「やっと、か……」

 

感慨深く溜め息をつく。

ここまでくるのに、一体どれほどの年月が経っただろうか。

ここまでくるのに、どれほどの犠牲を払っただろうか。

 

これが、はじめの一歩。

長い……長すぎる1歩だった。

 

だがもう、踏み出した『それ』は止まらない。

あとは歩き続けるだけ。

出口の見えない迷路をさまよう気分だったが、今更やめるわけにはいかない。

 

 

「カイトさん、どうかしたんですか?」

「ん、何で?ルリちゃん」

「凄く険しい顔してましたよ」

「まあ、ね。目の前に火星が見えてるのになあって」

「……そうですね」

 

 

そうだ。

いつだってしてきたことだ。

それは『今まで』も、『これから』も変わらない。

 

 

 

障害は、取り除く。

 

 

 

 

     機動戦艦ナデシコ  Another Story

           「TIME DIVER」

               第7話

             『火星』の風

 

 

 

 

『行っくぜぇえ!!ヒカル今だ!!』

敵の密集地帯を横切り、棒立ちにさせたところでリョーコ機が叫ぶ。

『はいは〜い、ほ〜らぁお花畑ぇ』

装備しているラピット・ライフルを一気に掃射するアマノ機。

敵のバッタは密集していた為、一機の爆発が多くの誘爆を生み

あたりは一面、爆発の閃光であふれた。

『『『あはははははははは』』』

『あははは……ふざけてると棺桶行きだよ』

『何だよいきなり!?』

『本当、ハードボイルドぶりっ子なんだから』

突然、通信に割り込んできたイズミに、2人が文句を言う。

が、当のイズミは全く聞いていない。

『甲板一枚下は真空の地獄、心を持たぬ機械の虫達をはふる時、我が心は興奮の中に。

 ……何故……冷めたものね。悪いわね性分なの』

『うぅ……変な奴変な奴変な奴ぅ〜!!』

そんなやり取りをしながらも、確実に敵を墜としていく3人。

 

『何だよ何だよ!あいつ等楽しそうじゃんかよ!』

一方、こちらはアキト、ヤマダチーム。

ヤマダ機は、前の3人に負けずに敵を落としてはいるが

正式な戦闘技術の訓練を受けていないアキトのサポートに回っている為

なかなか前に出れないでいた。

『おい!!敵艦のビームが来るぞ!!』

『うおっ!?』

敵旗艦から放たれた砲撃を、間一髪で回避するアキト機。

『……って止まらないぃ!?』

だが、まだ宇宙での操縦になれていないのか、上手く機体を制御できずに

そのままの勢いで流されていってしまう。

『だぁあ、もう先に行ってるぞ!!ゲキガン・フレアァァ!!』

『だぁあっっ!!慣性ってのは全くよおぉ!!』

……。

 

 

 

「以上、エステバリス隊の通信でした」

さすがにこれ以上聞く気は無いので、通信を切る。

「元気だねぇ……本当に」

隣に座っているカイトさんが、呆れたという様子で溜め息をついた。

まあ、気持ちはわかりますが。

「だが、さすがにそう簡単には形勢は変わらないか」

「そうですなあ、何せこの数ですから」

上の段に並んで立っているゴートさんとプロスペクターさんがモニターを見ながら言う。

その映像には、発進したエステバリス隊が次々とバッタやジョロ等の

敵兵器を撃破している姿が映し出されていた。

けど、所詮それらは雑魚中の雑魚。

その後方に展開している敵艦隊をどうにかしないと、

単独で行動しているナデシコに勝機は無いように思える。

「敵艦隊からの攻撃、来ます」

「フィールド出力安定。まぁ、大丈夫っぽいです」

私とカイトさんの言葉の直後に、ナデシコの前方から無数のグラビティ・ブラストが

向かってくる。

けど、ナデシコのフィールドを貫くまでには至らず、次々と見当違いの方向へと

弾かれていった。

「か、艦長!エステバリスを回収したまえ!!」

そんな中で突然、フクベ提督がそう叫んだ。

……どうして?

