もう15年来、私が関わっている映画祭のひとつ、「はなまき映像祭」が、先日行われた。
今年は花巻・宮沢賢治記念館に隣接する「宮沢賢治イーハトーブ館」で、
いせひでこサン(画家・絵本作家)の個展「2人の賢治展」と同時期に開催し、
『大きな家〜タイマグラの森の子どもたち』(澄川嘉彦監督作品)、
『シバ 縄文犬のゆめ』『妻の病−レビー小体型認知症—』(伊勢真一監督作品)の三作品を我等が“映像祭”の拠点であるブドリ舎で、
『風のかたち—小児がんと仲間たちの10年—』(伊勢真一監督作品)をイーハトーブ館で上映した。
“映像祭”の2日目、自作『風のかたち』を会場で観ていたら、
唐突に「もしも賢治が現代に生きていたら、ドキュメンタリーの創り手に成ってこんな映画を創ったのではないか…」と、
畏れ多いことを思った。
その日に予定され、私もゲストとしてお喋りすることになっていたシンポジウムで、
その思いに触れながら宮沢賢治に寄せる自分なりの考えを語ろうと身構えていたのだが…
舞台上では、とりとめのないことを口走るだけだった。
シンポジウムで言いたかったことのひとつは、
「そおいう人に私はなりたい」と語って終わる『雨にも負けず』を初めて読んだ時、
な〜んだ賢治は“そおいう人”じゃなかったんだ、という肩すかしのような感覚と、
自分自身のヒューマンドキュメンタリーというナリワイのことだ。
ヒューマンドキュメンタリーは、
その作品の登場人物に深い思い入れをして「そおいう人に私はなりたい」と
創り手が思いの丈を寄せる物語、といえるかもしれない。
私の近作でいえば、『大丈夫。—小児科医・細谷亮太のコトバ—』での細谷亮太さんの、
病気の子どもたち、生きることが叶わなかった子どもたちへ寄せる思い…。
『シバ 縄文犬のゆめ』での照井光夫さん(天然記念物柴犬保存会 会長)の、
縄文犬と呼ばれているシバ犬1,000頭を育てて来た強い思い…。
『妻の病−レビー小体型認知症−』での石本浩市さん(小児科医)の、
認知症の妻と生きる愛おしい思い…。それぞれに、とても誠実に自分自身を生きて来た方々だ。
私はただ、その一人ひとりの傍にいて、「そおいう人」を描いているだけだ。
自分には成れないのが充分に分かりながら「そおいう人に私はなりたい」と思って。
だから時々、「伊勢さんは誠実な人ですね」と、映画を観た人から言われたりすると、
全然そうではない自分を恥じながら、
「俺じゃぁなくて、映画の中の一人ひとりが誠実で優しいんですよ!」と言い返したくなる。
私は強いて言えば「デクノボウ」か?賢治もそうだったのだろうか…。
もしかしたら、私は「デクノボウ」だからこそ、誠実さや優しさに魅かれ、
ヒューマンドキュメンタリーの主人公一人ひとりの輝きに、深く思い入れすることが出来るのかもしれない。
「デクノボウ」も、わるくはないか…。
「みんなにデクノボウと呼ばれ、
誉められもせず、苦にもされず
そおいう人に私はなりたい」
宮沢賢治の“そおいう人”とは、それぞれちがう「そおいう人」を思い入れながら誰もが生きている。
私は私の「そおいう人」と出逢いながら、
「そおいう人に私はなりたい」というヒューマンドキュメンタリーを創り続けよう。
「デクノボウ」を引き受けながら。