〜すみれは青い お砂糖は甘い
きみのように〜
♪霊柩車が通り過ぎてゆくが
いつお前が死ぬことになるかわからない
大きな白い布にくるまれて
65フィートほども落とされる
泥が投げ入れられ 石も投げ入れられ
お棺が壊れようが誰も気にしない
1週間くらいは何事もないが
やがてお棺が漏れ出しはじめ
うじ虫が出たり入ったりし
鼻の上でピノクルをして遊ぶ
うじ虫は仲間やそのまた仲間を誘い
うじ虫どもが遊び終えたあとはひどいありさまだ
小さなタルタルが、とことこと南サンドリアの町並みを歩く。
彼の足取りは軽く、その足首に小さな羽根でも生えているかのように、弾むように軽やかに歩く。
その度に、青みがかったぼさぼさとした髪がゆらゆらと揺れ、てっぺんのちょんと立った髪も、揺れる。
ただ、その愛らしい唇に。
残酷な歌を口ずさみながら。
彼は、お菓子でも買いに行くような顔で、東ロンフォールへ抜ける門へ向かう。
茶色いローブとスロップスは、かけ出しの冒険者の魔導師の姿だ。だがロンフォールの森の影に潜むオーク共におびえる風もなく、彼は変わらぬ軽い足取りで門を潜った。
門の側を通り抜ける時、彼は小さな足をふと、止める。
石造りの立派な門の脇に膝を着いて祈る人がいたからだ。
タルタルは首を傾げてその人を見た。
彼女は随分小柄なミスラで、甲冑を付けたまま、手を組む真摯な姿で祈っていた。
「アルタナさま、今日の糧を感謝します」
形のよい唇がそう呟いたのに気づいて、タルタルのつぶらな眸がふと開いた。
「ミ・ス・ラ…のくせに、おいのりなんかするの?♪ アルタナなんか、しんじてるのっ?」
ととと。と、彼はミスラの側に寄ると、ちょこんとその隣に腰掛けて見上げた。
祈りを終えたらしいミスラは両手を解くと、眸を見開いたあと、優しい眼差しでこの小さな魔導師を見下ろす。
「うん」
微笑んで頷いた。そのまま彼女は膝を崩すと、鞄から弁当箱らしきものを取り出した。
「お食事前のお祈りだよ」
「おひるごはんか。じゃあ、おいらもおひるごはんにしよっと♪」
タルタルは自分も鞄から食料の入っているらしい紙袋を取り出して、広げた。
甘いお菓子ばかりだ。
「お菓子?」
ミスラが尋ねると、タルタルはふふんと黒い鼻を鳴らし。
「おいらは『こども』だから、おかしだけくってろって、『かいぬし』が、いうのさ♪ おいらのごはんは、あさもひるもばんも おかし♪」
♪ぜんさいは のどにつまる パママ
しゅさいは あまったるい メロンパイ
おのみものは したがやける ホットチョコ
デザートは くうきみたいな バブルチョコ
即興で唄うその様子は大変愛らしいのだが。
「にくや やさいは もう なんねんも」
「はい」
ミスラは自分の弁当箱を開いてタルタルに差し出した。
「おひとつつ、どうぞ?」
「にくだ! やさいだ!」
焼いた兎の肉や、蒸してバターを載せたポポトイモ、炒めたボスディン菜、などなど……手作りらしい料理がちまちまと詰められている。ヨルは笑って、紙に包まれた黒パンを取り出し、ナイフを入れた。
タルタルは覗き込む。
「おいしそう おいしそうっ♪」
「冒険者宿でね、野菜やスパイスを作ってるの。兎は自分で狩ったし、買ったのは塩とバターとパンだけ。お料理は楽しいよ」
「じゃあおいらも きみに おかしをあげる あげる♪」
膝の上の紙袋から出てきた、パイやチョコレートやタルトなどの様々なお菓子を、タルタルは差し出した。ミスラは笑いながら「ありがとう」と答えて、アップルパイをひときれ摘んだ。
「セルビナミルク飲む? お茶の方がいいかな? ウィンダスティーを入れてきたの」
水筒を取り出すと、タルタルは大きな頭をがっくりと動かして頷いた。
「おちゃ!」
「はい、どうぞ」
ごくごくとお茶を飲み、タルタルは旨そうにミスラの弁当を食べようとして、ふと手を止めた。
「おいら、ミトンしたままだったね♪」
そう言って彼は手袋を外す。ローブの裾から現われた小さな手の甲に、ミスラはふと視線を寄せたまま、凍り付いた。
彼の小さな、木の葉のような手の甲には、無数のみみず張れのような跡が無惨についていた。
「どうしたの、これっ」
まだ、血の滲む跡さえ。
すぐに彼の手を取って叫ぶミスラに、タルタルは不思議そうな顔で首を傾げた。
「ああ、これ?」
ミスラは口の中で小さく呪文を唱える。回復魔法の白い光が、タルタルの手の甲に触れた。血の滲む傷跡は、それでようやく癒される。
「ありがと♪」
にっこり微笑んだあと、タルタルは天気の話でもするように言った。
「おいらの飼い主がさ〜。むらっけのエルヴァーン女でえ、気に食わないとすぐ打つんだよー。機嫌のいい時は犬猫みたいに可愛がるけど、機嫌の悪い時は蹴ったり殴ったりさ。おいら御人形だからしょうがないんだけどねー。だから、ご飯もお菓子しか貰えないんだ♪」
眉を寄せてミスラは彼を見下ろした。
