「これは何と……」

「ええ?」

「確かに……あれは……」

プロスペクターさん、艦長、アオイさんが連続して呆けた声をあげる。

その理由は簡単。

ナデシコの前方を映し出している、その映像。

そこには、1隻の戦艦があった。

と、いっても敵ではない。

一応、宇宙軍の識別が出ているけど、あくまでもナデシコの敵は木星蜥蜴であり、

同じ人間の連合宇宙軍なんかじゃない。

もっとも、その戦艦はナデシコに反応する素振りも見せず

ただそこに存在しているだけだったけれど。

 

<連合宇宙軍 第3艦隊所属 護衛艦 クロッカス>

 

それは、そういう名前だった。

 

 

 

 

     機動戦艦ナデシコ  Another Story

           「TIME DIVER」

               第9話

         『過去』の呪縛、断ち切る『剣』

 

 

 

 

「護衛艦クロッカス。連合宇宙軍 第3艦隊に所属。

 その中で数々の戦歴を上げるが、月軌道上での戦闘において護衛艦パンジーと共に

 チューリップに飲みこまれ、以後、行方不明となる。以上です」

私が事情を飲み込めていない人達にそう説明すると、大半の人は

目の前の『異常』に納得がいったようだった。

 

私達はユートピアコロニーでの戦闘のあと、必死で敵の追手から逃げ回っていました。

なぜかというと、その時の損傷……敵のグラビティブラストの集中放火により

ナデシコの相転移エンジンはその出力を半減。まともに戦闘ができる状態ではないんです。

むしろ、戦闘どころか火星からの脱出さえ危うい状態。

エンジンがこのままでは、重力圏からの脱出すらままなりません。

ネルガルの研究所になら相転移エンジンのスペアがあるかも……ってことで

その研究所に移動しているところクロッカスを発見した。

……というのがこれまでの経緯です。

 

「でも、おかしいです。あれが飲みこまれたのは月軌道上のはずじゃないですか。

 それが……なんでこんなところに……?」

艦長が心底納得がいかない、といった口調で言う。

前回の戦闘以来、少し元気が無かったようだけど、なんとか立ち直ったみたいです。

「無いはずのものがある、か……」

私の横の席に腰掛けているカイトさんがぼんやりと呟く。

確かに、月軌道上でいなくなったはずのクロッカスがここ、火星にあるわけが無かった。

「説明しましょう」

「え?」

横で話を聞いていたイネス=フレサンジュさんが突然、『説明』を始めた。

「前にも説明した通り、チューリップは木星蜥蜴の母船ではなく

 一種のワームホール、あるいはゲートだと考えられる。

 だとしたら、月軌道上でチューリップに飲みこまれた船が火星にあったとしても

 不思議ではないでしょう?」

確かに、一応筋は通ってます。

「じゃあ、地球のチューリップから出現している木星蜥蜴は、

 この、火星から送られてきているということか?」

ゴートさんは誰かに尋ねたようだったけど、別に相手を特定して言ったわけではなく

この場にいる全員に言ったようだった。

「……う〜ん、そうとも限らないんじゃない?」

意外なところからの発言。

操舵席で頬杖をついているミナトさんだった。

「だって、同じチューリップに吸いこまれたもう一隻の護衛艦。

 ……え〜となんだっけ?」

「パンジー」

「そうそれ。その姿は無いじゃない。出口が色々じゃあ、使えないよ」

その場にいる皆が「ああ・…」といった声を出す。

確かに、ワープできるという利点があっても

行きつく先がどこかも分からないんじゃ、使いたくても危なっかしくて使えない。

「で、結局どうすんのさ?」

沈黙を破るように、カイトさんが気の抜けた声を出す。

「ひなぎくを降下させ、艦内の生存者を探します」

「その必要は無いでしょう。我々には別の目的がある」

艦長の提案を、プロスペクターさんが即座に却下した。

別の目的……研究所で相転移エンジンのスペアを探し出し、

火星圏を脱出することですよね。

「無理だよ、プロスさん」

けど、プロスペクターさんの提案は、カイトさんが却下した。

「何故ですかな?」

「ん〜……さっき、目的地の周辺の反応調べてみたんだけどさ」

そう言って、IFSのコネクタに手を添える。

「これ、見てみなよ」

ブリッジの正面モニターに、その周辺の簡単な地図が表示される。

「あらら」

「囲まれてますね」

その目的地の研究所を示す黒い点の周りを、5つの赤い点が囲んでいた。

赤い点の横に表示されている文字は……『チューリップ』。

「周辺にチューリップ5基ですか……厳しいですね」

「うむむ……これはどうしたものか・……」

ジュンさんの言葉の同意なのか、さすがのプロスペクターさんも頭を抱える。

ブリッジが再び沈黙に包まれた。

 

