優れた戦艦は、いざ戦いになったならば

それに応じたリスクを背負わなければならないそうです。

 

人は言います。

「ナデシコは地球連合軍で、最優秀の戦艦だ」と。

 

だから戦っています。

私達は。

 

 

 

 

     機動戦艦ナデシコ  Another Story

           「TIME DIVER」

               第14話

               『記憶』

 

 

 

 

「……で、今日も今日とてドサ周り」

「それは言わないお約束かと」

溜め息をついたデルタさんに、私が答える。

今日も連合軍の先頭に立っているナデシコは、

蜥蜴達からも親の仇のように集中攻撃を受けています。

「そっちがそうならこっちもその気!!徹底的にやっちゃいます!!」

片手を振り上げ、やる気満々で叫ぶ艦長。

あの元気は底が無いんだろうかといつも不思議です。

『ふふふふっ……皇国の興廃、常に我らの奮闘にあり』

『うぅ……了解』

『元気、元気!!』

『負けないもん!!』

『お仕事お仕事……』

『うっし!!今日も星をふやすぜ〜!!』

エステバリス隊の人達も、やる気のある人と無い人が明確に分かれているよう。

というか、テンカワさん以外は意外とやる気みたい。

ちなみに今回、デルタさんは出撃なし。

ブリッジ内での戦闘指揮に専念する、ということらしいです。

「んなこたぁいいから、準備が出来た順に各自出撃しろ。

 それぞれの配置を忘れるんじゃないぞ」

『『『『『『了解!』』』』』』

威勢のいい(一部はやる気の無い)返事と共に、次々と重力カタパルトから

エステバリスが出撃していった。

 

 

「エステバリス全機、出撃しました」

「全機、攻撃開始」

デルタさんの号令と共に、配置についた各エステバリスが一斉に攻撃を始めた。

――――――はずなんですけれど。

 

『よし、頂き!!……って何ぃ!?』

アカツキさんの動揺する声。

『いいっ、何だ!?』

テンカワさんの驚きの声。

『あ、ありゃあ?』

そして、ヤマダさんの呆れたような声が次々とブリッジに舞い込んできた。

 

「え?何?何が起こってるの?」

艦長が、状況を把握できずにおろおろした声をあげる。

「エステバリス機、味方も攻撃してます!!」

「味方を!?」

いち早く異常に気付いたミナトさんが、信じられない、といった様子で言う。

「攻撃誘導装置に異常はありません。

 ナデシコのエステバリスは全て敵を攻撃しています」

私は一応、エラーが無いか調べてみたが、システム自体は正常そのものだった。

「敵って、敵はあっちでしょ!?」

「ナデシコのエステバリスは、敵と連合軍の両方を攻撃しています!!」

「なんでぇ……もう、攻撃やめやめぇ!!」

メグミさんの報告に更に混乱する艦長は、私たちに向かってそう言ったが……

「無理です」

「え?」

「今攻撃をやめたら全滅するな。確実に」

この中で唯一冷静に状況を把握していたらしい、私とデルタさんに止められてしまう。

「もう、敵だけ!!敵だけ攻撃しなさ〜い!!」

艦長の、そんな叫びだけが空しくブリッジに響いた。

 

 

『そんなことを言っても、我々は元より敵だけを攻撃しているつもりだ』

アカツキさんは憮然と答えたが……

『それが何でこうなるんだよ……』

『うっ……』

テンカワさんの的確なつっこみに、二の句を告げられなくなってしまう。

 

『お〜い、こっちなんとかしてくれよ』

『ま、なるようになるわね』

リョ−コさんは呆れ、イズミさんは流れに任せている。

『♪』

ヒカルさんはというと、この異常な事態をものともせずにミサイルを

どんどん放ちつづけていた。

敵も味方も関係無しに。

哀れ、連合軍。

 

 

「ふ……ふふ……ナデシコ自体に攻撃がこないのは不幸中の幸いね……。

 ともかく各人、自分の身を守って!!

