悠久幻想曲
神殿の廃墟であろうか?不思議な光景であった。人と人ならざる者がこの誰もいない
瓦礫の中戦っているのである。
「ここか?」
1人は青年。歳は10代後半から20代前半といったところだろう。肩あたりまで伸びた
髪を後ろで一本に縛っている。青年はなにかを測るように人ならざる者と一定の距離を保ち、剣を構えていた。
一方の人ならざる者は古ぼけたフードを羽織り、黄金の冠をかぶっていた。わずかに覗く腕や顔の色は青。明らかに人間ではない。
「コウゲキ、カイシ…」
人ならざる者が右腕を上げる。
「!」
青年の眼光が鋭く光る。彼は人ならざる者に向かって一気に駆け出した!
「ライトニング・ジャべリン…」
人ならざる者の掌に稲妻の塊が集まる!その右腕を向かってくる青年に向かって突き出した。
バシュ!!
掌に集まっていた稲妻が矢の形になり正面に走った!
「遅い!」
しかし正面にもはや誰もおらず、稲妻の矢は20メートル先の瓦礫に炸裂!青年は
既に人ならざる者の横に立っていた。
「これで終わりだ!!」
彼は身長の半分はあろう剣を人ならざる者に振り下ろした!!
ガシュウゥゥ!!
「ソンショウ…ジンダイ…コウドウ…フノウ…。」
バチン!
人ならざる者はまるで人形の用に力なく崩れ落ちた。赤く光っていた目は青く染まっている。
「…勝った、のか?」
青年もまた、その場に倒れた。
「くそっなんて化け物だ!斬っても斬っても倒れやしないし、見たこともない魔法を使いやがる!魔法を使う時右腕を上げる癖に気付かなかったらやられていたのは俺だったぞ。何が些細な試練だ!あの吟遊詩人調子の良い事言ってくれるよ!」
「…ま、いいか、後少しでアリサさんの目が治ると思えば」
立つ力も残っていないはずの青年は軽く笑うと正面に歩き出した。
石の石碑らしき物に囲まれたブロックの中央に立つ。
「これか、ストーンサークル」
カチリ!
「えっ…うわっ!浮いてる!?」
(ゴオンゴオンゴオン)
青年の乗ったブロックは空に向かって浮き出した。
「…昔の方が文明発達してたのかな?」
とんでもない出来事の気はするがどうでも良いとも思う。結局さしたる感慨もなく
ブロックは止まった。
「ここが…イルム・ザ−ンの空中庭園」
神秘的な光景だった。美しい草花、どこまでも広がる一面の空、白く、巨大な建造物。
「これなら女神くらいすんでてもおかしくないか」
(しかしあまり感動はなかった。なんだか見覚えのある、そんな感じの場所だった)
その場に座り込む。
「後は、明け方に呪文を唱えて暁の女神を呼び出すんだよな…もう動けないし、朝まで
…寝よ…ぅ…」
余程疲れていたのだろう。青年はそのまま朝まで目覚める事はなかった。
「ヒャハハハ!どうした兄貴?そんなんじゃオレ様は殺せねぇぞ」
「くっ!」
夜明け前、2人の男が闘っていた。
1人は褐色の肌、白い髪、黒い服の異様な雰囲気の若者だった。先程からもう1人の
男を挑発するように闘いながら話し掛けている。
この2人肌の色は褐色と肌色、髪は白と黒と違ってはいたがそれ以外はソックリだった。
幾分白い髪の男が若く見えるが。
「もう止めろガレス!町にエンフィールドに帰ろう?」
黒髪の男が話し掛ける。
「帰る?ふざけるなよ、あそこはオレ様の居場所じゃねぇ!いや、オレ様の居場所なんて
どこにもねぇがな…」
「そんなことはない!俺は、俺達は…」
「黙れ!」
白髪の男が檄怒する。
「貴様の、貴様のその態度虫唾が走る!お前は、お前達はそうして俺を見下してきた!その目がゆるせねぇんだ!」
「違う!見下してなどいない!お前は俺のたった一人の…家族だ」
「ああそうだ。俺のせいで家族は2人だけだな、俺が生まれたから母親は死んだ。親父は俺が殺した。オレ様のおかげで
2人だけだな」白髪の男が笑う。
「…ガレス」
黒髪の男は押し黙った。
「いやぁ、違うな、お前は
1人じゃねぇ。あの女がいるからなククク、まあ偽りの中仲良く生きるがいいさ。おっと、お前は今ここでオレ様に殺されるんだったな。心配するなすぐ後を追わせてやるさ」
