V作戦〜リカルドの陰謀〜
父親と娘。たった2人だけであったが家族そろっての夕食。
「いただきま〜す」
「…」
娘が湯飲みにお茶を注ぐ。しかし父親の方は1点を凝視して動かなかった。いや動けなかった。
「どうしたのお父さん?お腹空いてないの?」
「いや、そういうわけじゃないんだが…」
たった一つを除いていつもと同じ世界。しかしそのたった一つの違和感に父親であり、自警団第1部隊隊長リカルドは大切な1人娘であるトリーシャに質問せざるおえなかった。
「トリーシャ、質問してもいいかね?」
「うん、なあにお父さん?」
「何故今日のオカズはチョコレートだけ、なんだね?」
そう!今日のフォスター家の食卓にはご飯とお茶、そして大量の板チョコしかなかったのである。
「あはは、ちょっと買いすぎちゃって。でもチョコレートって栄養があるんだよ!気にしない気にしない♪」
トリーシャは笑顔で板チョコを箸で掴み、ポリポリと食べ始めた。
「…しかしチョコとご飯では合わない気がするんだが…」
「そ、そんなことないよ、美味しいよきっと…うっ!!」
引きつった笑顔を浮かべながら米を口に含んだトリーシャは思わず呻き声を上げた。
「…やっぱり美味しくないね」
たまらずお茶を飲む。
「…うむ、そうだろうな。そもそも何故他のオカズがないんだね?」
「ううっ、ゴメンナサイ。明日バレンタインでしょう?手作りチョコを創ろうと思って板チョコいっぱい買ったら今日のオカズのお金足りなくなっちゃって…」
「バレンタイン?何だねそれは?」
「ええっ!?お父さんバレンタインも知らないの?」
トリーシャが大げさに驚く。リカルドはコクリと頷きながら話を促した。
「はぁ、本当に現代人とは思えないよ。あのね、バレンタインっていうのは2月14日に女の子が好きな男の子にチョコレートをあげて告白する日なの」
ガシャ−ン!!
リカルドの手から茶碗が落ち、粉々に割れた。
「わあっ!ちょとお父さんなにやってるんだよ!あ〜あ、お茶碗割れちゃったよ…」
トリーシャはホウキとチリトリを持って来てテキパキと片付け始めた。
「う、うむ、すまんトリーシャ。手が滑った」
「もう!しっかりしてよね。はい、代りのお茶碗とご飯」
割れた茶碗を素早く片付け、新しい茶碗に大盛りのご飯をよそってリカルドに渡した。
「うむ」
トリーシャは立ち上がったついでに台所を漁り、オカズになりそうなものを物色しはじめた。
「はあ…それよりもチョコじゃオカズにならないよね。お茶漬けなら何とかなるけどそれでいいかな?」
「うむ」
そう言いながらリカルドは黙々と板チョコをオカズにご飯を食べていた。何か考え事でもしているかのように…
「…トリーシャ」
「なあに、お父さん?」
トリーシャは台所で色々と材料を準備しながら振り向かずに返事をした。
「誰かにチョコをあげる気かね?」
「えっ?そんなの当たり前じゃない…」
ガシャーン!!