 格納庫へ通信、至急援護のエステバリスを出してください」

「……ミスマル艦長」

「はい?」

デルタさんに呼ばれて振り返る艦長。

その様子ではまったく気付いていないようだった。

「残っているパイロットは私しかいない」

「へ?」

呆れたように言うデルタさん。

ま、当然といえば当然の事なんですけどね。

それに気付かないほど混乱していた、ってことなんでしょうか。

「うう……すいません、お願いします……」

「……まあ、状況が状況だ。仕方あるまい」

溜め息をついて、格納庫へと向かおうとしたデルタさん。

その時、意外な人物がその前に立ち塞がった。

「僕が行こう……」

「アオイ君?」

「え、ジュン君?」

それは、今まで艦長の横でこの状況を静観していたアオイさんだった。

僕が行こう……ってまさか……。

「僕の出番だ!!」

といきなり叫び、ダ〜ッと疾風のごとくブリッジから出ていってしまった。

「……」

「……」

突然の出来事に呆然とする艦長とデルタさん。

「ルリ君」

「はい?」

「アオイ君はIFSを――?」

「一応。ナデシコに乗船する前にナノマシン処理したそうです」

「……」

デルタさんは目を閉じ、こめかみを押さえて――深く溜め息をついた。

少しだけ、その気持ちがわかるような気がした。

……苦労が多いですね。馬鹿ばっかだと。

 

 

「アオイ君。いくらIFS登録してあるとはいえ、君は操縦に関してはテンカワ君以下だ。

 あんまり突出はせずに中距離からのライフルでの援護に集中し―――」

『艦長の補佐――それが副官の役目……。いや、それだけじゃない!!僕は!!』

「――てほしいんだが聞いてないな、あの野郎」

「ですね」

空戦エステバリスのコックピット内で意気込むアオイさん。

デルタさんからの注意も耳に入ってないようだった。

あ、デルタさん。ちょっと額に青筋浮かんでます。

「まあいい。おっさん、カタパルト開放してくれ」

『分かってる!!というかおっさん言うな!!』

「……ウリピーって呼んで欲しいのか?」

『エステバリス、出すぞ!!』

あ、無視された。

『ユリカ!!君をまもりたいんだあぁぁぁぁ!!』

謎(?)の雄叫びを上げながら勢いよく出撃するアオイさん。

けど……。

 

『んなあああああああっ!?』

ずがご〜ん

「「「「おおっ!?」」」」

「……(怒)」

 

周りの戦況を全く考えずに前線に突っ込んだアオイさんのエステバリスは

偶然通りかかった1機のバッタと大衝突。

その反動のままナデシコの右舷デッキに激突して、動かなくなった。

「……死んだか?」

「残念ですが、生きてます。一応」

私の前に表示されているウィンドウには、アオイ機の生体反応が『有』と

表示されていた。

「……そうかい(怒)」

「……ジュンさん、応答してください。ジュンさん?」

『あう〜……』

メグミさんの通信に情けない声で応えるアオイさん。

「……。艦長、やっぱり私が行こう」

「は、ははは……お、お願いします」

引きつった笑みを浮かべてブリッジを去るデルタさん。

それを見送る艦長の顔も多少、引きつっていた。

「……馬鹿ばっか」

 

 

……という訳で、その日の戦いはめちゃくちゃでした。

敵側も敵と味方両方を攻撃するナデシコに戸惑ったのか、早々と攻撃を打ち切り、

ナデシコの訳の分からない攻撃はごめんだ、と連合軍も退却。

戦場跡には、ナデシコ1艦だけが残された状態です。

 

『と、とにかくみんな無事で良かったわ!!』

格納庫に大きく表示されたコミュニケのウィンドウ。

そこには引きつった笑みを浮かべているユリカが映っていた。

それを見ながら溜め息をつくパイロットの面々。

「エステバリスの方もほとんど無傷だな……っておおっ!!?」

ウリバタケが帰還したエステバリスの点検をしていると

ちょうどその時、ジュンが乗っていた機体――空戦エステバリスが運び込まれてきた。

「何だ何だ!?ひでぇなこりゃ!!」

それは、胴体部分が大きくへこんでいた。

まるで――――バッタの形のように。

 

 

「……ジュン、何でお前が乗ってたんだ?」

担架で医務室へと運ばれていくジュンに、アキトが問い掛ける。

それを横目で見て、さっさっ、と何やらジェスチャーのようなことをするジュン。

「何だ?何が言いたい?」

その光景を見ていたアカツキも覗き込んでくる。

「ブロックサインのようね。何々・・…?