 

 

「あ、あのっ!!」

突然、ブリッジにテンカワさんが駆け込んで来る。

「何だテンカワ、今頃……」

「聞きたい事があるんです」

制止しようとしたゴートさんを無視して、テンカワさんはつかつかと

フクベ提督の前まで歩いていった。

……一体、なんでしょうか?

そういえばさっきまで、食堂でイネスさんと何か話していたようでしたけど。

「やれやれ……」

「カイトさん?」

横でつまらなさそうに話を聞いていたカイトさんが溜息をついていた、が、

テンカワさんが話を始めたのを聞いて、私は視線をテンカワさん達の方に戻した。

「……」

フクベ提督は、何も言わずに目の前に立ったテンカワさんを見つめてます。

対するテンカワさんは……気のせいか、いつもより暗い目をしているように見えました。

少し、怖いです。

「提督、第1次火星会戦の指揮とってたって、本当ですか?」

「……」

提督は何も答えない。

「フクベ提督があの会戦の指揮とってたなんて、誰でも知ってるわ。

 おかしいわよ、アキト」

「そうさ、知ってる……」

代わりに答えた艦長の言葉を、テンカワさんはあっさりと肯定する。

知ってるなら、どうしてわざわざ確認なんかするんだろうか。

「初戦でチューリップを撃破した英雄。

 ……でもその時……火星のコロニーがひとつ消えた……!!」

 

瞬間、アキトの脳裏にいくつもの風景がフラッシュバックする。

 

心配するな、と常に励ましてくれた少年。

あの絶望の中でも、笑顔を絶やさなかった一人の少女。

木星蜥蜴たちの容赦の無い殺戮。

燃え上がる風景。

消えていく、故郷。

そして・……!!

 

「うわあああああああああああああああああっ!!!!!」

突然、叫びだし提督に掴みかかるテンカワさん。

「あんたが……あんたがあああああっ!!!!!!」

1発、2発。

テンカワさんは叫びながら、狂ったように提督を殴り続ける。

慌ててゴートさんやアオイさんが止めに入ろうとするが、一人の人間がそれを阻んだ。

3発目。

テンカワさんの拳が提督に当たるすんでのところで、後ろから腕を掴まれて

その動きを止めた。

「やめろ」

ただ、それだけ。

テンカワさんの腕を掴んだまま、カイトさんはそう言った。

「っ!!!」

テンカワさんがその言葉を聞かずに、残ったもう一方の手で殴ろうと手を振り上げたが

その手も再びカイトさんに止められた。

「やめろと言っている」

「何でだよっ!!!」

テンカワさんは提督を突き飛ばして、カイトさんに掴みかかる。

「お前だって、あの場所にいただろう!!!」

「……」

「解るはずだろう!?あの時、俺達がどんな思いでいたか!!!」

「……」

「ぜんぶっ……全部、このジジイのせいなんだぞっ!!!」

「それは…違う」

カイトさんの冷たい声。

「別に誰がやっても、あの状況は変わらない」

「解ってるさ……でも……!!俺はそんな風に割り切る事なんて出来ない!!」

カイトさんを放し、再び提督に向かおうとするテンカワさん。

(……!?)

その時、ふと見てしまったカイトさんの横顔は……。

「人の話を……聞けっ!!」

テンカワさんの襟首を掴んで投げ飛ばすカイトさん。

床に思いっきり叩きつけられたテンカワさんは、そのまま気絶してしまった。

でも、その寸前までテンカワさんの口は、まだ何かを言おうとしているみたいだった。

まだ、言い足りない。

私にはそんな風に見えました。

 

 

 

