私はまだ…

 

 

 

生きています

 

 

 

 

 

 

エバーグリーンアベニュー+エターナルメロディSS

 

『永遠の唄』

 

 金髪で青い服、優しい瞳が印象的な青年カタンは、人間界と精霊界を結ぶ入口。当時は精霊王の避暑地としても使われていたイルム・ザ―ンの空中庭園に来ていた。目の前の空中に浮かぶ美しい女性を見つめている。

「カタンさん、ようこそいらっしゃいました。いにしえの精霊王の恩人であり、女王の親友であるあなたとの契約忘れてはおりません。私はその契約を果たす為に精霊王に遣わされた者、暁の精霊。契約に従いあなたの願いを叶えましょう」

 

 カタンは1度目をつぶった後、静かに瞼を開いた。

 

 澄んだ瞳だった。

 

「ボクを…ボクを殺してください」

 

 1

 

 人間界と精霊界が再び結ばれてから1000年もの月日が流れた。

 永き血の交わりにより、炎の精霊と人間の混血の間に生まれた炎の民。緑の精霊と人間との間に生まれたエルフ族。月の民と人間との間に生まれた影の民。多くの混血達が人間ではなく新たなる種族として認識され、人間界は次なる世界へと緩やかに進化していった。

しかし、永遠に変わらない者もいた。

 大陸北方ガーデングローブ地方の田舎町「メルデルビア」の森に大きな屋敷を構えている青年カタンである。

 そのカタンは自室で生活に必要ないくつかの物だけを小さなカバンにしまっていた。

「お父さん、どこかにでかけるんですか?」

長身で空色の髪をした若者がカタンに微笑む。

「はい。そろそろいかなければ間に合わないんです。もうこの屋敷に帰ってくることは出来ないので屋敷も財産も自由に使って下さい」

カタンも若者に微笑み返す。

「もう帰ってこないって…お父さん!どういうことです!?」

カタンのあまりにも唐突な言葉に若者は思わず叫ぶ。

「そのままの意味です。ボクはもうこの屋敷に、この森に、この町には帰ってこれないんです」

カタンは微笑みを崩さない。

「そんな…お父さん、ボクが嫌いになったからですか?ボクがお父さんの言う事を聞かない悪い子だからですか?夜になっても精霊達と唄を唄って騒いでいる事に怒ってらっしゃるならもうしません!だから…」

 若者は必死にカタンを引きとめようとしていた。

「ああ…違うんです。ボクはあいかわらず馬鹿だな。すみません、素っ気なく別れてしまえば寂しさも少なくなると思ったんですが…」

カタンは若者をそっと抱きしめる。

「お父さん?」

「上手く説明できないけど…ボクは今すぐにでも行かなければならない所があるんだ。もう2度と会えない所へ。君を1人にしてしまう事を許して欲しい。でも忘れないで、ボクも…アイラも君の事を本当に愛しているよ」

 カタンは若者を強く抱きしめる。それは涙に濡れた自分の顔を見られたくなかったからかもしれない。

 

 

「カタン…さん?」

 暁の精霊は目の前にいるカタンの言葉を聞いて思わず聞き返してしまった。『ボクを殺して欲しい』そんな事を言ったにもかかわらずカタンの瞳はどこまでも澄んでいたから。

 屋敷を出て二週間程、カタンは目的の場所にたどり着いていた。いや、まだその入口でしかないのだが。

「あ、あの、すみません。酷いお願いだっていうのは解っているんです。でも死にたくて死ぬとかそうゆうんじゃ無いんです。ボクの寿命が来た。そう思ったからなんです」

 困惑顔の暁の精霊に必死になって説明するカタン。

しかし説明にもなっていない。

「永遠の命を持つあなたの寿命とはなんですか?」

「ボクの寿命?ああ、それは忘れない事です」

「?」

暁の精霊は首をかしげる。そんな答えではさっぱりわからないのは当然だった。

「ボクは人間と変わりありません」

「…はい」

 カタンは人間ではない。魔法で命を与えられた人形である。

 だがそれが何だというのだ、目の前の青年は優しく微笑んだ後、私の困惑に対し必死になって説明している。

喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。それは人間なのだ。

 