人手不足のナデシコとしては副官の務めだ、って言っているわ」

横でジュンの容態を見ていたイネスが通訳する。

「ていうか、何で分かるんだ?」

「科学者の勘よ」

デルタの問いに、しれっと答えるイネス。

「それはいいけどさ。乗るときはパイロットスーツ着けろよな」

ささささ、さささっ

「……何ですって?」

もはや自分での通訳は諦めて、直接イネスに聞くアキト。

「ユリカさんの為なら、ですって」

「ユリカの為ったって……パイロットスーツは着けた方がいいと思うぞ」

さささささ、さささっ(そんなこと言っても、デルタさんはいつも私服じゃないか)

「私と君を一緒にするのは大きな間違いだ。

 というか、戦場に無意味に突っ込んだ君が1番悪い」

「まあ、だろうね」

「だな」

アカツキが頷き、アキトも苦笑いをする。

いつもデルタに鍛えられているパイロット組は

彼の鬼のような、そして常識外れの強さを知っているのだ。

ささ、ささささ、さささっ

「この場に及んで、お前と痴話喧嘩はしたくない?

 はいはいわかったから。この様子だと首のムチウチ以外は大したことなさそうね。

 でも、しばらくはろくに喋れないわよ」

その言葉を最後に、ジュンはイネスに連れられて格納庫を後にした。

 

さささささ、ささっ

(また当分、僕はセリフなしか……)

ささ、ささささっ、さささっ、さささささ

(僕が、語りたいのはいつもユリカへの愛の言葉だけなのに)

「馬鹿」

イネスのつっこみにも、何も言えないジュンであった。

 

 

 

「死傷者が出なかったからいいようなものを……」

戦闘後。

ブリッジには、エステバリス隊が全員と

整備班の代表が数名、集められていた。

それらを前にして、珍しく怒りに声を震わせてプロスさんが叫んだ。

ま、無理もないけど。

「この戦艦1隻、いったい幾らするとお思いです!!?」

モニターには、火を噴いている連合軍の戦艦。

それを見て

「あ、あれ私が落とした」

と、イズミさんが事もなげに答える。右手を上げて。

「あのねぇ、あの『ジキタリス』はこのナデシコより高いそうで!!」

「私も50機墜としたよ?」

「ヒカルにしちゃあ、いい出来ね」

ヒカルさんの言葉に、イズミさんが感心する。

「ただねぇ……」

「ただ?」

「よ〜く見ると、全部地球連合軍のマークつけてて……」

「ただ……ではすみません……!!」

プロスさんがさらに声を震わせる。

「僕は撃墜した数だけ言おう!!78機だ、敵味方合わせてな!!」

「何の!!俺は82機だ!!」

アカツキさんが、次は自分の出番だろうとばかりに声を張り上げる。

それに感化されて、ヤマダさんも叫ぶ。

「内62機が味方だったぞ。ヤマダは76機な」

「あ、そう?」

「何!?」

けどデルタさんに詳細を指摘されて、すぐに引っ込んでしまった

「あ、アキトはどうだったの?さっきから黙ってるけど……」

重い雰囲気をどうにかしようと思ったのか、艦長がテンカワさんに声をかけた。

「え、俺?お……俺はみんなほど酷くはないよ、多分。

 敵のチューリップを墜とすつもりだったんだけど……」

「だけど?」

「壊したのは連合軍の燃料基地、だったな」

「……はい」

またもデルタさんの指摘が入り、苦笑いをする

「あ、あなた!!あの基地の建設費、ご存知ですか!?」

ま、普通は知らないと思いますが……。

「みんな損害保険に入ってるんでしょう?」

「……当然です。しかしお見舞金ぐらいは払わないといけないでしょう」

イネスさんに諌められて、少しはプロスさんも落ち着いたようだった。

怒っているのには違いはありませんが。

「兎にも角にも、味方側に死傷者がでなかったのが奇跡的幸いだったな。

 これで慰謝料まで払うことになっていたら洒落にならん事になってたぞ」

……充分、洒落になってないと思うんですが。

「1名、ムチウチ症がいたけどね」

「……」

イネスさんの言葉にジュンさんは答えなかった。

というか、首全体にギプスをつけているから喋れないんでしょうけど。

「で、要するにこの原因は何な訳?