「偽り?俺とアリサに偽りなどない!」
黒髪の男が始めて目に怒りを込めた。彼は、アリサに対しては過敏になる。それは彼が何よりも大切で、一生守り続けると誓った妻であったから。
白髪の男もそれを知っていた。解っていて挑発したのだ。
「なあ、オレ様が町を出た時あの女様子がおかしくなかったか?」
ニヤニヤと笑う。
「どういうことだ?」
黒髪の男は明らかに動揺していた。
「ヒャハハ、察しの悪い奴だなぁ、オレ様は町を出る時あの女を傷つけてやったんだよ」
「ガレス、お前まさか…」
「そぉーさ、解るだろう?目の悪いあいつをいたぶりながらな。楽しかったゼ。でもいいだろ?兄貴はオレ様の欲しい物全部手に入れてたんだ、名声も、地位も、愛情も。なあ、オレ様は夢を想うことさえも許されなかったんだぜ?生まれて最初に親父に言われた言葉が『人殺し、お前が死ねばよかった』だぜ、いいよな、兄貴の大切な物一つくらい奪ったってな、カワイイ弟なんだろ?オレ様はさ」
声にならない笑い声を上げる。
「ガレスゥゥゥゥッ!!」
黒髪の男が剣を構え白髪の男に突っ込んだ。挑発、そんなことは解っていたが身体が勝手に動いた。
「ヒャハハ、そうだそれでいい!殺してやる!殺してやるよ」
ザシュッ!!
「…オレ様は…生きてる?…ハッ、ヒャハハハハ…何でだ?何で…オレが生きて…」
隣に安らかな顔で死んでいる兄貴がいた。
「ハ、馬鹿な奴だ。何で、何でお前が死んでるんだ?なんでそんな顔で死ねるんだよ!
なん……誰だ?お前は?」
その時、空に浮かぶ金色の髪の美しい女性が側にいることに気付いた。
「私は人に夢を抱かしめるもの…暁の女神と呼ばれています」
「暁の…女神!?そ、そうか、ハッなるほどこいつは願いを叶えたんだな。アリサの目を治すっていう願いを。だからこんな顔で死ねるのか。バカな奴だ、目が見えるようになったところでお前が死ねば、何もならないものを…」
顔を抑えて笑う。
「…彼の願いは…あなたを死なせない事でした」
黙っていた暁の女神が口を開いた。
「なんだと!?何故だ?なんでそんな願いを…貴様も何故そんな願いを叶えた!奴の願いはアリサの目を治すことだったはずだ!!」
「私は願いを叶えるのではなく、願いを天に届かせる力があるだけです。願う人が本当に願っていない想いなど叶わないでしょう」
「そんな、そんなことはありえない!オレを、オレ様を苦しめる為にこいつは…」
「なにか、願い事はありますか?あなたの本当の願いなら叶える事ができるはずですが」
「ハ、オレ様みたいな奴でも願いを言えるのか?女神ってのは悪人にも親切なんだな」
「…私には全てわかりますから」
「貴様がオレの何を解ると言うんだ!」
「…あなたが死にたがっていたこと。本当はお兄さんを家族を愛していたこと。アリサという女性を愛していて、本当は傷つけてなどいないこと。自分の事をどんな形でも覚えていて欲しいと願って…」
「黙れ!!全てお見通しだと?ふざけるな。そんなこと思っちゃいない。そうだ、オレ様の願いはあのバカを生きかえらせることだ!後悔させてやる。オレ様を生きかえらせた事をな、殺しておけばよかったと思わせてやる!」
「それは…無理です」
「なんだと?これはオレ様の本当の願いではないと言うつもりか?」
「そうではありません。死を迎えた人を生き返らせる事は私にも、神にもできないのです。
傷を治すか、魂を癒す事しかできないのです。命とはとても重たい物なのです」
「…魂は死なないんだな。だったらその魂をオレ様の中に入れろ!できるはずだ…魂が死なないのならな!」
「一つの身体に魂は一つ。その摂理を破ればあなたが死んでしまう。よくて全てを失って、別人になってしまうでしょう」
「それはいい、これでオレ様が何をしても奴は全て知り、しかもオレ様を傷つけることはできない。ヒャハハ、一生苦しめてやるさ」
「…解りました。あなたが本当にその願いを想うのならきっと叶うでしょう」
ドクン!!
