【目次】
「朝鮮有事」をめぐって
重村 智計 :[読む]
発刊の言葉
同人一同 :[読む]
編集後記 [読む]

転載

「朝鮮有事」をめぐって

重村 智計

 

 第一回として元毎日新聞論説委員 重村 智計さんの北朝鮮に関する論文を掲載いたします。政府は北朝鮮のミサイルの実験をことさら大げさに取り立てて恐怖心を煽り、社会を戦時体制へと作りかえようとする意図をますます露骨にしていますが、この論文はいわゆる「北朝鮮の脅威」というものが全くの虚構であることを、具体的なデーターを元に多面的な角度から論証しています。


 北朝鮮の船が来たことからまずお話しする。いまアメリカの偵察衛星は清浄と羅津にある北朝鮮の工作機関の港を二四時間ずっと見ていて、ここから出た船はみな追い掛けている。だから今回も日本海の真ん中に来た段階で、日本に連絡が来ているはずだ。どこへ行くかと見ていたら、一つは能登半島の先、一つは佐渡島の先、非常に波の荒らい所に来た。

 北朝鮮の工作船や工作員が入って来るのは、新月の真っ暗闇の時とか、秋田の竿燈祭など大きなお祭りがあって警察官がみんなそちらに行っている時とか、だいたい決っている。そのパターンは警察も海上保安庁も、ほとんどみな知っている。知っていてなぜ捕まえないかというと、捕まえろという指示が来ないからだ。昔は北朝鮮の工作員を捕まえると、社会党などから、工作員ではないから放せという要求がものすごかった。出入国管理令違反で裁判をすると在日朝鮮人が傍聴に来て、通訳が誤訳をしたとかいって大騒ぎを始める。やっていられない、もう勘弁してくれと。

 南に寝返った工作員の話からすると、船は年に二〇回ぐらいは来ている。福井とか能登半島とか、人があまり来ないところを選んで入ってくる。昔はもっと大きな母船があって、そこから中くらいの船が分かれて、それからゴムボート、こういう構図だった。今はかなり船の性能が良くなって、単独で来ているようだ。

 一九七五年のベトナム統一の直後に金日成が中国に飛んで、ベトナムと同じように統一戦争をしたいと言った。中国は、北が攻めるのなら援助しない、しかし南から攻められることがあれば助けるという話をして帰した。北朝鮮からすれば、南から攻められるような事態、あるいは南の人民が北を必要としているような事態が生じれば中国は助けに来てくれる。それで人民戦線論を構築して、新たな工作活動が始まった。

 一九七〇年代後半に、北朝鮮は中国と大喧嘩をする。中国側の話では、日本のパスポートを持った人が大勢、北京経由で出かけてはまた平壌に帰るというケースが多発する。中国が日本の公安に番号を問い合わせたところ、ほとんどが偽パスポートだった。中国が何人か逮捕して、偽パスポート事件は一段落した。

 その以前は三八度線を越えて入ることもできた。それが七〇年代後半に韓国は高度成長で金ができて警備も厳しくなった。入れないから、迂回するしか手がない。それでいろんな工作員を日本に送ったり、日本人の拉致事件が起こったりした。そのころに北朝鮮の党の中に統一戦線部というのができて対南工作が始まっている。

 これが今も続いているだけの話だ。有名な事件では一九八○年、宮崎の沖で海上保安庁が四〇時間にわたって工作船を追いかけ回して、結局逃げられたことがあった。この時は海上自衛隊など出ていない。だいたい日常茶飯時にどこかで追っ掛けごっこをやっている。今回は前日からどうするかという会議をしたのだろう。本当に捕まえる気なら出口を塞げばいいのだが、塞がなかった。当然、追いかければ逃げる。相手は海上保安庁の能力を知っているから、最初は漁船みたいに遅く逃げた。そのうち海上自衛隊も出てきたのでスピードを上げて逃げた。

 ああいう船自体はどうして手に入れるかというと、日本で廃船になる漁船を買っていたのだが、日本の水産庁がストップをかけて、止めさせた。その後は漁船を改造して貨物船と称して買っていったりしていた。今回の船も、日本から買ったものを改造したのかも知れない。ガスタービンエンジンを二本くらい入れて、ものすごく高速にしてある。宮崎沖で逃げた時など、モータ・ボートみたいに船首を上げて逃げた。とてもではないが追いつけない。