確かに敵の攻撃は激しいけど、ナデシコ自身には傷ひとつ付けられてはいないのに……。

「必要ありませんわ。アキト、ファイト!!」

艦長も私と同じ考えだったようです。

フクベ提督の提案を即座に否定し、戦闘を継続させた。

「な……!?いや、しかし……」

何故か、まだうろたえている提督。

そんな提督に、プロスペクターさんが穏やかな声で語りかける。

「敵は、グラビティ・ブラストを備えた戦艦だと仰りたいのですよね、提督」

「……」

図星だったようです。押し黙る提督。

「大丈夫。その為の相転移エンジン、その為のディストーション・フィールド。

 そして……グラビティ・ブラストです。

 あの時の戦いとは違いますよ?お気楽にお気楽に……」

「……」

無言でプロスペクターさんを見るフクベ提督。

あの時の戦い……?

……あ、そうか。確か、フクベ提督って……。

「……?」

ふと、視線を感じて横を見る。

そこでは、厳しい顔をしたカイトさんがフクベ提督のほうをじっと見ていた。

「カイトさん」

「ん?」

「どうかしましたか?」

「いや、何でもないよ……。

 って、敵艦、フィールド出力増大!!まずいかな、こりゃあ……」

話の途中で、カイトさんがあまり大変そうじゃない声で言う。

「何がまずいの、カイト?」

艦長がカイトさんに尋ねる。

「エステの武装じゃ手に負えなくなってきたって事だよ」

「ああ、成る程……」

ぽん、と手を打つ艦長。

……本当に分かっているんでしょうか?

「グラビティ・ブラストは?」

「一応、チャージは出来てるよ。でも使わないほうが懸命だな」

「???……どうしてなの、カイト君?」

ミナトさんが不思議そうに尋ねる。

その問に、カイトさんは難しい顔をしながら答える。

「まあ、あくまでも効率の問題ですよ。

 もしここでグラビティ・ブラストを使って敵艦隊を撃破することができても、

 もしそれで、火星で待ちうけてる第二陣の奴らに警戒されちゃったりしたら

 後々やりにくいことになりかねませんから」

「ああ……、そうなんだ」

確かに、下手にこっちの手札を見せるのは戦術的にも良い選択とはいえない。

「そういうわけなんで。だから、ここはできるだけエステ隊だけで

 切りぬけてもらった方が都合が良いんだけどね……」

そう言いながら、カイトさんは恐る恐る、という感じで自分の背後を見る。

「君の出撃は駄目よ。却下。医者として認めるわけにもいかないの」

そこにはカザミさんが不機嫌な顔をして立っていた。

一応、監視らしいです。

「そういうことだから、艦長も了承して下さいね」

「はい、わかってます。カイト、病み上がりなんだから無理しちゃ駄目よ」

カザミさんの言葉に強く頷く艦長。

「……だそうで。というわけでルリちゃん」

「何ですか?」

「ちょっと場所変わってくれるかな。もしかしたら打開策が見つかるかもしれない」

「はい、解りました」

そう答えると、私は立ってカイトさんに席を譲る。

「悪いね」

そう言って、いままで私が座っていた席に腰を下ろすカイトさん。

仕方がないので、私はさっきまでカイトさんが座っていた席に腰掛けた。

「カイト、何するの?」

艦長が不思議そうに聞いたが、カイトさんは何も答えず

静かに、オモイカネに接続する為のIFSコネクタに手を乗せた。

「ちょっと情報量が凄いから、なれない人はこっち見ないほうがいいかもよ?

 ……酔っても知らないからね、僕は」

カイトさんはそう楽しそうに言って――――――

「オモイカネ、アクセス」

ナデシコのメインコンピューター・オモイカネに、『接続』した。

 

 

 

「はあい、エステ隊の皆さん!!皆さんのお耳の恋人、カイト君でぇす!!

 蜥蜴退治、頑張ってますかあ?」

 

『『『『『……』』』』』

 

