マリア
「…と、いうわけで魔法使いのおばあさんに美しいドレスとカボチャの馬車を用意してもらったシンデレラはお城の舞踏会に出れることになったの」
「すご〜い…」
大きなベッドから腰をあげ、シンデレラの絵本を読んでいる金髪の美しい女性の傍らで、元気に跳ねた癖のある金髪に好奇心に満ちた大きな深緑色の瞳をした小さな少女が感嘆の声を上げた。
「ふふ、そうね、凄いわね」
絵本を読んでいた女性がベッドの上からやさしく少女の頭を撫でる。
「えへへ☆」
少女はとても気持ちよさそうに頭を撫でられながら母の愛情を受け、幸せを感じていた。
「そしてお城に行ったシンデレラはね、」
「あっもういいよ」
絵本の続きを読み始めた母親を少女が止める。
「あら、どうして?」
「だってもう魔法使いさんはでてこないんでしょ?ママ、別の魔法使いさんの話よんで」
「ふふ、マリアは本当に魔法使いさんが好きなのね」
「うん。だって魔法って凄いんだもん☆マリアは将来魔法使いになるんだ♪」
「まあ、マリアは将来魔法使いになるのね。凄いわ、それじゃ将来ママを空飛ぶホウキに乗せてね♪」
「任せて☆」
コンコン…
この幸せな親子の時間は、無粋なノックの音で中断された。
「どうぞ」
「失礼します。奥様、お薬の時間です」
白髪をオールバックにし背広を着た中年の紳士が部屋に入る。彼はこの屋敷の古くからの執事だった。
「ええ、ありがとう。さあマリア、ママはちょっとお休みするからお部屋でお勉強していてね」
「ぶ〜☆マリアまだママといる!」
小さな少女は拗ねる。当然だろう突然楽しい時間を邪魔されたのだから。
「マリア様、奥様はお薬のお時間なのです。さあ、お部屋に戻りましょう?本はジイが読んで差し上げますから…」
「え〜っジイは本読むのヘタなんだもん」
「はうっ、お嬢様そんな…」
「ふふ、マリア、あんまりジイを困らせてはダメよ。ゴメンね、ママちょっと休まないといけないから…」
彼女は本当にすまなそうな表情でマリアに言った。
「…うん、わかった」
大好きなママにそんな表情をさせたくない。ママには笑っていて欲しい。だからこの少女はママに対してはあまりワガママを言わなかった。
「ママ、お休み」
「おやすみなさい、マリア」
ドアを閉める。まだ日も沈み切っていないのにママとはいつも夕方にはお休みを言わなければならなかった。ママは病気だったから…いっぱい薬を飲んで、いっぱい眠らないと駄目だったから。
「…マリア、また拗ねちゃうかしらね?」
誰にも視線を合わせずに呟く。
「マリア様は良い子です。きっと分かっておりますとも」
先程の執事か答える。
「…どうせ長くないのであれば少しでもあの子の側にいてあげたい。直る観込みが無いのなら薬等飲まず、1分1秒でもマリアの側にいてあげたいのに…」
「何をおっしゃいます!きっと旦那様が良い薬を見つけて下さいます!この薬とてようやくみつけた奥様に効く薬ではありませんか!!」
「…ふふ、そうね」
効かない。今服用している薬は効かない。いや,おそらく現存している薬は何一つ効かないのだ。今服用している薬でさえ対した効果はない。睡眠効果が強い為、傍目には効いているように見えるだけだ。しかしその薬が効いていると信じて遠方から苦労して取り寄せてくれる主人や、屋敷の人々の心遣いに感謝して服用しているに過ぎない。
「それでは休ませてもらいますね。マリアをお願いします」
「はい、奥様」
頼りになる執事にマリアを頼んで彼女は今日の眠りに入った。
2週間後
エンフィールドには珍しく昼から雪が振り出していた。
「…そして魔法の力でそのお爺さんは元気になったのです」
「すご〜い」
今日もマリアは魔法使いが活躍する新しい絵本をベッドの上の母親に読んでもらっていた。
「それからお爺さんとリス達は仲良く暮らしましたとさ」
「わぁぁ、お爺さんよかったね♪」
「そうね。魔法使いさんのおかげね」
彼女はそう言ってマリアの頭を優しく撫でる。マリアが1番好きな時間。1番好きな時。だからママの違和感に気づいた。
「…?。ママ、手、熱いよ?それに何だか振るえてるみたい?」
「…そ…ぅ…」
消え入りそうな声。マリアは不安になり、頭を上げた…
「えっ?」
頭の上にあったママの手はそのままダラリと下がった。
「ママ!?」
「ど、どうしましたマリアお嬢様!!」
部屋の外に待機していた執事が部屋に飛んでくる。
「ジイ、ママが、ママが…」
「こ、これは…失礼致します」
執事は彼女の額に手を当て熱を測る。
「!?誰かいるか!急いで先生と旦那様を!!」
ママの身に何かあった。幼いマリアでも充分に分かってしまった。
