道を歩いている。

何処に続くのか、何処から来たのかも解らない。

ただ、何かに突き動かされるように歩き続ける。

それは、忘れられない『約束』。

破ることが許されない、許せない『誓い』。

 

あの場所に帰らなければならない。

あの子を独りにするわけにはいかない。

ここで倒れるわけには、いかない。

 

脇腹の傷口がじくじくと痛む。

もう、目はあまり見えていない。

肌の感覚など、とっくに消え失せている。

さっきまでは痛いと思っていた砂の雨も、今はもう何も感じない。

自分の身体の重ささえも、もう解らない。

 

もしかしたら、自分はもう倒れているのかもしれない。

歩き続ける意味など無いのかもしれない。

この道の先には、何も無いのかもしれない。

様々な不安が浮かんでは消える。

 

それでも、歩き続けなければならない。

立ち止まるわけには行かない。

 

 

例え、この身が朽ちようとも。

 

 

 

 

     機動戦艦ナデシコ  Another Story

           「TIME DIVER」

               第5話

            届け、小さな『願い』

             

 

 

 

「……」

閉じていた目を開ける。

寝覚めは最悪だった。

ずいぶんと昔の夢を見ていた気がする。

今ではもう、忘れたとさえ思っていた、昔の。

(嘘つけ)

そう考え、自嘲する。

忘れられるわけが無い。

忘れたことも無い。

あの時……

 

自分は、約束を、守れなかったのだから。

 

 

「ここは……」

ベッドからゆっくりと身を起こす。

「痛ッ!?」

とたんに、身体中に痛みが走る。

それでも倒れることはなく、なんとか上半身だけを起こした状態を維持できたが

身体の痛みは収まろうとはしなかった。

(なるほど)

撃たれたんだ、とそれだけでなんとなく悟る。

道理で覚えのある痛みだ。

とはいえ、覚えている痛みはこんなものではすまなかったが。

「ここは、医療室か……」

首だけを回して、ここがどこかを把握する。

そして、こうなることになった経緯も少しずつ思い出した。

確か『仕事』中にいきなり現れたヤマダ=ジロウをかばって……。

「にしても、あのキノコ野郎……」

次に会ったら殺す、と心に誓う。

そんなことより、自分はどれくらい眠っていたのだろうか。

日付が分かるようなものを探すが、残念な事に視界にはそういうものは見つからなかった。

まぁ、ここにいても仕方が無い。

痛みを完全に無視して立ちあがり、廊下へと続く扉の方へと足を向けた。

 

 

 

「弟さん……カイトくんの容態は安定しています」

ナデシコ医療班のシノハラ=カザミさんが、一緒に廊下を歩いている私と艦長に説明した。

私は今、仕事の合間に、負傷して意識が無いカイトさんのお見舞い(というか様子見)に

向かっているところです。

その途中、同じくお見舞いに行こうとしていた艦長とカザミさんに会ったので

一緒に行く事にしたんですが……。

「あとは意識が戻るのを待つだけなんですが……正直なところ、これだけは

 私にもいつになるかは分かりません。今日かもしれないし、明日かもしれない。

 5日後かもしれないし、1週間後かもしれない。そして……」

言いにくそうに、カザミさんが口篭もる。

「目覚めないかもしれない、ですか?」

私がはっきりと言うと、カザミさんが驚いたようにこちらを見た。

まあ、私のような少女がそんなこと言ったら普通驚くだろうけど。

けれど、そんなカザミさんの反応は、それが事実だということを証明していた。

「……はい、その可能性もある事は確かです。

 実際、今も生きているのが不思議なくらいの重傷でしたから」

艦長は何も言わない。

私も話に聞いただけでよくは知らないけど、脱走したムネタケ副提督に撃たれた

カイトさんを、ヤマダさんが慌てて医療室に連れてきた時は

ほとんど絶望的な状態だったらしいです。

なんとか一命を取りとめることはできたものの、それから二週間たった今も

カイトさんの意識はまだ戻っていなかった。

「大丈夫ですよ」

突然、艦長が暗い雰囲気を振り払うように明るい声で言う。

「あの子は強いですから」

二週間前にも聞いた言葉。

ICUから出てこないカイトさんを心配する皆の中、

一番心配なはずの艦長は、カイトさんの無事を少しも疑っていませんでした。

もちろん、一命を取りとめたと知った時、一番喜んだのも艦長でした。

そんな艦長の言葉を、私達が信じないわけにもいかなかった。

「そうですね」

ただ、そう答える。

信じるしかなかった。

 