「…ただ少し変わっていて歳を取らないんです。でも人には寿命があるでしょう?ボクにとってその寿命とは忘れない事だって思うんです。人は思い出と…未来への希望があるから生きていけると思うんです。ボクは過去を全て覚えています。楽しかった事、辛かった事全て…全て溜まってしまったんです。後は思い出を消すしか無い。でもそれはボクの生きた証を殺す事になる。だから今、寿命なんです」

 そしてカタンが人間より優れているもの、忘れえぬ記憶と永遠の命。そのひとつが消え去る時、その時が彼にとっての寿命である。彼はそう言っているのだ。

「…辛い思い出だけを消すことは出来ないのですか?」

「辛い思い出も大切な思い出なんです。辛さが解っているから幸せの素晴らしさも解る。思い出に良い悪いは無いんだと思います」

 

 (姫さまに聞いた通りの人…あなたの友人は千年たっても変わっていないようです)

 

 暁の精霊は微笑みながら小さな溜息をつく。

 

「あなたにとって千年以上の寿命は辛かったですか?」

「いいえ、素晴らしい人生でした。かけがえの無い父がいて、多くの友達が出来て、愛し愛される人アイラに出会えて、そして大切な子供と一緒に生きていけて…素晴らしい人生でした。ボクはきっと世界一素敵な人生を送れたと思います」

 

彼の微笑みと瞳に嘘は無い。

 

「解りました。アイラ…貴方の願い叶えましょう。ではカタン、貴方の願いはなんですか?」

「えっ!?ボクの願いは今…アイラの願いってなんのことですか?」

 突然アイラの名前が出て驚くカタン。

今度はカタンが困惑する番であった。

暁の精霊は目を細め、楽しげに話し出した。

「アイラの願いは…」

 

 

―――――950年前

「ってワケなのよ!解った?」

「は、はい…」

ここは空中庭園。暁の精霊を前にしてアイラは願い事を一気に捲くし立てた。

「そう?解ればいいのよ。でもアイツ寂しがりやだから3日も持たないんじゃないかしら?そうね、それじゃ100年!…無理ね。まけて30年位…も無理かな、う〜ん…」

 アイラは腕を組んで考え込んだ。随分歳を取っているが若々しさは50年前と何も変わらない。

「あの、アイラさん?」

「そうだわ!アンタ幾つ?」

「と、歳ですか?1019歳ですが…」

「1019歳!?どうしてよ?どーみたって20歳前後じゃない」

「暁を司る私は…長寿ですから」

長寿というレベルを超えている。

「…1000絶対無理ね。ってか最初っから年数じゃないのよ!いい?アイツか人生に満足しているようだったら100年だろうが10年だろうが3日だろうが構わないわ!それでいい?」

「は、はい結構です」

勝手に願い事を言っているのはアイラであり暁の精霊に意見は無いのだが…

「それでさぁ?願い事100個にしてくれってのはやっぱり駄目なの?」

「駄目です」

「ケチ!」

「…」

 

 