「やるじゃないか、アイツ。見直したよ」

「死に急ぐタイプね……」

これはリョーコさんとイズミさんの言葉。

テンカワさんには、とりあえず営倉に入ってもらっています。

ナデシコは軍じゃない。とはいえ、上官(この場合は上司?)を殴って

お咎め無しってわけにもいかないので、まあ緊急処置ってやつです。

殴られた方の提督はというと、意外となんとも無いみたい。

さすがに軍にいただけあって、それなりに鍛えられてるってことだろうか。

「ともあれ、今はこの状況をどうするか、ですな」

プロスペクターさんの意見ももっとも。

いろいろとあったけど、ナデシコの置かれている状況は少しも変わってはいない。

「何とか研究所に近づければいいんですけどね……」

アオイさんの気弱な言葉。

けど、研究所に近づくというのは、同時にその周辺にある

5基のチューリップにも近づく、ということになる。

気弱になるのも仕方が無いのかもしれない。

「エステバリスは?」

「同じですよ。死んで来いって言ってるようなもんです。ゴートさん」

「む……」

ゴートさんの言葉を、カイトさんが即座に否定する。

「私……これ以上、クルーの命を危険に晒すのは嫌だな……」

艦長の呟き。

それを聞いている皆は、それが本心だと知っている。

「あれを使おう」

「「「「え?」」」」

フクベ提督が突然指し示したのは、目の前にあるクロッカスだった。

「まあ、そうだろうな……」

「?」

「いや、何でもないよ」

カイトさんは、そう言ったきり、再び黙り込んでしまった。

 

 

 

「フクベ提督」

「ん?」

一言呼びかけただけで、宇宙作業服姿の提督はすぐに振り向いた。

結構、耳はいいんだな。

「ああ、カイト君だったな。先ほどは済まなかった」

「いいですよ、分からず屋の暴走を止めてやっただけですから。それより……」

「?」

周りを見回す。

ここは、ナデシコの格納庫につながる廊下の一つだ。

現在、辺りを歩いている人間はいない。俺と提督の2人だけ。

幸い、盗聴されてることもないだろう。

「今からクロッカスに行くんですよね?」

「……ああ、そうだが」

「手伝いましょうか?」

その言葉に、提督はわずかに眉をピクリとさせたが、それ以上の変化は見せない。

「いや、護衛ならテンカワ君に頼むし、システム面ならフレサンジュに任せる。

 君までついて来ることもないだろう」

「ああ、いや。そういう事じゃなくて……」

言葉が足りなかったようだ、って当たり前か……。

思ってもいないんだろう。自分の考えが見通されてるなんて。

「今からクロッカスで『やろうとしていること』の手伝いを、です」

「何……?」

明らかに驚いた表情を見せる提督。

「確かに今のナデシコなら、クロッカスでも充分、脅しにはなるでしょうが

 それでも駄目押しが必要でしょう?

 背中を押す事ぐらいはできますよ、自分にも」

「……」

「予定外の行動を起こさせるわけにはいかないだろう?今回は。お互いに、ね」

「……」

提督は黙ったまま、時間が過ぎる。

「選択の余地は無いように聞こえるがな」

1分ぐらいの後、そう答えた。

「一応、理由をきいておこうか」

「理由、ねえ……」

改めて聞かれると答えづらいかも……。

……。

そうか。

「守りたい人がいる、らしいです」

「らしい?」

「ん、まあ、気にしないでください」

「そうか……」

そう言って、黙って歩き出す提督。

「君は、変わった男だな」

去り際に、そう言われた。

(どっちがだろうな?)

(さあ?)

答えは、返さない。

 

 

 

「考え直して頂けませんか、提督。危険です!!私が行きます」

提督を必死で説得しようと声を荒げるゴートさん。

まあ、あのひとらしいかな。

「手動での操艦は君にはできまい。それに、とりあえず調べに行くだけだ」

「そうそう。それに、護衛にエステが2機も付くんです。心配ないですよゴートさん」

「うむ……」

俺に言われて、さすがにゴートさんも黙り込む。

過保護っていうのかね、こういうのも。まあ、上官思いなのは良い事だけど。

「それはいいですけど」

「んあ?」

不意に下のほうから聞こえる不機嫌そうな声。

コクピットから身を乗り出して覗くと、そこには当社比20%増しの

不機嫌顔でアキトが立っていた。

ちなみに、エステ用のパイロットスーツを着用している。

補足しておくと、俺はパイロットスーツは身につけていない。いつもの制服だ。

何故かって?