 工作員が何をやっているかというと、確かに日本人を拉致していったケースもあるが、施設を破壊するとかを今やっているわけではない。基本的には日本の中の、日本人あるいは韓国人の協力者を作るとか、日本人のパスポートを手に入れて韓国側に入るルートを作るとか、そういうことをやっている。彼らとしては南朝鮮革命のために真面目にやっているわけだ。対南工作機関の代表的なのは四つある。予算も付いて、日常のルーティンとして仕事をしている。それぞれ個人個人でルートが違うので、一回入って一か月くらいで出ていくとか、一年ぐらい住んでから帰るとか、いろいろだ。

 もう次からは北朝鮮の工作船とおぼしきものが来たらみんな海上自衛隊が追いかけるのか。そんなことをやっていたら、通常業務ができなくなる。だから野中さんも記者会見では「普遍化しない」などと、変な言い方をしている。

 海上自衛隊はなぜ出たか。四月にアメリカに行く前にガイドラインを上げないと、小渕さんが指導力を問われる。しかも直前に上げるのではなくて、余裕をもって上げたいだろう。ガイドラインを早く上げさせるためにはどうしたらいいかと、一生懸命考える人がいたのだろう。まあアメリカもせっかく連絡してきたことだし、そのまま無下にしたらアメリカに怒られるし、今後は教えてくれないかもしれない。見つけた後で、どうしようかと考えたのだろう。見つけたのは自衛隊だし、船も近くに配備して確認したが、法律上は海上自衛隊が最初に追いかける権限はない。だから海上保安庁に追いかけさせて、その後を海上自衛隊がついて行く。どうせ追いつかなくなるから、後はバトンタッチ。こういう関係だったのだろう。

 たぶんこの四月にペリー報告ができると思うが、九四年の米朝の基本合意ができた時にアメリカは、北朝鮮は数年内に崩壊すると考えていた。だから米朝合意は核凍結が最大の目的で、それ以外のことはほとんど決めていない。

 ミサイル問題を交渉するとは決めているが、それ以上ではない。米朝の正常化に努力するとは書いているけれども、正常化するとは書いていない。アメリカは北朝鮮の核開発を凍結させて、引換えに軽水炉二基を作ると約束をしたが、どうせ作っている間に北朝鮮は崩壊するから払わなくて済むと考えた。ところが五年たってみたら、崩壊説は間違っていた。今度は崩壊しないという前提に立って政策を立てなければならない。それがペリーが北朝鮮調整官に任命された理由の一つなのだ。

 ワシントンの空気は非常に保守化していて、議会が条件を付けている。アメリカは九四年の合意では二基の原子力発電所を作ると約束したが、この金は自分では出さず日本と韓国に出させることにした。アメリカの原子力関連法では、国交を正常化していない国、IAEAの規定を守って査察を受けていない国に対しては、原子力技術も金も出してはいけないことになっているからだ。その代わりに毎年五〇万トンの重油を北朝鮮に送ることにした。これは北朝鮮が実験用の黒鉛炉を凍結する代わりに要求したものだ。五〇万トンというのはアメリカの消費量からするとものすごく少ない。ところが当時の北朝鮮の原油の輸入量が一〇〇万トン、つまり北朝鮮が消費する油を半分寄越せという話だった。五〇万トンやることになったが、今度は議会がなかなか予算をつけない。去年の予算の時に議会が付けた条件の一つが北朝鮮政策の見直し、そのための調整官を任命しろということだった。それでペリーが任命された。

 ペリーはいわゆる包括的アプローチの提案をするだろう。ミサイルとか地下施設、核の問題とか、行方不明米兵の問題とか、いろいろ米朝で別々に交渉しているが、それを全部ワン・パッケージにして、これを呑めば国交を正常化すると提示する。これは韓国側の金大中大統領がいちばん強く要求していることだ。しかしアメリカはパッケージにはするけれども、正常化までは行きたくない。条件が整っていないので、もう少し前の段階にしたい。それとは別に、たぶんペリーが用意しているのはロードマップだ。米朝の正常化はどういう段階を踏んで実現するか、道筋の地図を提示する。これはベトナムとの時もアメリカはやった。もう一つは、北朝鮮が受入れなかった時には軍事的オプションもあるかもしれないという脅しを賭ける。この二つを組み合わせるだろう。