「ママはどうなの?ジイ!!」
「うっ、っくう、大丈夫、大丈夫ですぞ!!」
執事は幼いマリアを抱きしめ、涙を流していた。
3時間後…
「旦那様はまだ戻られないのか!?」
「はい、何分この雪で道路が…」
「何たること、このままでは奥様があまりに不憫だ…もう、もう持ちませんぞ…」
その時マリアは魔術師組合の建物にいた。
「お願い!助けて!!ママを、ママを魔法で助けて!!おじさん魔法使いなんでしょう?魔法でママを助ける事ができるんでしょう?」
「…」
幼いマリアの必死の懇願も、魔術師組合の長にはどうすることもできなかった。
「すまんの、マリア。いかに偉大な魔法とて、出来る事と出来ない事はあるんじゃ…」
「そんなことない!魔法は空だって飛べるし病気だって治せる!きっとママの病気だって…」
「…マリア、スマン。ワシには無理なんじゃ…」
魔術師の長は出来ないでは無く、ワシには無理と言った。それが今出来る彼の精一杯の優しさであった。
「もういい!頼まない、マリアが自分で助ける!!」
マリアは雪の中屋敷に帰っていった。
「ママ!!」
マリアが彼女の部屋にやってきたのはそれから30分後の事だった。大量の本を抱えている。
「マリアお嬢様!今までどこにいらしたのです?奥様が待っておられましたぞ?」
「ママの病気が治る魔法の本を持ってきたの。これでママは治る!」
「…お嬢様…」
「待っててママ、今マリアが治して見せるから!!」
マリアは持ってきた絵本をパラパラと捲り、絵に画いてあるポーズを真似て必死に呪文を唱えた。呪文は唱えられないので「え〜い」とか「やあっ」等という掛け声であったが。
そのたびにベッドの上の母親に
「ママ良くなった?」「今度はどう?」
と何度も確認を取る。そのたびに母親は息も絶え絶えながらも笑顔を作り、
「うん、楽になってきたわマリア」
と優しく微笑むのだった。
この微笑ましくも痛ましい親子の愛情に部屋にいる執事や医者、メイドは涙を必死に耐えていた。叶わない願い。起きるべくも無い奇跡。でもどこよりも、誰よりも深く今この場所に愛があり、誰もが奇跡を願っているのに…
「マリアありがとう。とても楽になったわ」
彼女はマリアの頭に手を乗せ、力無く頭を撫でた。
「…うっ、うぁ、ウソだよ、ママ、苦しそう、だよ…」
マリアは彼女に手を乗せられた時、もう泣き出していた。声は上げない。でも涙だけは溢れて止まらなかった。子供ながらにママとの永遠の別れを悟ってしまったから…
「そんなことない。マリアの魔法のおかげでとても良い気分よ」
「でも、でもぉ…」
「マリアは魔法使いになるのよね?」
「なる。でも、なったって、ママは…」
「ホウキ、乗せてくれるんでしょう?ママ雲の上にいるから迎えに来て」
「?ママ、雲の上にいるの?」
「そうよ。死ぬ人はみんな雲の上で大切な家族を見守ってるのよ?ママはマリアが怪我しないようずっと見守ってるの…」
「…うん、マリア絶対ママを迎えに行く!!」
「そうね、待ってるわ。マリアが大好きな皆を幸せにできる魔法使いになれるよう雲の上で見守ってる。パパやジイや達と仲良く、いい子でね?」
「うん、わかってるわママ!マリアは魔法で皆を幸せにして…そして…ママ?」
「…」
笑顔で、そしてとても安らかに…彼女は永遠の眠りについた。
「ママ〜!!!」
きっとマリアの魔法はかかっていたのだ。こんなに安らかな、幸せそうな笑顔で彼女は眠りにつくことが出来たのだから…
10年後
魔術師組合
「つまりじゃ、このクロノスハートという魔法は…」
「あっまたマリアさんが除いてますよ長!」
外の窓から魔法の講習を覗いていたマリアは『しまった!』という表情をして一目散に逃げ出した。
「まったくショートさんの娘は…どうしますか長?また街をヨーグルト漬けにされかねませんよ?」
前回のエンフィールドヨーグルト事件で片付けを手伝わされた魔術師組合の青年は長老に意見を求める。
「ふふ、まあよいじゃろう、やらせてやれ。大抵の事はジョートショップの若いのがなんとかするじゃろう」
「…長老は甘いなあ、とばっちりがこなきゃいいけど…」
魔術師組合の長老がマリアに甘いのは有名な話だ。怒っても尻たたき程度。マリアに言わせると
「マリアの才能に恐れをなしてるのよ☆」
ということらしいが真実は誰もしらない。
「ぶ〜☆あとちょっとだったのに!あっ、テディと歩いてるあいつは!ちょうど良いわ、実験台になってもらお〜っと!」
ジョートショップの青年を見つけて嬉々として走り出す。
彼女は今日も魔法を使う。
みんなを幸せにできる魔法使いを目指して、そしていつか雲の上へ…
おわり