リカルドの手から再び茶碗が落ち、粉々に砕け散った。
「ガシャ−ンって何?ってええ!?ちょっとお父さんまたお茶碗落したの!?」
「う、うむ、手が滑った…」
「もう!手が滑ったじゃないよ!何で1日に2個もお茶碗駄目にするのさ!!」
怒りながら粉々になった茶碗をまたテキパキと片付けた。
「…」
「…」
片付け終えたトリーシャは無言でリカルドを睨んでいる。
「…トリーシャ、新しい茶碗が来ないんだが?」
「…当たり前でしょう!2個もお茶碗駄目にして、今日はお父さんご飯抜きだよ!!」
「そ、そうか。すまなかったトリーシャ。明日新しい茶碗を買ってくるよ」
リカルドはすごすごと食卓から立ち上がり、そのまま居間で横になった。
食卓からはトリ−シャの『まったくもう!!』『あのお茶碗高かったのに…』という微妙に居間まで聞こえる声量の独り言が聞こえていた。いや、聞かされていた。
「…なあ、トリーシャ」
リカルドは居間でゴロゴロしながら何気なくトリーシャに声をかけた。
「何?謝っても今日はご飯抜きだよ」
「…いや、それはいいんだが、トリーシャにはまだ恋愛は早いんじゃないか?」
「お父さんには関係ないでしょ!!」
「そ、そうだな、スマン」
娘に言われて簡単に引き下がるリカルド。エンフィールド最強の男も娘には勝てなかった。
しかし…
「告白か、トリーシャは父親である私の目から見ても可愛いい。もしも相手の男がトリーシャに下心を持ったら…」
(告白→不純異性交遊→○○○→××××!?)
『そんなことはさせん!!』
リカルドの思考は一気に加速していた。どんなに強く、頭の良い父親でさえ可愛い娘の事になると馬鹿になってしまうのである。かなり極端な例であるが…
『まあいい。だいたい目星はついている。明日彼をトリ−シャに会わせなければいいことだ』
「ハックション!!」
「うわぁっ!!きったねぇなぁ!クシャミするならクシャミするって言え、バカコージ!!」
「…言えるわけないだろバカヘキサ!!」
「何だと!唾飛ばしといてバカとは何だオオバカコージ!!」
「何を!自然現象なんだからしょうがないだろ超バカヘキサ!!」
「ちょ、超だと!!だったらお前は…」
自警団団員寮の一室。その部屋の主である自警団第3部隊隊長コージとその使い魔であるヘキサの口喧嘩は一晩続いたという…
2
「つ…疲れた」
現在夜10時。自警団第3部隊事務所でコージは倒れながら呟いた。
「うえ〜、俺ももうヘトヘトだぜ…なんだったんだ今日は?」
ヘキサも倒れこんだコージの背中に“ポテッ”と落ちた。
とにかく大変な1日だった。
トリ−シャが風邪で休みだとリカルド隊長に聞かされた。それは問題無い。今日の仕事はさして人手も必要無く、実際午前中には終っていた。
もう仕事は無いだろうと思い13時には解散。しかしその直後ジョートショップから急な仕事を頼まれる。コージ1人だったがこの仕事も人手は必要無く、4時には終っていた。
問題はその後である。
「魔物の討伐で人手が足りないから」
とリカルド隊長に協力を頼まれ森に向かった。
何と3人で!!(ヘキサ含む)
随分森の奥深くまで入りこみ、
傷害事件を起こしていた凶悪な魔物3体を倒し、
以前からマークしていた盗賊団(何と10人!!)を壊滅、
そしてわざわざ“フサ”の集落に挨拶に赴いたのだ。
普通に考えて1部隊で1ヶ月はかかるであろう事件を6時間で、しかも2人で解決したのであるからとんでもない話だった。(フサの集落へは1ヶ月に一度見回りに行く)
「もう駄目だ〜、早く返って寝ようぜ…」
「あ、ああそうだな。俺ももう死にそうだ…」
まさに生も根も尽き果てた状態の2人だったがそこに更なる試練が訪れた…
「コージ君いるかね?」
「あっ、リカルド隊長何か?」
「ああ、実はベケット団長にこの件での始末書を今日中に提出するように言われていたんだが…」
コージに書類の束を渡す。
「うっ…これは先日の、今日中ですか?」
