冬の朝、白い息を吐き出しながら坂道をのぼる。
さっきまで眠いのと寒いのとで、蒲団から出るのを嫌がっていたカラダが、
どんどん元気になっていく感じ。不思議だ。
どこまでも歩いていたいという気になる。
歩いているうちに、もっと歩きたくなる。
ドキュメンタリー映画を創っているうちに、
もっともっとドキュメンタリー映画を創りたくなる……。
自分のカラダが、そのことを教えてくれているような気がする時があるのだ。
年末年始にかけて、新作「妻の病−レビー小体型認知症−」の東京上映が、
新宿K’s cinemaで始まった。
三週間の上映の毎週末にはゲストを迎えてトークショーをやるプログラムだが、
その初日は主人公の小児科医・石本浩市さんだった。
石本さんとは映画「風のかたち―小児がんと仲間たちの10年—」製作での出逢い以来、
15年に及ぶお付き合いだ。
その過程で、石本さんの妻・弥生さんが若年性の認知症になり、
そのドキュメントを撮ることになったのだ。
「今はしあわせです……」と映画の中でつぶやく自分自身を観て、少し照れながら、
「“しあわせ”って言ったって、くたびれ切った“しあわせ”だと思うけどね」と、
上映後のトークショーで語ってくれた石本さんに、
「若い奴のピチピチした“しあわせ”より味があるじゃない」
と私はエールを送ってその場をしめた。
映画館を出て、お蕎麦屋さんで石本さんと乾杯。
別れ際に、映画のラストシーン近くで石本さんが自分自身に言い聞かせるように語った
「生きなきゃ……」という言葉を、私に投げかけた。
「うん、生きなきゃ……」
映画「妻の病」は認知症を題材としたドキュメンタリーだが、
一人ひとりがスクリーンに映りこむ自分自身をみつめる映画、
他人事ではないヒューマンドキュメンタリーなのだ。
きっと多くの人が心の中で自分事として、
「生きなきゃ」と問わず語りをして観てくれるに違いない。
観てほしい。
「この映画は、認知症のこと、老人問題のことを、
15年前の時点に戻してしまうような内容だ……」
と批判的に観る人もいれば、
「まるでギリシャ悲劇のようだ。認知症のことというよりも、
いつの時代にも変らない、人間ドラマとして深く共感する」
と肯定感たっぷりに観てくれる人もいる。
いずれにしても、映画を観てもらわなければ、始まらない。
テーマ曲は♪ラ・クンパルシータ。
撮影中、主人公の弥生さんがいつも口にしていたメロディーを使わせてもらったから、
選曲は石本弥生さんだ。
バンドネオンでテーマを編曲・演奏してくれた大久保かおりさんが、
「アルゼンチンで生まれたこの曲の原題は“小さな仮装行列”というんですよ」
と教えてくれた。
一人ひとりの人生。
一人ひとりのささやかな物語。
眼をつむると“小さな仮装行列”がタンゴを踊り、唄いながら通り過ぎようとしている。
思わずその行列にまぎれこむ我らのヒューマンドキュメンタリー……。
映画を観る一人ひとりが、その行列に加わり、
自分自身のかけがえのない記憶に触れるひとときになってもらえればと思う。
東京・新宿での上映に続き、全国各地での上映を予定している。
ぜひ足を運び、“小さな仮装行列”に参加してほしい。
※1月9日(金)まで(1月1日は休館)
東京・新宿K’s cinema 毎朝10時半から1日1回上映中
※2015年1月12日(月・祝)
ヒューマンドキュメンタリー映画館 日比谷(日比谷図書文化館 地下1階ホール)にて11時から上映
※全国各地での自主上映を募っています