「ねえねえ、ミスラちゃんは名前なんていうのっ?♪ どこからきたのっ?」
門の側には、番兵がいる。エルヴァーンの。
ミスラはすぐに荷物を片付けると、タルタルを抱き上げた。
「うわわわわ」
「ご飯は、あっちで食べましょう」
門からやや離れた場所に、二人は再び腰掛けた。
「……私の名前は、ヨル。ヨル・カロスっていうの。サンドリアのミスラだよ」
「嘘だあ。サンドリアのミスラなんかいるもんか」
ウィンダスティーをごくごく飲みながら、タルタルはそう言ってくすくすと笑った。ヨルは首を傾げたあとに、続ける。
「そんなことないよ。ミスラは故郷を離れて、辿り着いた土地に根付くものだもん。私はサンドリアに根付くミスラなの」
「じゃあ故郷はどこなのー。カザム? ウィンダス? それともコルシュシュかなあー」
「コルシュシュ?」
ヨルの顔色がやや、変わる。
タルタルは楽しそうに笑って言った。
「おいらの名前は、パルティ・バルティ。コルシュシュの小さな村に生まれたのさ」
「パルティちゃん」
「知ってる?」
蒸したポポトイモを頬張って、パルティ・バルティは続けた。
「その村はもうないんだよ。何故かって? エルヴァーン共が皆殺しにしたからさ! ヤグードの大軍を追い払う時に、面倒だからって、一緒に皆殺しだよ。皆殺し!」
ヨルは思わずパルティ・バルティの口を押さえた。
彼女はもはや顔色を失い、そのまま彼を抱き締めて俯いた。
「そんなこと、口に出しちゃ、駄目だよ」
「でも本当のことだろ」
腕の中から見上げてそう言ったパルティ・バルティの眸は、愛らしいタルタルのそれではなかった。
「村の人間も、そうじゃない人間も、そこにいた奴等は全員口封じに殺されたんだ。サンドリア軍が、誇り高きエルヴァーンの一族が、連合軍になってみたら、思うように戦績を上げられなくて落ちこぼれ。ヒューム共やタルタル達に遅れを取って腹が立つからって、そんな下らない理由で他の二国を出し抜くために、極秘でやった奇襲作戦−−−」
「駄目!」
ヨルの眸から落ちた涙が、パルティの頬にかかって、彼ははっとしたように口を噤んだあと。
やがて、言った。
「ヨルちゃんもそこからきたの?」
ヨルは激しく首を横に振った。
「私は、私はサンドリアのミスラになったの」
「おいらは」
パルティの眸が暗く陰った。
「そこで将軍の娘に拾われたお人形」
ヨルの腕を振り解くと、パルティ・バルティはにこにこと笑った。
愛らしい タルタル
ずうっと 子供
何年たっても 子供
お菓子を食べて 唄って 踊って
将軍閣下の 御人形
機嫌のいい日にゃ 猫可愛がり
機嫌が悪けりゃ 折檻されて
ホントに因果な お商売
腕がもげても 頭が取れても
文句は言えない 御人形
それが御人形の さだめなの
そう唄うと、きゃっきゃと笑った。
「このかわいらしさのおかげで、おいら、いのちびろい」
そして、ぞっとするような声音で、続けた。
「ヨルちゃん、冒険者になれて良かったね。下手すると、今のおいらと似たようなことになってたかもしれないもんね。ミスラは、かわいいからね。変態に見つからなくてホントに良かったね」
ヨルは涙を流し、パルティを抱き締めた。
「なんで なくの」
彼女はパルティ・バルティにかける言葉がみつからなかった。
燃え上がる炎。
ところどころに倒れた人の影。
目の前に立つ、恐ろしく背の高い、影。
でも、忘れると誓った。
そうすれば、殺されることはないからと。
『あのひと』に。
忘れると、誓ったんだもの。
「なかないで」
また、始めのあどけない口調に戻ると、パルティ・バルティはそう呟いた。
「おいらのおかし ぜんぶあげるから なかないで」
ヨルの顔は恐怖で蒼白になり、睫を濡らす涙はしばらくやみそうにない。
パルティ・バルティから腕を離し、己の胸を押さえて嗚咽を堪えるヨルを見つめた彼は。
やがて傷付いた両手を胸の前に組むと唇を開いた。
♪落日に小川の流れがバラ色に染まるとき
そして ほの温かい微風が麦畑の上にそよぐとき
幸せであれという勧めが さまざまな物から流れ出るように思え
そして 不安な心に向かって立ち上るように思える
この世に存在しているという魅惑を味わえという勧め
人が若く 夕べが美しいうちに
なぜなら私たちは流れ行く この水が流れ去るように
水は海に 私達は墓に
先ほどとは打って変わった、妙なる調べにヨルは驚いて顔を上げた。
「パルティちゃん……」
「心にもない歌だって、唄えるよ。おいらは道化だからね」
おかし あげる。
そう呟くと、彼は。
広げた菓子袋をそのままにして、逃げるようにその場から走り去ってしまった。
〜すみれは青い お砂糖は甘い
きみのように〜
遠くから、そんな。
おどけた調子の歌が聞こえた。
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