 北朝鮮が当面崩壊しないとなると、問題がもう一つ出てくる。テポドンが去年の八月三一日に飛んだ。同じ月にアメリカのメディアは地下核施設疑惑をいっせいに報じた。同時に報じられたので、アメリカの議会の中の保守派、あるいは軍事専門家は、北朝鮮は間違いなく核とミサイルを並行して作っていると思い込んでいる。核兵器を開発してもミサイルがなければ全く意味がない。ミサイルは通常兵器を積んだところで、破壊力はたかが知れている。だから北朝鮮は核兵器を開発しているはずだというのが、今のアメリカの保守派の人たち、あるいは軍事専門家の常識になりつつある。

 もし北朝鮮が核兵器を持った場合には、韓国も持つだろう。日本も持つだろう。これがアメリカの論理だ。だから核とミサイルをなんとかして止めなければならないという論議が一方である。

 では、どちらに関心があるかというと、アメリカが考えているのは基本的には核開発の中止だ。二九日からミサイル交渉が始まるが、アメリカが基本的に要求しているのは、ミサイル開発の中止、実験の中止、輸出の中止、配備の中止、四項目だ。しかしアメリカがどこにいちばん関心があるかといえば、基本的には輸出なのだ。中東地域に輸出さえしないでくれればいい。最後の落としどころはそうなるのではないか。 なぜ輸出だけを問題にするかというと、北朝鮮の核の問題とミサイルの問題にいちばん関心を持っているのは、防衛産業、エネルギー産業、そしてイスラエル、ユダヤ系の人だからだ。

 例の、北朝鮮の代表が言ったソウルを火の海に、という発言が問題になっているが、これはその前に韓国側の代表が何を言ったかが報道されていない。売り言葉に買い言葉なのだ。板門店での南北会談の様子はすべて実況中継でそれぞれの政府に伝わっている。北朝鮮代表の発言は金正日さんが聞いている。韓国が挑発したらただちに反撃しなければ、北朝鮮代表の明日はない。北朝鮮は中国との外交関係の中で、言葉で闘わないと国がもたない、という事態をずっと経験してきた。力では絶対に勝てないから。あるいは冷戦時代に中ソの両方を相手に自分の主張を通すには言葉しかない。

 

過大な表現で厳しいことを言うのはお手のもので、まあ言うだけのことだ。ソウルを火の海に、と言ったからといって、南に進撃する用意があるなどということは全く関係ない。九四年の米朝合意で重要なのは、北朝鮮の社会主義を尊重するという一句だった。金正日体制を崩壊させないということを約束している。韓国もアメリカも、北朝鮮を崩壊させたいとは全く思っていない。韓国のGDPがいまおよそ四〇兆円、いまはもうちょっとIMFで下がっているかもしれない。日本は五〇〇兆円。西ドイツが三〇〇兆円だった。東西ドイツが統一した後、西ドイツは東ドイツに毎年一〇兆円の金を出している。南北統一すると、韓国側は北朝鮮の住民に対して相当な支援をしなければならない。人口二二〇〇万の北朝鮮のGDPはどう見ても四兆円くらいしかない。四〇兆円のGDPの韓国が、二つの国をかかえてはやっていけない。

 数年のうちに北朝鮮が崩壊して統一という事態にでもなったら、韓国経済は回復に五十年かかる。だから統一はしばらくご勘弁、自助努力をしてほしいと。そのために一生懸命、食糧支援をする。中国も年間百万トンの食糧を出して、油も百万トン出して支えている。韓国も年間百万トンぐらいの食糧を出していいと言いだしている。

 これに対して、レスター・サローなどのアメリカの研究者、あるいは一部の韓国の研究者は、統一は早い方がいいと言う。理由は簡単で、統一が延びれは延びるほど、韓国と北朝鮮の経済格差はどんどん開くばかりだ。むしろ先に統一した方が負担が少ない。こういう理屈だ。

 実際に統一した後の社会的なコストを考えると、例えば朝鮮人民軍の兵士を兵役解除したら失業問題をどうするか。将軍とか幹部の就職先をどうするか。武器を持ったまま路頭に迷わせるのか。それに社会主義経済の中でやってきた人は資本主義経済に適応できないが、これをどうするか。コストは相当高いから、しばらくは自助努力して、市場経済を勉強してもらった方がいい。だからアメリカも韓国も、北朝鮮は当面は潰さない。こういう政策になる。