「うむ、そう言われていた。すまない、私が仕事に付き合わせたばかりに。私も手伝うから早い所仕上げよう」
「わ、解りました。今すぐに…」
コージは必死に立ち上がりペンを取り出す。
「お、おいコージ!なあおっさん?今日じゃなきゃ駄目なのかよ?」
余りにもボロボロな姿のコージを見て、ヘキサがたまらずリカルドにくいかかった。
「…残念ながらな。なあに後2時間もあれば終るだろう。私も手伝う。急ごう」
(すまないコージ君。今日だけは私は心を鬼にする)
「ちょと待てよ!だいたいなんだこの始末書の量は!!」
「あっ、ヘキサ!?」
ヘキサが怒って始末書の束をコージからひったくる。
「何々、ラ・ルナ手伝い中のヘキサの摘み食い事件?さくら亭接客手伝い中のヘキサ、客と喧嘩事件?魔術師ギルド清掃中のヘキサ薬品爆破事件?ベビーシッター中のヘキサ子供ぶん殴り事件…」
ヘキサは何も言えなかった…
「ま、まあ気にするなよヘキサ。お前はそれ以上に役に立ってるんだから…」
コージが落ち込んだヘキサを剥げます。かなり無理のあるセリフだったが…
「…俺も始末書書くの手伝う」
ヘキサも机の上に乗り、両手でペンを抱えて必死に字を書き始めた。
「ああ、早く終らせようぜ」
「…」
2人のボロボロになりながらも必死に仕事をする姿を見て、リカルドはさすがにいたたまれなくなった。
「コージ君、今日はもう帰りたまえ」
「えっしかし書類は今日中に…」
「私の仕事を手伝わせたせいでもあるんだ、私がやっておこう。いや、私にやらせてくれ」
「た、隊長…(なんて部下思いの人なんだ)」
単純なコージは感動で胸が潰れそうだった。実際リカルドのせいであるが…
「今日はすまなかった。今度ラ・ルナでご馳走しよう」
「ほ、ホントか?何食ってもいいのか?」
ヘキサの目が輝いた。こいつも単純である。
「勿論だ。とりあえず今日はもう休みなさい」
「すみません隊長。それではお言葉に甘えさせてもらいます」
「ご馳走絶対だからな!!」
コージはふかぶかと頭を下げ、事務所を出ていった。
「…まあ私が家に帰らなければトリ−シャも外にでられないし、もう寝ているだろう」
その後始末書を書き終え、リカルドは家に帰った。
「ただいま」
「お父さん遅い!!」
家に帰るなりリカルドはトリ−シャに怒られてしまった。
「と、トリーシャ起きてたのか?」
「起きてたのか、じゃないよもう!大切な届け物があるっていうから留守番してたら茶碗1個届いただけだし、しかも夜の10時!何でこんな遅いのか聞いたらお父さんが夜の10時に時間指定したって言うじゃないか、どういうこと?」
「いや、そうだったかな?すまない忘れていた…」
トリーシャの凄まじい剣幕にタジタジになりながら答えた。
「う〜!まったくもう!…はいコレあげる。ボクもう寝るからね」
トリーシャは直径30センチ程度のリボンに包まれた箱をリカルドに渡した。
「なんだねこれは?」
「バレンタインチョコだよ、昨日言ったでしょ!お父さんにあげる」
「わ、私にか?しかしたしか好きな人にあげると…」
「義理チョコっていうのがあってね、違う意味の好きな人やお世話になっている人に感謝の気持ちであげるチョコもあるの。そのチョコケーキ一緒に食べようと思ったのに…全部食べなきゃ駄目だからね!じゃお休み」
トリーシャは膨れながら2階に上がって行った。
「…私にくれるつもりだったのか」
呆けていたリカルドはやがて柔らかい表情になり、笑顔で食卓に向かう。
リボンを取り、箱を空ける。大きなチョコケーキにホワイトシュガーで
『いつもおつかれさま お父さん』
と書いてあった。
「フフ、ありがとうトリーシャ」
リカルドにとって最高のバレンタインだった。
そして…
「おいコージ起きろ、こんなとこで寝たら風邪ひくぞ!!」
疲れ果て、エレイン橋で倒れこんだコージに必死に呼び掛けるヘキサ。
「スマン、もう動けない…」
2月の夜風は冷たかった…
おしまい