Monologue7(1999.9.9〜1999.10.16)

「1999.10.16(土)」・孤独な人々

 最近ビートルズの「イエローサブマリン〜ソングトラック」というリミックスCDが発売され、私も早速入手しました。「サージェントペパーズロンリーハーツクラブバンド」のボーカルがスピーカーの真ん中から聞こえるようになっていたり、ファンには嬉しいCDです。

 さて今日はビートルズの音楽とはちょっと離れた話ですが、この「イエロー・・・」にも収録されている「エリナーリグビー」という曲にまつわる、私の最近の出来ごとを一つ(河童星人街で呼び止められシリーズ?)。

 この「エリナーリグビー」という曲、それまでのビートルズのラブソング等とは趣を異にして、詩の内容は、孤独というか、どちらかといえば悲惨な人々のことが歌われている、実に寂しい歌であります。
エリナーリグビーという孤独な女性が出てきて、日々の糧を得るため、結婚式の後の教会で米粒を拾う有り様が歌われ、サビになると歌詞はこう歌っています。
 All the Lonely people where do they all come from? 「ああした孤独な人々は、どこから来るのだろう?」
 All the Lonely people where do they all  belong?      「ああした孤独な人々は、どこに身を置くのだろう?」
今までは、そういう人達がいることはわかっていても、やはりあまりピンとこない詩でした。


 先日仕事からの帰宅途中、多摩川の是政橋という橋の歩行者専用の橋を自転車で渡っている時でした。
 橋の終点あたりに一人の男性が道の真ん中に突っ立っている姿が見えました。近付くにつれ、だんだんその男性の姿がはっきりしてきましたが、言っては申し訳ないのですが、かなり不潔な身なりで、どうやら間違い無く住所不定の類いの人のようでした。

 その男性との距離が更に近付くと、視線があってしまい、「あ、くるな」という感じがして、正直ちょっとまずい、と思ってしまいましたが、まあやり過ごしてしまおうと思い、その男性の横をすり抜けようとした瞬間、案の定、呼び止められてしまいました。

 私は仕方なく自転車を止め、彼の発言内容に耳を傾けました。質問内容はこんな内容でした。
『私は堀ノ内へ行こうと考えているが、その方向はこちらで間違いは無いか、貴君に確認したい』
私は、からんでこられるのを心配しておりましたが、単に道を訪ねてきただけのようだったので、ひとまず安心しました。しかし、この辺に堀ノ内というと地名は思い当たらないし、まさか川崎の堀ノ内ってことは無いよな、このおっちゃんやっぱちょっとおかしいんかな、と思いあぐねてしまいました。
 すると男性が、私がどこの堀ノ内か思案しているのを察してか、『当方の行きたいのは川崎の堀ノ内である』と補足してきました。
私は、「やっぱ川崎か、でも方向が全然正反対だな」と思い、『貴君の行きたい川崎は逆方向である』というような、回答をしてあげました。

 男性は、ちょっとがっかりしたような素振りを見せつつ、去り際に、更に『当方の進行方向は間違い、多少落胆を覚えた。しかしながら、これから向かわんとする川崎には、程なく到着できるはず、それも小一時間程で到着できるはずであるが、貴君はいかが考えるか?』という意味のことを聞いてきました。

 ここ是政から川崎までは20〜30キロあり、何しろ隣の県だし、到底徒歩で簡単に到着できるような場所ではありません。当時男性はもちろん徒歩で、もし徒歩で川崎に行くと考えているなら、日が変わってしまうし、もしかしたら電車で行くつもりなのか、それなら南武線の駅が割と近くにあるので、そちらの方向を指示したほうが良いのかなと考えた私は『貴君はもしや、電車を使用しようとお考えか?』という内容の質問をしました。

 しかし男性からかえってきた答えは『当方の交通手段はあくまでも徒歩である』という内容のものでした。男性は川崎への距離感が全く無いようで、そこから2〜30分も歩けば到着できると考えているようでした。

 更に男性は自分の考えの正しいことを私に確認してきましたので、私は多少驚愕しつつ、『貴君のこれから行なおうとしている行動はかなり無謀である。川崎は貴君の考えている程近隣にある地域ではない。もし仮に貴君が徒歩でそこまで行こうと欲しているのならば、その全行程は夜を徹したものになるであろう』 という意味のことを言いましたが、男性はもうすでに私から離れたところにいて、更に落胆したような姿で私の発言をきくともなく、去っていくところでした。
そしてトボトボと、最初私の指示した方向に向かって歩いていきました。



 「本当に川崎まで行くのだろうか?マジで歩いたら絶対明日になっちゃうし、途中でお腹もすくだろうし、ちょっと厳しいよな」私は思いました。
 川崎の堀ノ内といえば、有名な風俗街です。しかし、電車にも乗れないようなあの男性が堀ノ内で遊ぶ金があるのか?一体堀ノ内で何をしようとしているのか?

