」
するりと、ワンピースの少女はその手から逃れ、走り出し木の陰に隠れてしまった。
その後を、少女は追いかけた。
「ちょっと、あなた。待ちなさいよ。」
しかし、そこには誰もいない。ただ、木の枝が風に揺れていた。
ザザザザ。突然の突風。枝が大きくしなる。
少女の制服の裾が風に揺れた。
「一体あの子、どこに行ったの?さっきまでここにいたのに。」
不思議に思いながらも少女は教科書を置きっぱなしだったのを思い出し
ベンチへと戻った。
「えっ。」
しかし、そこには先ほどまであったはずのベンチは無く、四角い中庭は姿を消していた。
ただ、緑の芝生。そして背の高い木、白い花。
「私、夢でも見ているの?」
目の前の景色が少女には把握できなかった。
「中庭は?ベンチは、私の教科書は…」
困惑して、立ち尽くしていると少し離れたところから人の声がする。
「だぁかぁらぁー、そうじゃないって!そこはこうやって歌うんだよ!」
背の低い少年がマイクを持つような仕草をする。
「あー、もうやめろよ!おまえの歌なんて耳が腐る!」
背の高い少年は、わざとらしく耳を塞ぐ。
「なんだとぉー、聞いたことも無いくせに。よおおおおく、聞いとけよ!」
「ん?」
「なんだよ、やっと俺様の歌を聞く気になったのか?」
「違うよ、ほらあそこ」
声の主たちは、少女に気がついた。そして競争するように少女に近づいてくる。
背の低い少年が先に話し始めた。
「君は誰だい?そんな熱い眼差しで俺様を見つめて。もしや、俺様のしびれるような
歌声に惚れちまったのかい?」
「馬鹿。おまえはまだ何にも歌って無いだろ!みろよ彼女怯えてるじゃないか。」
少女は二人の勢いに驚いていたが、やっと一言言葉が出る。
「あなたたち、誰?」
「あのさぁー、惚れた男の名前くらい知っておくのが礼儀だろ?」
背の低い少年が懲りずに話し始めると、背の高い少年が後ろから背の低い少年を
押しのける。
「いいから、お前はだまってろ!俺が彼女に説明してやる。俺たちは秘密戦隊ニレンジャー!
もしくは、仮面ライダー1号、二号V…3はいないか。とにかく正義の味方さ。」
少女は少し押され気味。
「あの、お二人の名前は?」
今度は背の低いほうがでしゃばる。
「なんだよ、おまえだってちゃんと説明できてないじゃないか!自己紹介だろ?
名前だよ、名前!俺様が赤レンジャー!あいつが黄レンジャー!」
黄レンジャーといわれて背の高いほうが口をはさむ。
「なんだとぉー、俺は青レンジャーがいいって言ったじゃないか!」
ついに、少女は叫んだ。
「ちゃんと、お名前を教えてください!二人で漫才やってるんじゃないんですから。」
意外なリアクションに、二人は固まる。
「チックです。」
背の低い少年。
「タックです。」
背の高い少年。
「ところで、君の名前は?」
チックとタックが尋ねた。
「私は、私は…えっ…と」
少女は言葉に詰まる。
「どうしよう、思い出せない…私、私…」
黙り込んでしまう。チックとタックは二人で相談し始める。
「おい、これはもしかして。なぁ、タック」
「ああ、チック」
「きおくそうしつだ。」
二人の声が揃う。
「どうしよう私。」
チックとタックはまだこそこそと相談している。
少女は黙って考え込んでいる。
チックとタックの答えが出たようだ。
えっへんとチックはえらそうな咳払いをして報告をする。
「えー、とにかくだなぁ、ここにいても仕方が無い。俺たちのリーダーなら
きっと何とかしてくれるからまぁ、俺たちについてこいよ。」
「でも、私家に帰らなくちゃ。帰って勉強しなくちゃ。」
「きおくそうしつなのに?家がどこにあるか分かるの?とにかく俺たちについてこいって!」
「でも…」
ためらう少女を、チックとタックは半ば無理やりどこかへ連れて行った。
つづく…