 何で連合軍をやっつけちゃったわけ?」

ムネタケ提督の言葉に、静まり返るみんな。

それが分かればこんな事はしないでしょうに。

その言葉を境にして

「やりたくてやったわけじゃない」というパイロット勢と

「整備不良なんてありえない」という整備員勢が言い争いを始めてしまった。

 

「……ルリ君」

そんな中、言い争いの輪から離れたデルタさんが私に話し掛けてきた。

「何でしょう」

「結果は?」

その言葉に、私は少しドキッとしてしまう。

……どうやらデルタさんは、私と同じ懸念をしていたようです。

私が周りに気付かれないように『あること』を調べていたことにも気付いていたみたい。

「……黒です。想像の通りではないかと」

「そ、か」

何故か悔しそうな顔をするデルタさん。

その理由を、私はまだ知らなかった。

 

「艦長、今回の件の原因究明の為、連合軍の調査船が

 今こちらに向かってきているそうです」

私がそう伝えると続けてメグミさんが言う。

「ナデシコの防衛攻撃コンピュータに問題ががあるんじゃないか、って

ぴーぴーうるさく言ってます」

皆がつられるようにして横を向く。

その向こうには、救急車のようなサイレンをつけた飛行挺が

まっすぐにこちらに向かってきていた。

「……識別」

「はい?」

「もしかしてあの調査船、識別信号を連合軍のままにしてるんじゃないだろうな」

「―――!!」

デルタさんの言った通りだった。

けど、私がその事に気付いた時はもう遅く、自動防衛装置が働き

ナデシコはその調査船をロックオンしてしまっていた。

「いけない、やめて!!それは敵じゃない――!!」

「え?」

私のその言葉に艦長が振り向くより早く、

調査船に向かってミサイルが1基、放たれてしまった。

「ああ〜〜〜〜〜っ!!!」

それに気付いたテンカワさんが大声を出し、皆もその事に気付く。

着弾。

そして撃墜。

「「「「「「「「「……」」」」」」」」

皆が一斉に操舵席を見る。

いきなり皆の注目を浴びてしまったミナトさんは

「知らないよ〜。私何もやってない!」

と、両手を上げながら言った。

「調査船から脱出したポッドが救援を求めてます」

そんなメグミさんの言葉を塞ぐように、さらに

「って、えぇ〜!?また攻撃命令が出てるよ?」

というミナトさんの困ったような声がブリッジに響いた。

「誰が命令してるの?」

「わ、わかりません……」

艦長の言葉に曖昧に答えるミナトさん。

私はというと――

「撃っちゃ駄目……あれは敵じゃない……」

IFSを通してのシステムの説得に苦戦していた。

いつもならすんなりと通る指令が、今回に限ってうまく伝わらないんです。

再度ロックオンされ、今まさにミサイルが発射されそうになった時――

「……」

(――――え?)

横からIFSコネクタに手が伸ばされ、そして……。

<攻撃命令・解除>

「連合軍の調査船ポッド、収容します」

何とか間に合いました。

(……デルタさん?)

助けてくれた人は一体誰だろうと横を見ると

その手の主は、いつも以上に厳しい顔をした、デルタさんでした。

 

 

 

ナデシコに誤射された調査員たちが冷静なはずもなく、

彼らは来た途端に片っ端からナデシコの欠陥部分を指摘し始めました。

何事も人の悪口を言うのは楽しいものなんでしょうね……。

 

「言うまでもなく、コンピュータには学習機能があります」

調査団の一人が、他の人たち(艦長とか)にも解かり易いように調査結果の説明を始めた。

「そして、経験により学習し行動すべき最善の処置をとります。

 ナデシコのコンピュータには――」

「オモイカネです」

私が口をはさむと、調査員の人は不快そうな顔をした。

「……ん?」

「あ、いや、名前です。コンピュータの」

訝しがる調査員に艦長が慌てて補足する。

「道具に過ぎないコンピュータに愛称をつけるなど……

 20世紀末の悪しき風習ですな」

「あ、いや、でも……」

「オモイカネはオモイカネです」

どんなことがあっても、これだけは譲れない。

オモイカネはこの世にひとつ。

コンピュータ、なんて呼ばれて欲しくない。

分かってくれるとは思ってないけれど。

「重い鐘でも軽い鐘でもかまわん!!」

「どちらでもいいなら名前で呼びたまえ。

 オモイカネをそこらの戦艦のシステムと一緒にされちゃあ不愉快だ」

調査員に向かってそう言ったのはデルタさんだった。

その言葉は嬉しかったけど……いいのだろうか?

