我が誕生日が過ぎると、「豆まき」があり「立春」、

春が駆け足でやって来る…とよく言うけど、

ちょうどその序走の頃この世に生れ出たせいか、

私は、基本的にポジティブと言うかノー天気な性格だ。


きっと春は来る、

きっとうまくいく、

きっと何とかなる、と思い続けて来た。

 

それでも、時々落ちこんで、

ドキュメンタリーのナリワイがしんどくなり、

止めてしまいたい、と思うことが、今でもある。

応援してくれている人がいるのに、

そんなネガティブなこと言ってちゃいけないのはわかってるんだけど。

ここ数年、自主上映の旅を共にしてくれている細谷先生(小児科医)も、

五十代になってから仕事を止めたいと思ったことが度々あった、

と雑談で言ってたから、自分だけじゃない、とちょっとホッとした。


私の父は記録映画の編集者だった。

あまり撮影現場には行きたがらなかった、と

父を知る人から、その仕事のやり方をよく聞かされた。

フィルムに写っている人間にはおおいに惚れこんだけど、

生身の人間と接するのが、あまり得意ではなかったんだと思う。

父は気が小さかった。


私は、父が死んでからドキュメンタリーのナリワイに入った。

そして、父のように職人的な編集者に成るという道ではなく、

現場へ出て、父に出来なかったような仕事、

自分なりの新しいドキュメンタリーを創ろうと思うように成ったのだ。

新しいものが生まれるのは、何と言っても現場からだ…と。


けれども、気が小さい性分は父と似ているから、

現場でのアレコレにけっこう消耗してしまうこともある。

ヒューマンドキュメンタリーを標榜しているのだから、

生身の人間にしっかり寄り添い、撮影させてもらうしか自分のやり方はないのに。


困ったもんだ。


つい先日、3・11関連のドキュメンタリーを創ったひとりとしてインタビュー取材を受けた。

「被災地に入り、被災者やガレキにカメラを向けることに抵抗感はなかったですか…?」

と問われ、答えにならないような答えを口走ったことは覚えている。

「自分はドキュメンタリーに向いていないのかもしれない…」と、

言わなくてもいいような愚痴を呟いて。

でも、

「気が小さかったり、臆病だったりする奴がドキュメンタリーを創ることこそ意味があるように思う。

 だからこそなんだ…。そこから、そおいう自分から、逃げちゃいけないんだ」

と、インタビュアーの若いディレクターに、偉そうな物言いをしてしまった。


二十代、三十代の頃には、歳を喰い経験をつめば、きっと、

どっしり構えて動揺しない仕事が出来るようになる、と先輩を仰ぎ見て思ってたけど、

ますます、オロオロ、ドキドキが強まってしまったように思う。

歳を喰ったら、肝っ玉という奴は更に小さくなるのだ、と今は思う。

私に、その傾向が強いだけかもしれないが。


そんなことを、グズグズ思いながらごく最近、更なる新作企画を立ち上げてしまった。

まだ撮影進行中で完成させなきゃならない企画が何本かあるのに、本当にアトサキが考えられないんだから。

  

新作企画のタイトルは「雲のねっこ」。

いいでしょ?気に入ってるんだ。

中味はまだ秘密だけどね。


やっぱりどう見ても私の在り方は、

ポジティブでノー天気かな?


昨日、雪が降った。

今日、白い梅の花びらに名残り雪を見つけた。


きっと春が来る。

きっとうまくいく。

きっと何とかなる。何とかする

 

何とかする

伊勢 真一