 在韓米軍の問題だが、北朝鮮は一九九一年にアメリカと交渉をした時に、在韓米軍は統一の過渡期には駐在していても結構だと伝えた。それはたぶんアメリカ軍の存在を認めた方が交渉ができると思ってやったのだが、最近はまた在韓米軍の全面撤退を形式上は要求している。たぶん本音では、条件つきなら米軍はいてもいいとたぶん思っていると思う。何故かというと、在韓米軍の撤退を要求すれば、外交カードとしてかなり高い交換条件に使えると思っている。なぜ過渡期はいてもいいかというと、在韓米軍が全部撤退すると、中国の軍事的な影響力の中に組み込まれることになるのがいちばん嫌なのだ。北朝鮮の主体思想の本来の目的は、中国に対する事大主義をどう克服するかというのが最大の目的だった。

   

 北朝鮮軍が最も嫌いな軍隊は中国人民軍なのだ。アメリカの査察チームが北朝鮮の核施設に査察に行った時に、アメリカからテントを持っていくのは面倒だから、北京でテントを調達して、人民軍用のテントを買った。中国人民解放軍と書いてある。それを持っていって立てたら、北朝鮮の兵が来て壊してしまった。何で中国人民解放軍のテントがあるのか、と怒られたという。見たくもないという空気なのだそうだ。

 韓国側はいま、在韓米軍は統一した後にどうすべきかということを、あちこちで大論争をやっていて、もちろん全面撤退論から永久駐留論からある。基本的に在韓米軍は永久駐留を主張すべきだという意見が強い。何故かというと、中国は南北統一を承認する際に、在韓米軍の撤退を要求するだろう。そうすると、統一の前に在韓米軍を撤退させると、中国との交渉カードを失う。だから在韓米軍は永久駐留論にしておいた方がいい。もう一つは、統一した後の中国の軍事的影響力から受ける脅威を削減したい。

 北朝鮮の食料事情だが、基本的に朝鮮半島は北も南もほとんど山岳地帯で、農作地帯はわずかな部分なのだ。この国土面積と農耕地では、十分自給できるだけの食料生産は不可能だ。北朝鮮では年間に、二二〇〇万の人口で六〇〇万トン必要だと言われる。昨年あたりの生産は多くて三五〇万トン、六〇〇万トンにはほど遠い。最低限、餓死しないためにも一五〇万トン、あるいは一〇〇万トンぐらい足りない。これを中国が、あるいはいわゆるNGOの支援がこれを補填している。しかし十分に食えるだけのものはとても足りない。中国は、絶対に北朝鮮に十分食べられるだけのものはやらない。十分に食べられるだけの食料をやって、自分の言うことを聞かなくなったら困る、油も戦争ができない、ぎりぎりの限度しか出さない。とりあえずこのままの状態でいくのだろう。

 いろんな改善の手は試みているが、北朝鮮の場合、主体農法といって、金日成さんが命じた通りの農業をやる。例えば金日成さんが地方に現地指導に行って、稲作やトウモロコシ畑を見たら、間隔を置いて稲を植えている。間隔を縮めればもっとたくさん取れる、密植せよと命じた。すると数年で地力が落ちて生産力ががた落ちになった。もう一つは、主食はトウモロコシと米だから、他のものは作らせない。数年前にアメリカから行ったNGOの団体が、冬場は畑を使っていないのだから麦を作れと言って作らせたのだが、これを始めるのに喧々諤々の論議で、結論が出るのに一年半かかった。最近はいろんな理屈を立てて、本来の金日成さんの指示は、画一的にやるというのではなくて、適地適作だと、少しずつ解釈を変えてやらせている。農産物の生産が少し増えたのではないかと言われているが、それでも完全に食べられる状態にはならない。

 では、どうして北朝鮮はミサイルと核を持とうとするのか。北朝鮮の国家の最大の 目的は何かといえば、国体護持なのだ。つまり金正日体制をどうやって維持していくかだ。彼らの考え方、あるいは朝鮮半島の伝統的な文化からすると、外の勢力はつねに悪で、中の勢力は善。日本とか中国とかアメリカとか、外の勢力は常に北朝鮮を崩壊させようとしていろんな策動をしている、それに対して我々は戦っている、というのが彼らの基本的な考えだ。そうすると、今の体制を維持するために、外の悪辣な帝国主義者は核兵器を持っていれば、攻めて来ないだろう。ミサイルを持っていれば攻めて来ないだろう、圧力をかけないだろう、というのが基本的な判断だ。その為に核開発を始めたが、とりあえずアメリカとの交渉で凍結した。しかしミサイルの方はまだ残しておいてやっている。これが、とりあえずの北朝鮮の戦略だ。これもしばらく続くだろう。