「君は誰だね?」

案の定、少し怒気を含んだ声で調査員が尋ねた。

「連合軍特務中佐 デルタ=フレサンジュ。

 まあ、君たち如きに名前を覚えてもらおうなんて思ってはいないから

 名前は忘れても結構だが」

「……!!プロフェッサー・デルタ!?あなたが!?」

調査員たちの間に動揺が走る。

そんなに有名な人なんだろうか、デルタさんって。

ちょっとして、多少言葉を堅くして調査員は説明を改めて続けた。

「ともかく、そのナデシコのコンピ……オモイカネには

 嘗ての防衛ライン――ビッグ・バリアの突破の記憶……

 すなわち『連合軍はナデシコの行動を妨害する敵である』という

 記憶が学習されています。

 それが地球連合軍との共同作戦に拒絶反応を起こす、というわけで」

「人間で言えば……ライバル会社に吸収合併されて、こき使われている

 サラリーマンのようなものね」

「解かり易い例えですなあ……

 解かります……ええ、解かりますとも」

イネスさんの例えに、プロスさんがうんうんと頷く。

……過去に何かあったんでしょうか?プロスさん。

「そのストレスが溜まれば、いつかはその人はプッツン――」

「コンピュータならフリーズ状態ですな。

 だが、フリーズだけならバグとなっているデータを消し、リセットすればいいが……」

「オモイカネには自動リセットがついています」

私が言うと、調査員は頷いて

「その……オモイカネが学習した連合軍への敵愾心は重すぎたのです。

 リセットする度にストレスが強くなり……

そして、今回のような攻撃行動を取るに至ったのです」

と言った。

「解決策としては――学習した内容を一切消去、

新たなプログラムに書き換えるしかない!!」

――消去?

――書き換える?

「ちょっと待ってください」

そんな……

そんな勝手な……

「そんな無茶苦茶が許されるんですか?」

この時は、自分でも意識せずに言葉が出ていた。

「そんなことをすれば、ナデシコが折角火星まで行って学習した

 敵との戦いの効率的な対応の記憶も消されてしまいます」

私の必死の訴えもムネタケ提督にあっさりとかわされる。

「ナデシコは連合軍に所属しているのよ。

 単独で行動していた時の記憶なんて、百害あって一利なし」

「その通りだ。第一、地球を守るために戦うのは人間だ。機械じゃない」

これはアカツキさんの言葉。

「言うまでもなく、ナデシコは連合軍の指揮下にあるの。

 連合軍に敵対していた記憶は忘れてもらうわ」

忘れてもらう。

……忘却。

嫌い。

嫌いな言葉。

「それ……大人の理屈ですよね」

自分でも、声が小さくなっているのが分かった。

「都合が悪いことは忘れてしまえばいいって理屈……大人って、ずるいな……」

「ルリちゃん……」

艦長が私を見て呟いた。

哀しそうに。

 

 

 

「サブコンピュータに管制切り替え!

 インストール、開始!!」

ナデシコの最奥部にあるオモイカネの管制室。

今そこに、大勢の調査員が詰めかけて

オモイカネの書き換え作業の準備をしていた。

「データ……全部消さなきゃ本当に駄目なんですか?」

「駄目ですな」

「そうそう」

ユリカの質問に、調査員のリーダーとムネタケ提督が嬉しそうに答える。

(嘘だな)

デルタはその事に気付いていた。

元々、連合軍との交戦時の記憶がストレスの原因となっているのだから

本来ならその部分を完全に削除するだけで済むはずなのだ。

なのに、彼等は『全部消さないといけない』と言う。

連合軍がこの機会を利用して、ナデシコ自体を完全に掌握しようとする

魂胆が見え見えだった。

「オモイカネを絶対服従のプログラムに書き換え、 

 ナデシコは生まれ変わるのです!!」

「そう……民間船から軍の戦艦に……軍のためのおフネになるのよ」

……自分で言ってるし。

「……ウリバタケのおっさん、話がある」

「ああん?」

管制室の入り口で、呆然とその光景を見ていたウリバタケは

デルタに小声で話しかけられて眉をひそめた。

 

 

 

食堂。

テンカワ=アキトは今、ラーメンのスープの研究をしていた。

「ア〜キ〜ト♪」

「……」

ユリカらしき声が背後から聞こえるが、あえて無視。

小皿にすくってスープの味をみる。

……ちょっと味が濃い。煮込みすぎただろうか?

「アキトってば!!」

どん!!

ぶーっ!!

