カクテルと傘

音もしないくらいの霧のような雨が降っていました。
二人の飲みかけのグラスには半分以上綺麗な色のカクテルが残ったままで、だけどどちらもそれに手をつけられずに、視線も合わせることが出来ませんでした。
まるで、別々にやってきた見知らぬ客同士みたいに何も話せませんでした。
私は次の言葉を見つけようと、一生懸命考えているけれど、もうあなたはそんなことすら面倒くさいようです。
すごく泣きそうになりましたけど、それでも泣いてしまえば今の時間が無くなってしまうような気がして、それがとても怖くて、泣くことが出来ませんでした。
時計の針はもうすぐ終電の時間が終わることを告げています。
このままではいけないことは分かっています。
でも、このままこの時間にさよならを言うのはとても辛いのです。

「それじゃあ。」

あなたの冷たい一言が、この時間の終わりを告げます。

「もう二度と会わない。それは君にも分かっている事だろう?」

何もいえませんでした。「待って。」その一言すら出ませんでした。
うつむいてカクテルを見つめる私の横から、伝票を持って去っていくあなたの姿が消えてしまっても、
それでも何もいえませんでした。

雨はやんでいました。終電はとっくに終わってしまいました。
私はたった一人でタクシーに乗り、たった一人の暗い部屋に帰るしかないのです。
店を出るとあなたがさしてきた傘が残っていました。
雨がやんだから、必要なくなって忘れていったんだね。

私も必要なくなったからおいていかれたのでしょうか。

20030518UP

短いお話TOPへ 図書室TOPへ TOPへ