 統一は、当分両方とも統一したくないから、南の統一熱はほとんどなくなっている。しばらく統一はない。ある日突然北朝鮮が崩壊するということがあるかというと、これも現実的でない。金正日さんが生きているうち金正日体制は続く。だけど金正日さんが死んだ場合、後継者争いが起きて、そこで軍がどこに付くかで方向は決まるが、新しく後継者になった人が、もう北朝鮮は止めて韓国と一緒になると、絶対に言うわけがない。今度は新しい指導者のもとに新しい体制を作っていく。だから今の南北分断の状況はしばらく続く。

 五〇二七作戦計画の改定問題は、北朝鮮が南に攻めてきた時に、在韓米軍はどこまで攻めて押し返すかの問題だ。国連軍は休戦協定ができた三八度線で止まるべきだというのが法律論議になる。それを平壌まで攻めるようにしたというのが五〇二七計画だ。それをアメリカの新聞にリークして書かせた。もしかしたら北朝鮮が何らかの不測の事態で攻めて来るかもしれない。偶発的に、突然何か起こった時にどういうふうにするか、そのプランを詰めていった場合、今度は戦闘プランになる。結局は平壌まで攻めると言った方が北に対する抑止になるという論理が出てきた。

 九四年の段階で韓国国会で五〇二七計画の証言が出てきたのは、韓国国内のプロパガンダなのだ。いずれにしろ戦争が始まったら平壌まで行くのだが、それはアメリカの了承がないとできない。実際に戦争になれば、平壌の北まで行くかどうかは中国側次第なのだ。中国が鴨緑河まで来ていいと認めれば行ける。いまアメリカは中国とことを構えたくないから。五〇二七計画は米韓連合軍の作戦計画としてペンタゴンは承認している。しかしアメリカ国内で普通の時に言うと、何のために韓国人のために命を捨てるのかという話になるから、あまり公にはしたくない。

 金大中大統領は金正日総書記の当事者能力を評価したという。金正日さんがいま平壌の秩序を完全に掌握しているのは間違いない。彼はある意味では社内政治の天才だろう。党と政府と軍の論陣グループから若手のグループまで、全部彼の意向で従わせているという意味では、指導力はある。ただ外国のことを良く知っているかとか、経済のことを良く知っているかということでは、われわれの常識とはかなり逢うだろう。

 最終的に北朝鮮はどうなるか、これは誰も分からない。結局、金正日総書記が死んだ後の後継者をどうするかということがいちばん問題だ。それまでは今の金正日体制に反対できる対抗勢力はないし、軍の中でクーデターを起こす力もない。クーデタ未遂事件は何回かあったが、潰された。

 なぜ東欧が崩壊したのか、彼らは一生懸命、教訓を学ぼうとした。金正日さんが言っているのは、一つは市場経済を導入したからだと。開放したからだというのが一つ。もう一つは、思想教育を怠ったからだと。だから北朝鮮の場合、主体思想の教育を徹底的にする。金正日思想の教育を徹底すると。 

 主体思想というのは何かといえば、金正日・金日成さんが考えるように考え、金正日・金日成さんが願うように行動する、言われた通りにやる。これが主体思想なのだ。主体を持っているのはただ一人。一九七二年以降、新しい理論を北朝鮮は出した。

 それはどういう理論かというと、金日成・金正日は頭脳だと。体は党であり、軍だと。手足は人民。指先は意識のない大衆。こういうことだ。そうすると、党、軍、人民、すべて人間の体のように頭脳の命令で動く。これが主体思想なのだと。これをみんな教えている、小学校から大学まで。金日成さん、金正日さんのために死ぬことが、永遠に名を残すことになる。