「ぐ、お、なんだ、これは…苦し…・ガッ!?」
ガレスは倒れ、深い眠りについた。
(「暁の女神さんでてきてください。…ははは、恥ずかしいな、ガレスの奴が寝てて
助かったよ」)
(「私は暁の女神。人に夢を抱かしめるもの…。あなたの願いはなんですか?」)
(「ええっと、アリサの…なあ女神さん?こいつ、このままだと死んじゃうかな?」)
(「そちらの男性ですか?…はい、もうしばらくすれば神に召されるでしょう。ですがあなたもこのままでは神に召されることになります」)
(「そうか…しょうがないよな。女神さん俺の願いはあいつを、ガレスを助ける事だ。頼むよ」)
(「…よろしいのですか?このままではあなたも死んでしまいます。私は
1人一つの願いしか叶えられないのです」)(「ん?しょうがないさ、アリサにガレスを助けてやってくれって言われてたしな。俺が殺しちゃったら泣かれちまうし。目の方はきっとドクタークラウドが直してくれるさ。あっドクタークラウドってのは町の医者なんだが凄腕でな。まだ若いが名医になる。きっと直るさ。だから今回はガレスを助けてやってくれ」)
(ん?目が霞んできた…)
(「あなたが…死んでしまいます…」)
(「そっか…でも、大切な弟…だから。こいつ親父の…せいで捻くれちまってさ、俺…が…守ってやらな……きゃならなかったんだけど…。アリ…サはきっ…と俺が人を殺したら悲しむ…から、いいんだ…」)
(あれ?耳が聞こえないな…)
(「…解りました。あなたの願い叶えてみましょう。きっとあなたが本当にその願いを望んでいるなら…」)
(「…(ごめんな、アリサ。俺がいなくても幸せ、に…)…」)
光が…空中庭園に光が満ちた……
「…あれ?ここは、どこだ?」
夕暮れ時、若者は目を覚ました。
「いや、俺は誰だ!?何だ?俺はいったい…ってなんだこの悪趣味な黒服は!?
俺は何者なんだっけ?」
若者は自分の記憶が無い事に愕然とする。さらに悪趣味な服を見て(もしかして俺ってセンス悪いんじゃ?)と自分の身なりに不安になる。茶色い頭髪をボリボリと掻きながら
「…思い出せない物は考えてもしょうがないか…ま、いいやそのうち思い出すさ。とりあえず…そうだな、北に行けば良い事が有る。そんな気がする」
カレハキタヘ、エンフィールド ニムカッテアルキダス。
それは意識してか、偶然かはわからない。
2年後…
「あ、ご主人様!この人目を覚ましたッスよ!」
枕元にいた謎の生物(犬)はぴょんと走り出した。
「ここは…」
気がついたら俺はベットの上で眠っていた。ベットなんて何ヶ月ぶりだろう。
「始めまして。私はアリサ・アスティア。ここエンフィールドでジョートショップを経営しているの。あなたは店の入り口で倒れていたのよ?」
「そうっス!運ぶの大変だったッスよ?」
「あ、このコはテディ。私の大切な家族よ」
「宜しくッス。え〜っとお名前はなんていうんスか?」
「あ、えっとオレの名前は…」
「ん?ファアアアアッ」
青年は一度大きな欠伸をし目を覚ました。んってここは?綺麗な朝焼けが目に移る。
「うん、今日も良い天気になりそうだ!」
起き上がって伸びをする。(何か忘れているような?)
「ってそうだ!暁の女神を呼び出さなきゃ!!」
彼は急いで魔宝を合体させて完成した弦楽器を取り出す。
「え〜っと呪文呪文っと」
コホンとひとつ咳払いしてから
(ポロロン♪)
「暁の女神さん、でてきてください…」
彼は真っ赤になっていた。
空中庭園全体が金色に染まる。そして青年の目の前に金色の髪の美しい女性が
浮かんでいた。
「あなたが…」
「私は暁の女神。人に夢を抱かしめるもの…。あなたの願いは…」
「?何です」
暁の女神にマジマジと見つめられて青年は戸惑う。
「…そう、お久しぶりですね」
そして微笑まれた…
「えっ会った事ありましたっけ?」
「いいえ、ゴメンナサイ。あなたに言ったのではなかったの。気にしないで。あなたの
願いはなんですか?あなたが本当に望むのならその願いを叶えましょう」
「あっはい。あのアリサさんの目を…ええっとアリサさんて俺がお世話になっている
店の人なんだけど、すごく良い人で…って違う違う。俺の願いは…」
暁の女神はずっと微笑んでいた。
ガシャン!!