いきなり背中を強く叩かれて、口に入っていたスープを思いっきり吹き出してしまう。

「な、何すんだっ!!てめえ!!」

振り向くと案の定、いかにも何か企んでそうな表情のユリカがいた。

自分のやったことが悪いとは思っていないらしい。

「えへへ……頼みごと。ちょ〜っと付き合ってくれないかなぁ?」

「ふん、やなこった」

「何で?」

本気で不思議そうに聞いてくるユリカ。

(こいつは……)

アキトは、少し憮然とした声で答える。

「俺はまだコックになるのを諦めたわけじゃないんだ。

 戦いの時以外は料理の練習をしたいんだよ!」

「でもでも、エステバリスのパイロットが必要なの!!」

「誰でもじゃないか、リョーコちゃんやヒカルちゃんとか……

他にもガイだっているだろう?」

「駄目なんです!!」

「へ?」

ユリカのものではない声に驚いて振り向く。

「テンカワさんじゃなきゃ、駄目なんです」

そこには、いつもは感情をあまり見せないルリが必死になって頭を下げていた。

隣にはウリバタケもいる。

「お願いします」

もう1度、ペコリとルリが頭を下げる。

ウリバタケがそれを見て、苦笑いを浮かべながら

「ま、そういうこった」

と言った。

「はあ……」

何か事情があるのを察し、アキトはさすがに嫌とは言えなかった。

 

 

 

瓜畑秘密研究所 ナデシコ支部。

プレートにそう書かれた部屋に入る4人。

「臭えなあ……」

「直に慣れる!!」

「男の人の部屋ってみんなこうなの?」

「この部屋嫌……」

「しょうがねえだろ?制御室は占拠されちまってるし……

 それにこんなヤバイ仕事、ブリッジではやれねえし――って

 あ〜っ!!そこ気を付けて!!

 作りかけのフィギュアがああぁっ!!」

「「「……」」」

ウリバタケに注意されたアキトが踏み出そうとした足を持ち上げるとそこには……

「あ、私だ」

「「……」」

『なぜなにナデシコ』仕様のユリカ(うさぎの着ぐるみ)のフィギュアが転がっていた。

ついでにいえば塗装前。

「……で、こんなとこで出来んのか?その――『でばっぐ』って」

デバッグ――簡単に言えばバグを取り除く作業だ。

「へっへ……こう見えてもな、オモイカネには何度もアクセスしてんだ。

 プログラムが見事なんで見てても飽きねえしな……

 よっし!!繋がった!!」

ポン、とウリバタケが最後のキーを押すと

パソコンのモニターが今までとは違った趣の画面に変化する。

「あ!!可愛い!!」

「エステバリス?」

そこには、3頭身のSDエステバリスの姿が映し出されていた。

エプロンと三角巾を着けたお掃除仕様である。

「――のイメージプログラムだ。

 オモイカネのプログラム内に入り込んで悪いところを調べたり

 直したりできるサイバースペースの…まあ、必殺仕事人、だな」

「それにしても……」

何でわざわざ3頭身にする必要があるんだろうか……。

「何だよ?俺の趣味に何か文句でもあんのか?」

「いや、別に……」

まあ、リアルサイズのエステにエプロンとかをつけるよりはマシかな、と考えることで

アキトは自分で自分を納得させた。

「とにかく!!俺のホストコンピュータと接続したそのシミュレーターを操れば、

 お前は立派な『電脳戦士』となるのだ!!」

「はあ……」

「バックアップは私がします」

ルリがどこから持ってきたのか、携帯用のIFSコネクタに手を添えて言う。

「よろしく……ふっふっふっ、さぁ〜て行こうかぁ!!

 テンカワエステ、起動!!」

「はいはい……」

何だか流されてるよな……と思いつつ、シミュレーター用のヘルメットを被った。

 

 

 

「……これがコンピュータの中だって?」

SDエステに変身したテンカワさんが驚いた声をあげる。

あまり『こちら側』に縁がない人から見ればそうかもしれない。

オモイカネの記憶中枢はウリバタケさんの視覚化プログラムによって

大きめの図書館のように表現されていた。まあ、的確かも。

『――それはあくまでも俺がビジュアル化した、コンピュ−タの記憶中枢のイメージだ。

 思い出すぜ……七回受験に失敗した、マサチューセッツ工科大学の図書館!』

「……で、どこをどう行けばいいんだ?」

……ウリバタケさんってMITを受験してたんだ。失敗したみたいだけど。

それを聞きながら、私も自分のナビゲータープログラムを映像化させる。

すぐに、テンカワさんの左肩に腰掛ける小さな私の映像が現れた。

――SDサイズになるのは仕方がなかったけど。

『私が案内します。――こっちです』

「よし、頼む」

その後は、テンカワさんは私の誘導にしたがって移動し

少しづつ目的の場所――オモイカネの自意識部分へと近づいていった。

 