―――――947年前。

「アイラ!死なないで!!」

 カタンの屋敷のベッドに眠りつづけるアイラ。その手を必死に握り締めるカタン。今まさにアイラの寿命は尽きようとしていた。

「…うっさいわね〜、眠れないじゃない」

「ご、ゴメン、でもこのまま眠ったら死んでしまいそうで…」

「寝なきゃどっちにしろ死ぬわよ。で、あの子はどこにいったの?」

首を少し傾ける。

「薬を買いに行ってるよ」

「…馬鹿ねぇ、寿命にきく薬なんてある分けないじゃない」

クスッと笑うアイラ。

「でも君の寿命は本当ならもっと…」

いつまでも手を離さないカタンは声を絞り出すように呟いた。

「怒るわよ!これは寿命なの、あんた達が苦労かけるからお迎えが早かったのよ!本来なら150歳は生きなきゃ元取れなかったんだから、その分あんた達は生きなさいよ?」

「アイラ…ボクは…」

「それ以上言ったら嫌いになるわよ?」

「でもボクにはきっと寿命は無いよ…」

どこか諦めの表情でアイラを見つめつづけるカタン。

「あるわ!きっとある。あんたは人間と同じだもの!でも少し変わってるからね。そうね、もし寿命が来なかったらアタシが決めてあげる!」

「アイラ?」

「私の事…忘れそうになったらそれが寿命。どう?」

「ボクが君の事忘れるわけ無いじゃないか…」

「そう?だったらずっと生きていればいいわ。忘れなければ寂しくないでしょ?」

「寂しいよ…」

「うるさい。もう寝る。いい、あの子と仲良くね。あんたと出会えて良かったと思う」

「…アイラ、ボクと一緒にいてくれてありがとう」

「それだけ?」

目を閉じながら…

「愛してる。アイラ…」

「よろしい」

優しく微笑み、もう2度と目覚める事はなかった。

 

 

「…アイラの願いはもし貴方が人生に納得しているようであったら死を与えてあげて欲しいというものでした」

「…アイラ」

それ以上言葉が出なかった。胸が…苦しかったから。

「カタンさん、貴方の願いはなんですか?」

しばらくの後、おし黙ったままのカタンに暁の精霊は再び願い事を尋ねた。

「ボクの願いなんて…もう…そ、そうだ!ボクには、ボク達には子供がいるんです。もしその子が人生に悩んだ時、叶えられない願いがあった時、助けてあげて欲しいんです。駄目でしょうか?」

カタンは1度ハッとした表情の後、暁の精霊に願い事を言った。

「…(この人達は本当に)」

暁の精霊はカタンを見つめた。

「あ、あの…駄目でしょうか?」

カタンが不安そうに暁の精霊を見つめ返す。

「はい、解りました。貴方の願い…いつか訪れるとしたらきっと叶えましょう」

暁の精霊は優しく微笑んだ。

「ありがとう、暁の精霊さん。ではアイラの願いを叶えてくれますか?」

カタンも微笑み返す。

「…はい」

(メイズさん…ボクを作ってくれてありがとう。精霊さん達、ずっと親友でいてくれてありがとう。メルデルビアのみんな、優しくしてくれてありがとう…)

カタンは出会った全ての人々に感謝した。

 

(アイラ…誉めてくれるかな?それともまだ早いって怒るのかな?)

カタンはアイラと再会した時を想像して思わずクスッと笑ってしまう。

 

 

そして…空中庭園は光りに包まれた。

 

 

「…これが私が知っている2人の全て。そして2人の最後の願いです」

暁の精霊が全てを聞きたいと願った目の前の若者に語り終える。

「そうだったのですか。ありがとうございました」

若者は屈託の無い笑顔で答えた。

 

 どれだけの月日が流れたのだろう?誰一人住む者のいない空中庭園は美しいままであったが、既に廃墟となっていた空中庭園に通じている都市が永い年月が過ぎたことを証明していた。

「お父さんは人生に満足して、そして寿命をまっとうして亡くなったんですね。それだけが気がかりだったんです。暁の精霊さん、お母さんの願いを叶えてくれてありがとうございます」

「…はい」

暁の精霊はどこか元気無く答えた。

「おや? 元気が無い。どこか調子でも悪いのですか?」

若者が心配そうな顔を向ける。

「いいえ、なんでもありません」

 そういって寂しげな笑顔を向ける。暁の精霊は若者の正体を知っていた。だからどこか哀しかった。

 まだ元気だったはずのアイラさんが願い事を言った3年後に死んでしまった事。人形であったはずのカタンさんの子供である事。そして…カタンの子供である目の前の若者はカタンと解れてから数百年後に自分の目の前に現れた事。