「わっどうしたッスか?ご主人さま。お皿割っちゃうなんて!!」
「テディ。私…目が、目がハッキリと見えるの!?」
「ええっ!?ホントっスか?この指何本かわかるッスか?」
「…テディ、そんなまん丸の手袋じゃ目が見えてても良くわからないわ」
「あっそれもそうッスね。え〜っとドクターを呼んで来るッス。本当に良くなったか
見てもらうッスよ!!」
「あっちょっとテディ!」
テディは勢い良くジョートショップを飛び出した。
「もう、しょうがないコね」
アリサはしっかりとした足取りで歩き出した。
「…綺麗」
ただ青かった空はどこまでも澄んで見え、雲の形もわかる。ただの白い線だった街路は小さなブロックの固まり。緑の大きな集まりだった木は美しい葉の1枚1枚が見える。
「多分、いいえ、きっと…」
彼女は、アリサは何故突然目が見えるようになったか確信していた。
「つ、疲れた…」
ジョートショップの青年がエンフィールドに帰ってきたのは2週間後だった。ほとんど飲まず食わず、睡眠もとらずにひたすら走りつづけた。
「暁の女神さんもどうなったか教えてくれてもいいのに…『本当の願いなら叶う』っていわれても実際どうなのか不安に決まってるじゃないか…」
そう、彼はまだ結果を知らない。アリサの目が本当に見えるようになったか確かめる為走り続けたのだった。
約1年と2ヶ月ぶり。彼は自分の帰るべきところ。ジョートショップの前についた。
深呼吸。そして、扉を…
「あっ!帰ってきたッスか?」
突然後ろから声をかけられる。元気なテディの声。そこにはいつものようにテディを抱いているアリサがいた。
(あっ、アリサさん…テディを抱いてるって事はやっぱり目は…)
彼はショックのあまりアリサの顔を見ることができなかった。
「うゎあ!!ご主人様どうしたッスか?なんで泣いてるッスか?どこか痛いッスか?」
テディが騒ぎ出した。
「えっ!?アリサさんいったい?」
1年2ヶ月ぶりに見たアリサは大粒の涙を流していた。
「もしかしてハッキリと素顔を見てしまって予想以上の悪人顔にビックリしてしまったッスか?」
「テディ…お前…」
久しぶりの再開に失礼な事を言うテディに突っ込みを入れようと思ったが…
「え?ハッキリと見てしまったって、それじゃアリサさん、目が…」
「そうッス!ご主人様目が見えるようになったんス!でもご主人様?どうして泣いてるッスか?」
「ああ、ゴメンナサイ。私、全てわかってしまったから…」
「?」
彼もテディも何の事かわからなかった。
(そう、そうだったの。あなた、ガレスも2人共ずっと私を守っていてくれたのね。いいえ、違うわ。3人も、私なんかの為に3人も側にいてくれたなんて…)
「あ、あのアリサ…さん?」
「いいえ、何でもないのよ。みんなお帰りなさい」
最高の笑顔だった。アリサさんの笑顔を見れただけで今までの苦労なんて何でも無かった。
「た、ただいま、アリサさん」
「さあ、今日はご馳走にしなくてはいけないわ。何食べたいかしら?」
「あっボクピザ食べたいッス」
「おいテディ、オレの帰宅祝いのご馳走なんだぞ?」
「自分でそーゆうこと言うのカッコ悪いッスよ?」
「グ…」
「相変わらず仲が良いわね」
「そうですかぁ?」
「そんなことないッスよ。ところでご主人様?みんなお帰りって誰のことッスか?」
「ふふふ、誰の事かしらね。さあテディ、みんなを呼んで来てくれるかしら?パーティにしなくてはね」
「ウイッス!まかせて欲しいッス」
幸せは永遠に
誰もが幸せになれる物語〜悠久幻想曲