 

ぷしゅー。(扉の開く音)

「おう、おはよう」

「「「……」」」

「どうしたの姉さん?それにルリちゃんまで」

「「「……」」」

「もう一人の女医さんは始めまして……だよな?

 まぁ、いいか。それよりさ、今日って何日?どれくらい寝てたんだ?」

「「「……」」」

「……あの〜、もしも〜し。聞こえてる?……っていうか聞いてるか?」

「「「……」」」

「……」

起きてました。

なんというかもう、さっきまでの暗い雰囲気は何だったんだろうってぐらいに。

……はぁ、安心したやら疲れたやら……。

 

 

 

「大丈夫ですか、カイトさん?」

「あんまり大丈夫じゃなひ……」

私の言葉に泣きそうな声で答える。

カイトさんは再び医療室のベッドに横になっています。

何故かというと、さっきの対面の後、感激のあまり興奮した艦長が

カイトさんが重傷だということを忘れて、思いっきり抱きついたからです。

(まあ、重傷なのに平気な顔して歩いてるカイトさんもどうかと思いますが)

その後、痛みで倒れたカイトさんを私とカザミさんが協力してベッドに戻し

艦長はブリッジの皆にそれを伝えに走って(コミュニケを使えば良いのに)

今に至る、というわけですが……。

「ところでルリちゃん、さっきの質問なんだけど」

「はい?」

「何日たった、ってやつ」

「あ、はい。ちょうど二週間ですね」

そう答えると、カイトさんは凄くほっとした顔になった。

「よかった、その程度か……」

「?」

「ああ、何でもないよ。こっちの話」

「はあ」

「じゃあ、火星にはまだ着いてないんだね」

「はい、ナデシコでも火星までは2ヶ月もかかっちゃいますから」

「だよな。ありがとね、ルリちゃん」

そう言って、二週間前と同じ笑みを私に向けた。

「……別に、いいですけど」

 

「そう言えばさ」

「なんですか?」

私は艦長たちが戻ってくるまでの間、オモイカネにも手伝ってもらいながら

この二週間の間に起こったことを簡単にカイトさんに説明していた。

地球を無事に脱出したナデシコ。

その際に脱走した副提督。

補給先のコロニー『サツキミドリ2号』が木星蜥蜴の攻撃で陥落したこと。

そこから脱出した3人のエステバリスのパイロットと無事に合流したこと、など。

さすがに副提督の事になると顔をしかめたけど、それ以外の事は

興味深そうに、見ようによっては楽しそうにカイトさんは聞いてくれていた。

「あの、部屋の隅っこに置かれてる……っていうか積まれてる花やら箱の山は何?」

「……」

そりゃ目立つわよね、あんなものが医療室に山と積まれてたら。

部屋の3分の1は占拠してるし。

「お見舞いの品ですよ」

「僕への?」

「はい」

「はあ……そうなのか」

カイトさんが手を伸ばして手近な箱をひとつ取る。

「……にしては、妙に男からのプレゼントが多くないか?」

「そうですね」

事実だった。

暇な時に調べたりしてみたけれど、お見舞いの品のうち半分以上が男の人達(主に整備班)