……何となくだ。

「何で俺が連れて行かれるんスか?」

「罰だと思ってもらおう」

「むっ……」

即座に返ってきた提督の答えに、言葉を詰まらせるアキト。

その横では、イネス=フレサンジュが可笑しそうに笑っていた。

「よろしく頼むわね、アキト君。それから……」

上を見上げる。

「君もね、カイト君だっけ?」

「ああ、はい」

……。

ど〜もやりにくいよなぁ。

 

 

 

『お〜い、ルリちゃん』

「カイトさん?」

突然入ってきた通信は、エステバリスで出撃準備中のカイトさんからだった。

「どうしたんですか?」

『ん、いやね。元気かなって思って』

「はあ?」

いきなりカイトさんは変な事を言い出す。

まあ、いつものことといえばいつものことだけど。

『まあ、とにかく。今から行って来るから』

「そうですか、お気を付けて」

『おう、有難う』

……。

沈黙。

用件は済んだと思ったけれど、カイトさんはまだ通信を切っていない。

「カイトさん?」

『ルリちゃん』

「え、はい」

突然、話しかけられてすこしどもってしまう私。

『ナデシコはさ、ネルガルのものなんかじゃない』

「え?」

何を言っているんだろうか。ナデシコは間違いなくネルガルのものなのに……。

『少なくとも、それを造った人達はネルガルの為なんかに造ったわけじゃない。

 それでは何の為か?それは……』

「カイトさん?」

『ナデシコが生まれて、歩き始めて2ヶ月。

 短いけれど、ナデシコ……オモイカネの想い出は確かに君達と共にあった。

 それはつまり、ナデシコは君達あってのナデシコなんだっていうことだ

 それだけは、忘れないでほしい』

「……」

カイトさんは、私の不思議そうな表情にも気付かずに淡々と語り続ける。

『今は……まだ解らないかもしれない。

 でも、いつかきっと解る日が来る。その時は……って、

 あ〜もう、何て言ったらいいのかね、こういう時は』

「……」

何故か、難しそうな顔をしているカイトさん。

その顔を見ていると、何故か可笑しくなってくる。

『ルリちゃん』

「はい?」

『……元気でな』

「えっ?」

そこまで言うと、カイトさんは一方的に通信を切ってしまった。

(……何か……)

その時、

私はカイトさんが別れを言っているように見えました。

 

 

 

 

ピピピ、ピー、ピピピ。

「このクロッカスが消滅したのは、地球時間で約2ヶ月前。

 でも、これじゃどうみても2ヶ月以上……いえ、もっと長い間

 氷に埋まっていたように見えるわね」

薄暗いクロッカスのブリッジに、イネスの言葉とコンソールが弾き出す音が静かに響く。

(まわりの氷結状態を見ると……確かに半年以上はここにないとこうはならんわな)

それぐらい、クロッカスの内部は氷に包まれていた。

天井のところどころに『つらら』があるぐらいだ。

メインシステムが生き残っていたのは幸運だといえるかもしれない。

「ナデシコの相転移エンジンでも、火星まで一月半かかったのに……」

「チューリップは物質をワープさせるとでもいうのかね?

 あのゲキなんとかとかいいうTV番組の世界だな」

「ワープという言葉はちょっと…・…」

フクベ提督の言葉に苦笑いをするイネス。

ちなみにゲキなんとかじゃなくて、ゲキガンガーだ。

「ただ、私が調べた範囲ではチューリップから敵戦艦が出現する時、

 必ずその周囲で光子、重力子など、ボース粒子、つまりはボソンの増大が

 計測されています。もしチューリップが……」

ずだだだだだだだだだだだだんっ!!

「「「!?」」」

突然の銃声に、驚いて振り向く3人。

「あ〜、どうぞどうぞ、気にせずに作業を続けてください」

そう言って俺が向けた銃口の先には、穴だらけになった対人用のバッタが1機。

「……遠回しに、うるさいって言っているように聞こえたけど?」

「気のせいですよ、気のせい」

「ふうん……」

何やらイネスに疑われたみたいだが(実際はその通りなんだけど)

まあ、別に問題は無いようだった。

……あっても困るが。

「ん……噴射口に氷が詰まっているようだ、取ってきてくれないか?」

フクベ提督が、正面のボードを弾きながら言う。

「え、俺っすか?」

自分を指差してアキトが呟く。

「フレサンジュ、君も付いて行ってくれ。彼一人では解るまい」

「はい」

そう答えて、ブリッジの扉から連れ立って二人は出て行った。

(……)