 党はいちおう機能しているが、軍を指導してはいない。党と軍はいま横の関係だ。早ければ六月、遅くとも秋までには党大会をしたい。食料難で人民が飢えているとはいっても、これは手足だから、一本や二本切れても体は生きている。平壌が地方を完全に掌握しているかと、どういうレベルかで違うが、基本的には昔ほど掌握できていない。これまでは通行の自由が認められていなくて、隣村に行くのにも許可をもらわなければいけなかった。食料難になってから、食料を取りにいくとなると通行証を簡単に出すようになった。食料難民が北朝鮮の中におよそ二十万人ぐらいいると言われていて、それが食料を求めて転々と歩いている。これは管理できない。その人たちが中国との国境を出たり入ったりして、いろんな噂、いろんな情報の運び人になっている。この人たちが情報拡散の原動になるという説もある。ただ、問題になれば一網打尽が捕まるから、事実上それはなかなか難しいだろう。昔に比べればゆるんでいるし、闇市場もたくさんできている。治安も昔に比べて悪いようだ。強盗、かっ払いが横行しているというから。

 米韓相互防衛条約があるから、アメリカは朝鮮半島有事があれば自動介入する。しかし軍事的に日本が介入することは不可能だ。韓国人は死んでも許さない。韓国がどうしても来て下さいと言うなら別だが。韓国が嫌がっているのに有事だから日本が行くとなれば、韓国と戦争になってしまう。よく朝鮮半島有事というが、言われている有事はまずない。戦争を起こすためにいちばん必要なのは石油だ。北朝鮮は一〇〇万トンの原油を中国から輸入している。ここから戦争に必要な燃料は三〇万トンしか取れない。二四万人の自衛隊が年間に使う油の量は一五〇万トンだ。三〇万トンでは、民生用に回していたら軍隊に行かない。北朝鮮軍は独自に買っているだろうが、せいぜい五〇万トン、これで輸送料含めて一億ドルぐらいかかる。だから演習量が減っている。北朝鮮から逃げてきたパイロットの証言によれば、一〇年間戦闘機のパイロットをやっていて、飛行時間が三六〇時間だった。これは自衛隊の年間分だ。だから戦争状態にはならない。

 雑誌とかで、三八度線を超えて怒濤のように北朝鮮軍が攻め込んで来るというが、極めて現実的ではない。韓国の地形は山また山で平坦ではない。だからソウルに出る道、戦車が通れる道は三本くらいしかない。これは全部コンクリートで塞いでいるから、しかも北朝鮮の戦車は今の韓国軍、在韓米軍が持っている対戦車砲で完全に穴があくから、ソウルに着く前に完全にストップしてしまう。だから北朝鮮の軍備の状況からすると、とてもではないが全面戦争はできないし、たとえやったとしてももたない。

 じつは私は前に石油会社にいたものだから、北朝鮮の石油をずっと調べていて、九四年に朝鮮半島で戦争は起きないという原稿を「中央公論」と「月刊現代」に書いた。その時まで、日本の軍事の専門家は金日成が死んだ後、戦争が起きると言っていた。油がないのにどうして戦争を起こすのか。困り果ててつくり出した奇妙な理屈は、ソウルに行けばガソリンスタンドがあると。冗談ではない、戦車一台に入れたらなくなってしまう。しかも韓国だって考えている。ソウル周辺に大きなガソリンタンクはない、みんな南にある。少なくとも北朝鮮にしろ韓国にしろ、指導者になっている人たちは、少なくとも我々よりはIQは高いのだ。

 

* 重村 智計(しげむら・としみつ)さんは、朝鮮問題専門家。毎日新聞ソウル特派員、ワシントン特派員、編集委員などを経て、一九九四年より毎日新聞論説委員。一九七五年に韓国高麗大学大学院に留学、八五〜八六年には米国スタンフォード大学の研究員もつとめた。著書に、「韓国ほど大切な国はない」「北朝鮮データブック」など。

* 平和に生きる権利の確立をめざす懇談会〈略称・平権懇)は、  一九八五年六月、「軍事被害の実態調査、関連情報の収集分析、法律問題の研究、記録の刊行、例会の開催」を目的として、松岡英夫代表以下、学者、弁護士、ジャーナリストらによって設立されました。以後、年に六回程度の例会を開き、その記録を中心として年刊機関誌『風 卵』を刊行しています。