突然のカイトさんからの通信に、茫然とするパイロットの面々の様子が

通信映像と共に伝わってくる。

……っていうか、お耳の恋人って……。

「今回は自分、出撃が禁止されちゃってるもんで、直接手伝う事が

 できないのでご了承してくださいねえ。

 代わりといってはなんですが、皆さんにちょいとお得なアドバイスをプレゼント」

『あどばいすぅ?』

『ヘビースモーカーが言う……あと倍、吸う……ふふふふふふ……』

ヒカルさんの不思議そうな声。

イズミさんのことは……まあ、置いといて。

「そう、アドバイス。他の艦隊は無視してこの――――――」

戦闘空域周辺の略図を表示させたカイトさんは、ある1点を指し示す。

「このでっかい船だけを墜としてください。それでこの戦闘は終わりますんで」

『本当かよ!?』

ヤマダさんが心底驚いた声を出す。

まあ、普通信じられないわよね。

「やり方はそちらに任せます。

 1つ注意として、撃墜を確認したら全速力でナデシコに帰艦すること」

『?、どうしてだよ』

リョーコさんの不満そうな様子にカイトさんは苦笑いをする。

「火星に着いたらもっと大変なんです。

 余計な労力は使わないにこしたことはないでしょう?」

『それは……そうだがよ』

「はいはい、駄々をこねないで。んじゃ、頑張って下さいね。

 以上、カイトのアドバイスのコーナーでした。

 ではまた来週、し〜ゆ〜」

そう区切りをつけると、カイトさんは一方的に通信を切断した。

 

 

 

「終了……っと、もういいですよメグミさん」

「……」

「メグミさん?」

「え、え?何、もう良いの?」

カイトさんが自分を呼んでいるいる事にようやく気付いたメグミさん。

「ええ、もう終わりましたから。……大丈夫ですか?」

「うん、大丈夫よ。心配しないで……」

乾いた笑いを浮かべるメグミさん。

でも、顔色が悪いです。

「ったくもう……、姉さん?」

「え?」

上にいる艦長は、副長のアオイさんの背中をさすっていた。

「アオイさんの様子はどう?」

「うん、なんとかおさまったみたい。大丈夫、ジュン君?」

「うん……なんとか」

明らかに覇気のないアオイさんの声が聞こえてくる。

大丈夫じゃなさそうだった。

「3D酔いですね」

「だから見ないほうがいいって言ったのに……」

まあそうは言っても、「見るな」と言われたら余計に見たくなるのが人間ですから。

「デフォルトのままでやれば良かったんじゃないですか?」

先程のカイトさんの行動は、敵の情報を分析することにより

最も効率の良い方法を探す為のものだったんですが……。

「普通の人は慣れませんよ、あれは」

そう、カイトさんはオモイカネから吐き出される情報を、全てモニター表示させたんです。

当然、その量は尋常な量じゃない。

慣れない人が見ると、メグミさんやアオイさんのように酔ってしまうぐらい。

第一、普段は邪魔になるので普通はオモイカネとの会話の中で処理するものなんですが……。

「ん、そうなんだけどね。こっちの方が慣れてるし」

「そういうものなんですか?」

「まあ、見栄え重視ってのもあるけど」

意地悪そうに笑いながら言う

……そっちの方がしっくり聞こえるのは何故だろうか?

「ルリちゃん、状況は?」

艦長の問いに、すぐさま私は答える。

「テンカワ機の攻撃により、指定の敵旗艦の撃墜を確認」

途中で、テンカワさんの『げきがん・なんとか〜』とかいう叫び声が聞こえたけど気にしない。

「わぁ、さっすがアキト!!」

「へぇ、やるねえ。フィールド無視の体当たり、ときたか」

姉弟それぞれの感想を述べる2人。

「その艦を中心とした誘爆により、前方の敵艦隊80%の消滅を確認。

 火星への降下軌道取れます。どうぞ」

詳細なデータを表示させたウィンドウを、滑るようにミナトさんの方に渡す。

「サンキュ、ルリルリ。さて皆、用意はいい?ちょ〜っと操難になるわよぉ」

「その前にエステの回収を」

「とっくにやってるわ」

 

 

 

「ふぅ……」

戦闘が終わってナデシコに帰艦したアキトは、乾いた喉を潤す為に格納庫の隅に

設置されている自動販売機の前に来ていた。

(ん?)

艦内で、財布代わりとなっているカードを機械に差し込もうとすると

横から手が伸びて、先にカードを入れられてしまう。

「リョーコちゃん?」

カードを先に入れたのは、スバル=リョーコだった。

「おごるよ」

「へ?」

予想していなかった言葉に一瞬、茫然とする。

「びっくりしちゃったあ。こ〜んな風に」

「うわっ!?」

いつのまにか自分の横に来ていたヒカルに不覚にも驚いてしまう。

何故か目玉がびょ〜んと飛び出ているメガネをしていた。

「なかなかやるな、って事。もらって」

珍しく優しい声で、リョーコが手に持ったジュースを差し出す。

(認めてくれた……ってことなのかな……)