その場にはフクベ提督と自分だけが残る。

「……動きますか?」

「おそらく大丈夫だろう。幸い、残弾もそのままだ」

「そうっすか」

……。

何ともいえない沈黙が辺りを支配する。

「……じゃあ、行ってきますわ」

「ああ、気を付けてな」

「今からすることを知ってて、その台詞はどうかと……」

「ふふふ、確かにな」

二人して少しだけ笑う。

何というか……悲しい笑いだった。

「ああ、フクベ提督。これ」

「ん?」

提督に向かって、用意していた『モノ』を投げる。

上手く受け止める提督。

「……何かね、これは。水晶とは違うようだが?」

「幸運の御守りみたいなもんです。邪魔にはならんので、どっかに持っててください」

「そうか、済まんな」

そう言って、渡した『モノ』を防護服のポケットに入れる。

……よし。

「では、御武運を」

「ああ、お互いにな」

そして、俺は提督に背を向けて歩き始めた。

 

 

 

エステバリスに戻って、静かに噴射口の所まで近づくとイネスとアキトの

通信の内容が、僅かながらに聞こえてきた。

『これぐらい露出していれば問題は無いけど……』

『え、ブリッジからじゃわからなかったんすか?』

『そんなことは無いと……』

……まずいな。

さすがに不信がられてる。

(まだか……?)

そう心の中で呟くと同時に、スピーカーからフクベ提督の声が聞こえてきた。

『エステバリス、どけ!!浮上するぞ!!』

『え、え?うわっ!?』

突然、機動を始めたクロッカスから慌てて離れるアキト機。

そのせいか、少しばかり体勢を崩している。

(よし、今だ!!)

『俺』は行動を開始した。

 

 

 

「うわっとと、大丈夫ですかイネスさん」

エステの手に乗っかっているはずのイネスに向かって話しかけるアキト。

『ええ、なんとか。……浮上はできたみたいね』

「そうですね……」

ゆっくりと浮かんで行くクロッカスを見上げる。

(それにしたって、もう少し落ち着いてやったっていいだろうに……)

やっぱり、あのジジイは嫌いだ。

『……!?アキト君!!』

「はい?」

突然、叫んだイネスの真意を計りかねたアキトだったが、

その直後、その理由に直面する事になった。

 

『……動くな』

 

「!?」

慌ててエステバリスを振り向かせる。

そこには、ライフルの銃口をピタリとこちらに向けている白いエステバリスの姿があった。

 

 

 

「クロッカス、浮上します」

「おお、まだ充分使えそうですなあ」

私の報告と共に、ブリッジからわずかに「おお……」という歓声があがる。

「さすが提督!!」

艦長も、ああ言ってます。

けど、通信での提督の言葉は、私達が想像していない言葉だった。

『現在の状態なら、クロッカスの砲撃でもナデシコの船体を貫くことは可能だ』

いつもの同じ、抑揚の無い声。

だから、その言葉の意味を理解するのに私達は少し時間がかかってしまった。

「クロッカスの全砲門、ナデシコに向けられています」

「はえ!?」

「な、何を仰っているのですか、提督!?」

艦長とプロスペクターさんが、同時に唖然とした声を出す。

まあ、気持ちは解るけど。

「クロッカスより入電。前方のチューリップに入るよう指示しています」

前方のチューリップっていうのは、クロッカスが出てきたと思われるもののこと。

「チューリップに……!?何の為だ!?」

「あのクロッカスの状態を見たでしょう?

 ナデシコだって……チューリップに吸いこまれれば……」

ゴートさんとアオイさんの呟き。

それは、ブリッジ内を混乱させるのには充分だった。

「ナデシコを破壊するつもりだっていうんですか!?」

「何の為に?」

 

「自分の悪行を消し去る為だ!!」

スピーカーから聞こえてくるブリッジの会話を聞いて、アキトが続ける。

「失敗は人のせいにして、また一人で生き残る気なんだ!!」

『なら、今のカイト君の行動はどう説明するのかしら?』

「……」

イネスの言葉に、押し黙ってしまう。

 

「クロッカス、発砲しました」

ズン……!!