からのプレゼントでしたから。

「こう言うのもなんだが……気色わる」

「黙ってると、女の子にしか見えませんからね。カイトさん」

「それって褒めてんの?」

「さあ?」

「……」

気まずそうに頭を掻くカイトさん。

と、その手が一瞬止まり、その後、もの凄い早さで頭の後ろを探り始めた。

「あ、あれ!?」

「どうかしましたか?」

「か……髪がない!」

あ、そうか。当然、カイトさんは知らないんだっけ。

「カザミさん……医療班のひとが、手当てがしにくいからって切ったそうですよ。

 一応、艦長の許可を取ってから、ですけど」

だから、前と比べるとカイトさんの髪はずいぶんと短くなっている。

それでも肩に届くぐらいはありますが。

「マジで!?」

「はい、マジです」

「なんで!?」

「私に聞かれても」

「嘘だろぉ……」

情けない声を出してベッドに倒れこむカイトさん。

「いいんじゃないですか。少なくとも女の人に見られることは減ると思いますよ」

自分でも慰めになってないなと思いつつ、そう声をかける。

「昔な」

顔を伏せたまま、カイトさんが話し始める。

「といっても1年ぐらい前か、こんな感じに髪を思いきって

 短く切ってもらったことがあるんだよ。あまりにも女……というか姉さんに

 間違われるもんだから」

「はい」

分かります、凄く。

「髪を切った翌日、学校……大学に行ったんだよ」

「はい」

「そしたらなんて言われたと思う?」

「?」

「……」

「何て言われたんですか?」

「どうしたんだいユリカちゃん、失恋でもしたのかい?……ってな」

「……」

「しかも、ほとんど全員がだよ」

「はあ」

「それ以来、どうでもよくなって伸ばしてたんだけどな……」

沈黙。

この時、多分、カイトさんにも分からなかったみたいだけれど……。

私はきっと、笑っていたんだと思う。

「……秘密だからな」

「……はい、分かりました」

「今、笑ってなかったか?」

「気のせいです」

 

 

 

その後、艦長から話を聞いたのか、ブリッジ組のミナトさんやメグミさん

食堂のホウメイさんや整備班のウリバタケさんなんかが立て続けに顔を出しました。

みんな、カイトさんがいつもの様子なのを見て安心した様子でしたが……。

 

 

 

コンコン。

「ん?どうぞ」

ノックの音にそう答えると、扉が静かに開いて見覚えの無い顔が3人入って来る。

「おう、邪魔するぜ」

「どうも〜♪始めまして!」

「ハイジがくるくると回る。ハイジ、目、回して……はじ、め、まして。…クックックッ」

「……」

なんとも言えない独特の雰囲気を持つ3人に対する反応に困っていると

横からルリちゃんが

「新しく入ったパイロットの人達です」

と、教えてくれた。

「ああ、サツキミドリ2号から逃げてきた人達か」

「おいおい、逃げてきた、とは人聞きが悪いな。

 どっちにしろここに来る予定だったんだからよ」

「まあ、それはそうですけど」

緑色の髪(染めてるらしい)をショートにまとめた女性が苦笑いをしながら反論する。

「一応、自己紹介しとく。俺はスバル=リョーコ。で、こっちが」

「アマノ=ヒカル。ヨロシクね、え〜と、カイトくん、だっけ?」

「どうも」

「んで、あと一人の地味なようで妙に目立ってるのが……」

リョーコさんが言いにくそうに言葉を詰まらせながら、唯一の黒い髪をした女性を指差す。

「警察のお仕事、事故・詳解……自己・紹介。クックックッ……」

「マキ=イズミだ。まあ、あんまり気にしなくていい」

「はあ」

何か、変な人だというのは理解できた。

「それよりよ、ウリバタケのおっさんから聞いたぜ。

 お前、高高度の戦闘で陸戦型使って出撃したんだって?」

「ああ、そうだけど」

「ガキのくせにやるじゃねえか。その根性、気に入ったぜ」

「そりゃどうも」

ガキっていうのは余計だけど。

「でもさ、寝てる時も不思議だったんだけど、本当に男の子なの?」

ヒカルさんが顔をこちらの顔を覗きこんで言う。

この人はなんというか、メガネが様になってるなぁ。いろんな意味で。

「……男です」

「はあ、やっぱりそうなんだぁ。残念。

 実は女の子なんですぅ!!……ってネタかと思ってたのに」

「すいませんね、期待に応えられなくて」

「ははは、いやいやゴメンねぇ。悪気はないんだよ」

「……」

何か、この人にはヤマダ=ジロウと通じるものがある気がするのは気のせいだろうか。

しかし……プロスさんのスカウトって明らかに何か狙ってないか?