 解ってはいたのだ。この若者もカタンと同じく創られた人形であるという事は…アイラさんの命を使って。

「あなたの願いはなんですか?カタンさんとの願い…今叶えましょう」

 暁の精霊は搾り出すように言葉を言った。自分はこの家族に永遠なる安らかな眠りしか与えられないのだと思ったから。

「私の願い…ですか? 困りましたね、今私は満足しているのですが…」

「えっ!?」

暁の精霊は若者の意外な返答を聞き、思わずすっとんきょうな返事をしてしまった。

「おや? そうは見えませんか?」

「あっ、いいえ、すみません」

暁の精霊は苦笑いする若者に赤面してあやまった。

「う〜ん、願い事か…そうだ暁の精霊さん、貴方女神になって頂けますか?」

「はあ?」

 またもすっとんきょうな返事をしてしまう。が、今回は若者の言っている内容が変だ。

「つまりですね、本当に困っていて、でもどうにもならない人の願いを叶える女神になって欲しいんです」

「全ての人の願いを叶えろということでしょうか?」

暁の精霊は困った表情で答える。

「違いますよ。本当に貴方を必要としている人の願いだけを叶えてあげる存在になってほしいんです。そうだ、それじゃあ試練を与えましょう。貴方に会う為には色々と苦労しなければならない。生半可な覚悟では貴方に出会う事さえ出来ないように。そしてその人を見てあげてください。願いを叶えてあげるに足る人物であれば助けてあげる。それでどうです?」

「…何故女神なのですか? 私は精霊なのですが…」

「女神の方がカッコイイじゃないですか」

「…」

 若者の表情を見ても真剣なのかふざけているのか解らなかった。

「貴方は…」

「はい? なんでしょうか」

「貴方は思い出が全て埋ってしまった時、どうしますか?」

言葉の意味する所がわからず若者は困った顔をした後

「過去を忘れますよ」

きっぱりと答えた。

「そう…ですか」

「…そのかわり唄を作ります」

「唄?」

「はい、見たり聞いたり感じた事を全て唄にして覚えます。そして歌うんです。歌さえ忘れなければ思い出を捨てた事にならない。その唄を他の誰かが聞いて覚えて歌ってくれれば、思い出は共有される。素晴らしいですね。思い出が全て唄になる頃は果たして何千年後でしょうね…」

 若者はニッコリと微笑む。つられて精霊も微笑んだ。

「あなたは永遠に生きるんですね」

「さあ? それはどうでしょう。ですがお父さんとお母さんが紡いだ新しいこの世界を、再び2人に会えた時語ってあげたいんです。私を作り、育て、愛してくれた2人に感謝を込めて…」

 

(そう、この世界がなくなるまで…)

 

「解りました。貴方の願い叶えましょう。そして…再び出会いましょう」

「ええ、また会いましょう」

若者は軽く会釈をして歩き始めた。

「あっ!? ちょっと待ってください」

「? 何か?」

「試練を忘れていました。あなたのそのハープを頂けませんか?」

若者の手にあったハープを指差す。

「これを? ええどうぞ」

暁の精霊…いや女神はハープを受け取った。

「このハープを…」

 

 

若者のハープは金色に輝き…

 

 

 

そして…

 

 

 

…いつか

 

 …どこかで

 

 

「そ、それじゃあ元の世界に帰れるのか?」

「ええ、そのアイテムを魔宝というのです。それが…」

 

 

 

 

 

 

 

 

永遠の唄を歌おう

 

そして悠久の曲を奏でよう

 

あなたが紡いだこの世界を語ろう

 

この悠久に続く幻想のような世界をメロディーにのせて…

 

 

 

私はこの世界を愛しています。

 

私を育て、愛してくれた誰かへ…

 

 

……私はまだ生きています




あとがき:遠い遠い未来ではなく、ずっとずっと過去の物語。とゆーわけでエバーグリーンアベニュー+エターナルメロディ

(またかよ)合体SS「永遠の唄」です。読んでくださった方ありがとー。まあブレイク前のmoo系作品と干からびてしまった(苦笑)

悠久後のゲームなんでどれだけの人が認知しているのやら…

 エバグリってシナリオとっても良かったんだけど…はぁ。だとしてもカタンが選んだ選択肢後の物語。

カタン最後つらいだろーなぁ、とか思って「そんなことなかったですよ」ってお話を書きたかったです。

でも最後バットENDですねコレ(苦笑)。何故生き続けるのか、歌いつづけるのか、忘れてしまったけれど、

きっと愛されていたと思う。だから…私はまだ生きています。

2人の子供は当然あの人です(笑)ミステリアスな人なんで本人も自分の正体忘れてるんだろーなぁって。

 

 

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