(杉山隆保 平権懇事務局長)
平和に生きる権利の確立をめざす懇談会事務局
 〒100-8051 千代田区一ツ橋1丁目1の1
  毎日新聞労働組合東京支部気付(杉山宛)
 【問い合わせ】
電話03-3213-8020 ファクス03-3215-0450(杉山宛)

「PEACE & LIFE」春号1999年5月30日(平和に生きる権利の確立をめざす懇談会)所収

*この論文は、一九九九年三月二五日におこなわれた「平和に生きる権利の確立をめざす懇談会」の学習・討論会で語られた前掲記事を、野副達司さんが再度電子化し、メーリングリストに掲載されたものです。今回ペーパーメディアへの転載許可を得て掲載したものです。

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発刊の言葉

 戦争と革命の世紀は終わろうとしている。平和と自由をもたらすはずの、プロレタリア社会主義革命は巨大な収容所に人民を閉じ込めたまま自壊した。残った社会主義諸国は、世界市場経済に包摂されて苦闘を続け、革命の真の目的は何であったのか日々あいまいになっている。


 戦争!戦争だけが世紀を引き継いで跋扈している。如何なる国家も平和を確保し戦争を根絶することはできない。これが戦争と革命の世紀の教訓である。

 日本では20世紀後半を戦争放棄という世界秩序の唯一未来性のある再生原理を掲げて、国家意思としての戦争を回避してきた。しかしそれもわずか50年。新しい世紀を迎えるに至って、擬態的平和国家の仮面をかなぐり捨てた。アメリカの世界制覇に共同して、いつでもどこへでも戦争をしかける普通の国に堕ちてしまった。しかしこれほどの大転換、大変質も、国民にさしたる衝撃をあたえることもなく、むしろ多数国民の雷同に支えられて挙国一致体制を完了させようとしている。


 このような事態になった原因は多々あるにしても、そのひとつに国民は本当のことを知らされていないということがある。「よらしむべし、知らしむべからず」民を愚かに保つために、言霊(ことだま)の国と称してゴマかし、すり替えに始まり、いかなる詐術もいとわぬ統治手法は歴史を通して貫徹している。国家のみならずマスコミもまた権力の一部として、中立公正を装いながら巧妙な回路を設置して、多様な国民の意見を国家目的に副うよう回収につとめてきた。


 あの60年安保の大混乱に為すところなき政府が、マスコミに報道の自主規制を求めマスコミ側が七社協定としてこれを受け入れた。言論の自由を自ら国家に差し出して以来、国民の声なき声は紙面からかき消えたのである。このようにマスコミは国家意志の巧妙な伝達者であって決定的な瞬間に国民を裏切る。この冷徹な事実を深く認識しなければならない。新聞は各紙とも同様な紙面構成、政治面は政界の動向をあげつらうだけ。外信もまた北側先進大国の利害に拘束されて、地球上の貧しい人々、小国の苦難はかえりみらることはない。

 だからこそ、みずから考え、選択し、みずから発信していくことが今日ほど大切な時はない。私たちはこうして「反戦インターネット情報」の発刊を決意した。さしあたり次のことに留意していきたい。


 1)権力の規制から比較的自由な立場にあるインターネット情報を主な取材対象にする。

 2)多様で圧倒的な量の情報を、正確で信頼性の高いものにする努力をおこたらない。そのために同人会議を常設して情報の濾過作業を行う。

 3)沖縄を始め基地周辺で苦闘する人々の発信やアジア諸国の軍事情報をできるかぎり紹介する。


 この50年、政府の政治日程や施策に対応して、その都度「いまこそ正念場」と叫びつつ敗北を重ねてきた。国民がその自然や社会観において「成り成りて成る」という意識の古層(丸山真男)から踏みださず、いちどの市民革命も為しえてこなかった歴史過程をみれば現在の事態は殆ど必然ではないか。

 主体の転換、主体の革命なしに平和と自由を手にすることはできない。

 私たちは、この反戦情報をとおして、主体変革の長い道程を一歩づつ進んでいきたいと考えている。読者諸氏の批判と協力がえられたなら幸いである。


―― 同人一同 ――

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編集後記

 インターネットは"落書きだらけ"ともいわれるくらいに管理がされていない情報の海です。それゆえ、生の情報や著名なジャーナリストによる報道、貴重な論文も存在しています。それらの中から興味深いものをピックアップし、このニューズレターを発行することで、僅かなりとも皆さんの参考になればと考えています。

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反戦インターネット情報