 

 

 

「ふう……」

パイロットの人達やルリちゃんが帰ったあと、僕は何をするでもなく

ベッドに寝転がりながらボ〜ッとしていた。

また、外に出てみようとも考えたが、さっき姉さんに抱きつかれたときの痛みが

残っているので迂闊に動けない。

「いろいろと心配させたみたいだな、皆に」

心配。

少し前には考えもしなかったことだった。

自分が、まだ、こんな場所に戻る事ができるなんて。

本当に、この艦は……。

「ん?」

何となく、部屋の隅に積まれているお見舞いの品を眺めていると

何故か、2つの箱が妙に目に止まった。

「え〜っと、これは?」

ひとつは、他の箱は綺麗にラッピングされているのに関わらず

まるで子供がやったようにめちゃくちゃな手順で包装されている箱。

中を開けてみると、見慣れたような一つの人形が目に入る。

「超合金……ゲキガンガー人形?」

と、それには書かれてある。

(確かこれって……)

ヤマダ=ジロウが「俺の宝物だ!!」とか言って、

年甲斐もなくいっつも持ち歩いていたものだったはずだ。

「お〜お〜、無理しちゃって」

詫びのつもりかな。

気にしなくてもいいっていうのに。

あれほど大事にしてた人形まで手放して……。

(ま、あとで返してやるか。丁重に、ね)

「で、あと1つは?」

もうひとつは、他のものに比べて凄く小さい箱。

だから逆に目を引いたんだけど。

「ん?」

中に入っていたのは、小さなお守り。

といっても『〜祈願』とかは書かれていなかったが。

「……」

こういうことはしないほうがいいんだろうなと思いつつ、中を覗いてみると

その中には、ボール紙と一緒に小さな紙片が入っていた。

その紙には一言

『早く元気になってください』

とだけ書かれてあった。

名前も書かれていない。箱の方も探してみたが、それらしいものは見当たらなかった。

(っていうか、ナデシコにいる僕の知り合いで

 名前も書かずにこんなものを送ってくれる人っていうのは……)

思い違いでなければ、一人しか思いつかなかった。

「やれやれ……」

 

 

 

お礼、言いそびれたな。

 

 

 

――――――to be contenued next stage

 

 

あとがき

 

週間ペースで書いてます。

 

別名「ヤマダ=ジロウは生きていた」篇はどうでしたでしょうか?

はっきり言って、彼を生かすことについては滅茶苦茶悩みました。

キャラとしてはいい味出してるんですが、彼が生き残ってると後編で白鳥九十九が

非常に出しにくくなっちゃうんですよね。全く同じ顔だし。(カイトもだけど)

アキトもTV版では、ガイの死によって成長したような感じがありますからねぇ。

まぁ、なるようになるか(適当)。

 

それと、パイロット3人娘の登場。

都合により出番も少ないし、初登場シーンも省いてますが

これからはどんどん出すつもりです。

でも、イズミのギャグには頭を悩まされます。

引用だけじゃつまらんもんなあ……。

 

この後の予定は、1話ぐらいはさんでから火星に着くようにする予定。

おそらく6話は、整備班のストライキ(?)が中心かと。

では、また次回。

 

 

追記、

一応、このSSは『カイト×ルリ』もののつもりですが

カイトやルリの性格上、くっつく(?)のはかなり後になる予定です。

他の作家さんたちのSSでは結構早めにくっついたりしてますが

この小説ではそういうつもりなので一応報告しておきます。

……つまらない、って読むのを放棄しないで下さいね。いや、マジで。

気長にお待ちを。

あと、感想メールは大歓迎です。

読んでくれた人は、できたら送ってくれませんか?出来たら、でいいですけど。

今後の参考にもなったりするので。お願いします。

 

                          H13、9、8

 

 

改訂版。

感想メールをくださったRI−KUさんという方が

この話のラストシーンをいたく気に入ってくださったようで

なんとイメージイラストを描いてくださいました。

凄く上手にできているので、新たに改訂版として

イラストを貼り付けた『第5話』をお送りします。

RI−KUさんに本当に感謝。

 

                          H13、9、23

 

 

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