2003年9月23日  玉造温泉へ   

先日玉造温泉(島根県)に観光バスでいった。その温泉紀行ではなく、行き道のバス中の話。メンツ的にビール飲んでバカ騒ぎしてカブやらポーカーやらで時間潰しはしないだろうということで、一冊の文庫本を持って行った。「藤沢和雄著 競走馬私論」。別に藤沢ファンでもないのだが、面白そうな薀蓄が読めるかなという若干の期待はあった。馬優先主義とかも聞いたことがあるし、実際日本で一番勝っている調教師だからだ。内容はまあ期待通りと言えば期待通りの内容。日本が遅れているのは馬ではなく人だそうだ。だからうちは、こういう風に考えてこういうことを実践している。で、タイキシャトルがジャックルマロワ賞を勝った。半分以上自画自賛。それでも、国内トップなのだからなるほどと思わせる事もちらほらある。ただ、それが好きかと聞かれれば、あんまり好きじゃない。何が好きじゃないかと突き詰めると、多分藤沢厩舎の馬が強いから、と言うことになるのだろう。結果が出たから大きな声で言ってやがる、というのではない。恐らく、藤沢師は開業当初は周りから見て相当な変わり者だったのではないだろうか。きっと、あんなやり方で勝てる訳ないなどと陰口は叩かれてたはずである。もしこの本がその時点で奇跡的に出ていて、それを自分がその時期に読んでいたならかなり好きな部類に入るだろうし、自分の考え方や仕事のやり方なんかも大いに真似てたかも知れない。性格的に変人の挑戦者が好きだから。常識を覆すようなことを言っている人間はかなり好きなのだ。自分は常識に囚われ捲くっているのもかかわらず。ただ、その変わり者が上り詰めてしまうと、興味がなくなってしまう。新しい非常識人間を探すのである。馬の好みにもそんな所がある。オペラオーなどは有馬3着までかなり好きな馬だった。だがG1を我が物顔で勝ち捲くると全然好きな馬ではなくなってしまった。まあ、元来牝馬が好きなので牡馬が好きになったのは少ない。穴を開ける馬は別として。今考えるとオペラオーもかなりの変わり者だったわけで(勝ち続けた点で)好きのままでよかったかとも思える。話は逸れたが、今や藤沢師は押しも押されぬトップトレーナーになり、恐らく全国の調教師はその手法を真似ようとしているだろうと思う。必然的に。ただ、やはりモチベーションの低い厩舎ではなんたらかんたらと屁理屈をこねて楽な道を通しているかもしれない。しかし、藤沢流が競馬界の常識となり変人の挑戦者から凡庸な支配者になるようならそれはそれでいいと思う。きっとまた新しい変人の挑戦者が登場する土壌が生まれるだろうから。その変人の挑戦者が武豊だったりするとちょっとがっかりかもしれないが。100歩譲って武幸四郎あたりで手を打ってもらえないかなぁと思ったりする。

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