「あれは?」

テンカワさんが指したのは、周りの空間を消しながら少しずつ前進している

SDサイズの連合軍戦艦だった。

『あれは上書き中の新しい軍のプログラムです』

「じゃあ、やっつけちゃおうか!!」

そう言って攻撃態勢に入ったテンカワさん。

『今は駄目です。今新しいプログラムを攻撃するとインストールは停止し

 ナデシコは元のまま、連合軍に逆らい続けます』

「……じゃあ、どうするの?」

『とにかく先へ、オモイカネの自意識部分に行ってください』

「了解!!」

再び私の誘導に従ってプログラム内を移動するテンカワさん。

「でも……やだなぁ、こういうの」

『優しいんですね、テンカワさん』

「よせやい」

そんな事を話している内に、私たちは目的の場所へと辿り着いた。

オモイカネの――自意識部分へと。

 

「ここが……」

『オモイカネの自意識の部分。今のナデシコがナデシコである証拠。

 自分が……自分でありたい証拠』

「自分が、自分でありたい証拠……」

いままでとは一風違ったその空間には、中央に大きな大樹がそびえ立っていた。

人間の精神というものは、しばしばこういう大木に例えられる。

最初は小さく、歳を取るごとに成長し、周りの変化を受け取りつつ

大きく枝や葉を茂らせる木に。

『自分の大切な記憶。忘れたくても忘れられない、大切な思い出』

「忘れたくても……忘れられない……」

 

――ねぇ、お兄ちゃん!デートしよう!

 

――んじゃあ、爬虫類とのデートが始まっちまう。……またな

 

――ただコレだけは言おう、ナデシコは君達の船だ!

  怒りも憎しみも愛も、全て君達のものだ。

・・言葉には何の意味も無い、それは…

 

「自分が自分である証拠、か」

昔のことを思い出したのか、テンカワさんはその考えを振り払うように首を振った。

『少しの間だけ、忘れさせて……』

「忘れさせる?」

『見てください。あの――木が伸びているところ』

そう言って私が指し示した先――大樹の頂点には、

小さい花を咲かせている、自意識の新たな苗木があった。

『あれを、切ってください』

「あれを……」

『悲しいけど……でも、枝はまた伸びる。

 またいつかオモイカネはまた思い出す。そして……』

オモイカネはオモイカネのままで――

『――ナデシコは、ナデシコであることをやめない』

「……解った!」

そう言って、テンカワさんは大樹の頂上へと進む。

『オモイカネ……少しだけ忘れて……そして、大人になって。

 あなたが連合軍に従った振りをすれば、ナデシコはナデシコでいられる……!』

私たちの、ナデシコのままで。

 

 

ちょき……ちょき……ちょき

映像化させた削除プログラム――見た目は『高枝切りバサミ』で

花を少しづつ切っていくテンカワさん。

「……いいのかなぁ……こんなんで」

…まあ、気持ちは分からないでもありませんが。

「――!?」

慌ててテンカワさんは機体を後退させた。

するとさっきまでテンカワさんがいた場所に

どこからか放たれたライフルの弾が着弾し、爆発する。

「な、何だ!?」

『出てきやがった!!コンピュータの異物排除意識。

オモイカネの自衛反応だ!!』

ウリバタケさんの、慌てた声。

「自衛!?」

『大事なものを忘れたくないエネルギーです!』

連続して攻撃してくる自衛プログラム。

最初は黒い影でしかなかった『それ』は、段々と明確な形となっていき

それはやがて……

『――!!』

「なっ!?」

忘れられない記憶――白いエステバリスへと姿を変えた。

 

「……」

「ルリちゃん?」

「ルリルリ、どうした?」

艦長とウリバタケさんが言葉を失った私を心配して声をかけたみたいだったけど

それに応えられるほどの余裕は今の私には無かった。

一番恐れていた事が起こってしまった。

私たちが今、オモイカネから取り除こうとしている記憶――火星に行くまでの交戦の記録。

それは……カイトさんがナデシコに存在していた証でもあったのだから。

 