 そして、私は敬愛するビートルズのある曲のフレーズを思い出しました。
『All the Lonely people where do they all come from? 「ああした孤独な人々は、どこから来るのだろう?」
    All the Lonely people where do they all  belong?      「ああした孤独な人々は、どこに身を置くのだろう?」』

 そういえば、あの男性はどこから川崎に向かおうとしていたんだろう?
近くに府中競馬場や、競艇場があるし、もしかしたら、そこからかもしれない、でもその前はどこに居たんだろう?川崎の場所がわからないなんて、東京の人ではないかもしれない?じゃあどこから来たんだろう?

 きっとその男性は、見た目で判断してはいけませんが、おそらく孤独な放浪生活を送っていると思われます。
もしかしたら私に道を訪ねたのは、川崎に行くことが目的だったのでは無く、誰でもいいから誰かと会話をかわしたかっただけなのかもしれません。

 
「1999.10.15(金)」・ISDN

 ISDNに切替ました。
当初ISDNにすると、TA・DSUを導入し、設定してなんやかんや・・・で、煩雑な印象があったのですが、設定して思ったことは「拍子抜けするくらい簡単」ということでした。

 私はメインのMacに加えハンドヘルドパソコン(カシオペアA-60)もあるので、将来性等考慮し、DSU 内蔵のダイアルアップルーターの接続方法に決めました。これなら、現在の回線をISDNに切り替えるだけで、新規に購入する機器はこのルーターのみ。モデムがルータ−に変わっただけです。
 購入したのは「NTT-MEのMN128-SOHO SL11」。これがまた、実売価格が3万円代(私の場合37800円)で、今まで使用していた28Kモデムを当時購入した時と大差ありませんでした。

 さて肝心の速度ですが、実は今の28Kモデムを56Kにバージョンアップしようとして、実際それに換えてつないでみたところ、どういうわけか、28Kに比べ格段に遅くなってしまい(未だに原因不明ですが)、結局元の28Kモデムに戻した経緯があり、接続にはやや不安がありました。

 結果、ISDNに切換えて、つないでみたところ、速い!体感速度がやはり2倍くらいは速くなっているようでした。これで電話料金等が月1000円程度の違いなら、切り換えて正解だな、と思いました。
 Macは、今まで遊んでいたEthernetのポートを通信にあて、モデムポートを解放してやり、空きができました。また何か機器が接続できます。
 カシオペアの方はモデムカードがアナログポート対応だったのですが、ルータ−にちゃんとアナログポートが3つ用意されており、こちらの接続テストも一発でオーケー。
唯一設定でミスったのは、部屋の電話線とルータ−を繋ぐ線が、今までの普通の電話線ではダメで、ISDN専用の線でないとダメだったということです。もちろんこれは、ルータ−に付属でちゃんと用意されていましたから、それに換えてオーケーでした。
 設定も昔に比べて楽だし(WWWブラウザーで設定、それから接続・切断ができます)、速いし、今切換えに迷っている人は、換え時かな、とも思いますね。

 
「1999.9.9(木)」・白季千加子

 東京に来て10数年以上たちました。
 上京する直前の頃、当時FMから曲を録音して聞いていましたが、その頃のテープがまだ残っていて(マニアック!)その中に白季千加子という人の「港町あたり」という曲が録音されておりました。
もちろんいい曲だったのですが、当時はオフコース、ユーミン等を追求するのに力が入っていて、白季氏については、それ以上の追求をせずにおりました。
やがて上京し、環境も変わり、聞く曲の傾向も多様化し、白季氏のことは、しばらく記憶の片隅におかれたままになっておりました。

 社会人になって精神的にも余裕が出てきて、大人になるにつれ次第に郷愁というものを意識的に考えるようになった時、ふと、「そういえば「港町あたり」っていう良い曲あったよな」と思い出し、当時のカセットをひっぱりだし聞いてみたところ、実に懐かしく、いいしれぬ感動を覚えました。私の故郷も実は港町で、この歌のイメージにはのせやすいものがあります。

その時は、もうすでにCDが主流になっていて、昔の名盤も次々と復刻してきていたので、当然私は、この白季氏の作品も市販されているものと思い、CDショップを捜しまわったのですが、なんと全然無い!白季のしの字も無い!どうやら業界的にはマイナーなアーチストの扱いを受けているような感じなのでした。

 これはどうしたものかと思ったのですが、たまたまこのようにホームページを出せるようになったので、ダメモトで白季氏の情報を寄せていただけるよう掲載したところ、なんと現時点で3人の方から貴重な情報をいただくことができました。ありがとうございます。(こっち参照

 幻のアーチストとして、私の中で伝説化しつつあった白季千加子氏が、急速に身近になって参りました。
もしインターネットが無かったら、ここまでの展開は無かったでしょう。これは素晴らしいことです。
現在、自分的には「白季千加子プロジェクト」と称して、氏が活動をしている弘前でのライブを見に行く旅を思案中です。
その前に何とかCDで氏の作品が復刻されて、隠れた名曲を聞けたらいいんですけどね。そうなることを望んでいます。

back to ●Monologue Index

back to●others

back to the top