悠久幻想曲3SS

 

悪夢の夜2

 

23時の鐘が鳴る。

「そろそろ寝るか」

 ロビーの長椅子に横になりながら雑誌を読んでいた第4捜査室、

通称ブルーフェザー室長ルシード・アトレーはゆっくりと立ち上がると

見てもいなかったテレビのスイッチを切り、見回りを兼ねて自室から遠回りの階段に向かって歩き出した。

 

バタン!!

 

 けたたましい音と共に壁際の部屋の扉がおもいっきり開かれる。

それと同時に一人の少女がルシードに体当たりした。

「な、なんだ?」

 体当たりした後、ルシードにしがみついているのはフローネ・トリーティアだった。

「せせせ、センパイ! た、助けて下さい!」

「あ? 何だ、何があった?」

 普段意外と神経が図太いフローネが珍しく取り乱しているのを感じ、ルシードも真剣に聞き返す。

「わ、私の部屋に、ご、ご・・・」

「強盗がいるのか!?」

「ゴキブリがいるんです!!」

「・・・あ?」

「だから私の部屋にゴキブリが出たんです! センパイ助けて下さい」

「・・・お休み」

 ルシードは溜息をついた後、自室に向かってゆっくりと歩き出した。

「そんな、酷いですセンパイ!!」

「ったくゴキブリくらいで騒ぎやがって・・・ティセなんかこないだ綺麗な虫を捕まえたとか言って

手掴みで俺の部屋に持ってきたぞ?」

「・・・それはそれで物凄く怖くありませんかセンパイ?」

「・・・ああ、あれ以来俺もゴキブリが苦手なんだ。じゃあな」

「そんな・・・センパイに見捨てられたら私どうしていいか・・・」

 フローネはすがるような目でルシードを見つめた。

潤んだ瞳が恐ろしく美しい。

「・・・ったくしかたねぇなぁ」

 ルシードは赤くなった顔を見せまいとフローネの部屋に入り、持っていた雑誌を丸めた。

「あのセンパイ? もしかしてその雑誌でゴキブリを叩くんですか?」

「あ? まさかかわいそうとかいわねぇだろうな?」

 フローネは心の優しい少女だった。

その優しさは他人であろうと動物であろうと変わらない。

「いえ、潰されると私の部屋が汚れて嫌なんですけど・・・」

「・・・」

ゴキブリは優しさの対象外だったらしい。

「お前なあ、どうしろっていうんだ?」

「えっと、出来れば私の部屋から追い出していただければ・・・」

「あー、はいはい」

 フローネは意外とちゃっかりした性格である事を知っているルシードは

曖昧にうなずくと部屋を見回し、ゴキブリを探した。

「こいつか」

 床の隅にじっとしているゴキブリを見つける。

 

目が合った気がした。

 

「しまった!!」

 目が合った一瞬の隙にゴキブリは一気に走り出し、ベッドの下に潜り込んだ。

「センパイどうしたんですか?」

 廊下で待っていたフローネがルシードの声に反応し質問する。

「ゴキブリはベッドの下に逃げた。もう安心だ」

「そんな! 全然安心じゃありませんよ!」

「フローネが起きてる間は動かないと思うぞ?」

「・・・怖くて眠れません」

「別に怖かねぇだろ? とって食われるわけじゃあるまいし」

「そういう問題じゃないです。寝てる間にカサカサ動かれたら怖いじゃないですか」

「別に害はねぇだろうに・・・」

「眠っている間に口の中に入ってきたり、脳に卵を産み付けられるかもしれないじゃないですか」

フローネの目は本気だった。

「・・・そーゆう本ばっかり読んでるからそんな解らん発想をするんだろうが。

ってかもうどーしようもねぇだろ。ベッドを動かさなきゃどうにもならねぇしな」

「ベッドを動かしてください」

「無茶言うな!!」

 もうティセやルーティは眠っている時間だ。

多少冷静になればそんなことが出来ないことくらいフローネにも理解できた。

「それじゃ私はどうすれば」

「説得してみればいいんじゃねぇか?」

「説得? ゴキブリをですか?」

「ああ、フローネは動物と会話できるんだろ?