「おいおい、これって……!!」

テンカワさんもその事に気付いたみたいだった。

迎撃しようとした手が躊躇で止まってしまう。

けど、そんなことはお構いなしに白いエステバリスは攻撃を仕掛けてくる。

「うおわあっ!?」

『アキト、大丈夫!?』

「な、何とか……でもどうすりゃいいんだ!?あれを倒せって言うのかよ!?」

『そうです』

「ルリちゃん!?」

『あれはイメージでしかありません。カイトさんじゃないんです』

「それはそうだけど……」

それでも躊躇うようなテンカワさんの声。

でも、今は引けない。――理由がある。

『約束』

「え?」

私は、心に再び刻むように、少しづつ語る。

『ナデシコが生まれて、歩き始めて2ヶ月。

 短いけれど、ナデシコ――オモイカネの想い出は確かに君達と共にあった。

 それはつまり、ナデシコは君達あってのナデシコなんだっていうことだ

 それだけは、忘れないでほしい』

「ルリちゃん……何を言って?」

『――カイトさんが火星で私に言った言葉です』

「!……」

『ナデシコがナデシコであり続けることを一番望んでいたのは、

他ならない、カイトさんでした』

だからこそ、火星に残るなんていう行動にも出た。

自ら憎まれ役まで演じて。

『今、オモイカネをどうにかしないとナデシコはナデシコでなくなってしまう。

 そんなことは、きっとカイトさんは望まない、私も……嫌』

まだ分からない。

でも、少しづつ解りかけてきている。

ナデシコは――――私の居場所だ。

『だから、今は引けないんです!』

『ルリちゃん……』

『ルリルリ……』

「……分かった!!」

何かを決意したように強く頷いたテンカワさんは、今も攻撃を続ける

白いエステバリス――敵に向き直った。

 

 

 

「ルリちゃん」

「……?」

モニターの前で俯いていたルリを、ユリカが背中からそっと抱きしめる。

優しい――母性に満ちた顔で。

「……艦長?」

「ありがとうね……カイト――弟の事、信じてくれて」

「……友達は、信じるもの、だそうですから」

「それでも、……ありがとう」

「……」

ルリは、何も答えなかった。

(今更だけどよ)

柔らかい笑みを浮かべながらその姿を見ていたウリバタケは――

(さっさとこんな戦争終わらせて、迎えに行ってやらんとな……)

遠い火星を思い浮かべながら、そんなことを考えていた。

 

その――約2分後、テンカワエステによる防衛プログラム撃退が確認された。

 

 

 

「……終わったようだ」

<はい>

「君も変な意地を張らずに、ルリ君の言うことを素直に聞けばいい。

 友達は信じるもの、なんだろう?」

<わかっています、マスター>

「しかし……私はこれでまたひとつ、人間が嫌いになったよ」

<……>

「こんなことでは、時が過ぎれば人も変わるなどという彼の考え自体

 愚かだったと言わざるをえないな……」

<……まだ、時間はあります>

「……まあいい。確かにまだ『選定』の時期ではない。

木星の端末からの連絡を待つとしようか」

<了解>

 

 

 

その後、ナデシココンピュ―タ・オモイカネに、もちろんナデシコ自身にも

表立った異変は見受けられませんでした。

調査団も、『オモイカネを書き換えた』というダミーの情報を信じて帰還し

ナデシコはナデシコのまま、それぞれの日常に戻っていくことになりました。

戦争という日常に。

 

 

「順調、順調♪地球は勝つわよ、この戦い。ね、艦長♪」

オモイカネが書き換えられたと未だに信じているムネタケ提督は上機嫌。

ま、これからも気付く事なんて無いんでしょうけど。

「はい!もちろんです!」

その言葉に艦長が元気に応える。

「では、出発進行♪」

「はい!微速前進、面舵いっぱ〜い!!」

 

 

 

ぴぴっ

(……?)

突然、オモイカネからの連絡が入る。

私にしか分からないような位置に、小さなウィンドウが開かれた。

 

 

<あの忘れえぬ日々 そのために今 生きている>

 

 

「……うん、そうだね」

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――to be contenued next stage

 

あとがき

 

オモイカネ話、お送りいたしました。

といっても、ほとんどがTV版のまんまですが。

珍しくアキトが頑張ってます。

まあ話の都合上、ゲキガンガーにはなってませんが。

 

んで、ついに……ついに次はTV版ナデシコの中盤最大のイベント『クリスマス』です!!

ああ……ここまで来るのが長かった。やっと書けるよ……。

 

外伝の方も現在、頑張って創作中です。

もしかしたらこっちの方が早いかもしれません。

書いている途中なのでまだ分かりませんが。

 

それではまた次回。

気合入れて書かせてもらいます。

あ、感想は随時募――(以下略)。

ではでは〜。

 

 

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