パイロットをするのは本意ではないとはいえ、そう考えると悪い気はしなかった。

「俺様にはおごってくれないのか?」

「バ〜カ。おめえは何もしてねえだろ」

「ガ〜ン……そ、そんな」

後ろからやってきたガイに、『らしい』口調で答えるリョーコ。

(やっぱりこっちの方がしっくりくるなあ……)

なんとなくそんな事を考える。

「だけどさあ、艦長の弟君。凄いよねえ」

「え?」

ヒカルのその言葉に、ふと我に返る。

「まあな、あんな混戦状態であれだけの指示がだせるんだからなぁ……。

 ガキの割には大した奴だよ。ルリもそうだけどな」

その言葉にリョーコも同意する。

何も語らないが、その横にいるイズミも同じ考えのようだった。

「ああ、確かアキトはカイトと知り合いだったんだよな」

「え、ああ……」

ガイの問いに曖昧に頷くアキト。

「……あれ、何だ違うのか?」

「いや、知り合いだよ。多分」

「多分、ってなんだよ。多分って……?」

「いや、何でもない。気にしないでくれ」

「???、まあいいけどな」

そう言って、ガイは途中で話しを中断する。

「さぁ〜って、何を飲もうかなぁ〜」

妙に明るい声で、自動販売機に向かうガイ。

「あ、これ飲んでみて、これ」

「どれどれ?……ってなんだよこのジュースは。どろり濃厚……?」

(……)

もしかしたら、気を使わせてしまったかもしれない。

(ありがとうな、ガイ……)

しかし、アキトの中にくすぶっている心の中の『違和感』は消える事はなかった。

 

 

 

『……テンカワさん、あまり驚いてませんね』

『え?』

『いえ、他の皆さんより落ち着いているように見えましたから』

『ああ……一応、俺も知り合いだから』

『そうなんですか?』

『うん、カイトはね、2年前まで火星にいたから』

『火星に、ですか』

 

 

 

カイトがナデシコに始めて来た時のユリカの言葉。

これがアキトの心にずっとひっかかっていた。

 

(おかしいんだよな……ユリカは2年前からカイトは地球に行ったって言ってる。

 けど……確かにあの時……カイトは……)

 

 

 

1年前、この火星での出来事。

 

 

 

『アキトぉ?この箱ってどこに置けば良いんだ?』

『ああ、向こうの車の荷台に乗せといてくれ』

『は〜い』

『あら、妹さんですか?』

『いえ……、違います。あと、あいつ男ですよ。ああ見えても』

『ええ?そうなの、てっきり女の子だと……』

『本人の前で言わないで下さいね、気にしてるみたいですから』

『ねえ、お兄ちゃん――――――』

 

 

 

アキトはあの日の事を、今まで忘れた事はない。忘れたくても、できるものでもない。

だからこそ、確信できた。いや、できるはずなんだけど……。

 

 

 

ふと、壁にある窓に目が行く。

そこには、懐かしい故郷・火星の姿が大きく映っていた。

 

 

 

(火星は……全部答えを知っているのかな……)

 

 

 

なんとなく、そんな気がした。

 

 

 

 

――――――to be contenued next stage

 

 

あとがき

 

ううむ……主人公が戦闘に参加しないとどうも単調になってしまいますねぇ……。

まあ、とにかくやっとこさナデシコは火星に到着です。

これからが大変だぁねぇ、自分(サブロウタ風に)。

 

それから、今までに感想メールくれた方、本当にありがとう御座います。

ここで改めてお礼、申し上げまする。

isao(?)さん。あなたが始めて感想を送ってくれた人でした。

感涙ものでしたよ、あの時は。いや、冗談でも誇張でもなく。本当に有難う。

RI−KUさん。イメージイラスト、本当に感謝しています。

あの絵を見て、自分の中でのカイトのイメージが固まった気がします。

過無為さん、DCでのメールという根性の入った感想、有難うございます。

 

他にも、感想は送らないまでも、このSSを読んでくれている人、本当に有難う。

これからも感想は随時募集していますので、どうかよろしくお願いします。

あ、感想の返事が欲しい人は、アドレスを記載して頂ければ

よほど忙しくもない限りはお送り致しますので。

 

次回はようやく説明おばさんの登場。

「TIME DIVER」では、彼女は凄く重要なキャラとなっています。

……って本編でもそうだったか。

 

まあ、頑張ります。

ではでは〜。

 

                      H13、9、23

 

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