当たってはいないけど、ナデシコのすぐそばに着弾する砲撃。

本気だっていうことなんだろうか。

「わ、わ、わ」

その振動でちょっとよろける艦長。

「……!!左145度、プラス80度。敵艦隊多数接近中」

「見つかったのか!?」

「ふたつにひとつ……ですね」

「クロッカスと戦うか……チューリップに突入するか……」

アオイさんとゴートさんの言葉の中には『敵と戦う』という選択肢は無かった。

『残念だが、選択肢はひとつだ』

「「「「え?」」」」

フクベ提督の横に、すっと現れる外の風景。

そこには、カイト機に銃を向けられて動けなくなっているテンカワ機が映し出されていた。

『ナデシコのクルーに告ぐ。この2人の命が惜しかったら、

 速やかにチューリップへの針路を取れ。これは脅しではない。命令だ』

聞きなれたはずのカイトさんの声。

なのに、その時の声は鳥肌が立ってしまうほど、底冷えのする声だった。

「カイト!?」

『聞こえなかったか、艦長。お前等に選択権は無い』

カイトさんは、艦長を『姉さん』とは呼ばなかった。

「「「「「……」」」」」

この場にいる全員が、2人の行動を図りかねているとき

艦長がいち早く行動を開始した。

「ルリちゃん、エステバリスに帰艦命令を。

 ミナトさん。チューリップへの進入角度を大急ぎで」

「艦長、それは認められませんなあ!!

 あなたはネルガルとの契約に違反されようとしている!!

 有利な位置をとれば、クロッカスを撃沈……うおおおおおっと」

再び襲ってきた振動に、今度はプロスペクターさんがよろけてしまう。

「御自分の選んだ提督が信じられないのですか!!!」

「……」

艦長の叫び。

プロスペクターさんは何も言えなかった。

 

 

 

「それでいい。さすがだな、艦長」

クロッカスのモニターには、チューリップへ入ろうとしている

ナデシコの姿が映し出されていた。

『頭良いでしょう。ウチの姉貴は』

「ふふふ、確かにな」

カイト機から送られてきた通信に、すこしだけ笑う。

「立派な御姉さんだな」

『ええ……』

そう言ったカイトは、すこし遠い目をしていた。

『自慢の、姉ですよ』

 

 

 

「さて、と。もう行けよ」

『え?』

銃口を放して、アキトにそう呼びかける。

「はやく行けってば。帰艦命令、でてるだろ」

『……』

それでもテンカワ機は動かない。

「……ったく、お前さあ。今自分がひとりだなんて思ってないだろうな?」

『え?』

「手に乗せてる人。早く連れて帰れよ」

『……!!』

テンカワ機の手に目を向けると、そこには物言いたげな目をしたイネス。

『お前なんかに言われなくてもわかってるさ……!!』

それ以上は何も言わずに、テンカワ機はナデシコへと帰艦していった。

(そうだ、それでいい)

それで、『約束』のひとつは果たされる。

「頑張れよ」

去って行くエステバリスの背中を見ながらそう言う。

例え、その言葉を聞くものが、誰もいなくとも。

 

 

 

