今時のいとにくし 其の弐

●再び明け方に
 まだ夜明けやらぬ内に、にわかに若き女の「イエーッ」なる哮(たけび)、外より聞こえけり。「王様ゲーム」などすなる時の「王様ゲーム イエーッ」なる響きにも似て、さほど力入りたる響きにあらず。酔ひたる女の仕業にやあらむ、といぶかしう思ぼえけれど、かようにさびしげなる山里にいかなる女にやあらむと、わづかに興わきたれば、やおら窓引き開けて外見たれば、うす汚れたる野良猫と目、合いぬ。いときょうさむ。

【現代語訳】
 まだ夜も明けぬうちに、突然外で若い女性の「イエーッ」という嬌声が聞こえた。「王様ゲーム」をする時の「王様ゲーム イエーッ」という言い方に似ていて、そんなにはしゃいでる感じでもない。酔っぱらいの女の子だろうと不審にも思ったが、こんな(若い女の子など滅多にいないような)さびしい山里のような場所に、どんな子だろうと、ちょっと興味がわいたので、そろそろと窓を開けて外を見たら薄汚ない野良猫と視線が合ってしまった。(猫のさかり声だったのかよ、メチャ寒ぶ。と思い)大変興醒めなことであるよ。

 

●恐ろしきもの
 恐ろしきもの。仕掛けて日数たちたるゴキブリホイホイ。中の様子うかがうは、いと恐ろしき心地して安らかにはえせず。けだし捕らえければ、おぞましげに黒光りたる生き物の、いとおぞましげに鎮まりたる、あな恐ろし。されど、けだし捕らはざりければ、おぞましき生き物の未だ家のいずこにか潜まんと、生きた心地せざるも、いと恐ろし。
 赤飯の小豆にゴキブリの卵思い起こすは、このごろ労(いた)つくにやあらむとおぼゆるも、いと口惜しきことなり。

【現代語訳】
 恐ろしいもの。設置して何日かたっているゴキブリホイホイ。中を捕れてるか見ることは、恐くてそう簡単にはできない。もし捕れていても、無気味に黒光りしているゴキブリが、やけに無気味に鎮まりかえって(捕れて)いるのは、ああ恐ろしい。とは言え、今度は捕れていないと、あの恐ろしい生き物がまだこの家のどこかに潜伏しているのだと考えると、生きた心地がせず大変恐ろしいことであるよ。
(ところで)赤飯の小豆を見てゴキブリの卵を連想してしまうのは、最近疲れているのだろうと思うと大変悔しいことであるよ。

 

●君のじゃないぞ
 幼き頃、鈴虫捕りて飼はんとて、まづは形からと、水槽・土など備えけり。未だ主居らざりけるが、食物に茄子・胡瓜なども仕度しけり。しかしながら鈴虫捕らはざりけり。仕度水の泡と消えたれど、さながら放りたるなり。日数たちて水槽見たればゴキブリ入りて茄子など食らひたる。うぬが為のものにあらずと思ぼえければ、いと口惜し。

【現代語訳】
 少年の頃、鈴虫を捕ってきて飼おうとしたが、とりあえずは環境を準備しようとして虫用の水槽や土などを準備した。まだ中には主人(鈴虫)はいないけれど、(捕ってきたら)餌にと茄子や胡瓜も準備した。でも結局鈴虫は捕れなかった。準備は無駄になってしまったけれど、そのままにしておいた。何日かして水槽を見たらゴキブリが入って茄子を食べていた(ようだった)。「てめえの為に(水槽などをわざわざ)用意したんじゃねえ!」と思ったが大変悔しいことであるよ。

 

●なぜわざわざ
 ワープロにて「こう」を「高」に変へたけれど、まづ出たるは「府中」なる字なり。国府の意なり。などてかかやうにめづらしき字ことさら頭に置かむ。誰かはかやうな字つかはん。「高」などはなべて使はるる字にやあらむ。いとあさまし。

【現代語訳】
 ワープロで「こう」という字を「高」に変換したかったけど、最初に出てきたのは「府中」という字だった。国府(こう)の意味だそうだ。なんでこんなめづらしい字をわざわざ最初に置くのだろう。誰がこんな字使うのか。「高」の方が一般的に使われているんじゃないだろうか。全く驚き呆れることであるよ。

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