ゴキブリに部屋から出てってもらうよう頼んでみればいいじゃねぇか」

「無理ですよセンパイ。ゴキブリは虫ですよ」

「・・・試したのか?」

「えっ、それは無いですけど」

「案外話の通じる奴かもしれねぇぞ? 言ってみろよ」

「・・・そうでしょうか? 解りました、頼んでみます」

「・・・あ?(冗談だったんだが)」

 フローネは自室に戻ると恐る恐るベッドの下を覗き込む。

「あ、あのゴキブリさんいらっしゃいますか?」

 真っ暗でゴキブリの位置はまるでつかめなかった。

「あっ!」

フローネは小さく声をあげた。

「どうした?」

「・・・いえ、一瞬思念波のようなものがあった気がしたんですが、もしかしたら本当に

お話できるかもしれません。もう少し試してみます」

「そ、そうか、がんばれ」

 そうは言ったがゴキブリと仲良く会話するフローネを想像して

物凄く絵にならないと思うルシードだった。

「ゴキブリさん? よかったらお話しませんか?」

そう言ってフローネはベッドの下に更に顔を近づけた。

 

それがいけなかった。

 

黒い塊がフローネの顔面に飛んだ!

 

「えっ?」

それが何なのかフローネには最初気づかなかった。

「ふ、フローネ、肩に・・・」

ルシードの声に振り返るフローネ。ルシードは全身から汗を流していた。

「肩ですか?・・・きっ、きゃああああああ!!!」

 フローネの肩にゴキブリが止まっていた。たまらず悲鳴をあげるフローネ。

それが更なる悲劇を生んだ。

 驚いたのか? 何を思ったのか解らないがゴキブリは

フローネの悲鳴を契機として彼女の服に潜り込んだのだ!!

「いやあああああっ! センパイ、ご、ゴキブリが、ゴキブリが! いやあっ!」

 フローネは失神寸前の半狂乱状態だった。服の中に入ったゴキブリを取ろうと必死に暴れまわる。

「お、落ち着けフローネ! 暴れたら余計に・・・」

 今のフローネにとってルシードの声は「溺れる者は藁をも掴む」という

ことわざで言うところのまさに藁であった。

「センパイ、助けてくださいっ!!」

 ルシードに強引にしがみつくがバランスが崩れ、二人はベッドの上に倒れこんだ。

「センパイ早く! 早く取ってください!!」

 ベッドの上でバタバタと暴れるフローネ。覆い被さる状態で倒れているルシード。

「ど、どこだ!?」

「い、今お腹の所に・・・あっ、ああっ・・・嫌ぁああッ、駄目! 止めて!!

動かないでっ・・・うっ、い、今、胸の方に・・・」

「胸だな、解った!」

ルシードはフローネの上着を強引に捲り上げた。

 

 ここでルシードの名誉の為に言っておこう。彼は決してやましい気持ちで行動したわけでわない。

パニック状態のフローネを一刻も早く助ける為の行動であったと、

せめて読者の皆様は理解していただきたい。

 

ゴキブリは服を捲くられると同時に飛び出し、廊下の方に逃げていった。

 

「はぁ、はぁ・・・いったぞフローネ」

「ほ、本当ですか? 私、怖くて・・・うっ、ううっ」

 余程怖かったのだろう。フローネは静かに泣き出した。

「怖かったか? まあいってよかったな」

「なにが良かったんですかルシードさん?」

「・・・あ? な、何だ!?」

 物凄く冷静ながらも怒りを押さえ込んだメルフィの声が廊下から聞こえ、振り返るルシード。

廊下にはブルーフェザーのメンバーがズラリと揃っていた。

「『いったぞフローネ』とは、一体何処にいったのか聞きたいものだなルシード」

 ゼファーが刺すような視線でルシードを見る。

「フローネ泣いてるじゃない! 無理矢理なんてルシード最低!!」

 ルーティが真っ赤な顔でルシードを睨む。

「ご主人さま凄く満足そうなお顔でしたけどフローネさんと何かいいことあったですか?」

 眠たげながら、尚且つ物凄く意図と違いながらも嫌な意味で的確なコメントをするティセ。

「ったく、ここにはお子様もいるんだからせめてドア閉めてからやって欲しいわね」

 バーシアがまるでゴミでも見るような目でルシードを見る。

「お、お前ら物凄くとんでもない勘違いをしてねぇか? これはなぁ・・・」

 

 

服を肌蹴させ、ベッドで泣きじゃくるフローネ。

 

息を荒げながらフローネに覆い被さる形で彼女の上着を脱がせていたルシード。

 

「嫌! 止めて! 等といったフローネの悲鳴」

 

証拠物(ゴキブリ)の逃走。

 

「・・・」

 

説明は・・・限りなく難しかった。

 

「フローネ、泣いてるとこわりぃんだがこいつらに説明してくれねぇか?」

「うっ、うっ、センパイは、センパイは・・・話せば解るって言ったのに・・・嫌っ、思い出したくないんです!」

 被害者と思われているであろう人間から証言を得る。

ルシードの行動は間違っていなかった。・・・筈である。

 

「!!!」

 その場の時は止まったし、ルシードは背筋が凍った。

(気持ちは解る、気持ちは解るが・・・何も今そんな言い方をしなくてもいいだろう?)

