夏の一日、

横浜市郊外の通い慣れた道を、スタッフと共に姪っ子の奈緒ちゃんの家に向かいました。

てんかんと知的障害を持つ、「奈緒ちゃん」の撮影を始めて、もう33年になります。

まだ撮り終えません。


この日は、奈緒ちゃんの40才の誕生日、「不惑(ふわく)」です。

私の姉、奈緒ちゃんのお母さんも、今年5月で70才。

二人だけのささやかな誕生祝いをすると聞き、撮影することにしたのです。

何事にも用意周到でない私は、当日になって、バースデイプレゼントを忘れていることに

気づき、慌てて近くのスーパーマーケットに立ち寄りました。

洋品売り場で見かけた、バーゲンのアロハシャツが一目で気に入りゲット、

「沖縄で買って来たんだ・・・」とホラを吹き、おおいにもったいぶってプレゼントした。

奈緒ちゃんはピンク色、お母さんはグレー、二人ともとてもよろこんでくれました。


誕生祝いのメインディッシュは、奈緒ちゃん得意の料理「春巻き」。

ここのところ、週に一度は「春巻き」を創っていると言うだけあって、

なかなか腕を上げたみたいだ。

狭い台所で、母子二人たっぷり汗を流しながら「春巻き」を揚げているシーンを、

“映画のおじさんたち”も汗だくになって、隅っこにへばりつき必死で撮影した。

ふと、

私はこおいう撮影が、こおいうドキュメンタリーが、性に合っているのだろう・・・と思った。

“こおいう”というのは、「普通」のひとりひとりの、「普通」のひとときひととき、

という感じだろうか。

意を決して被災地へ向かい、その記録を撮ることも必死になってやるけど、

「普通」の魅力に心動かされ夢中になってしまうのが、私にとってのドキュメンタリーを

撮りたいと思う一番の動機、ということだ。

もちろん、被災地あるいは戦場などで、ドキュメンタリーを撮ることの背景の動機は、

その「普通」が、揺らぎ破壊されることへの哀しみや怒りであることは、

充分にわかりつつですが。

臆病者だから、コワイところは苦手で居心地がいいところが好き、というだけかもしれないが、

ドキュメンタリストには、不向きな性格かな?


「奈緒ちゃん」と「お母さん」の二人きりの誕生祝いは、とても居心地がよかった。

美味しいものを食べ、歌を唄い、笑いに笑い・・・

「しあわせが写っている」と、今は亡き、映画『奈緒ちゃん』の初代カメラマン

瀬川順一さんが、フィルムを観ながら呟いた言葉を久しぶりに思い出した。


ひとときの「しあわせ」。

「しあわせ」って、いいですね。


奈緒ちゃんは「不惑」。仲間たちとグループホームで暮らし、

福祉施設「ぴぐれっと」で働き、時々、この日のように実家に帰って来る。

「不惑」をとおの昔に過ぎ、まだまだ惑いっぱなしの私は、

まだまだ「奈緒ちゃん」を撮り続けるのです。



※映画『奈緒ちゃん』の第一部(1995年制作)を、

 8月30日(金)15時から、大阪のヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2013で上映します。

 上映後には、小児科医・細谷亮太氏と私とのトーク「こどものいのち」があります。


 問合せ:03-3406-9455(いせフィルム)

 

不惑

伊勢 真一