「チューリップに入ります」

っていっても、ほとんど引っ張られる形で、ナデシコはずぶずぶと

チューリップの内部へと入って行く。

「いいのかなあ、本当に」

ミナトさんの心配そうな声。

「クロッカス、後方に付いて来ます」

「引き返せっ!!ユリカアアッ!!」

突然、テンカワさんが怒鳴りながらブリッジに駆け込んでくる。

「何考えてんだ、今すぐ引き返せ!!」

「……」

その言葉に、艦長は黙って首を横に振る。

「クロッカスのクルーは皆死んでたよ!!俺達もああなっちまうんだ!!」

『そうとは限らないわよ』

テンカワさんの言葉を、格納庫から話を聞いていたらしいイネスさんが

通信で割り込んでくる。

『ナデシコにはクロッカスには無いもの……ディストーションフィールドがあるから』

「……」

そのことに始めて気付いた、といったような愕然とした表情を浮かべるテンカワさん。

少し考えれば解りそうなものなのに……。

「このまま前進。エンジンはフィールドの安定を最優先」

「ユリカ!!」

尚も叫ぶテンカワさんの方は見ないで、艦長はポツリと呟く。

「提督は…カイトも……私達を火星から逃がそうとしている」

「馬鹿な!!そんな……そんなことがあるかよ!!」

ブリッジの皆が、テンカワさんを見ている。

皆の気持ちは……艦長と一緒だと思う。

多分、それはテンカワさんも……。

「クロッカス及びカイト機、チューリップの手前で反転、停止しました」

「敵と戦うつもりか!?」

ゴートさんが愕然とした声を出す。

確かに、いくら何でもあの数を相手にクロッカスとエステバリスだけじゃあ……。

その直後、クロッカスのすぐ近くに、蜥蜴の砲撃が着弾する。

「提督!!カイト!!」

思わず叫んでしまう艦長。

その時、私は急に気付いてしまった。提督やカイトさんが、何をする気なのか。

「自爆して……チューリップを壊してしまえば、敵はナデシコを追ってくる事は出来ない」

自分でいった言葉に、自分で驚いてしまう。

「何でそんなに良い方にばっかり考えられるんだよ、皆!」

「提督、おやめください!

 ナデシコには……私には、まだ提督が必要なんです!

 コレからどうやって行くのか、私には何もわからないのです」

『……』

「カイトも!!やっと一緒にいられるようになったんじゃない!!

 やっと……やっとお姉さんらしい事が出来ると思ってたのに……!!」

『……そう思ってくれていたとはね。ありがとう、姉さん』

いつもの笑顔に戻りながら、カイトさんはそう言った。

「そんな……」

『辛気臭い顔すんなって。これで最後になんてするつもりないんだからさあ。

 次にナデシコが来る時まで、ゆっくりとさせてもらうよ』

「カイト……」

『んじゃあ、爬虫類とのデートが始まっちまう。……またな』

そこまでで、カイトさんからの通信は切れる。

そして、いままで押し黙っていた提督が、少しづつ語り始めた。

『艦長、私には、君に教える事など何もない、

 私はただ、私の大切なものの為にこうするのだ』

「なんだよそりゃあ!!」

怒鳴りかかるテンカワさん。

『それが何かは言えない、それは諸君にもきっと、それはある。

 いや、いつか見つかる』

(……!!)

その言葉は……。

 

 

『今は……まだ解らないかもしれない。

 でも、いつかきっと解る日が来る。その時は……って、

 あ〜もう、何て言ったらいいのかね、こういう時は』

 

 

(その言葉、は……)

あの時の、カイトさんと、同じ言葉だった。

(もしかして……あの時から…・・その気で!?)

『私は良い提督ではなかった、良い大人ですらなかっただろう。

 最後の最後で自分の我侭を通すだけなのだからな』

淡々と、静かに語り続ける提督。

その間にも、オモイカネからは

<クロッカス、被弾>

<クロッカス、被弾>

<クロッカス、被弾>

それが繰り返し送られてくる。

『ただコレだけは言おう、ナデシコは君達の船だ!

 怒りも憎しみも愛も、全て君達のものだ。

 言葉には何の意味も無い、それは…』

ザーーーーーーーーーーーーー。

それを最後に、提督からの通信は、途切れた。

それの…意味するものは……。

「提督!!カイト!!」

「カイトさん!!」

思わず、私も叫んでしまった。

「も、戻せ!!」

「駄目!何かに引っ張られているみたい」

ゴートさんがミナトさんに向かって怒鳴るが、もうどうしようもない状態だった。

それに……。

「……チューリップは消滅した」

それは、入口が消えたということ。

ナデシコはもう、出口に向かって進むしかないということ。

それは……それは……。

「……この後何が起こるかわかりません。各自、対ショック準備」

その艦長の言葉に、応える人は誰もいなかった。

 

 

 

そのとき、ナデシコ自身が泣いているように感じたのは、私だけだろうか?

 

 

 

 

 

――――――to be contenued next stage

 

 

あとがき

 

へんじがない、ただのしかばねのようだ。

 

……。

っていうのは冗談で、えでんです。どもども。

 

今回は、(多分)一週空けての掲載となってしまいましたが、どうでしょうか。

っていうか、催促のメールが来たのは生まれて始めてです。

嬉しいんだけど焦りました。

 

今回も長いです。

っていうか、提督も一緒に主人公まで退場してしまいましたが……どうなるんでしょうか。

自分も細かくは考えてません(笑)。

まあ、書きたかった話が終わって一安心。

 

次回は……どうでしょう?

番外編かもしれないし、本編かもしれない。

まあ、ゆっくり考えます。

ではでは〜。

 

                        H13、10、14

 

 

 

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