「ルシードさん、まさか本当に・・・」

 メルフィの言葉には、先程充分怒りを感じていたが、今度の言葉には

ルシードに対する哀れみも含まれているとルシードは感じた。

「若いから色々あるとは思うが・・・まさかルシード、嫌がるフローネを力ずくでではないだろうな?」

 ゼファーの言葉には殺気が含まれているとルシードは思った。

「おい、いいかよく聞け、これは・・・」

「あの・・・」

 ルシードが事態を打開する為の発言をフローネが遮った。

「私、私、汚れてしまったから、ゴメンナサイ、シャワーを浴びさせて下さい。

あの、センパイは何も悪くないんです、私が全部悪いんです。だから・・・ゴメンナサイ!」

 フローネはそう言うとシャワー室に飛び込んだ。

シャワーの音に紛れてフローネの嗚咽が聞こえた。

 

沈黙が訪れる。

 

・・・微妙だった。もの凄く微妙だった。

 

「・・・フローネ、あんたは汚れてないよ。汚れてるのはアンタを傷つけたルシードさ」

 バーシアのフローネをいたわるような小さな呟きは、天秤を大きく傾けた。

「お、おい、ビセット、お前は信じてくれるよな?」

 ルシードは今まで黙っていたビセットに気が付き、声をかけた。

今度はルシードがビセットという藁を掴んだのである。

「・・・ル」

ビセットがブルブルと振るえながら搾り出すように呟いた。

「る?」

「ルシードの裏切りものー!!」

ビセットは泣きながら走り出し、自室に飛び込んでいった。

「・・・あ?」

 意味が解らない。誰もがそう思ったとき、ルーティがとんでもない発言をした。

「・・・もしかしてルシード、二股かけてたんじゃ?」

「あ? 何を言って・・・」

「そうよ! それにフローネが気付いて、別れ話の縺れからルシードが無理矢理フローネに・・・」

「お前何を馬鹿馬鹿しいことを・・・」

「なるほど、それなら辻褄が合うな」

ゼファーが信じられない同意をした。

 

 ゼファーの名誉の為に言っておくがこの時ゼファーは

寝起きで意識がはっきりしていなかったのだと理解して頂きたい。

 

 ルシードのもとにジリジリとブルーフェザーのメンバーが近づいてきた。

 

・・・武器を持って。

 

「お、おいお前らまさか・・・や、やめ・・・」

 

 

「ふぅ・・・」

 たっぷり一時間シャワーで体を清めたフローネは大きく溜息をついた。

冷静になると説明しなければいけないとわかってはいても

ゴキブリに体を這いずり回られたことを言うのはどうしても躊躇われた。

「いっそ誤解されたままでも。恋人同士なんだし・・・あんな姿見られたらもう

センパイに結婚して貰うしかないし」

 そんな事を考えるとフローネは少し笑う。

「そうだわ、あれ以来センパイ全然何もしてくれないし、この間のキスだってインチキだったもの。

ちょっとくらい誤解されてもいいわよね」

 フローネは晴れやかな気分でバスルームから出た。

「何かしら? なんだか血生臭い匂いが・・・あら?」

 ベッドの上に肉の塊のような物があることに気付き、近づくフローネ。

 

天井から一枚の紙が落ちてきた。

 

「『女(男)の敵、天誅』・・・え? まさか、センパイ?」

 

「い、いやあああああああああああっ!!」

 

 

その夜、何度目かの悲鳴が聞こえた。

 

 

おしまい


あとがき

ちょっとHな『悪夢の夜』シリーズ第2弾、フローネ編です。

ありがたいことにうおたかとう本店も2周年+8万ヒット突破とゆーめでたき記念作品。

(記念作品がこれー?:汗)

ゲームのテキストを読んでたんですがフローネって変(笑)ってか変わり者ですね。

みょーに可愛いんですっかりやられてしまいました。

今回の追加パロディは「かまいたちの夜2」

夏はホラーとゆーことでw(ホラーかこれ?)